青い星は翳ることなく 作:にわか物書き
『今日あま』がにわかに話題に上がり始める―――理由は、実に簡単なものだ。
「人気者ね、アクアさん」
「燃え気味だけどな」
一人、収録に訪れていた新生B小町メンバーが微笑を浮かべ、画面の文字列を眺める。
「邪推もあるのは、少々気分がよくないわよね」
「俺が悪く言われるだけならいいんだけどな」
「いや、よくないでしょ」
アクアの作業を眺めていたかなが反射的に零せば、新生B小町最年長の少女も静かに頷く。
「アクアさんはもう少し、自分のことを大切にするべきよ」
「十分大事にしてるつもりだけどなぁ」
「どこが!?」
「今回ばかりは、有馬さんに同意ね」
「………そんなにか?」
「「そんなによ」」
自己評価が低い上、無茶しがちなアクアをよく知る少女の声には、かな以上の力と実感が籠る。デビュー前から鍛え上げられ、デビュー後は支えられてきたからこそ、その危うい側面をよく知る者たちの一人は似合わぬ険しい表情をしていて、その似合わなさにかなは驚くと同時に、ステージの上の姿からは想像もつかない顔をさせるアクアに対し、複雑なモノを抱く。
「今ガチの収録もあるのだから、無茶はしないでね?」
「別に、無茶はしてねぇよ」
「ルビーちゃんに言いつけるけど」
「………して、ねえよ?」
「口籠るってことは、自覚あるのね」
そっと目を逸らした瞬間、二人は心を一つにした。
「有馬さん、椅子引いて」
「は?いや、待っ?!」
華奢で軽いアクアは呆気なく二人に作業机から引き剥がされ、ソファに連行されてしまう。
「全く。収録あるからもしかして、とは思っていたけど、本当にやってたなんてね」
「もしかして、これまでも?」
「いいえ。これまで、アクアさんがこうも忙しくなることは無かったから」
強引に寝かされたアクアを挟み、かなと少女は改めて間近で顔を合わせる。
(いや、でっか………)
「あの、聖園さん?何故膝枕を?」
「いやだった?」
「そういう問題じゃ」
直接の言及を避けた結果、ルビーをして『清楚な極上枕』呼ばわりされる太腿から逃げることも出来ず、体を抑え込まれてしまう。かなの胸に謎の苛立ちと黒い感情が沸き上がる中、現B小町の最年長、聖園エリカは優しくアクアの頭を撫で、慈愛と仄かな優越感の滲む清楚な笑みを浮かべる。
「休める時にしっかり休め。アクアさんの言葉よ」
「………ハイ」
「よろしい」
かつてかけた言葉で返されては、アクアは何も言えない。
「付き合い、長いんだ」
「デビュー前のレッスンの頃からね。本当、あの頃は大変だったわ」
「当たり前だろ。あのB小町の後継なんだから、下手なまま出したら
「ええ、そう。妥協せず、私たちと向き合って、高めてくれた………とても嬉しかったわ」
年頃の少女からすれば、アクアは麻薬、或いは劇薬だ。
「今の私たちがあるのは、アクアさんのお陰なの」
「買い被り過ぎだ。俺がいなくても、君たちなら―――」
アクアの言葉の続きを許さず、エリカはスマホから曲を流す。
「この歌は、ここで貴方と会えなければ生まれなかったものよ」
「は?え、この曲って………」
「………聖園さんが作詞、作曲したんだよ」
「そう。アクアさんにも付き合って貰って、ね」
「嘘でしょ!?」
茶目っ気たっぷりに笑うエリカに、思わずかなは叫び、発表当時の彼女の年齢を調べる。
「丁度、ミヤコさん主導のネット配信が軌道に乗り始めた頃だったな」
「ルビーちゃん一強になりかけてたところを、アクアさんが立て直してくれたのよね」
「あの頃から働いてたの!?」
「ルビーちゃん大好きだからね、アクアさんは」
「それもある、けど………皆、輝けるんだから、とことんまでやらないと勿体ないだろ」
エリカが言葉を失い、かなが半目を向ける。が、アクアは止まらない。
「ルビーだけのB小町じゃないんだ。あいつひとり突き抜けるだけより、他の皆も同じくらい輝いた方がいいに決まってる。俺も、社長も、ミヤコさんも………アイも一緒になって選んだ皆なら、出来ない訳がない」
壱護、ミヤコが思っていた以上のポテンシャルを引き出した張本人は、ごく平然と言い切る。
「だろ?」
「やらせた人とは思えない言い草ね」
「俺は無理なことは言わない主義だよ」
「ひどいひと」
責めるような様子も一切なく、どこか楽しそうに声を弾ませる。
「お陰で、こんなところまで来れちゃったのに」
「不満なのか?」
「そうね………あと数年でお終いと思うと、とても」
