更識姉の偽装恋愛   作:沖縄の苦い野菜

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第三話 お前の被弾率を数えろ

 

「天川。今から山田先生と模擬戦をしろ」

 

 授業中、ISの実技訓練の時に出された指示に、俺は思わずガッツポーズが出そうになった。

 人が居なければ咆哮を上げていただろう。

 

「はい!」

 

 返事の力の入り方は五割り増しだ。すぐさま『ルクス』を展開しながら、翼を模した4対8基のスラスター……もう長いから、ウイングスラスターと勝手に命名する。このウイングスラスターも、機嫌が良さそうに柔らかく靡いている。

 

「ふむ、展開時間0.3秒か。一年が終わるまでには0.1秒を切れるようにしろ。いいな?」

「可能な限りは短くします」

 

 それ以上の追及はなく、織斑先生の視線が山田先生の方に向いた。すぐに始められるようにしろ、と言っているのだろう。

 軽く跳躍して、スラスターを噴かせる。空中10mのところで静止し、PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)*1をマニュアル制御に切り替える。

 

『成果を見せてくださいね』

 

 開放回線(オープンチャンネル)*2で対戦相手の山田先生からの激励を受け、俺は頷くだけで返す。元気よく返したはいいが、正直なところ勝てる可能性は皆無だ。そもそも俺、武器がないのだから。

 

「……必殺、悪質タックル(バードストライク)でも決めるしかねえな」

 

 冗談ではなく本気だ。というかこれ以外に攻撃手段が大真面目にない。

 問題は、あの山田先生との距離を詰められるかどうか。そこに全てが掛かっている。

 

『それでは――はじめッ!』

 

 

 

 開幕と同時に繰り出されるのはブースト旋回だ。お互いに考えることは同じで、すぐさま円状制御飛翔(サークル・ロンド)*3の応酬となる。とはいっても、俺は避ける専門だけど。

 

 山田先生の機体はラファール。左手から繰り出される連射ショットガンの面制圧から逃れるために円周を広げると、それに合わせるように山田先生も加速して円周を狭めるような軌道を描いてくる。

 それだけじゃない。それでも何とか円周を広げようと加速しようとしたところに、未来予知でもしたかのように右手持ちしたスナイパーライフルの弾丸が飛んできて、出鼻をくじかれる。

 

「ちぃ!」

 

 距離を取って連射ショットガンの射程外に出ようとしても、巧みな弾幕、誘導のせいで距離を離し切れない。スペック上、抜きん出て俺の『ルクス』が優秀であるにも関わらず、相手の間合いから抜け出すことが出来ない。速力に任せて無理やり直線起動に切り替えると、音速の三倍で飛んでくるライフルのいい的だ。

 

 それもこれも全て、円状制御飛翔(サークル・ロンド)の熟練度の違いのせいだった。

 もちろん、俺が射撃武器で山田先生を牽制出来ない点にも問題は大ありだ。だが、本来はそれを補って余りある機体性能のおかげで、そんなデメリットは打ち消せる……はずだった。

 

 これが、この円状制御飛翔(サークル・ロンド)の恐ろしいところだ。

 この技術はいわば、己の間合いを完璧にコントロールする、初歩にして奥義と言い張って過言ではない技術。

 

 つかず離れず、あるいは距離を開けてライフルで大ダメージを、間合いを詰めて近接戦闘に。

 

 円軌道だからこその盲点だ。円周を把握するためには、開始地点から少なくとも半周しなければいけない。ちょっとやそっと軌道を変えただけじゃ、いくらハイパーセンサーの補助を受けているとは言えども、お互いの距離が実質どれだけ差異が生じたのかなどわかる筈もない。

 

「っ――」

 

 噴かせるウイングスラスターを五基に増やす。更に使っていない二基を逆方向に向けて、いつでも減速に備えながら、最後の一基にエネルギーを溜め込む。

 

『3分間。被弾ゼロとは、成長しましたね』

 

 山田先生は射撃の手も、円状制御飛翔(サークル・ロンド)の制御も緩めず称賛してくるが、そんなのを聞いている余裕はなかった。

 

 

 ――というか、山田先生なんでついてこれるの? もう既にラファールの最大スペックの2.5倍の速力出しているはずなんですけどねぇ!

