更識姉の偽装恋愛   作:沖縄の苦い野菜

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第八話 既に決まった後だから

 

 『肉体凶器』とか称される人なんて、織斑先生が真っ先に浮かんでくるものだった。だってあの人、出席簿振るうだけで爆発音みたいなの叩き出すし。

 いきなり何だと聞かれれば、『ムエタイ』の試合記録の方を漁っていたら、真っ先に目についたワードがそれだったという話だ。最初は織斑先生が出場しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 いやいや、流石に誇張表現だろ、と思いながらも興味本位でその人の試合から動画を見始めた。

 

「脚長……! え、ていうかウィングスパンも……えぇ?」

 

 流石格闘技というだけあって、服装はもう最低限だ。防具などなく、ボクサーパンツのような下履きに、サラシのようなもので胸を隠しているだけ。手は指抜きの手袋みたいなものを着けている。

 そう、まさかの女性同士の試合だ。ぶっちゃけセンシティブじゃね? と初見は思った。だって肉体美とか脚線美とか、およそ格闘技を本当にやっているのかってくらい肌もシミひとつなく綺麗で、顔立ちも息を呑むほど綺麗に整っている。

 

 やっべ、間違えてアレな動画開いたか? なんて思った俺は、試合が始まってから、その思考を全て吹き飛ばされた。

 

「は?」

 

 最初は、それはもう可愛い様子見だった。足技も確かに速いが、何というか。ボクシングで言うところの一般的なジャブみたいに、確実に仕留めると言う気概はまるで感じられない。

 おそらく、お互いの間合いを測ったりしているのだろうか。確かにあの脚の長さは驚異的だと納得する。拳より明らかに長く、そして速い。ふと気を抜いた次の瞬間には、脚が振り抜かれ、直撃する瞬間だったりする。

 それを対応する相手も見事なもので、クリーンヒットをかわして腕で的確な防御を決めている。それだけじゃなく、時には繰り出された脚を、軸をずらして掴むなんて恐ろしいことまでやっている。

 

 はっきり言おう。もう様子見の時点で俺は魅入っていた。何だこの読み合い。何だこの駆け引き。一挙一動見逃せない。見逃した瞬間、確実に決められる。そんな緊張感が、動画越しに関わらずヒシヒシと伝わってきた。

 

 これが格闘技か! と、感動さえ覚えた。

 まだ様子見の段階なのに。

 

 

 

「……えっ?」

 

 開いた口が塞がらなくなったのは、それからすぐのこと。

 1、2ラウンドが終わった後の試合は、まさしく別次元であった。

 

 振り抜かれた脚が相手の側頭部にクリーンヒットした時。

 当然、頭を揺さぶられてダウン。されども立ち上がったのは流石の一言。

 

 頭を血塗れにしながら立ち上がる姿に、俺の背筋が凍りついた。

 

「……えっ?」

 

 蹴り一発である。

 裸足である。足に防具の類は一切ついていない。爪が長かったのかと考えたが、多分その辺りはチェックが入る項目だろう。

 

 何度でも言う。

 裸足の蹴り一発で、人が頭から少なくない出血をしている。

 

「……、マジの凶器じゃん」

 

 アニメや漫画かよ、とマジで思った。

 何度も見返して、本当に血だったのか確認した。ただ怒りや興奮で頭に血が昇っただけじゃないか、って。

 

 だが、あのぬらりとした光沢と、絵の具のようにムラのある色合いが本物だと訴えかけてくる。

 

 蹴りの威力もさることながら、相手の防御の隙間を縫って放たれるところも恐ろしい。もうお互いに絶対にクリーンヒットしないだろ、と思わされる最初の堅牢さを、優にぶち抜いてくる。

 足技だけじゃない。そこに繋げるための拳も恐ろしく、その試合の最後は、足技を警戒したのだろう相手の裏をかいて、拳の一撃を顔面にお見舞いしてKO勝ちだ。

 

