おわせかふたりたび   作:タメガイ連盟員

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海に来たのに


第六話

 途方に暮れていても仕方がないのでリアカーを置いた場所まで戻る。

 

 しかも雨が降りそうなので今日のところは売店に荷物を入れてしまうことにする。

 

 売店と併設された食堂は長年放置されたことで厚く塵と埃が積もり、掃除なしには滞在することはできない。

 

 なので雨が降り出す前に掃除をしなくてはならない。

 

 だから嫌なんだよなぁ、と呟きながらミツミは適当なタオルで口元を覆い、上着とスカートを脱ぐ。埃汚れは落とすのが面倒なのだ。上着は何着も持ち歩いているわけではない。こんなことならジャージも持ってくるべきだっただろうか。

 

 アスクが顔を背けているが、気にしないことにする。

 

 まず売店の商品棚から食べ物だったものを外に運び出す。消費期限は遙か昔に過ぎていて腐敗の段階も終わっているが、こういうものが置いてある場所で寝たくない。まとめて燃やそうと思ったが雨が降ってはできないので、アスクに物を溶かす液体をかけてもらって処分してしまう。

 

 売店の真ん中にある棚や食堂の机・椅子を端に寄せて積み上げる。これでリアカーと寝床を置く場所は確保できた。

 

 元々売店だけあって、掃除道具は一通り揃っているのでそれを拝借することにする。

 

 箒で床の埃を掃き出している間に、アスクにはいつも通り水を汲みに行って貰う。しかし、海の近くに用水路はなかったからどこかの川まで行くのだろうか。だとすると時間がかかるかもしれない。

 

 こうしてみると、水道というのは本当に便利なものだったんだなぁ、と思う。食堂の水道が使えればわざわざ水を探す必要もなかった。と言うか水を持ち運ぶこともなかった。文明というのはすごかったんだ。

 

 学園も少しの間は水道を使えていたが、学園の上下水道を管理していた施設の電力供給が止まったことでお別れしなくてはならなくなった。もちろん、ミツミの知識では再稼働させることなどできるはずもない。おかげで近くの用水路を延長して学園内に引き込むなんて土木工事をしなくてはならなかった。

 

 あれは本当に大変だった。

 

 学園が設置されている地域は近くに川があるし、農業もそれなりに行われていたので用水路が整備されていたが、例によって放置されていたことで補修をしなければならない箇所は無数に存在していた。

 

 そんな工事をするにはそのための知識がいるし、きちんと計画を立てなくてはならない。図書館や市役所で資料を探し出してそれを読み込んで、わからないところは別途調べて……と言った具合で衣食住を整えたときとは比べものにならない労苦を費やした。

 

 ペガサスは戦うための存在だから勉強は必要ない。

 

 そう思って実際にそうしていた過去の自分を恨みながら、ああでもないこうでもないあれこれ試行錯誤して、3ヶ月以上の時間をかけてなんとか工事を終わらせた。ペガサスと『プレデター』の馬力がなければあとどれぐらいの時間がかかったことだろうか。

 

 もう2度とやりたくない。

 

 それがミツミの正直な感想だった。

 

 一通り掃除が終わったのでリアカーを中に入れ、寝床とかまどの用意をする。屋内で火をおこすのはまずいような気もするが、大きな火を使うわけじゃないからたぶん大丈夫だろう。念のため、換気用に出入口を開けておく。

 

 雨が降り出す前に薪を集める。幸い公園には木が多くあるから薪には困らない。火種には売店にあった雑誌を使わせてもらう。ちなみに火をつけるのにはメタルマッチを使っている。木の棒のマッチは初めて見たし、湿気って使い物にならなくなっていた。その点、メタルマッチは金属だから錆びてしまっていてもそこをなんとかしてしまえば使えるようになる。それにホームセンターに大量にあるからなくなる心配もない。

 

 そういえば、昼ご飯を食べてなかったな、と思い出す。時間は……まだ日はあるようだが雨が降り出しているせいか薄暗い。あ、アスクがまだ帰ってきてないのに振ってきてしまった。大丈夫だろうか。

 

 まあ、1食抜いたところで特に問題はないから、夕食とまとめてしまおう。ペガサスは燃費がいいのだ。

 

 まだ夕食の準備をするには早いと思うので、小さめの机と椅子を引っ張ってくる。

 

 今日の分の日記を書く。

 

 元々ミツミに日記を書く習慣はない。

 

 きっかけは私物を探しだそうと倒壊した中等部寮を掘り返していたときに誰かの日記を見つけたことだった。

 

 そこにはいろいろなことが書かれていた。

 

 ペガサスになったことや新しい生活への不安、プレデターと戦うことへの恐怖、友達ができたこと、食事がおいしいことへの喜び。

 

 そして、仲間を失った悲しみ。

 

 読んでいて、ちょくちょくミツミや見知った名前が出てきたので、この日記の書き手が同じグループの先輩のものだとわかった。

 

 それから何冊も日記を見つけた。寮だけではなく、図書室にも置かれたのを見て、ミツミは人はこういうものを書き残すものなんだな、と思った。

 

 だからミツミもそれを真似してみようとしたのだが、どうにもうまくいかない。

 

 自分が見たこと、感じたこと、思ったことを書く、と言うのはわかるのだが、いざ自分でやろうとすると何を書けばいいのかわからなくなってしまう。

 