 

 

 ぐんっ、と一息に爆発的な加速力を得る。

 ――瞬時加速(イグニッション・ブースト)。たった一基のウイングスラスターで使っただけで、円周は一息に膨らんだ。

 

 ――ヒュン、と耳元を風が切った。

 

『あっ、惜しい! 今のは当たると思ったんですよ?』

 

 山田先生は既に、両手にスナイパーライフルを持ちながら、眉に力を入れてこちらを狙ってきていた。

 

 

 

 

 ――はぁァァああああ!?

 

 

 

 

 ざっけんな! と、心の中でそれはもう叫び散らした。

 だってフェイント入れたよね? 減速すると見せかけてウイングスラスター二基を逆方向に向けたよね? えっ、何でさも当たり前のように瞬時加速(イグニッション・ブースト)にドンピシャで合わせてきたの? しかも間合いを離す方を読まれてるし!

 

 ゾクゾクッ! と、背筋が凍るような寒気が走った。理解したというか、させられた。山田先生は巧すぎる。

 

 もはやなりふり構っていられない。ウイングスラスター4基にエネルギーを溜め込みながら、逆に向けていた二基のウイングスラスターで減速。相手のライフル弾はあらぬ方向に飛んでいったことから、山田先生も未来予知出来ているわけではないことがわかる。

 

 ――機は熟した。

 まず一基。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を点火しながら、他の通常運用していた二基のウイングスラスターは円軌道修正のために円周の外側に向けて噴かせる。

 続け様に二基目。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を点火する。ほぼ同時に先ほど点火したウイングスラスターは軌道補助に回した。この時点で円軌道から投げ出されそうな速力の洗礼を、歯を食いしばり両腕を顔の前で交差させながら両手に力を込めて耐える。その甲斐あってか、まだ円状制御飛翔(サークル・ロンド)の制御は手放さず、その上で完全に山田先生の後ろをとることに成功する。

 

「まだ、だァ……!」

 

 見えていないから、なんて油断はしない。

 山田先生は迷いなく右手持ちしたライフルの銃口を予測地点に向けている。明らかに、まだ接近戦に持ち込まれないだろう、という確信を持った行動だ。そして実際、この回の俺は読み負けたことになる。

 

 

 

 ――そう思っていたか?

 

 

 

 山田先生の背後をとった瞬間、俺は残り二基に溜めていたエネルギーを一気に解放した。同時に、二度目の加速後に握り込んでいたエネルギーバリア発生装置『鳥籠』を起動する。

 

 ギチギチ、と金属に馬鹿げた圧力をかけた時のような音を鳴らしながら、軌道がほぼ直角に変わる。車に横から轢かれたかのようなとんでもない負荷も、ウイングスラスターの暴力によってねじ伏せる。

 

 ブチ、と何かが千切れたような、ひしゃげたような音が聞こえてきたが構わない。

 山田先生の背中はすぐ目の前。もはや瞬時加速(イグニッション・ブースト)を点火されたとしても確実に当たる。

 

 勝った! と、確信した瞬間に。

 目の前に深緑色のパイナップル*4が群生していた。

 

「あっ」

 

 爆発オチなんてサイテー! なんて、多分心の中の遺言はそんな感じだった。

 別に爆発は『鳥籠』によって無力化できたから問題はない。

 

 ただ、その『鳥籠』がパイナップルの爆発の直撃を受けたせいで、『鳥籠』の内部エネルギーを全損させられた。

 そして、爆発の煙とフラッシュが晴れた先に待っていたのは。

 

 

 

 ――やぁ、と顔を出す地球の姿。

 

 

 

 俺は亜音速の勢いそのままに、いと雄大な大地と熱い抱擁を交わすことになるのであった。

 

 

