FGO世界で転生したハイドレンジア   作:愉悦部の幽霊部員

1 / 12
 ここだけの話。
 2年前くらいから構想練ってタラタラ書き貯めて4話しか貯蓄がない。やっぱり他人からの批評とかないとモチベ続かないなーとなったので、お蔵入りのままエタらせるくらいならと投稿した次第です。

 暇潰しにどうぞ。


序章:【転生者】のプロローグ
誰でもない僕は


 

 【NULL】は転生者である。前世はFGOプレイヤーだったくらいしか特色のない、強いて言えば環境に恵まれていた程度の一般的な日本人だった。

 

 とは言うものの、今の彼には死した記憶もなければ心当たりもない。どころか身に纏う服装も同一で身体自体も勝手知ったる己そのものという遜色のなさ。

 それでも一つ強いて挙げるのならば"記憶の連続性に一過性の問題がある"程度。けれどそれは思い出せないのではなく、突発的な環境変化によるもの。即ち、気がついたらこうなっていたというのが現在の彼の状況だ。

 

 ともなれば転移だとか、そういった定義(タグ)付けをしたくなるかもしれないが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 彼が現状に気がついてしまった時点で、()()()()()()()()()()()()

 

 これについて彼は即座に理解をすることはできなかった。けれども同時に彼は酷く楽観的で刹那主義にも似た価値観を持つ人間でもあった。

 だから理解はできずとも呑み込んだ。そういうものだと、そんなこともあるさと、なっちゃったもんは仕方ないと。いくら名状しがたき味の料理で、噛む毎に不快感がしようとも、喉元過ぎれば熱さを忘れるのだ。

 

 だから泣きたくなるような心を殺して、もう泣いていられない顔に笑みを張り付けて、彼は忘れることに決めた。

 

「で、何でこんなことをしたのかは分からないけど、君たち説明ある? あ、怒ってるとかじゃないよ」

 

 それが事実を知って間もない内に出した彼の結論だった。

 

 

 ──LOADING ──

 

 

 現在は西暦2004年の1月30日。

 これは日本の冬木市と呼ばれる土地にて、とある大規模な魔術儀式が行われる日でもあった。

 Fateという作品の一般的な流れをご存じの方はお察しの通り。それは聖杯戦争と呼ばれる願望器の奪い合い。七名の魔術師(マスター)と七騎の使い魔(サーヴァント)が一人と一騎の組となり、己が願いを叶えるために最後の一組になるまで争う大舞台。

 

 そんな大仰な儀式なのだが。

 

 "おっと冬木市に聖杯戦争だって? もしかしてFate? ならどの世界線か調べたろ"

 

 と、一つの指標に物見遊山。

 いくつもの派生作品を抱える型月シリーズ。そのFateのIF(もしも)を描いた群衆で、冬木市とは様々な物語が頻発する劇場と化す。彼がいる時点で原作もクソもないのは彼とて百も承知だが、最低限世界の行く末の指針にはなるだろうと考える。故にその差異によって今後の未来も見えてこようというもの。己の運命のため、彼はそこに立ち寄って試金石にしてやろうというのだ。

 

 とはいえ、彼もわざわざ舞台に上がって命を投げ捨てるような大立ち回りをするつもりはない。陰ながら見物をして演目確認。あわよくば遠目で原作の名シーンでも拝んで帰ろう。そんななめ腐った考えのもと、彼はその一歩を冬木の土地に踏み入れた。

 

【したらばなんともあら不思議。ズキッとした痛みが利き手の甲に走ったではありませんか】。

 彼は一瞬顔を歪める。己の手を見やれば何やら真っ赤な紋様が浮かんでいる様子に気がつく。

 

「……あーね、理解理解。参加するつもりないって言ったんだけどね。そこんとこどうなの?」

 

 視線は依然として手の甲に。

 周囲は人っ子一人いない自然のみ。

 けれども彼の質問に対しては、虚空から言葉が返ってくる。

 

「別に、見学するならちょっと参加するくらいさぁ、いーでしょ? 私以外の実物も見たいんだよ。境界記録帯(ゴーストライナー)だなんて、ねぇ? ホントにテーマも素敵。私も書きたくなる」

