東方黒猫伝   作:モンです

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第一話

「おっと、きたきた」

 

 カフェの喧騒にまぎれるようにいたその人物を見つけると、俺は相棒であるスヴェンに呼び掛ける。

 

「右斜め後ろに、ターゲットだぜい」

「了解」

 

 スヴェンはちらりとそちらをみて、何事もなかったかのように紅茶を飲んだ。

 現在俺たちが監視しているのは、伝説の食い逃げ犯のパド・リードの再来と呼ばれている人物。ランケード・リングという賞金首である。

 

 『俺に食い逃げできない店はない』というパドのモットーを受け継いでおり、様々な店を得意のナンバ走りで食い逃げてきたらしい。足の速さと持久力は折り紙つきで、警察に遭遇した際にも半日間にわたる逃走劇の末に逃げ切ったというのだから驚きだ。

 

 掃除屋という賞金稼ぎである俺たちは、ランケードが最近この近くで活動をしてるとの情報を耳にし、捕まえるためにカフェで張り込んでいた。まんまとかかってくれたようでなによりだ。

 

「しかしてめぇも相変わらずもの好きだな。賞金は低いし現行犯で捕まえなきゃ意味がねぇ。おまけにパドを捕まえるときは色々あったろ? あんまり思い出したくねぇんじゃねえか?」

 

 スヴェンが顎に手をつきながら言う。

 

 俺たちは過去にパドを捕まえようとしたことがある。

 しかし、食い逃げした奴を追いかけていたら、俺が昔所属していた組織の後輩が現れ、逃げていたパドに重傷を負わせてしまった。何とか一命を取り留めて賞金はもらえたものの、その後に後輩ともいざこざが起こり、正直あんまりいい記憶じゃない。

 

 だけど。

 

「だからこそ、だよ。過去を忘れたいわけじゃないし、パドはきっちりと捕まえられなかったからな。奴のハナッぱしらを真っ向からへし折ってやろうと思ってたのに、あんな捕まえ方じゃ反則もいいとこだ。リベンジマッチってやつだよ」

「……そうかい」

 

 やれやれと肩をすくめて監視に戻るスヴェン。

 ため息を吐きながらも付き合ってくれる相棒に感謝だなっ。

 

「それに今回は姫っちが外で見張ってるからナ。余計なトラブルも起きめェよ。たぶん」

「最後に不安なことを言うな。……そうか、だからイヴに外で辺りを見張らせたのか」

「そーゆーコト。今回はトラブル防止係だなっ」

 

 頼みこんだらしぶしぶだけど引き受けてくれたからな。

 イヴはもう一人の掃除屋仲間で、スヴェンを慕って入ってきた金髪の少女だ。俺に対抗心を抱いていて、いつか俺を押しのけてスヴェンの相棒になるコトが野望らしい。

 

 俺もうかうかしてたら追い越されちまうかもしれないから、最近は結構必死だったりする。

 

「お、動いたぜ」

 

 スヴェンの声にランケードの方を見ると、伝票をレジへ渡す奴の姿が見えた。

 

「えっと、全部で二十万イェンになります」

「…………」

「お客様? どうされました?」

「金か……。あいつは夜空の星になっちまったよ……」

 

 遠い目でそう言い残すとランケードは一目散に逃げ出した!

 

「く、食い逃げだッ! 捕まえろォーーっ!」

「よし、スヴェン支払いは任せたっ」

「やっぱり俺持ちかよ! ああもう、逃がすなよっ!」

「当然!」

 

 俺もランケードを追って店を飛び出した。ランケードはちらりと俺を見て細い路地裏に入っていく。ここの路地裏は迷路のように入り組んでいたから、それで撒こうって魂胆だろう。

 

 ――あめェ、砂糖入りミルクよりもあめェぜッ!

 その程度で俺から逃げ切れると思うなよ!

 

 

 

 そうして走ること三時間。

 

「まちゃーがれーっ」

 

 じりじりと距離を詰めて、あと少しで捕まえられそうな距離まで来た。

 

「くそ、なんだてめぇ! こっちくんじゃねぇ!」

 

 ランケードは悪態をつきつつ、足を緩めない。ナンバ走りを最大限に生かしつつ、路地裏をかけめぐって死闘を繰り広げていた。これで食ったばかりなのかよ。

 ……こいつ、これだけの足と体力をなんで食い逃げに使ったんだ。才能を無駄遣いしすぎだろう。

 

 些細な疑問と呆れを置いておきつつ、ようやっと追いついたランケードの肩をつかむ。

 

「つーかまえたッと!」

「うおっ!?」

 

 そのまま足を払って仰向けに倒して、わーわー暴れるランケードを抑えつつ手早く拘束する。

 よっし、捕獲完了!

 

「今回はちゃんと捕まえられたし、リベンジは成功だなっ」

 

 ランケードは悔しそうに泣いている。やはり真っ向から捕まえられたのがショックだったのだろう。

 パドもこうやって捕まえたかったぜ。

 

「しかしスヴェン達はまだなのか?」

 

 スヴェンと姫っちも後で追いかけてくる予定だったが、予想以上にランケードが速かったためにまだ追いついてないっぽい。

 ランケードを連れてスヴェン達と合流するか、と俺は足を踏み出した。

 

 

 

 

 ――この時起こったことを、俺は絶対に忘れないだろう。

 

 

 

 

 踏み出した足を地につけた瞬間、世界が変わった。

 

「……は?」

 

 レンガ造りの路地裏から、霧の深い湖へ。

 俺の生きた世界から、忘れられた者たちの世界へ。

 

 何の兆候も前触れもなく。

 俺は、幻想郷へ訪れた。

 

 

 後に追いついたスヴェン達は、拘束されているランケードの他には何も見つけられなかったらしい。

 

 ――この日、トレイン=ハートネットは世界から消えた。

 

 

 

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