「ピィエエエエエエエエ!」
怪鳥の鳴き声のような奇声が部屋の中に響く。
なんてことはない。キチゲ*1を発散しただけだ。それ以上の意味はない。
思えば、この世界は10年ほど前から発狂したくなるような事件が山ほどあった。
それこそ、女尊男卑を根付かせたIS*2が白騎士事件*3を起こした瞬間から、男にとっては発狂したくなるような事件がわんさか起きた。
たとえば、女性の社会進出をこれでもかと推し進めたとある大企業による男性従業員一斉リストラ事件などは、今でも記憶に残るとんでもない事件であった。大株主がたまたま女性ばかりだったというのもまた酷かった。機械類の製造企業だったのだが、ISを扱う部門以外は機能不全に陥ってほぼ研究所として独立してしまったのも、また異常性に拍車をかけている。
百歩譲ってISの部門を立ち上げて研究に注力するため、女性にしか扱えないIS研究部署に女性しか配属しないのであればまだわかる。だがどうして他部門の男性従業員を解雇するんだ、と声を大にして叫びたい。実際当時の被害者はそう叫んだだろう。外野から見ても真顔になるほど意味が分からない方針であった。株価は半年ほど上がり続けたらしいが、そこから先は見るも無残な状態であったらしい。
そもそもの話、ISは絶対数として467機しか存在しないのは世間一般的に知られている常識である。これはISを動かす核となる『コア』の総数であり、開発者の篠ノ之束博士がISコアの製造をやめたことで決定した数字である。新たにコアを作ろうとしても、篠ノ之束博士以外にこのコアを作れた者は未だに存在しないのだ。
即ち、ISとは量産不可能兵器である。確かに他を圧倒する性能のISが誕生したのであれば、それを使って国を落とすことさえ出来るほどのポテンシャルは認めよう。当然、国防にも大きくかかわってくることから、各国がISの研究を必死にやることは理解できる。既存の兵器の開発を止めて、その資金をすべてISに回すのも、わからない判断ではない。
意味が分からないのは、何でそこから女尊男卑なんてアホな思想をするねん、という話だ。
確かに、ISを前に既存の兵器がどれだけ集まったところで意味がないことは間違いない。ISにはISでしか対抗できないというのも、世間一般の常識であるし、実際に肌身で感じた身からすれば、「その通り」と頷ける。
だが考えろ。ISは世界で467機しかなく、そのうち国が保有できる量などたかが知れているのだ。
さて、国盗り合戦、戦争をしたとしよう。
今の世の中、ISこそが絶対の兵器であり、パワーバランスの中心だ。一機でも多い方が圧倒的なアドバンテージを得ることは間違いない。操縦者の熟練度とIS自体のスペックに左右されるところも大いにあるが、基本的に大国同士のISの総数に大きな開きはないものとする。
そうなれば、攻め込んできたISにはISで応戦するのがセオリーだ。というかそれしか選択肢がない。あるいはISの兵装で援護射撃をすることくらいだろうか。固定砲台みたいなものになるが。
さて、考えてほしいのはISとIS同士がぶつかった時の残存戦力の話である。
もちろん、優秀なISとIS乗りによって戦況が全て掌握されたのであれば、それはISの大勝利であるしISによって敵国を侵略しきるのもまた、容易となることは間違いない。だからISの研究と開発をやめることは、ISに匹敵あるいは対抗できるものが出てこない限りは、未来永劫訪れないだろう。