 

 女の声。ともすれば少女の声にも聞こえるそれは、姿を見せずとも声色で眠たげなものだと分かるだろう。彼女は少し間延びした口調でつらつらと言い訳を並べる。対して彼は手を空に掲げ、それをまじまじと観察し、問いを変える。

 

「それで? 魔力のパスは君に繋がってるけど、クラスは何を盗ってきたの?」

「もちろん、()()()()()()

「……てっきりキャスターかと思ったんだけど。と言うか、フォーリナーなんてエクストラクラス、冬木の聖杯にあったんだ」

「いや、なかったから捩じ込んだよ?」

「あの、それ大丈夫なやつ? 聖杯君が泥じゃなくてシステムエラー吐きそう」

「1692年には人理に刻まれてたクラスだから……因果は逆だけど、たぶんセーフ?」

「頼むよホント」

 

 誰も彼も気づかない。気づいてはいけないし、気づきたくもないだろう。だってほら、彼女を知った虫が共食いをして死んでいる。

 きっときっと、この世界では彼だけが狂気的なまでに正気を保つ。大気が震え、眠たげに、ケタケタと、女が笑ったような音を出す。

 

「大丈夫だよマスタぁ。辻褄は合わせられるから」

 

 

 ──LOADING ──

 

 

 彼、【NULL】は廃墟となった家屋に転がり込んで、木製の椅子に腰掛けていた。その姿は到底リラックスしているようには見えず、重い溜め息と相まって項垂れていると表現できた。

 

 フォーリナーなどというエクストラクラスを差し込めたことや、現在開催されている聖杯戦争が()()()である事実から、彼はこの世界がどの作品に該当するのかを薄々予想はしていた。彼としてはそうであってほしい気持ちが四割で、残りを憂鬱が占めていた。

 そしてこの予想を裏打ちするかのように、彼は今回の聖杯戦争の参加者からとある人物を認知した。この事実をもってして、ここがFate/Grand Order、通称FGOと呼ばれる世界線であることの確認が取れたわけだ。

 

「で、どうやってカルデア職員になるか」

 

 故の悩み。事情は割愛するがこの世界の人類はカルデアと呼ばれる組織の職員を除き、今から十年とちょっとで滅亡することになる。それを考慮して安全を確保するのならばカルデア本部にいることが安牌ではあるが、問題はその経緯である。

 

 カルデア本部の所在はこれでもかと秘匿されており、簡単に辿り着ける場所ではない。職員でもその関係者でもない人間が居て良い場所ではないのだ。

 

 原作の主人公はこの問題をどうしたかといえば、カルデア側の献血を偽装した検査で、一般人(笑)みたいな探して見つかるものではない適性に引っ掛かり、拉致雇用された。そんな特殊すぎる方法を彼は取りたくない。

 

 だが今であれば機会はある。今回の聖杯戦争にはそのカルデアの所長が直々に参加しているからだ。上手いこと話をつけることができれば僅かな可能性で雇われるかもしれない。

 よしんば無理なら泣く泣く原作主人公と同じ特異体質であると偽造しよう。そんな決意で燃える景色を窓から眺める。

 

「マスタぁ、誰か来ぁふ」

 

 独りの空間だったというのに、彼の右耳は声を拾う。ただその声はいつにも増して眠たげで、言葉は欠伸を噛み殺して最後まで言い切れてはいなかった。

 

「あぁうん。教えてくれてありがと、フォーリナー」

 

 彼がそちらを見やれば人をダメにするクッションに倒れ込む形で少女が一人。彼のパートナーがまるで最初からそこに居たかのように振る舞っている。かと思えば、紙切れ一枚を残して初めから居なかったかのように消えていた。

 

 ごく一般的な常識を持ち合わせる彼からしてみれば、それはとても奇妙で不可思議な現象ではあった。錯覚だとか、記憶障害だとか、現実的な切り口はいくらでもあろう。

 しかし、これに対して誰もが納得できる具体的な答えはない。よしんば明文化するのなら彼女が彼女であるからだとしか言い様がない。それは例えば、ここに魔術師がいても答えられはしないだろう。だってこれは霊体化でもないのだから。