 『肉体凶器』という呼び声はマジだった。

 もはや比喩ではない。本当に己の肉体だけで、凶器握った人間と同じようなことをやっている。

 

 俺は最初にセンシティブがどうとか言っていた自分をはっ倒したくなった。

 素晴らしい肉体美? フェチが歓喜しそうな脚線美? いや、お前見てみろよ。その手や脚から繰り出される攻撃を。俺がくらったら冗談抜きに即死する一撃の応酬だ。それも試合の内容がもう、格闘術として美しすぎる。そんな外見に反応している余裕なんてあるわけがない。

 

 試合後、お互いに抱き合って健闘を讃えあう姿には心が洗われた気持ちになる。いや、ひとり頭が血塗れでマジで怖いけど、それでも笑顔で抱き合っているんだから。憎しみ合ってるわけではないだろう。純粋な勝負の結果なのだ。

 

 

「これが本物か」

 

 武に関してど素人の俺でも、感じ入るものばかりだった。なるほど、織斑先生の言っていたことは、寸分違わず正しかったみたいだ。

 性別とか関係ねぇな、と心底思った。というか思わされた。こんなに凄い人のことを、男だ女だという基準でとやかく言うなんて、少なくとも俺にはできそうにない。俺はそれほど強くない。

 

 え、織斑先生? あの人は織斑千冬っていう性別なのでノーカンです。

 

「……他のも見るか」

 

 

 

 気づけば門限間近になる程、俺は『肉体凶器』と称される彼女の試合を見続けていた。

 いくら格闘技の凄まじい試合を見たからといって、門限を破るほどの蛮勇は身につかなかった。慌てて資料室のパソコンを閉じて、寮に帰った俺は実に滑稽に見えただろう。織斑先生も半ば呆れるように「ギリギリだ」と苦言をこぼすだけにとどまった。

 

 さて、ようやく自室に戻ってきたぞ、と扉に手をかけた時。

 

「だーれだ?」

 

 目を塞がれ、目の前が真っ暗になる。

 聞き馴染みのある声に、思わず肩の力が抜けてため息がこぼれる。声を聞くだけでこれだから、もう心の底から惚れ抜いているんだなって、そう思う。

 

「何やってるんですか、楯無さん」

「正解! って、それはこっちのセリフよ。もう、連絡しても繋がらないから心配しちゃったわ」

「え、連絡?」

 

 手が離れたとき、慌てて楯無さんの方を見ると、「報連相」と書かれた扇子を広げて、不満そうに俺のことを見ていた。

 慌てて端末を確認すると……確かに、十件近くのメッセージがきている。

 

「……、すみません。どうやら、集中し過ぎていたみたいです」

「今度から気をつけなきゃだめよ? IS学園の中っていっても、万が一があるんだから。ね?」

「はい。次から気をつけます」

「わかればよろしい」

 

 楯無さんは大仰に頷くと、さっさと扉を僅かに開けて中に入っていった。するり、と俺と扉の間を通り抜ける様は、さながら猫のようにしなやか且つ素早い。

 

 ほとんど開いていない扉を開くと。

 

「ご飯にします? お風呂にします? そ・れ・と・も」

 

 バッ、と扇子を勢いよく開く音。

 そこには「秘密の特訓」と、どこかおどろおどろしい滲んだ文字で書かれていた。

 

「夜間演習にします?」

 

 格好は普段の制服なのに、その猫撫で声とこてんと首を傾げて聞いてくる姿にグッとくる。仕草と声だけで、何とも甘く幸せな空気を醸し出している。

 

「先にご飯にしましょう。その後夜間演習で」

「ふふ。そう言うと思って、もう出来上がってるわよ」

 

 自室に入って扉を閉める。そこでようやく、ふぅ、と息が溢れて肩の力が完全に抜けていく。

 そうして一呼吸入れてから、玄関を抜けて部屋に入ると。

 