思わぬ方向の不満には、かなが目を剥く程の湿度が籠っている。
「それはルビーたちもだろ」
「ええ。だから、残された時間も全力で輝きたいの………わかるでしょう?」
「俺に出来ることなんて、大して無いぞ」
「貴方にとってはそうでも、私たちにとっては違うの。有馬さんならわかるんじゃないかしら?」
「………そう、ね」
アクアのお陰で再び注目されつつあるかなには、よく理解できた。
そして改めて、この男の恐ろしさ………主に、女たらしスキルの高さを理解させられた。
(けど、仕方ないわよね)
誰かに必要とされたくて足掻き続けてきたから、理解できてしまう。
自身を認めて、その才能を引き出して、輝かせてくれる………同性でも嬉しいのに、それが異性だったなら、もう取り返しがつかないと。自分は大丈夫(だと思っている)でも、そんな相手と長い間共に居て、その上人間的にも真っ当な相手ともなれば、もうダメだ。B小町に異性スキャンダルが見当たらない理由の一端を、かなは薄っすらと察してしまった。
(そりゃあ、アクアが間近にいたら、他の男に興味なんか出ないわよね)
膝枕から脱することを諦めたアクアを、それを慈しみながら、どこか独占欲と優越感を滲ませる美少女を尻目に、かなは密かに溜息を吐く。万一スキャンダルになったら大変だろうな、という他人事な心配と、その内刺されるんじゃないか、という………一部が聞けば卒倒しそうな心配。
「………ところで、今日は収録に来てたんじゃなかったっけ?だらだらしてていいの?」
「そう、だな………聖園さんが大丈夫なら、始めるか」
「アクアさんは大丈夫なの?」
「終わらせてから休めばいいだろ。それとも、自信無いのか?」
意趣返しとばかりに揶揄えば、B小町トップの歌姫はやる気に満ちた笑みを浮かべる。
「まさか。自分で作った歌ですもの、他の誰よりも上手く歌ってみせるわ」
その言葉を、これまでの情報を纏めて、かなは半信半疑で口を開く。
「………思ってたんだけど、もしかして今のB小町の新曲って」
「基本聖園さん、偶に外部に依頼って感じだな。ソロ歌動画は彼女のPRと新曲発表の為って感じ」
「有馬さんも来る?B小町イチの歌、特等席で聞かせてあげるけど」
その収録に立ち会った有馬かなは、彼女の自負が傲慢でも何でもないと理解させられた。
>>>>>>
陽東高校の、なんてことない昼休み―――
「お、今回は聖園エリカの歌動画」
「あ、フリルもチェックしてたん?」
「美人さん多いからね。エリカとか、ひなたとか、シオンとか」
「おっぱいおっきいひとばっかやん。飢えてるん?」
「………俺もいるんだけどなぁ」
何の偶然か、ルビーが仕事で不在の日にフリル、みなみと共に昼食を食べることになったアクアは居心地悪そうに零す。元々は一人で食べるつもりでいたのだが、わざわざ一般科の教室にまで呼びに来られてしまっては断るに断れず、なし崩し的に超人気タレントと人気グラドルと共にいる羽目になっているのだ。
「いいじゃん。おっぱい好きなのは男も女も変わんないよ」
「せやろか」
「だって男だろうと女だろうとおっぱい吸って育つんだよ?好きにならない訳がない」
「その理屈はおかしいだろ」
そういった露骨な需要を減らそうと努力している側からすれば、少々辛い現実であった。
「あと、テレビより綺麗だから。エリカの歌なんか、格別に」
「ルビーちゃんが泣いて悔しがるレベルやっけか、あの人」
「というか、単純な歌唱力だけなら苺プロでもトップだぞ、あの人」
「だろうね。彼女の歌、ただ上手いだけとかじゃないし」
フリルは端的にそう評し、さらりとアクアの弁当へと手を伸ばそうとする。
「ストップ」
「通らなかったか」
「流石にあかんて」
「そういうみなみだって、飢えた目してたよ」
「みなみさん?」
「ルビーちゃん、いっつも美味しそうに食べてるんやもん。めっちゃ自慢してくるねん」
「あと、凄く美味しいし」
みなみがうんうんと頷き、フリルに同意を示す。
「あいつ………まあ、いいけどさ」
「「いいんだ」」
すんなり差し出されては、フリルすら躊躇い気味に、しかししっかりとおかずを持っていく。
アクア自身は、同年代と比べ比較的食が細い方であるからか、そこまで気にしていない様子。
「ところでアクア、エリカの曲はどこまで監修してるの?」
「………え?」
「素人にそこまでは出来ないよ。基本、彼女が作ったのをそのままだ」
「え?え?どゆこと?」