 

 ともかく、慣れたものの不思議な感覚は抜けない彼が落ちている紙切れを手に取った。一般的な市販の折り紙ほどもないそれには、何やら文章が綴られている。

 現在開催されている聖杯戦争。七組ある参加者が最後の二組となった今、誰かがこちらに来ているという状況で、さて悠長にこれを読む時間などあるのだろうか。

【けれど気配を殺せばなんとか、このミニマムな手紙を読み終えるくらいの時間稼ぎはできるだろう】。

 

 彼は己のパートナーに対して直接口で伝えれば良いものを、と思わなくもない。だが手紙の送り主は文通魔を拗らせた気のある相手だ。手紙一通でもだいぶ控えている方なのだろう。

 最早尻に敷かれつつある主従関係をなるべく良好なものに維持するべく、彼はさっさと綴られた文字に目を通すことにした。

 

 

 

                              
 

 拝啓我が新たな友へ。

 うん、聖杯というものは実に素晴らしいね。履修した覚えのない言語をこうも気ままに書けるとは、一作家としては感涙の代物だ。しかもこれが優勝賞品などではなく、参加賞だというのだから多言語話者の苦労が馬鹿馬鹿しく思えてしまう。命を賭けるほどかと問われれば首を捻るがね。

 さて、文章とは会話よりも長く思考できる方法でありながら、どうにも未だに淡々とした文章が思い付かないでいる。ただ伝えたいことは多くあるが、私とて描写不足で誤解を与えたくはないのだ。けれどもそれを配慮したとして、逐一この考えを記述すればここに収まることはないだろう。

 以前の話の通りではこれから君は長い旅路に赴くのだろう? しばし別れの様になろうとも取り急ぐつもりはない。君がRobertのようにいなくならない限り、私は思考の海でいずれ綴る文章を考えることとしよう。全く、暗躍という意味ではDeus Ex MachinaよりTick Tock Manの方が展開に合う気もするけれどね。ただ今回の書き手は君だから構想は任せるよ。

 ともかくいつか来る終わりの為に今はただ一つだけを贈ることにする。

 

 その選択に幸あらんことを。

 

 

 要約すればグッドラックの一言で片付く話だった。なので読み終えた彼はそれを綺麗に折って、胸の内ポケットに仕舞い込む。

 これをしたためた人物を考慮すれば、比較的短文に纏められている内容なのは明白だろう。所詮紙切れ一枚に収まっているのだから読まずとも見て取れる。実にコンパクトで、これから忙しくなるであろう彼を気遣ったかのようにも思える。

 

「そこまで気にしなくても良いのにね」

 

 口ではそう言いつつ、機会があれば良いアイスクリームでも奢ってやろうと計画する。いつになるかは未知数だが。

 

 それはそうと、短いながら手紙一通を読み終える程度の時間が過ぎたわけだ。

【時を同じくして、聖杯戦争の勝者は決まった。六組目が敗退し、一人のマスターと一騎のサーヴァントが聖杯を得る権利を手に入れた】。

 

 ──コンコンコン。

 

 けれども警戒心か好奇心か。素直に聖杯を得る前に、その一組はとある家屋を調べることにしたようだ。

 

 廃墟となった家屋の扉が、律儀にもノックされる。強力なサーヴァントを奇襲させるでも、魔術的なアプローチを仕掛けるでもない。

 シンプルに入室したい意思を部屋の中に居る彼に伝えてきた。

 

「どうぞ」

 

 彼は依然として椅子に腰掛けたまま、来客者をもてなした。

 

「失礼するよ」

 

 言って、入室してきたのは一人の男性だった。長い白髪を束ねて左肩に掛けており、容姿から二十代前半のような印象を受ける。

 そんな男性は柔和な笑みを浮かべて、【NULL】を視界に捉えながら部屋を物色している。そうして何ら魔術的、または物理的な仕掛けをされていないと知り、無防備にも過ぎる眼前の【NULL】に向けて語り掛けた。