話が逸れた。残存戦力の話だ。ここでは横ばいで、IS同士の戦場は硬直するものとして考える。
その場合に、残った侵略手段と防衛手段というのは、本国防衛にまわしているISと、IS以前に使っていた一般的な兵装・兵器しかないのである。
考えてみてほしいのだが、このIS以外の兵装・兵器を果たして「0」にすることは出来るだろうか? いや、間違いなく出来ない。なぜなら、「ISの数は限られているために、防衛できる地点もまた限られる」からだ。
これでISがいくらでも量産可能であったのなら、女尊男卑も頷ける。というか男の立場なんて本当になくなる。力仕事だってISにのった女性に任せればいいのだ。馬力に天地の差が生まれる上に、効率が段違いだ。
だが、現実はそうではない。
日常的な力仕事にISを使うなんていうバカげたことは出来ないし、別に女性が男性より力が強くなったり、圧倒的な頭脳や能力を手に入れたわけでもない。
IS以外。つまり限られた467機の兵器以外、世の中何も変わっていないのである。
それなのに女尊男卑とかいうふざけた思想を持ち出して、半ば男性という性別を差別的に排斥するのは……はっきり言って頭がおかしいとしか思えない。それをあたかも社会が「是」としているかのような空気感には頭が痛い。
これだけでも、もはやキチゲを発散する理由にはなるのだが、それ以上に頭の痛いことが現実に発生した。それはもう非常に直近の出来事であり、文字通り世界を震撼させた大事件。
『男性IS操縦者、織斑一夏の発見』事件である。
いや、別にこれだけなら他人事として「ははは、大変だな」と見ていられたのだが。
何を思ったのか、世界中はなぜか「他にもいるはずだ」と男性IS操縦者を隈なく探し始めたのだ。戸籍管理がしっかりしている日本は、もはや全男性日本国民を検査したといっても過言ではないだろう。
――で、俺が見つかったってわけ。
死ね(直球)。
ド直球の感想だ。というか現在進行形でキチゲを発散しないとやってられない。マジでふざけるな。これで三人目、四人目とかぽこぽこ現れたのなら、全然よかった。だが、現実に見つかったのはセカンドマンとなる俺だけだった。
さらに情報を追加すれば、ファーストマンとなる織斑一夏。彼は初代ブリュンヒルデ*4こと織斑千冬の弟であり、またISの開発者の篠ノ之束博士とも交友関係があり、さらに加えて織斑千冬と篠ノ之束博士はマブダチらしい。
それと比較して、俺は何か特別な経歴があるわけではない。ごくごく普通の高校生だ。織斑一夏と同い年で、特別な経歴の家族を持つわけではない。所感裕福であったし、貧困とは無縁であったことは間違いないが。
これがどういうことを意味するか。
つまり、「セカンドマン別にいらなくね」問題が浮上したのだ。
要約すると、「ISを男性でも使えるようになるための人柱になれ」という状態だ。別に直接言われたわけではないし、むしろ女性側にとっては自分たちの優位を崩されたくないから「
生粋の日本人である俺の扱いを、さぞ日本政府のお偉い方も頭を悩ませたことだろう。
結果、建前上は「学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されない」*5、とされる国立高等学校『IS学園』に俺はぶち込まれた。当然だが女子高である。
即ち、問題を「3年間先延ばしにされた」わけである。
裏を返せば、「この3年間で実績を残さなければ人権を剥奪される可能性が極めて高い」のだ。
いやそんな野蛮なことないだろって?
