セカンドマン、天川光樹は一年一組の中ではひどく浮いていた。
自分から誰かに話しかけることはなく、ふと見たときには、参考書や専門書を片手にメモを取っている。あるいは、熟読している。本人があまりに真剣な表情をしているもので、興味本位に声をかけられる雰囲気ではない。
「よっ、ミツキ。そろそろ飯に行かないか?」
そんな中、勇者が彼に声をかけた。
セシリア、箒を後ろに引き連れた織斑一夏だ。同じ男性ということもあって、99%女子校の中では、肩身狭い思いをしている仲間だ。加えて、織斑一夏は純粋に善性の性格の持ち主だ。昼休憩でも真っ先に勉学に齧り付き、食事すらしない様子を見てしまっては、声をかけないわけもない。
「あぁ、一夏。……嬉しいけど、今日もここで食べるわ。今動くと、詰め込んだ内容が飛びそうだからな」
「相変わらずすげぇなミツキ。じゃあ、これ。自炊したんだけど、作りすぎたから食べてくれよ」
一夏はさらりとイケメンムーブをかましてくる。片手に持っていた弁当箱を、しれっと彼の机の邪魔にならない場所に置く。きゃー! と、黄色い声が上がったのは気のせいではない。
「あぁ、うん。めっちゃ助かるわ」
「栄養食ばかり食べてると体に悪いからな? ちゃんと食ってくれよ」
「わかってるって。一夏の飯はうまいからな。お礼に、復習兼ねて勉強くらいは教えるよ」
「ほんとか! いや、ほんと助かるよ。山田先生に聞くのもすっごい悪い気がしてさ」
「細かいところは学友同士で教え合う。青春って感じでいいな。お互い男子なら、変に気遣いしなくて良いし」
「ははっ、ほんとそれな! じゃ、行ってくるわ」
「おう。またなー。……こっわ」
最後の呟きを聞いたクラスメイトたちは、声には出さず苦笑した。
何せ、それはもう後ろの女子二人……セシリアと箒が射殺さんばかりにガンを飛ばしあっているのだ。ついでに何故か、流れ弾のような牽制が彼にまで飛んでくる。
これがなきゃ良いダチなんだけどな、と光樹は思っているのだが、それが本人たちに届くことはないだろう。
今の様子を見て分かる通り、彼は別に超人的な感性を持った男ではない。
むしろ庶民的だ。一般的に、昔クラスメイトに居た目立たない男子生徒。目立つ男子の横にいつの間にかいるような。カレーでいうところの福神漬けポジションのような男。
いつも座っていれば勉学に齧り付いているが、別に話しかけるなオーラを出しているわけでもない。そして話しかけても、邪険にされることもない。いたって平凡に、平和に話が運ぶ。話題が変に発展して話し込むこともないが、お互いに言葉に詰まるほど口下手でもない。
故に、総じて普通の男子。だが、努力だけは常軌を逸して積み重ねるせいで、変に目につく人。だから、どこか浮いているように見えてしまう。
だが、やはり感性は一般的なのだろう。食事を始める時には机を片付けて、綺麗にしてから弁当箱を開ける。手を合わせて、「いただきます」と口にして、食事を始める。
個性的な人間、あるいはエリート揃いのIS学園の中では、平凡というのもまた個性になるのか。それとも、たった二人の男子生徒の対比が、より強く彼の没個性を強調しているのか。
「……」
話し相手もいないから、彼は無言で食事をする。ただ、その表情は上機嫌に緩んでいる。その時の表情は純粋で、どこか落ち着いている。マイナスイオンが出ている、などという比喩が適切だろうか。
「うっ……」
これがギャップ萌えというやつか、とクラスメイトの誰かが呻いた。当然、彼はそんなことを知る由はない。
そんな食事風景の中。
彼の視線が初めて、目の前の弁当箱から大きく逸れて、教室の外に向かう。
彼の様子を見ていた者たちの視線も、自然とその後を追うと――彼女たちもよく知る人物が教室の前を歩いていた。
「あれって」
「ロシアの国家代表、更識先輩!?」
彼女たちが驚いているのをよそに、教室を横切ろうとした更識楯無はふと、教室の中の彼を見て。