 いつものように試行錯誤した結果、とりあえず、その日にした作業を書くことにした。これならいつどんなことをしたのか振り返ることができるから便利だ。

 

 今回の旅では進んだ距離、使った物資なども書いておく。こうすれば別の場所に旅するときに持っていく物資や日数を考えるのに役に立つ。

 

 日記を書き終えるとアスクが帰ってきた。

 

 当然ずぶ濡れなのでタオルを投げ渡すと8本の管を器用に使って体を拭く。粗方拭き終わると、両手に持っていたバケツを置き、かまどの近くに椅子を置いてそこに座る。タオルは適当な椅子にかけている。

 

 さて。

 

 日記を書いてもそれほど時間が経っていないので夕食まで手持ち無沙汰になってしまった。

 

 雨が降っているので外で何かするわけにも行かないので、リアカーから本を2冊取り出して、片方をアスクに手渡す。こういうときのために積んで置いていたのだ。

 

 しばらくの間、1人と1体が本のページを捲る音とそれをかき消そうとする雨音だけが響いた。

 

 

 

 翌朝。

 

「海岸を掃除します!」

 

 雨雲が去った海岸でミツミが宣言する。

 

 あの写真集と同じ光景は望めないにしても、それに近いものは見たい。何もせずに帰るのはひどくもったいないと思えたのだ。

 

 とはいえ、海岸全てを掃除することはできない。そんなことしたら何日かかるかわかったものではない。なにしろ相手は何十年にも渡って放置されてきたゴミの山だ。

 

 なので一部だけを掃除して、少しだけでも写真集を再現しようと言うわけだ。

 

 まずは大きなものからどかしていき、小さなものを片付ける。

 

 大きなものはペガサスの腕力なら余裕で持ち上げられるから楽なのだが、小さなものはひたすら地道に根気よく拾い集めるしかない。

 

 ほんの十数m幅の砂浜を掃除し終えたときには日が西に傾きだしてしまっていた。これは流石に予想外だったが、求めていたものには近づけたはずだ。

 

「よし、アスク、ちょっと待ってて!」

 

 ミツミは売店へ向かって走り出す。実は、海に行くと決めてから用意していたものがあるのだった。

 

 戻ってきたミツミはなぜかバスタオルを羽織っていた。いたずらっぽい笑みを浮かべながらアスクの前でばっと開く。

 

「じゃーん!」

 

 バスタオルの下に着ていたのは黄色のビキニ水着だった。すらりとした肢体によく映える色合いだ。

 

 なお、ミツミは何か意図があってビキニを選んだわけではない。購買の倉庫で目についたのがこれだったと言うだけである。

 

「よーし、いくぞー」

 

 と勢いこんではいるが、恐る恐る水辺に向かうミツミ。

 

 なにしろ、海に入るなんてはじめのことで、プールぐらいは入ったことがあるが、こちらは当然未知だ。

 

「つめたっ」

 

 アスクが汲んだきた水と水温はそう変わらないはずなのに妙に冷たく感じて思わず足を引っ込める。

 

 いや、こんな調子ではいつまで立っても海に入れない。

 

 本には海水浴と言って、海は遊ぶ場所だと書かれていた。ならそうするべきだ。

 

 意を決して飛び込む。

 

 ばしゃっ、と小さくしぶきが上がる。

 

「これが、海かぁ」

 

 波をかき分けながら膝が浸かるところまで歩く。

 

 視界の先には青く続く水平線と青い空が広がっている。

 

 これが、あの子が見たがっていたものなんだ。

 

「アスクもこっち来てよ!」

 

 誘われたアスクも海に入り、なぜか管を海に浸ける。

 

 なにをしているんだろう、と思っていると管の先をミツミに向けて海水を噴射する。

 

 突然のことに驚いている暇もなく、顔面にそれを受けたミツミはそのまま後にひっくり返る。

 

「もー、なにするの!」

 

 起き上がったミツミは仕返しをすべく周りを見渡すがアスクのように水を噴射できるようなものはないし、ミツミにもできない。

 

 ならば、と両手で海水を掬ってアスクにひっかける。それはほんの少しアスクを濡らしただけだが、なぜだか楽しく思えた。

 

 またもやアスクが噴射攻撃をしてきたので今度は避けてみせる。

 

 前衛として、『プレデター』の攻撃をかわしてきたミツミにとってこれぐらいは軽いものだ。

 

 アスクの攻撃をかいくぐり、飛びついてアスクを海に倒す。

 

「あはっ」

 

 知らずに笑いがこみ上げてきた。

 

「あはははははははっ!」

 

 なぜかはわからない、わからないけど、とにかく笑いたかった。

 

 いや、もしかしたら、自然に笑ったのはこれが初めてなんじゃないだろうか。

 

 そう、ミツミは生まれて初めて、心の底から笑った。

 

 これまで抑圧してきた感情を爆発させるかのように、笑い続けた。




・鮫島グループ
 ミツミが所属していたグループ。
 グループリーダーは(原作基準で)高等部1年の鮫島ささら。
 ミツミはこのグループで前衛・尖兵役を担っていた。
 なお、鮫島ささらは前年に卒業、中等部3年のメンバーも同様に卒業してしまったため、ミツミの同級生がグループリーダーを新たに勤めていた。
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