女尊男卑が蔓延した上に女性権利団体とかいう禄でもない組織の影響力が無視できない時点で、希望なんてないです。
「フンキィャアアアアア!」
今は他に誰もいない自室*6で、こうしてキチゲを発散しないとやっていられるわけもない。
お先真っ暗なことももちろんだが、身近なことでも苦労が絶えない。
たとえば、IS学園の授業にはついていくのが精一杯なことだ。というか半ば取り残されそうになっている。ISの実機が配備されている唯一のIS専門高等学校ということもあり、生徒の質が意味が分からないほど高いせいだ。法律関係は何とかなるが、ISの専門知識なんて元一般人の俺にわかる筈もない。血反吐吐きながら一から勉強している真っ最中である。
たとえば、ほぼ女子高にたった二人だけ男子がいること。もう女子からの視線が動物園のパンダの比ではない。世界にたった二つしかないブランド物である。……大変失礼だが、さながら歩くゴッホのひまわり、みたいな注目度である。意味が分からない。
たとえば、男子トイレや更衣室がめちゃくちゃ遠いことだ。女子高であったため急遽用意された更衣室は走っても3分かかる場所にある。ISの実習授業とかでISスーツを着る必要がある場合、当然一から着替える時間はない。男子トイレにいたっては教室から走って2分の場所にあり、学園内の自室以外にはその一ヵ所しかない。
たとえば、授業終わりの寮内でラフな格好をした女子が多すぎること。じろじろ見れば社会的に抹殺される。何とか視線を戻すことは出来るが、初動で女子のラフな格好の肌色に目が向くのはどうしようもない。
こうしてドギマギしながら何とか自室に帰っても、安寧はない。相部屋はファーストマン織斑一夏ではなく、他の女子である。たまった性欲を発散など出来る筈もない。これが3年間続くと考えると、無事でいるためには悟りでも開くしかないのかもしれない。
たとえば、友達ができにくいこと。9割9分女子であり、男子が織斑一夏しかいないせいもあって、気軽に話せる友達を作ることにも一苦労である。その上で、ハニートラップやら産業スパイやらを警戒しなければいけないのだ。もう人間を信用したくない、と思えるくらいには病んできた。
それでも、それでもだ。
3年後。破滅のタイムリミットである3年後までには、俺は「ぐうの音も出ないほどの実績」を残さなければいけない。
それが出来なければ、この3年は俺の余命になる。
余命宣告を覆すためには、「殺される理由」よりも「生かされる理由」を作り上げなければいけない。
最低でも国家代表。欲を言えば、ブリュンヒルデか。
その座に君臨でもしない限り、俺の余命宣告を覆す術はない。技術部門で活躍という手もあるが、俺の地頭から3年間で……というのは、どう考えても無理だ。そんなことが出来るのは篠ノ之束博士くらいだ。
所詮俺は、「織斑一夏のスペア」でしかないのだ。
つまり、「被検体男性IS操縦者2号」なのである。
1号且つ後ろ盾が厚い織斑一夏と違い、「殺される理由」が盛り沢山な身の上。「守られる理由」が皆無な現状。
血反吐をぶちまけようと、血涙が流れようと、発狂しそうになろうとも。
3年よりさらに先を生き延びるためには、前に進むしかない。
何も、悪いことばかりじゃない。
幸運なんていうものには恵まれなかったが、土壇場で踏ん張れるだけの悪運はついていた。
ひとつは、先生方に恵まれたこと。
担任教師は初代ブリュンヒルデこと織斑千冬。担任教師たる彼女は立場上一生徒を贔屓にすることは出来ないが、その経歴と人脈を遺憾なく発揮してくれている。IS学園に居られるのも、この織斑千冬の力があってこその猶予だとか。何があっても、頭が上がらない相手だ。
副担任は元日本代表候補の山田真耶。教師の鑑とも呼べるほどの人格者。授業内容、予習復習の内容、勉学における質問をいつでも答えてくれる上に、説明が非常にわかりやすい。この人が居なければ、授業内容についていくことさえできなかったと断言できるほどの教え上手。加えて、ISの実技訓練についても大変お世話になっており、一時期は放課後の夜間演習さえ、自身の時間を返上して付き合ってくださった聖人だ。流石に毎日毎日、というのは気が引けたが、この人は前のめりにいつでも実技訓練に付き合う、とまで約束してくれた。今は週一だけ実技訓練の手ほどきを受けているが、こちらが望めばそれこそ毎日やってくれそうなだけの気迫がある。実力についても折り紙付きだ。未だに一本とれそうな気配も掴めない。