――ぱちん、とウィンクを送った。
彼もまた、それに応えるように気恥ずかしそうに手を振った。
そんな一瞬のコミュニケーション。更識楯無が教室を通り過ぎれば、彼もまた何事もなかったかのように弁当に手を付け始めた。
「えっ……えっ?」
あまりにも一瞬過ぎて、見間違いなのかと錯覚してしまいそうになる。
お互いの顔を見合わせて、知らず知らずのうちにお互いが頷き合う。今の事実は現実だったと、確認し合う。
教室の中が異様な沈黙に包まれる中。
「ごちそうさまでした」
彼が弁当を食べきり、さっさと弁当箱を片付け始める。そうすれば、また机の上に出てくるのは専門書の類だ。先ほどの続きだ、とばかりに集中し始める。
「お二人はお熱いですなー」
「えっ、それってつまり?」
「そういうこと? えっ、え? ほんとに?」
教室の空気は、いつ爆発してもおかしくない不発弾のような危うさを醸し出してきた。しかし、だからと言って動き出せば、それを境に彼は質問攻めを受けるだろう。
「……」
故に、正解は沈黙。
そもそもどこに移動しても注目の的である彼は、もっぱら休み時間は必要でない限り教室から出ることはない。安寧の地がないなら、初めから根を生やして馴染もうとする。
「ねーねー、みっ〇ー」
「みっ〇ー!?」
お前は勇者か、と彼に話しかける少女に視線が集中する。
布仏本音。のんびりとした口調に、特徴的な垂れ目、そしてマイペースの三拍子。マイナスイオン女子の代名詞ともいえるものを全て兼ね備えた、通称「のほほん」さん。
「……布仏さん? どうかした?」
「あ、本音でいいよー。それよりもー、進展は何かありましたかなー?」
「……、……」
ジッと、二人が見つめ合う。
布仏本音はあくまでマイペースで、ぽやーんとしている。何も考えていないようにしか見えないし、何か深いところまで考えているのかもしれない、という妄想も浮かぶ。
つまり、マイペース全開だ。
一方で、天川光樹は一度言葉を口にしようとしたところで、飲み込んだ。何かを推し量るように、彼女の様子を窺っている。
「…………行き詰ってる」
それは勉学に対しての感想だろうか。あるいは、他に意図があってそのことを言っているのか。
周りで聞いていた人間には、まるで理解が出来ない。ただ、本音はその答えを聞いて満足したのかひとつ頷き、「ふぁいとー」と言い残して、女子グループの方に戻っていってしまった。
「えっ、え? えっと、何かわかったの?」
「んー。困ってるみたいだねー」
「勉強のこと?」
「ん-ん。色々~」
話し込んでいる声量は、別に隠すことでもなく声も小さくはない。
自然と彼の耳にも入ってくるわけで。
――はー、キチゲ発散してぇ。
少なくとも彼は、表面上は真面目だし、心の中のことなどおくびにも出さないが。
周りが思っている以上に、ふざけたことを考えていたりすることは日常茶飯事だ。
視線も注目も、本音が全てをかっさらう。質問攻めにされても、のらり、くらりとマイペースな態度がしなる。
そうして、今日も平和が保たれる。
ありきたりで、いつも通りで、事なかれ。
彼の周りはどういうわけか、そういった環境に保たれる。
それはきっと、嵐の前の静けさというやつなのだろう。
否が応でも来る、三年後の嵐。その前の最後の晩餐が、何気ない日常として過ぎ去っていく。
放課後、彼は楯無に四人分のデザートセットをプレゼントしたらしいが。
それもまた、日ごろのお礼というものだ。そんな些細なことを気に留める者は誰もいない。
台風の目というものは、実に静かなものである。
それが気軽かどうかは、当人のみ知ることだった。
「わーい。ぷりん、ぷりんー♪」
鼻歌混じりにプリンを頬張る少女は、今日も絶好調である。
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