学園から支給された通信端末の画面をスワイプする。出てくるのは、様々な近接武器が紹介されたページだ。一般的な近接ブレードはもちろんのこと、取り回しのいい短刀、内蔵機構搭載(例えば仕込みマシンガンなどが搭載された)ランス、腕部固定のエネルギーサーベル、相手の装甲と接触することで火薬が炸裂するメリケンサックに、果ては電撃鞭やパイルバンカーなんていう色物武器まで。
「うーん……」
事の発端は、今日の授業で行われた山田先生との模擬戦闘だ。最後は亜音速で大地と正面衝突することになった、あの無様な結末。
俺の専用機である『ルクス』の性能は、お世辞を抜きにしてもマシンポテンシャルが高い。今まではその性能を引き出すために、操縦技術に絞って訓練してきたわけで。そのおかげもあって何とか、山田先生との模擬戦も「戦闘」という体裁を保つことが出来るようになっていた。
操縦技術に絞って訓練していた理由は単純明快で、結局のところ己の半身ともいえる専用機の性能を引き出せなければ、何事においても中途半端になる。そう考えただけだ。
もっと正確に言えば、『ルクス』の機体性能を十全に扱うことが出来れば、並大抵の敵は文字通り鎧袖一触に負かすことが出来るからだ。カタログスペックだけみれば、第二世代機の機動力を十数倍上回り、同じ第三世代機の機動力と比較しても余裕のダブルスコアがつくレベル。
だが、機動力に全て振り切ってしまった分、操作性についてはお粗末と言わざるを得ないのが、うちの相棒の困ったところ。
現に、俺は楯無さんあるいは山田先生からの濃密な訓練を入学二日後から一日も欠かすことなく受け、その上で織斑先生に幾度となくアドバイスをもらって尚――相棒の性能を2割しか引き出せていない。
最初の一週間なんて酷かった。何が酷いって、ウイングスラスターを噴かせただけでアリーナの障壁に叩き込まれるくらいには酷かった。まともに飛べるようになるまでに、一週間掛かる*1なんて誰が予想出来るだろうか。
――巻き込まれたとは言えども、クラス代表決定戦の時は酷かったなぁ……。
試合開始と同時にアリーナの障壁に激突し、会場が静まり返ったのは軽いトラウマだ。思い出すだけで頭が痛くなる。
諦めはしなかった。だが、直線軌道の暴走特急でしかなかった俺はオルコットに蜂の巣にされて、一夏のやつには返す刃で一撃必殺を決められた。
クラス代表決定戦のあとは、それはもう無様に泣いた。
自室に引きこもって泣いて、夜にアリーナの近くで叫び散らした。出来る限りの努力をしたのにあの様だったから、余計に心にキた。
滑稽だ。何せ当時は、「勝負」すら出来ていなかった。あの時ばかりは、心をへし折られた。大真面目に死にたくなって、IS訓練中に事故死しねぇかな、くらいは考えていた気がする。
そう言えば、それを境にだった。『ルクス』のウイングスラスターが減り始めたのは。
思いの外、相棒は気遣い上手なのかもしれないと思う。操作性に難癖をつけるウイングスラスターの数を自主的に減らしてしまったのだから。
「あぁっ、クソっ……」
悔しい。
腸が煮えくり返りそうだ。
最速で最強で最高の相棒に、俺が窮屈な思いをさせている。
十二枚あった翼が、今じゃ八枚しかない。俺の不甲斐なさが、相棒から翼を奪ってしまった。
ISには意識に似たようなものがある、というのは授業でも習ったことだ。だからきっと、『ルクス』は俺に合わせて、翼を仕舞い込んでしまったんじゃないか、って。今では特にそう思う。
何せ、操作性が本当に違っている。十二枚の翼と、八枚の翼じゃ、八枚の方が圧倒的に操作しやすいのだ。今も相棒が十二枚も翼を持っていたなら……俺は、今の領域にたどり着けていた気がしない。
たとえるなら、八枚の翼の時は両手の指をそれぞれ動かしているような感覚。十二枚の翼の時は、両手の指と両足の指をそれぞれ動かしているような感覚。どちらにしても、それぞれ指定した指を、思い描いた力加減で動かさなければならない。それが両手か、両手足かでは、難易度がまるで違う。
「――っ、はぁぁ――」
沈んでいく気持ちを浮上させる。マイナス思考になっていても、得るものは何もない。
今やるべきことは、どうやって相棒に乗って勝つか。勝つための武器を、どうするべきか。
「つっても……」
搭載されているエネルギーバリア発生装置。これは搭乗者である俺を『ルクス』の負荷から守るための、いわば安全装置のようなものだ。
特に、無茶な軌道をするときにこれを使うと使わないで降りかかる圧力がまるで違う。本来「肋骨がバキバキに砕け散るような衝撃」も、エネルギーバリアを用いることで「車に撥ねられたかのような衝撃」くらいに緩和される。何でそうなるのかはわからないが、PICを応用した技術がもしかしたら使われているのかもしれない。
つまり、エネルギーバリアの搭載数は「無茶な軌道を出来る回数」に直接影響する。『ルクス』の最大の武器が機動力である以上、その機動力を損なわないための武装を安易に放棄することは出来ない。
かといって、それだけで勝てないのもまた道理。エネルギーバリアを纏って「亜音速体当たり」を繰り出せば、確かに大ダメージは狙えるが。
だが、それは直撃した場合に限るのだ。掠っただけじゃ、それこそブレードのカス当たりにも満たないしょっぱいダメージしか通らない。