恵まれたのは、教師だけではなかった。
何より今、全ての支えになってくれているのは――
「あら、もう戻っていたのね。待たせちゃったかしら? ミツキ君」
「俺も今戻ったばかりです。生徒会の方はもう片付きました?」
部屋に入ってきた少女。そして俺の同居人兼恋人。外側に跳ねた水色のミディアムへアに、深紅の瞳が特徴的な自由人。
IS学園生徒会長であり、ロシア国家代表。
――更識楯無。
この人が居なければ、とっくに心は折れていただろう。俺が頼り切れる、信頼できる、信用できる、最後の希望。
俺はキチゲを発散していた素振りなんて見せずに、ベッドから起き上がって彼女の方に振り向いた瞬間。
つん、と唇に扇子を押し当てられる。
「こらこら。部屋の中では二人きりなんだから。敬語は無しよ?」
「……わかった」
「よろしい」
ふふん、と得意げに笑みを浮かべて目を細める様子は、さながら上機嫌な猫を彷彿とさせる。
「それで、生徒会は? まだ残っているなら手伝うけど」
「そっちはもう終わったわ。それに、手伝う時間があるなら自学してくれた方が、お姉さん嬉しいな♪」
「手伝って早く終わった分、訓練つけてほしいっていうワガママだ」
実際、自学するよりもこの人に教えてもらった方が、効率が段違いにいいのは事実だ。自分で理解、実践しようとしたら、教えてもらうよりも二倍以上時間がかかる。
恋人として、純粋に気遣いでそういった甘々な青春を送れたのなら、どれだけ良かったことだろうか。俺にはそんな時間は、欠片ほども残されていない。
「もう、お姉さんとそんなに一緒に居たかったの? 甘えん坊なんだから」
「前にも言ったけど、時間の許す限り一緒に居たい。っていうのは本心だからな?」
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれちゃって。うりうり~」
額に扇子の先をぐりぐりと押し付けられる。力加減はされている。痛いということはなく、むしろマッサージを受けているような感覚に、自分の表情が緩むのがわかる。肩の力が抜けていく。
「……これもこれで、ありね」
あまりに気を抜いていたせいで、何を言ったのかは聞き取れなかった。何かあったのかと、彼女の方を見てみる。
「なぁに? もしかして、お姉さんに見惚れちゃった?」
「それは最初から」
「あ、あら。そ、そう……本当に、ハッキリ言うわね」
――だって俺は、それくらいしか返せないじゃないですか。
言葉はグッと呑み込んだ。代わりに今は、この一時の幸せを目いっぱい感じようと、頭の中を空っぽにする。これだけ高い目標を間近でずっと感じられることは、きっと人生で二度とはない幸福だ。
「……さて。お姉さんとしては、もう少しこうしていたいけど」
「俺も、出来るならそうしたいけど」
「こら、茶化さないの。今からアリーナで特訓よ」
「本気なんだけどな。……それで、内容は?」
「
「……それ出来たら国家代表になれるだろ」
「そうね。だからモノにしてみせなさい」
第三アリーナに集合ね、と彼女はさっさと部屋から出ていった。
「一緒に移動しないのな」
後を追うように、俺も急いで部屋から出るが、既に彼女の姿はどこにもなかった。
「……やべえ」
俺は急いで……織斑先生に怒られない程度に早足で、第三アリーナに向かう。どうやらトレーニングは既に始まっていたようで、すぐさま意識を切り替える。
『常在戦場の心を忘れるなかれ。でも、お姉さんと一緒に居る時くらいは楽にしなさい。だって、私が居るんだもの』
自信と、慈しみに満ち溢れた姿と声音は今も記憶に深く残っている。
つまり、彼女が傍から離れた瞬間から。戦いは始まっているのだ。
情けなさを感じる暇はない。今はまだ、目の前のことに食らいつくだけで精いっぱいなのだから。
だけど、そんな一つ一つの心遣いが、たまらなく嬉しい。俺が生きていることを、生き抜こうとする意志を、全力で肯定してくれる彼女が居るから。折れずに運命に立ち向かうことが出来る。
「必ず追い越してやる」
首から下げたペンダントを握り締めて、俺は改めて誓いを口にするのであった。