 テーブルの上には、見事な彩りの料理が並んでいる。白飯と味噌汁はもちろんのこと、肉じゃがに、サラダに、ほうれん草のおひたし、小松菜の和物に、きゅうりの漬物、豆腐と薬味に、刺身の盛り合わせ、一口サイズのサイコロステーキが3口、季節の山菜天ぷらの盛り合わせに、だし巻き卵、切り分けられた少量のチヂミ、藁納豆……。

 

「いや、毎度のことだけどさ」

 

 もう意識は切り替わる。そして今日こそははっきり言わねばならないと、俺は口を開いた。

 

「作りすぎ!」

「いやん。だってミツキ君、残さず全部食べてくれるから、ついつい張り切っちゃうのよ」

「いや、そりゃ全部絶対食べるけどな……」

 

 ここ最近ひしひしと感じていることだが。完璧超人に見える楯無さんも、特に日常の中に戻ると、思いの外ズレた行動をし始めることがある。

 そのひとつが、この明らかに作りすぎている料理だ。心底惚れ込んでいる人の手料理ってだけで、そりゃ男からすれば咽び泣くほど嬉しいものだ。だから作ってくれるだけでも本当に嬉しいし、その上で本職の人か? ってくらい美味しいものをいつも出してくれるから、食べてる時は自然と口が緩むし、うまい! って言葉が出るし、いくらでも褒め言葉は出てくるけど。

 

 だからといってこの量はおかしい。作ってくれるたびに量が増えているのは気のせいじゃないだろう。

 

「というかまたレパートリー増えたか? 前より量が多いような……」

「あっ、デザートにわらび餅かゼリーを選べるわよ」

「……、うん」

 

 もうちょっと手加減してくれ、とは心底思う。

 ただ、これだけの手料理を食べられるのは、男冥利に尽きるというか。分不相応な幸せなのだとも思う。

 

 一度洗面所に引っ込み、手を洗う。鏡で自分の顔を見てみれば、何ともだらしない間抜けな緩み顔が映っている。これはもうしばらく直らないだろうな、ってくらい酷い顔だ。

 

「よし」

 

 何もヨシではないが、よしったらよしである。

 

 席に着いて、「いただきます」と手を合わせれば「どうぞ」と楯無さんから返ってくる。ますます顔が緩んだ気がする。

 一口食べれば、もう箸が止まらない。うまい、って言葉は自然と出てくる。よく噛んで、されどもガツガツと勢いよく食卓の上のものを平らげていく。

 

 三角食べ? 知ったことではない。

 

「おかわり!」

「はーい」

 

 ニコニコと、俺の様子を見ていた楯無さんに茶碗を渡す。最初は自分で取りに行こうとしたが、事あるごとに楯無さんに茶碗をひったくられて白飯を盛られるものだから、今ではすっかり直接渡すようになってしまった。

 

 とはいっても、これまだ4度目くらいの手料理だけど。

 ……いや、1ヶ月半ほどで4回も手料理を振る舞われているのは明らかに多いだろう。婚約者とか家族とかではないのだから。

 

 こんな幸せな時間がずっと続けばよかったのになぁ、とは思う。

 同時に、俺はここに居なければこの人に出会えなかったんだと考えると、何とも複雑な気持ちになる。

 

 だけど。

 

「はい、どーぞ」

「ありがとう」

 

 席に着くと、またニコニコと俺のことを観察し始める。今この時ばかりは、きっとお互いに素の自分なのかもしれない。

 

 落ち着いて、穏やかに見守ってくれる。

 この人のためならば、俺は何があっても立ち上がれると思う。

 

 たとえ俺が救われる道が皆無に等しくても、俺は最後のその瞬間まできっと。この人のためにならば戦える。

 

 だから俺はこう思う。

 どんな結末を迎えたとしても、最後は必ず、笑顔でこの人にお礼を言おうと。

 