 

「これは、歓迎されたと受け取っても良いのかな?」

「そうですね。少なくとも聖杯戦争の勝者、付け加えれば時計塔のロードであるマリスビリー・アニムスフィアが相手ともなれば、敵対しようなどとは考えませんよ」

 

 僅かな沈黙が部屋を満たす。

 彼のパートナーが文字で冗長になりやすいというのなら、彼の行動は正しく前略と表したくなるような態度だった。

 

 にこやかな顔を張り付けて、彼の一挙手一投足を観察する白髪の魔術師。

 名をマリスビリー・アニムスフィア。

 魔術協会三大部門の一角、現在は魔術協会総本部ともされる時計塔。そこを束ねる十二の君主(ロード)。現在十二ある学科の内の、天体科(アニムスフィア)を管理するロードこそ、マリスビリーその人である。

 

 とはいえ、こうも用語ばかりでは知らぬ者からすれば伝わるものも伝わらないだろう。なのでより噛み砕いて誤解を恐れずに記せば、魔術師のお山の上から数えて十二人の内の一人といったところだが、当然誤解しか招かないため鵜呑みにはしないでいただきたい。

 ここで押さえるべきポイントは、例え一般人が逆立ちしてもマリスビリーには触れることさえできない存在であるということだ。

 

 その認識の上で、マリスビリーは正体不明の彼がどういった組織所属の人間か、測りかねていた。

 

 まず、椅子に座る彼の手の甲に()()()()()。既にマリスビリー以外の陣営が敗退した事実を加味して、マリスビリーの眼前にいる彼が聖杯戦争の参加者であるとは言い難い。

 

 この土地のセカンドオーナーの関係者とはどれも顔が一致しないため、これも違うとマリスビリーは判断する。

 

 次に聖堂協会の第八秘蹟会。これはない。余程の人材不足でもない限り、いやそうであっても彼のような凡人を派遣する意味がない。

 

 故に最も確度の高い可能性は純粋な観戦者となる。

 極東の島国で行われる魔術儀式、聖杯戦争の存在はマイナーかつ鼻で笑われるような──陳腐という意味ではなく、願望器たる聖杯の存在に懐疑的という意味の──儀式として時計塔でも一部の魔術師が知るところ。そこから興味を持つ酔狂な魔術師が見に来たというのが一番あり得そうな結論だ。

 

 だがどこまで行こうが推察止まり。他のロードの手先である可能性が否めない。そもそも彼の正体に意味はない。マリスビリーの中にはどこか前提に違和感を覚える節があった。

 そしてそれらすべてを度外視しても、彼から『今回の聖杯戦争の勝者がマリスビリー・アニムスフィアである』と他のロードに漏れる可能性が生まれたことに変わりはない。ともなれば最悪今後の計画が頓挫しかねない。

 しかし、今ここで彼を口封じしたところで──。

 

「殺すのは簡単だが僕の背後は洗えない、とかですかね? 今考えてるのは」

 

 余計な可能性がチラつく。

 彼が他のロードに定期連絡をしていれば、参加者と生存者が情報として割れているはずだ。ここで口封じをすれば誤魔化しが難しくなる。

 

「……そうだけど、君、結構豪胆な性格をしているね」

「よく言われます」

 

 彼は一つ、勿体振った仕草で語り始める。

 

「なので一つ、提案があります。これは僕なりの命乞いでもあるんですが、あなたをここに招いた理由でもあります」

 

 右手の人差し指を立てて、一つの提案をさも素晴らしい発見をしたかのような声色で述べる。

 

「僕をカルデア本部で雇ってはくれませんか?」

「求人を出した覚えはないよ」

「いやぁ、それを言われると弱いんですがこれから売り込む時間をくれませんか? ほら、お茶やお菓子を用意してるんで、ちょっとだけ、ね?」

 

 彼は椅子の下から【レジ袋をとって】見せる。中身はコンビニで買ってきたのだろうチョコレートやグミの寄せ集めと三本のペットボトルだった。

 