みなみの困惑に気付き、フリルは平然と、アクアは苦笑気味に会話の詳細を噛み砕く。
「B小町の新曲、大体エリカさんの作だよ」
「そこに俺の監修は入れてるのか、って話だな。流石に素人にそこまでは出来ないよ」
「………ええ!?あの人、あんなスタイルいいのに音楽までできるとか、超人過ぎん?」
「その代わり、運動神経は破滅的だぞ。確か、体育成績はずっと最下層だったとか」
「あのダンスのキレで?」
「ダンスとかはいけるんだけど、スポーツになるとさっぱり。カナヅチだし」
「さらりと暴露される恥ずかしい情報………浮かべそうなおっぱいなのに」
「それ関係あるん?」
みなみが突っ込むが、フリルはどこ吹く風。
「おっぱいといえば、アクアは誰が一番好きなの?」
「ルビー」
「「シスコン………」」
「悪いかよ」
直球も直球な反応にアクアが拗ねるが、二人はあまり面白くない様子。
「スキャンダルとかに気を遣ってない?」
「素直になった方がええで~?」
「一番の推しはルビーだよ。他の子たちも推してるけどさ」
煮え切らない回答だが、アクアなりに最大限の誠意であった。
「俺は彼女たちを支える立場にいるんだ。特定個人を推す、ってのは、ルビー以外無理だよ」
「ルビーちゃんはいいんやな」
「妹で、センターだからな」
「私は推してる?」
「あ、うちも推してくれてええんやで?」
「二人も勿論応援してるよ。ウチの人たちの次だけど」
「残念」
市販のパンを食べ終えたフリルは静かな笑みを浮かべ、自らの指を舐める。
「この無念はアクメムの絡みで癒さないと」
「どうしてそうなる」
「けど、お兄さんとMEMちょさんの絡み、なんかええんよな。姉弟って感じがして」
「一番気楽な相手だからな」
他との絡みも増えてはいるが、放送分で多いのはやはりアクアとMEMちょのコンビだ。
顔合わせや交流を深めるのが中心の中で流れる、付き合いの長い姉弟のじゃれ合いのような空気を愉しむ者から、他をそっちのけ彼らをメインに見る者までいるなど、早くも一定の人気を獲得しているのだ。その分、アクアの所属やB小町センターとの関係等で軽く燃えているが、当の本人がさっぱり気にしていない為、二人もそこには触れない。
「いいよね、美男美女の絡みは。最近視力上がりっぱなしな気がする」
「フリルのイチオシは?」
「もちろん、アクアとMEMちょ。距離感が違ってたら押し倒せって催促してた」
「やってもいいけど、ルビーへの言い訳を手伝うくらいはしてくれよ?」
「ルビーちゃん、たぶん怒るやろなぁ」
「俺だけじゃなくて、MEMにまで被害が行くんだよ………万一やるとなると」
「全力でご協力させていただきます」
MEMちょにも被害が及ぶと聞いた瞬間、フリルが格別に鋭い空気を纏い敬礼する。
演技なのかガチなのか、微妙に判断がつかない真剣さだった。
「まあ、流石にしないけど」
「アクアは押し倒される側だよね。ザ・受けってカンジだし」
「なんかわかるわぁ」
「フリル?みなみさん?」
尚、アクアが受けというのは彼を知る女性ほぼ全員の共通認識である。
具体的には、アイ関係で交友を持っている旧メンバーからルビーの仲間たち。MEMちょのように交流のある苺プロのネットタレント、アイやルビー関連で交流が、助言等を発端とする交流をした女優たちに至るまで。大輝を始めとする一部男性には『そのうち喰われるんじゃないか』『押し倒されてデキ婚に持っていかれそう』『なんなら男にもモテそう』等々好き放題言われていたりもする。
「今ガチ出演してたら私、たぶん最終回あたりでアクアのこと押し倒してたから」
「わ、大胆」
「それで耳元で囁くんだ………『オファー待ってるよ』って」
「って愛の告白とちゃうん!?」
「絵面が脅迫だよソレ」
「『さもなくば引き抜くぞ』って加える?」
「冗談抜きの脅しじゃん」
「あ、けど普通にキスして告白でもいいよ?」
「いや、『いいよ?』じゃなくて」
「嫌?」
「………その聞き方は反則だろ」
フリルがいたずらっぽく笑い、二人もつられて笑う。
なんて事の無い時間を過ごすアクアは、ふと軽く過去を思い出した。
(………そういえば、前世の高校の時って、こんな時間を過ごしたことも無かったな)
軽い雑記
・聖園エリカ
新生B小町メンバーのオリキャラ。あかねの先輩。
スタイル、歌唱力共に抜群、且つ作詞作曲・編曲も出来るが、華やかさ含む総合力でルビーに敗けている。
新生B小町メンバー全般に言えるが、アクアに支えられ大成したため、向ける感情が重い。