加えていうなら、「体当たり」という攻撃方法が欠陥だらけだ。これしか選択肢がないとなれば、相手に俺が「確実にゼロ距離まで接近」してくることがバレてしまう。そうなれば、今日の山田先生との模擬戦のような対策を取られてしまう。
「最低でも、択を迫れなきゃダメだ」
別に近距離以外の攻撃手段が欲しいわけじゃない。近距離だけに絞るとしても、「奇襲突撃」だけじゃなく、「接近戦を持ち込める」択が欲しい。今の『ルクス』で出来る「
「重心がブレるブレードはダメだ。……短刀だと攻撃力に欠ける。一撃必殺狙うならパイルバンカー……取り出すのがスムーズにいければ、アリか。いや、でもそれよりもっとコンパクトなやつが――」
「んー、それなら槍なんてどうかしら?」
「っ!?」
突然耳元で声が聞こえてきて、危うく椅子から転げ落ちそうになる。心臓がバクバクとこれ以上なく早鐘を打っている。
「び、びっくり、したぁ……! 脅かさないでくださいよ!?」
慌てて声のした方を見れば、楯無さんが立っている。目元を愉快そうに細めて、広げた扇子で口元を隠しながら。扇子には、「油断大敵!」の文字。
「えー。ちゃんと挨拶したのに、聞いてないミツキ君のせいだと思うなー?」
「……えっ? ……あ、いえ。あー、おかえりなさい?」
「はい、よく言えました。ご褒美は――」
パチン、と扇子を一度閉じてから、また開かれた時。
「特訓!」という文字が書かれていた。
相変わらず、その文字が切り替わるのはどういう仕掛けなのだろうか。そんな益体のないことを思いながら、楯無さんの方を見る。
「ま、それは少し後。山田先生との模擬戦の話、聞いたわ。見違えるようだった、って」
「いや、そりゃそうだろ。だって前の時って言ったら……うん」
比較対象のハードルは地面にめり込んでいる。ぶっちゃけ比べられたところで、本気で嬉しくない。何なら思い出すだけ古傷が痛むようだった。
パチン、と扇子を閉じられる音を聞いて思わず顔を上げる。というか、いつの間にか顔を伏せていた。
「恥じるよりも、誇りなさい。一年生の中なら、操縦技術でミツキ君の右に出る人はいないわ」
「でも、所詮は井の中の蛙だ」
「うん。その心意気は良し。でもね――」
気づいた時、息遣いが耳元から聞こえてきた。
自分の頭を、ぽん、ぽん、とあやすように叩く手の感触が伝わってきた。
「心が、壊れちゃうわ。ミツキ君は、凄く頑張ってるの」
声が、優しかった。
この人の思い遣りが、気持ちが、胸の奥に染み渡るように。
ツン、と鼻の奥を優しさが突く。
「お姉さんのこと、信じられない?」
「信じてる。世界で、一番」
楯無さんの髪が、首元をくすぐった。
自分の手に、力が入る。
「――
頭を撫でられた。
視界が霞む。雨が降っているかのようだった。
「俺の方が、ありがとう、って」
「……うん。すごく、伝わってる」
雨が降っている。
降ってほしくなんてないのに、土砂降りだ。
「本気よ。ミツキ君は、誰よりも頑張ってる」
「……っ」
あぁ、声が出ない。
届けたい思いが、ずっと遠くのあなたに届かない。
「大丈夫。ミツキ君は、もっと、ずっと、強くなる。今でもとっても、強いのに。ね?」
「っ――」
弱いじゃないか。
何も返せないくらい、全部背負わせてしまうくらい、貧弱じゃないか。
「ミツキ君、あなたが自分を信じられないなら、聞いて。あなたのことを信じる、私を信じて」
「――っ!」
体の力が抜けていく。腹の奥から、喉を通って、口から全部、抜けていく。
男の意地なんて捨てて、その優しさに縋り付いた。
俺はきっと、あなたの足を引っ張りながら、この気持ちを伝えている。
届け、届け、と声を上げている。
「よし、よし。泣いていいのよ、男の子。甘えていいのよ、彼氏君。だって、私はあなたの恋人だから」
「あり、が、どう゛……!」
「いいの。恋人なら、これくらいの器量をみせるのが、いい女の条件ってやつよ」
惚れ直した、と言っていいのだろうか。
あるいは、より深く惚れ込んだ、の方が正しいかもしれない。
多分俺は、この人に一生かけても返せない。それだけ大きな恩がある。
優しすぎるんだ。器が広すぎる上に、底は深いし、善人が過ぎる。
だから俺は頑張れる。
この人に、これ以上背負わせないためにも、どれだけバキバキに心を折られようが。この人の為なら、何度だって立ち上がれる。
「……頑張るから」
「うん。ずっと見てるわ」
そうだ。過去なんて振り返る余裕があると思うな。
今だ。そしてこれからだ。やれるだけのことを、全てやり切るんだ。
その上で、胸を張るんだ。この人に誇れる俺であるために。この人が誇れる俺であるために。
「今日も。訓練、お願いします」
「よろしい。顔を洗ってから、第四アリーナに来て」
鏡を見れば、酷い顔が映っていた。
もう目が充血して真っ赤。目元は腫れてるし、涙の跡がピエロのメイクのようにくっきり残ってる。
「俺にだって、意地はある」
意地っていうのは、捨てる時と貫き通す時がある。
この意地は、何があっても貫き通す意地。
心の底からあなたに惚れ込んでいるから、貫き通さなきゃいけない意地がある。
「絶対に、負けねぇッ!」
パン! と自分の頬を両手で叩いた。めちゃくちゃ痛いし、真っ赤な紅葉がそれはもうくっきりとついたが、頭の中はこれ以上なくスッキリした。
アリーナに向かう途中。
見上げた空は、これ以上なく澄み渡った青色だ。
雨上がりの快晴。
気分はこれ以上なくハレルヤ。