「雇わないにしても、ただお茶を飲むくらいは良いでしょう?」

「君が椅子に座って、私は床で、かな?」

「いえいえ、そんなふざけたことを未来の上司に向かってしませんよ。どうぞ遠慮なさらずそちらに」

 

 この場で椅子に座っているのは彼だけだ。【けれど机を挟む形で、彼の対面には空席が二席存在した】。彼はそちらを手で促す。そして机の上にレジ袋をひっくり返して菓子類を中央に、ペットボトルを各々の前に並べ始める。彼の前にミネラルウォーター、マリスビリーの側にダージリン、その隣にモカコーヒーだ。

 

「どうされました?」

「……キャスター、違和感は?」

「言わんとすることは分かるが、少なくとも飲食物に細工はされていないとしか言えないな」

 

 マリスビリーの傍らで霊体化して控えていたサーヴァント、キャスターが現れる。二席あるというのだから彼もまた同席する資格があるということだ。

 そして密かに何らかの魔術でも使ってペットボトルやお菓子を調べ上げたのだろう。ここに希代の魔術王から正真正銘コンビニで買ってきたものだと御墨付きを得た。

 

 どのみちマリスビリーとしては彼を抱え込むことがベターな選択なのだ。もっともブラフに注意しなければならないし、抱え込み方で損を発生させるなど以ての外だが。だからこそこれから起きるだろう舌戦は腕の見せ所となるはずだ。

 

「ふむ。多少違和感は拭えないが、君個人には興味が湧いたよ。これがプレゼンテーションだというのなら、半分は成功と言えるんじゃないかな?」

 

 双方席につき、マリスビリーは初めて彼と目を合わせた。

 そこには僅かばかりの動揺が見て取れた。隠していないのか、隠せていないのかまでは定かではない。だが困惑気味な様子は誰が見ても明白だった。いや、困惑という表現は少し不適切だろう。

 

「いーやぁ……まだ話の前と言いますか。()()に自力で気づくとか、怖ぁ」

 

 俗な言い方をするのなら、ドン引きというやつだった。

 ほんのり化けの皮が剥がれたような気がして、彼の様子にマリスビリーはつい笑いがこぼれてしまう。キャスターはやや苦笑気味ではあったが、これで双方の緊張の糸は多少マシになったと言える。

 

「じゃあ、君の言う話とやらを聞かせてくれるかい?」

 

 背もたれに背中を預け、表向きの警戒心を消して、マリスビリーは笑みを作って問う。対する彼はさっと表情を取り繕って演説を始めた。

 

「取りあえずはあなたに使える人材だと思っていただきたいので、手始めとして今回の聖杯戦争の勝者を他の魔術師に誤認させようかなと考えてます。時計塔のロード辺りに勝者はセイバーのマスターだったとでも認識させれば、貴方も要らぬ腹を探られずに済むでしょう?」

「ふむ、それで?」

「そうですね。次にあなたの準備している計画、置換魔術を応用するアレがあるでしょう? 資金不足で稼働してないと思いますが、それがどういう形であれ、目的を果たせなかった場合の保険になろうかなと考えています。ひとまず僕からは以上ですね」

 

 聞き終えて、マリスビリーは何食わぬ顔で魔術を行使【することはなく】、懐に潜めていた拳銃を【取り出すこともなかった】。隣の席に声を【掛けることも当然ない】。

 キャスターはそんなマスターの様子に【不信感を抱くことはないし】、自己判断で今を異常事態だと認識【することはなかった】。

 

「……」

 

 再び彼らの間に沈黙が生まれる。誰も何も分かっていない、腹を割っていない状態で、一度停戦のような形に持ち込めている事実だけがこの場の共通認識となった。

 

 正直な話として、交渉もどきを持ち掛けた彼は既に現状を少し後悔していた。クソみたいな交渉だったという自覚はある。だが入念に考えて打ち合わせをしたのならいざ知らず、突発的なアドリブにも近しいそれでこの結果ならギリギリ許容範囲内。まだリカバリーが効く。

 

