良い話と悪い話、どっちから聞きたい? っていうのはよく聞くフレーズだ。ただ、まさか自分が当事者になるなんて思ってもみなかった。
俺はケーキのイチゴは最後に食べる派だから、先に悪い話からしよう。
我が一年一組に厄介な転入生が来るらしい。
これだけなら別に「へー」とか聞き流せるんだが、何と一人は男だとか。ついでに、男装している女性らしい。楯無さんがリークしてくれた。
うん、もうお腹いっぱいだ。何? 産業スパイなの? それともただの広告塔? IS学園に入れたんだから、相当な権力をバックに持っているんだろうけど。厄介ごとの臭いしかしない。そんなくだらないことで時間を割かれたくない。
まぁ、そんな厄介ごとが悪い話。極力その転入生からは距離を置こうと思う。
続いて良い話だが、『ルクス』のウイングスラスターが10枚に戻っていた。何だか相棒に認められたみたいで気分が非常に良い。操縦難易度自体は上がったが、これから更に腕を上げて、十全に乗りこなせるようにするつもりだ。
まぁ、8枚の時でも若干持て余し気味だったんだが。スパルタな相棒の期待には応えなければならない。
そんなモチベーションもメンタルも機体性能も回復したことが良い話。ここ最近ほとんどいい話がなかったから、『ルクス』のウイングスラスターが10枚に戻っていた時は、アリーナで他の人がいるにも関わらず泣いて喜んだ。その後の訓練では、さっそく痛い思いして心の中で泣いた。
あと、最近ようやく気づいたこともあった。
うちの相棒の搭載装備についてだ。てっきり操縦者保護のためだけに余力を割いたのかと思ったら、乗っているうちに違う可能性に気づいたのだ。
「楯無さん。うちの相棒の装備がバリアだけなのって……ギリギリ法に引っかからないためだったりします?」
これを聞いた時の楯無さんの表情を忘れられない。何というか、弟の成長を見守る姉のように、優しい目をして頷いていた。
次の瞬間には扇子を開いて「お見事!」なんて文字を見せた時は、あぁいつものこの人だな、と苦笑が漏れた。
「十中八九そうでしょうね。その機体性能で殲滅兵器とか、爆弾系の武装があったら……うん。引っかかるでしょうね」
「うわぁ……」
くっだらねぇ、と内心で吐き捨てる。楯無さんがどうこうとかじゃなくて、上の人間がいかにISについて興味がないのかわかる、という意味で心底くだらない。
「わかるけど。所詮467機だろ。宇宙行けよ……」
そしてそのとばっちりで、俺がこんな窮地に立たされていると考えると吐き気がする。完全に宇宙航行用の装備なら、適性があったところでここまで酷いことにはならなかっただろうに。
ISに興味のない権力ばかり持ったやつらのせいで、人生ほぼ詰みとか。冗談にしたって笑えない。
「それが出来たら、昔から戦争なんて起きないでしょうね」
「……そうだな」
正論すぎて泣きたくなる。文明人ぶったところで、所詮は人間も種族的に畜生と変わらないらしい。地獄に堕ちろ。
いや、俺はもう地獄の底みたいなところに居るか。神様がいるなら、閻魔帳の書き損じについて問い詰めてやりたい。
「あら……?」
楯無さんが不思議そうに俺の胸元……いや、『ルクス』のことを見ていた。何かあったのだろうか。はてと首を傾げると、楯無さんが口を開く。
「ミツキ君の専用機が、一瞬光ったように見えたの」
「『ルクス』が?」
「えぇ。気のせいじゃないと思うけど……何か通信でも入ったり……は、してないか」
一瞬、どんよりとした空気が生まれた。ただ、それを吹き飛ばすように、彼女は「それより!」と明るく声を上げる。
「前から気になっていたんだけど。ミツキ君、自分の専用機のことを何で『ルクス』って、愛称で呼んでるのかしら?」
「ん、いや。あー……」
今更すぎるツッコミだった。あるいは、俺を気遣ってわざと、聞くタイミングを遅らせていたのかもしれない。
ただ、これは何というか。話しにくい。俺の限界メンタルで今の今まで続いている習慣というか、願いと懇願のような。独りきりだったときに、最初に縋りついたからというか。
「……一番最初に泣きついて、応えてくれたから」
思えば、相棒には世話になりっぱなしだ。
寂しいやつと思われるかもしれないが、最初の頃の愚痴とか怒りとか悲しみとか。感情全部こいつにぶつけていた気がする。何でって、その時はまだ楯無さんも山田先生も居なかったから。ぶつけられる相手が相棒しかいなかった。だから、ひたすら聞き役に徹してもらっていた。
そう考えると、相棒はよく俺のこと見限らないでくれたな、と心底思う。思いの外、こいつの人格は面倒見のいいアニキや姉御肌なのかもしれない。
「そう。……大切にしているのね。とても良い事だわ」
きっとその想いに応えてくれるわ、と楯無さんは微笑んだ。扇子を閉じて開くと、「感動!」なんて文字が書かれている。
そこまで大きく反応されると、気恥ずかしさがある。というより、人に聞かせる話じゃねぇ、と改めて思う。楯無さん以外には誰にも話すことはないだろう。
「想いに応えてもらう前に、俺がこいつに応える方が先だけど。応えてもらうばかりじゃ格好悪い」
どれだけ相棒が応えようとしてくれても、俺がそれに応じる力がなければ始まらない。まずは俺が、相棒をもっと理解する必要がある。