「ありがとう、楯無さん」

「ふふ、いいのよ。私こそ、こんなに美味しそうに食べてくれて。作った甲斐があるってものよ。……ありがとう、ミツキ君」

「なんで楯無さんがお礼を言ってるんだ」

「んー、幸せオーラを補充したから?」

「何じゃそりゃ」

 

 予行演習は何度だってしたりない。

 ありがとう、楯無さん。

 

 

 

 やっぱ、言い足りないけど。

 あんまり言って困らせたり、冗談だとか思われるのも良くはない。

 

 何度も浮かぶ「ありがとう」の言葉は、そっと胸に仕舞い込んだ。

 

「ご馳走様でした」

「はい、お粗末様でした」

 

 食後のお茶を飲みながら、自分の腹を手で撫でる。少し時間を置かないと、間違いなく戻す気がする。

 

 食器を片付けている楯無さんの様子を見届けて、それが終わり彼女が再び席についた時。

 

「楯無さん」

「なぁに? ミツキ君」

「俺、『蹴り』を身につけたい」

「……しれっとエゲツないこと言うわね」

 

 俺が操縦技術以外も身につける、と決意表明をすると、楯無さんは何とも言えない表情を浮かべる。目は真剣に俺の方を見ているが、口元が引き攣っていて、しかし眉の方は脱力して気持ちほど垂れているように見える。

 

「それどういう表情?」

「こう、なんて言うのかしら。踏み入ってはいけない領域に、それが正しいから突き進もうとしている後輩を見送る気持ちね」

「……わからん」

 

 つまり手段は正しいけど、道徳に欠けているとかそう言ったことなのだろうか。いや、倫理観ゆるキャラとか言われるような提案はしていないはずだ。

 

「んー……よし。それじゃあお姉さんが直々に指導してあげる。学びたい蹴り技は決まってる?」

「『ムエタイ』を」

「……『ムエタイ』ね。あー……『ムエタイ』なのね……」

 

 扇子を開き「思案」という文字を見せつけて楯無さんが考え込む。この人言葉に詰まる割に余裕あるな、と思っていると。

 パチン、とそれほど時間を置かず扇子が閉じられた。

 

「とりあえず基礎をやりましょう。確認なのだけど、ISの戦闘で使うための『蹴り技』よね?」

「それで合ってる。タックルだけじゃ無理、って織斑先生にダメ出しされたし」

「それなら、基礎は生身で覚えてもらうかわりに、スパーリングは部分展開をしてやりましょう。より実践的な形式の方が、ミツキ君は覚えが良さそうだし」

「わかった」

 

 また凄いことを言い始めたな、とは思うけど。楯無さんの練習のレベルが高いのはいつものことだ。俺はただ、そこから精一杯吸収できるものを学びながら、最後までやり切るだけだ。

 

「それじゃあ、今日は第一アリーナよ。今日からさらに密度をあげていくから、覚悟してね」

「とっくに出来てるから問題ないな」

「よろしい。それじゃ、また後でねー」

 

 楯無さんが部屋を出た瞬間。

 俺も素早く部屋を出る。もうこの1ヶ月半で、既に訓練が始まっていることは身に付いた。体が反射的に動くくらいにはもう慣れきった。

 

「気合い入れろ、俺!」

 

 きっと練習は、今までよりずっと過酷になるだろう。

 それでも俺は、前に進み続けなければならない。立ち止まることは許されない。

 

 まずは、今からの楯無さんとの特訓を乗り越えるところから。

 

 

 

 こんなに幸せな時間を全て糧にして、俺は未来を掴み取る。

 全力で頑張ろう。それが今俺にできる、最良なのだから。

 

 覚悟なんてもう、決まりきった後なんだから。

 

「行こう、『ルクス』」

 

 握り込んだ相棒の熱は、もしかしたら俺の心よりも熱かったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




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