 やっぱすげぇよ、山田先生は。

 かわりに俺は、盛大にヤムチャした。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「まんまと山田先生に嵌められたな馬鹿者め。円状制御飛翔(サークル・ロンド)の時、角度が変わっていることに気づかなかったお前の完敗だ」

「か、返す言葉もありません……」

「でも、回避率は目に見えて上がりましたよ! あとはもう少しじっくり、駆け引きをすることを覚えれば大丈夫です!」

 

 セカンドマン、天川光樹(あまかわみつき)

 山田先生との模擬戦の批評において、周囲の生徒たちは意図せず一様に沈黙していた。

 

 理由は単純。

 実践された内容も、批評された箇所も、結果と評価そのものが、飛び抜けて見上げた場所にあったから。

 

 ――本当に、天川君なの?

 誰かがそう呟いたような気がした。誰の耳にも届いていない筈なのに、誰もの耳にそう聞こえた気がした。

 

「……まるで、別人ですわ」

 

 クラスメイトの中で、特に舌を巻いたのはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットであった。

 観戦していた生徒の中で、今の模擬戦がどれほど高度なものであったのか、最も理解していたのは彼女に他ならない。あの射撃専門のセシリア・オルコットが、ぐうの音も出せないことが、一体どれだけ凄まじいことなのか。

 

 模擬戦の顛末は確かに無様なものだった。亜音速で大地に激突し、シールドエネルギーを全損させる体たらくだ。先生方の批評がなければ、笑い声が聞こえてきてもおかしくないほど、滑稽な結末。

 

 されども、過程は誰もが息を呑むほどの激戦であったことは、肌身に鳥肌が立つほどよく感じ取っていた。

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)って……冗談じゃないわよ」

 

 中国代表候補生、凰鈴音(ふぁん・りんいん)は絞り出すように呟いた。拳を握りしめながら、彼女は先ほどの試合で使われた数々の技術を思い返し、歯噛みする。

 

「この馬鹿者が使っていたのは個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)ではない。勘違いしている者がいるので訂正しておく。あの戦闘中、最後に繰り出したのは二度の瞬時加速(イグニッション・ブースト)に、二重加速(ダブル・イグニッション)だ。……お前たちはこの馬鹿の真似は絶対にするな。あの軌道を真似すれば、骨折に加えて内臓破裂の危険が伴う」

 

 織斑先生の解説に、凰鈴音(ふぁん・りんいん)の表情が引き攣った。「そっちの方がヤバいわよ」と一人ごちるが、それは聞き流されたのか、それとも聞こえなかったのか。

 

「次こそは、ちゃんと撃ち落としますね」

「怖いことさらりと言わないでくれません? 山田先生」

「ごほん。……あー、諸君らに見てもらったのは、本物の空中戦を目に焼き付けてもらうためだ。将来、アレくらいは出来なければ国家代表候補生にもなれないものと思え。わからないことがあれば、私か山田先生に聞きに来るように」

 

 パン、と織斑先生の柏手が響くことで、重く湿った空気が一息に吹き飛んだ。まるで清涼な春風でも舞い込んだかのように、空気が澄んでいく。

 

「これより飛行訓練を行う。織斑、オルコット、凰、山田先生を班長にグループを組め。天川は機動技術の指導員として、各班の者からの質問に回答しろ。私もそちらに回る。――各自、迅速に励め!」

 

 

 ――はい! と、元気の良い返事が、青い空の下で響き渡る。

 

 

 

 女生徒たちが押し寄せる中、ファーストマン、織斑一夏はこう思っていた。

 

(ミツキのやつ、すげえな)

 

 誰よりも実感のこもった感想は、彼の胸の内だけにとどまった。

 

 

*1
物体の慣性をなくしたかのような現象を起こす装置。主に浮遊や加減速に使用される

*2
生放送や拡声器の真似事が出来る機能

*3
互いが円軌道を描きながら不規則な加減速を行い回避する技術

*4
手榴弾のこと





たくさんの評価、そして感想の方、まことにありがとうございます!
心を躍らせながら、まだまだ連載、続けさせていただきます。
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