東方黒猫伝   作:モンです

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第二話

 俺の目の前には、湖が広がっていた。透き通った水の中を小さい魚たちがすいすい泳ぎ、水面はゆったりと揺れている。霧に視界を遮られどれだけの大きさかはわからないが、少なくとも元居た路地裏にこんなところはない。先程まで地面に転がっていたランケードの姿もなかった。

 

 あまりに理不尽な状況に、額に右手を当てうなる。

 

「……何がなんだかサッパリだ。ついさっきまで路地裏にいたってのに――」

 

 ――まて、前にもこんなことがなかったか?

 

「そうだ、あの変態ドクター……!」

 

 変態ドクター、というのは以前敵対したカンザキコウスケという医者のことだ。

 彼は(タオ)の術で創り出した手術室の扉に入った者を、自身が想像した空想の世界へと落とすことができる能力を持っている。あの変態は自身が全てを支配する世界で、姫っちを解剖しようと企んだ。

 あの時は俺もドクターの世界に閉じ込められたが、親友の力を借りてイヴともども無事に脱出することができた。

 

 またドクターが何かを仕掛けてきたのかもしれない。だが手術室の扉なんてくぐっていない。じゃあドクターじゃないのか?

 

 本当に、いったい何が起きたというのか。

 

「考えてばっかじゃー、答えはでねェか」

 

 とりあえず、今できることから始めよう。俺はそう意気込む。まずはここがどこなのかを知ることが必要だろう。

 

 湖の周りを探索しようと、湖に沿ってゆっくりと歩き始めた。辺りは静かで、人の気配はない。湖の周りを歩いているとなんとなく大きさが分かってきたが、思ったよりも小さそうだ。この分だと一周するのに30分もかからないだろう。

 

 黙々と探索を続けていると、合流するはずだった仲間の姿が浮かんだ。

 

 あっちからすると俺が突然消えたように思ったはずだ。さぞ心配しているだろう。スヴェン達が嘆き悲しんでいる様子が目に……目に…………。

 

 だめだ、怒ってる姿しか浮かばなねェ。特に姫っちは帰った途端に黄金の連弾(ゴールドラッシュ)をしてきてもおかしくない。

 

「うーむ、どうやって機嫌を取るか……」

 

 二人に土産でも持って行くかと悩む。湖を見て、魚でも釣っていこうかと思ったが、鮮度が心配のために断念。

 

「どーすっかねぇ。……おっ」

 

 思わぬ難問に頭をひねっていると、湖の近くにぽつりと立つ白い物体を発見した。近づいて調べようと足をのばす。

 

「これは、かまくらか?」

 

 白く、半球状に作られたそれは、なめらかで頑丈にできていた。触ってみるとつるつる冷たく手が滑る。このかまくらは雪ではなく氷でできているようだ。そして不思議なことに、今の季節は冬ではないのに溶けた様子が微塵もない。

 どうしたらこんなかまくらが作れるのだろう。俺が興味津々で壁を触っていると。

 

「あっ! あたいの家でなにしてるの!」

「おっと、すまねぇな、おジョウちゃん……?」

 

 後ろの方から高く若い声が聞こえたので振り返ると、霧でかすむ場所に浮きあがる少女の姿があった。髪は薄い水色でふわりとウェーブがかかったセミショート。目の色と同じ青いワンピースを身にまとい、背中には氷の結晶が六つ、羽を広げるように浮いている。

 

 そして彼女は、すっと飛びながらこちらに近づいてきていて。

 

「さては、ドロボーさんね! あたいの家に来るなんて、いい度胸じゃないっ」

「……いや、そんなつもりはなかったんだが。しかし嬢ちゃん、ずいぶん自然に飛んでいるが、どうやってんだ?」

「妖精が飛ぶなんてあたりまえじゃない。さてはあんた、馬鹿ね!」

「妖精……?」

「そう! あたいは最強の妖精、チルノよ!」

 

 ふんす、と腕を組みながらこちらを見下ろしてくるチルノと名乗った少女。いろいろと驚くことがありすぎてまともな反応ができねぇ。

 

「そ、そうか。最強なのか、そいつはすげェな」

「っ!! そう、あたいはすごいの! あんた、人間のくせしてなかなか見る目があるじゃない!」

 

 上機嫌で返事をする少女。隠そうと表情を取りつくろっているが、その顔は誰が見ても分かるくらいに嬉しそうだった。ほめられ慣れてねぇのか?

 

 …………。

 

「それはありがとな。でも嬢ちゃんほどじゃねえよ」

「あ、あたり前よ!」

「しかも驚きの可愛さだぜっ。とても俺じゃかなわねぇ。いよっ、世界一!」

「ふふん、当然ね! あたいは世界一最強で、天才で、ぷりてぃな妖精なのよ!」

 

 チョロい、チョロすぎるよ嬢ちゃん。お兄さんは将来が心配だ。

 

 余りの素直な反応に、何か忠告したほうがいいのかと考える。

 しかし、少女はそんな俺の様子も気にせずにこちらをびしっと指さして。

 

「気に入ったわ! あんた、名前は?」

「トレイン=ハートネットだよ」

「そう、トレインね! トレイン、あんたを私の子分にしてあげる! 光栄に思いなさいっ」

 

 自信満々に笑顔を向けて、そんなことを言い放った。

 

 俺に、子分になれと。

 

「…………ッフ、バーーッハッハッハッハ!!!」

 

 なんて愉快な嬢ちゃんだろう。今までいろんな組織に勧誘されたことがあったが、ここまで清々しい誘いは受けたことがない。

 

 面白い。

 

 自由気ままに生きると決めてはいたが。

 こんなご主人ならば、飼われてみてもいいかもしれない。

 

「ハハッ、わかったぜ。嬢ちゃんの子分になるよ」

「嬢ちゃんはやめなさい。あたいにはチルノという名前があるわ」

「そうか。これからよろしくなっ、チルノ親分」

 

 この地に来てからの初めての出会い。そこで俺は、可愛い妖精の親分ができたのだった。

 

 

 

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