「ふふ。ならこれから、私と模擬戦なんてどうかしら?」
「ぜひ」
二つ返事だ。断る理由は微塵もない。ボコボコにされるのは目に見えているが、この人との模擬戦で得るものは膨大だ。
何より。生徒会長としても、ロシアの国家代表としても多忙な人だ。わざわざ作ってくれた時間を、無碍に出来るわけがない。
「行くぞ、『ルクス』」
今日こそは勝つために。俺たちが目指す場所は、いつだって変わっていないのだから。
握りしめた黒羽根のペンダントが、わずかに熱を持った気がした。
◆◆◆
《警告:大気中の水分量が増加》
『ルクス』からの警告を知覚した瞬間には、ウイングスラスター四基を用いて楯無さんから距離を取った。幸い、攻撃モーションに移る前に間合いから離脱は出来たが。
「上出来よ。あと一秒でも遅れていたら堕ちていたわね」
「油断も隙もない!」
楯無さんの専用機『
目に見える形、あるいは見えない形でも。あの手この手で相手を搦めとり、隙が出来れば容赦のない水蒸気爆発による大ダメージが待っている。遠近どちらに対しても幅広い武装を積んでいて、安全地帯が存在しないオールラウンダー。
どの距離に居ようが、動きを止めればいい的にされる。現に、急速に近接間合いから離脱した今は、槍に附属した四門ガトリングが火を噴いている。
「円軌道も緩急もモノにしたみたいね!」
「こんな豆鉄砲避けられなかったら、機動力が泣くんでねッ!」
三基でブースト、二基で逆噴射、その後四基でブースト、さらに
カチッ、と弾幕の途切れる音を『ルクス』が拾ってきた。
その瞬間、俺は六基のウイングスラスターにエネルギーを溜め込む。今できる最大限度、ありったけの力を込め、拳を握りしめ、残り四基のウイングスラスターを噴かせて接近――するように見せかける。
「あらっ」
突然の、普通のISであればほぼトップスピードでの突撃、からの急停止。
PICをマニュアルで細かく調整することで行える、慣性の完全瞬時停止。
「いっけぇぇぇええええ!」
握り込んだバリア発生装置『鳥籠』を起動すると同時に、二基のウイングスラスターが溜め込んでいたエネルギーを吐き出した――!
「っ!」
楯無さんの行動は素早い。避けられないとわかるや、すぐさま槍の石突でエネルギーバリアの淵をいなしながら、その衝撃とスラスターの力でくるり、と踊るようによけられてしまう。
「まだだァ!」
『ルクス』の足が、アリーナの障壁を削る勢いで掴む。ギャリ、と金属を引っ掻いたような嫌な音も、今は全く気にならない。
宿り木にとまった俺たちは、再び咆哮する。
障壁から跳躍でもするように。同じく二基のウイングスラスターで同時に
されども、楯無さんも甘くはない。最初から最後まで、この人は俺から視線を外していなかった。それでも、ここから槍で迎撃するだけの時間的猶予はない。
「でも、残念♪」
パチン、と半ば未来を予測するかのような、起動の合図。
目の前に走る、朝焼けのような光の奔流。あぁ、水蒸気爆発の合図だ。
このままでは、俺はあの爆発の中心に身を晒され、『鳥籠』ごとシールドエネルギーを根こそぎ奪われたうえで、爆風に機体制御を手放してしまうだろう。あれだけのダメージを食らいながら今、機体制御を手放さない自信が俺にはない。
――わかっていた。
俺の口元は吊り上がっている。そう確信するほど、予想通りの展開。
そうだ。初めからわかっていた。
楯無さんを討ち取るためには、足りないと。この人に攻撃を当てるためには、堅牢な近接武器での応酬を避ける必要があった。まともに付き合えば、次の瞬間には「アクア・ナノマシン」による攻防一体の乱舞が待っているからだ。
零距離まで近づけるだけの猶予を作れたとしても、まだ安心できない。いつばら撒いたのか、用意しているのかもわからない、水蒸気爆発のいい的になる。直撃すれば、一撃必殺すらあり得る攻撃だ。
だが、この水蒸気爆発を避けてしまえば、楯無さんは態勢を立て直し、仕切り直されてしまう。
今のスピードじゃ、爆発に吞み込まれ敗北する方が速い。
――なら、俺たちがもっと速くなればいい!
これで全力。
エネルギーを溜めていた残り二基のスラスターは、既に全開の出力を吐き出していた。
吐き出すエネルギーは、黒い翼の先に純白の羽根を映し出す。
朝焼けの光よりも速く、俺たちは駆け抜ける。水色の淑女目掛けて、一羽の烏が飛び込んだ。
もはや、楯無さんに次のアクションに移れるだけの余力はなく。
「うおぉぉおオオオ――ッ!」
――パシャン、と。
「……、……はっ?」
音を立てて、楯無さんの身体が飛び散った。
――いや。
《警告:大気中の水分量が増加》
相棒からの警告が響いた時には、もう旋回出来るだけの余力が残されていなかった。
「惜しかったわね、ミツキ君」
パチン、とまるで扇子でも閉じるように。
この戦いの幕もまた、朝焼け色の奔流に吞み込まれて、閉じられるのであった。
最後はきっと。
俺は心の底から笑いながら、本体の楯無さんのことを見ていたと思う。
高い目標に、あっぱれ。
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