更識姉の偽装恋愛   作:沖縄の苦い野菜

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第二話 最高の恋人

 

 俺の専用機はおかしな機体だ。

 待機形態は黒い羽根を模したペンダント。日常にも溶け込む、ちょっとイカしたアクセサリーなのは、密かに気に入っているポイントだ。

 

 だが、この一蓮托生とも言える相棒はどうにも、気分屋なのかもしれない。

 

「力を貸してくれ、『ルクス』――!」

 

 正式名称、『フラグメント・コルクス』を展開してまず確認するのは、スラスターの数だった。

 初めは12基あったスラスターも、今では8基にまで減っている。別に壊れたとか、調整整備した結果とか、そんなものじゃない。展開した時にはもう、何故かスラスターの数が減っているのだ。

 

 整備課エースの虚先輩や、この専用機を担当している『曙研究機関』にも調べてもらったが、原因は全く不明。ただ、機体に異常は出ていないから、そのままデータをとり続けているのが現状だ。

 

 なら、消えたスラスターはどこに行ってしまったのか?

 はっきり言うが、こちらも不明である。いや、パーツが消失するってどういう現象なんだよ、と頭が痛くなることもしばしばある。

 

 訓練をつけてくれている恋人、楯無さんもスラスターの数が減るたびに表情が険しくなる。10基になるまでは驚きと困惑の方が強かったが、9基になった時はあからさまに眉を寄せて、ジッと俺のことを見ていた。そりゃスラスターが奇数になったら意味わからないよな、と俺も思う。奇数になるとバランスもめちゃくちゃ取りづらくなるのも難点だ。

 

「……異常はない? 体調は? 気分が悪くなったり、ぼーっとしたりしない?」

 

 首筋、手首、胸、の順に触れながら、彼女は俺の瞳を真っ直ぐ見つめてくる。時折揺れる深紅の瞳を前に、嘘を吐く理由もない。

 

「オールグリーン。万全だ」

「……うん。でも、無理だけはダメよ?」

「わかってる。無理して時間を無駄にする暇もないからな」

 

 言いながら、俺はアリーナの中央に徒歩で向かう。

 そこにそびえ立つのは、円状制御飛翔(サークル・ロンド)の練習に使用するためのポールだ。これを中心に円軌道を行っていくことが、今日の課題。

 

「――始めなさい!」

 

 翼のように柔軟なスラスターが稲妻の如き青白いエネルギーを吐き出した。

 まずは二基のスラスターを噴かして円軌道を描く。円軌道に乗った瞬間にはマニュアル機体制御に切り替え、いつでも減加速を行える準備を整えた。

 

『三基! 加、加、減、四基でイグニッション!』

 

 プライベートチャンネルからの指示。噴かせるスラスターをすぐさま三基に切り替える。その途端にケツから吹き飛ばされそうになる感覚を覚えながらも、逆のスラスターの勢いを調整することで体制を整え加速する。

 

 ブン、と風切り音を残した時には、もう裏に回り込んでいる。実戦ならば、すぐさま相手が機体を旋回させて対応することだろう。あるいは、楯無さんクラスの実力であればこの程度の速度には翻弄されることなく、捕捉しながら確実に射撃武器を命中させてくる。

 想定するのは楯無さんレベルだ。ならば、既に後手に回っている現状を変える必要がある。

 

 スラスターの出力を一息に上げる。

 ――轟ッ! と、唸りを上げた瞬間には円周を広げながら再び裏に回り込めた。だが、楯無さんなら例え旋回性能の差で追いつけなくとも、ハイパーセンサーを使って感知し、精確に射撃してくることは造作もない。

 

 だから、ここで減速して相手のペースを崩す必要があった。

 

 すぐさま起動していない五基のスラスターのうち、二基を進路に向けて噴かす。突然の逆噴射にガクン! と急ブレーキを踏んだかのような衝撃を覚えるが、それでも機体制御を手放さず、瞬時に速度を一段階落とすことに成功した。

 

『こらッ! 指定したスラスター以外使ったら失格よ!』

『っ、了解!』

『最初からやり直し! 五基! 加、イグニッション! 減、イグニッション! 六基でダブルイグニッション!』

『無茶苦茶言ってくれる!』

 

 それが出来たら国家代表になれるわ! と、内心で悲鳴を上げながらも指示に従った。

 

 加速からの瞬時加速(イグニッション・ブースト)までは問題なく行えた。五基のスラスターの暴力に身を晒されながらも、何とか御し切ることが出来た。

 問題は、減速からのアクションであった。

 

 すぐさま使用中のスラスター二基を一瞬停止し、向きを調整して逆噴射。内臓が宙に浮くような衝撃に歯を食いしばり耐え、減速に成功してすぐ二基のスラスターを切って元の向きに向けながら、エネルギーを取り込み溜める。

 その一連の動作は、僅か二秒にも満たないアクションだ。刹那でも気を抜けば、機体制御が出来ずアリーナの障壁に激突することは必至だ。度重なる負荷に意識が飛びそうになりながらも、それでもやり切らなければならないのだ。

 

「がぁァァアアアアッ!」

 

 もはや自分でも何を口走っているのかは理解していない。

 ただ気合と根性を振り絞って、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を実行した。

 

 

 プチン、と音が聞こえたような気がした。

 

 

(あっ、ヤベエ)

 

 体が吹き飛んだ。

 視界がぐちゃぐちゃに入り乱れ、音もなく衝撃に身を打ち据えられた時。

 

 俺の意識は、闇の中に引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ミツキ君!」

 

 アリーナの観客席とを阻むシールドに激突して墜落した彼のもとに急いで向かう。

 うつ伏せに倒れた彼を仰向けに起こして、容態をすぐに確認する。絶対防御のおかげで、外傷自体は見られない。

 

「まさか、無意識に二重加速(ダブルイグニッション)を使っちゃうなんて……」

 

 本人はきっと、意識したつもりはないのでしょうけれど。

 わずかな訓練時間の間に、彼はこうして気絶してしまったけれど、収穫はこれ以上なく大きい。

 

「機体制御がマニュアルじゃなければ、成功していたでしょうね」

 

 そもそも、彼の専用機はIS初心者が乗るような機体ではない。

 

 『フラグメント・コルクス』。

 その特徴は元々6対12基あった黒い翼を模したスラスターだ。目に見えた機動力特化の暴走特急。スペック上は音速を優に超える規格外の性能を持っている。

 

 そんな暴走特急への搭乗は、当然身体への負担が尋常ではない。だからなのか、彼の専用機の装備は全て、外付けのエネルギーバリアなどの操縦者保護に特化……というより、拡張領域まで使ってそれのみを大量に搭載している。

 

 明らかに、対ISを想定した機体性能はしていない。

 

(今は4対8基まで減った……けど、それだけでもオーバースペックよ)

 

 何より問題なのは、背中側に本来あるはずの、メインスラスターが搭載されていないことだ。

 彼のISは、常に対となる2基のスラスターをバランスよく使わなければ真っ直ぐ飛ぶことができない。メインスラスターがあるならそれを使うだけで出来ることを、彼はほとんどマニュアルで調整しながら飛んでいる。

 

 とても、戦闘動作が実践できるだけの余裕が残っているとは思えない。

 

 だから、彼が目指すべきは『キャノンボール・ファスト』の世界大会優勝。そう言い切りたかったのに。

 

(セカンドマンの肩書きを塗り替えるには、それだけじゃ足りない)

 

 卓越した操縦技術。超越した飛行能力。広い視野を持って不測の事態に即応できる判断力。『キャノンボール・ファスト』に勝利するために必要なものは、職人が最高の一作を完成させるような、内向的で芸術的な要素が多くを占める。

 

 それだけじゃ、自分の身を守るには足りない。

 

「『曙研究機関』も、何を考えているのかしら」

 

 こんなピーキーな機体を渡すなんて、という言葉は飲み込んだ。

 何故なら、この機体がピーキー過ぎたからこそ、彼の操縦技術は目を見張るほど成長したのだから。

 

「窮すれば通ず*1ってやつなのかしら」

 

 ISの飛行操作は、IS乗りにとっては初歩中の初歩。彼の周りはきっと、それを簡単に乗りこなしていったでしょう。自分だけが機体に振り回される中、どれだけ心を砕いて努力を積み重ねてきたのか。

 

「よく頑張っているわ」

 

 いつの間にか、彼のISは待機形態に戻っていた。

 まだ、彼は起きない。

 

「よいしょ、っと」

 

 彼の頭をそっと両手で持ち上げて、自分の膝の上に置く。

 いつも険しくて、引き攣ったような表情。それが寝ている今は、柔らかく綻んでいる。私といるときも結構柔らかいけど。それよりもずっと、安心し切った顔だ。

 

 少し白髪の混じった彼の黒髪を梳くと、くすぐったそうに身じろぎした。

 こんな幸せが真実で、こんな幸せが当たり前のように享受できるのなら、どれだけよかったか。

 

「今は、ゆっくり休んで」

 

 私はきっと、この子に「頑張れ」って言葉をかけることはできないけれど。

 頑張る男の子を、そっと支えるくらいなら続けられる。

 

 だから、私も全身全霊で君を指導する。

 手加減なんてしてあげない。同情や哀れみなんてもってのほか。

 

「頑張る男の子は大好きよ」

 

 だから、指導以外の時は甘やかすの。

 耳元でそっと囁いてあげれば、くすぐったそうに顔を背けた。寝ている時は照れ屋さんなのかしら。

 

 

 こんな時間も、あと5分くらいしかなさそうだけど。

 そんな時間を大切に出来てこそ、心も身体も休まって、次の指導のための地盤が整う。

 

 次の特訓では何分もつかはわからないけど。

 私は、私にできることをするだけよ。

 

「だって私、あなたの恋人なんだから」

 

 確認するように、私は今日も口にする。

 あなたの恋人だってことを忘れないように。

 

 

 

 私は、最低の女だ。

 

 

*1
事態が行き詰まって困りきると、かえって思いがけない活路が開けてくること





評価いただきまことに恐悦至極。
ありがとうございます!
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