 にらみ合いというには覇気が足りず、和やかというには張り詰めた雰囲気が纏わりつく。そして切り口を変えてきたのはマリスビリーからだった。

 

「君の話は興味深いものだけれど、正直全て君無しでも完結させられるものでもある」

「そうですね。えぇ全くもって、はい」

「だからこの場で証明してみてほしい。私が、君を、雇わざるを得ない理由を。もしくは雇いたくなる一押しを」

 

 証明。つまり、納得のいく理由を提示しなければならない。居ても居なくても変わらないのなら、マリスビリーはリスクを取るつもりはない。

 それが不明因子に対するマリスビリーなりの最大限の譲歩だった。膠着した場を打開する妥協の一手。()()()()()()()()を考慮した上での結論である。

 

 そして。

 

「……これは他人の受け売りなのですが」

 

 彼は前置き混じりに自身の前に置いているミネラルウォーターを手に取った。それをマリスビリーの前に置いて、入れ替える形ですぐ側のダージリンを自身の前に持ってくる。

 結果、彼のミネラルウォーターがダージリンに、マリスビリーのダージリンがミネラルウォーターに置き替わった。

 

「喉を潤すだけなら、紅茶でもミネラルウォーターでも変わりませんよね?」

「なるほど、君の言うその『他人』とは話が合いそうだ」

「よろしければお会いになりますか? と、言えないのが申し訳ないです」

 

 欠片も思っていないことを彼らは口にする。例え話も受け売りで、何とも中身の見えない彼は怪しさ満点と言える。けれどもマリスビリーは彼を拒否することはできなくなった。

 それは相手に何かをされた結果というわけではない。目的が叶うのならば、その過程はどう置換されようが構わない。そんな己の価値観に合致したからこそ、それを否定するのは自身の道理に反してしまう。

 

「確かに、私が動いても君が動いても、結果が同じになるのなら君に任せるのも良いかもね。その方が私も別のことに専念できるというのなら、うん、君を雇うのも吝かではない」

 

 手元にあるミネラルウォーターのキャップを捻り、軽く喉を湿らせたマリスビリーは一旦間を置いた。

 

「ただ、喉を潤すために毒を飲むつもりはない。言うのは誰にだってできる。重要なのは寸分違わぬ結果。やれるのかい?」

「勿論、僕はやるときはやる男ですから」

 

 適当な菓子を摘まみながら、彼はさも簡単なことだという態度を崩さない。

 

「……そうか。君がどこまで知っているのか。なぜカルデアに執着しているのか。問い質したくなる気持ちはあるが、訊いても素直には答えないだろう?」

「えぇ、雇い主だろうとそうじゃなかろうとこればかりは言うつもりはないですね」

 

 彼の返事にマリスビリーは軽く微笑んで首を横に振る。

 

「けれど処分するには労力が計り知れない。ならば手元で管理した方が遥かに建設的だ。君が本当に約束を果たしてくれるのならば、そのときは君をカルデアに歓迎しよう」

 

 マリスビリーは今一度、計画に彼を組み込むことにした。秘匿者(クリプター)でもレイシフト適性のあるマスターでもない。居ても居なくても支障のない、しかして何かの役に立ちそうな持ち駒の歩。妙手になるかは打ち方次第。

 

「肩書きは……そうだね。保険部門の相談スタッフとでもしようか」

 

 この場においてキャスターだけが静観する。己のマスターと、その部下になろうとしている青年のやり取りを。自己強制証明(セルフギアス・スクロール)を用いた雇用契約。聖杯で願いを叶える頃にはもう関わることもないだろうと考えていたがゆえに、深くは聞かなかった。だからだろう。後にキャスターはこの時を後悔することとなる。

 

 彼と別れてすぐの出来事。マスターと手に入れた聖杯に、「全ての力を放棄して、人間になりたい」とキャスターは願った。生前ならば思っても口にできなかった願いだ。渇いた喉を潤わすに足る願いのはずだった。

 けれどその願いが成就される刹那の間、キャスターは己の持つ千里眼によって未来の光景を垣間見る。

 

 人類滅亡の未来だった。いずれ来る破滅だ。だが己が動かなければ確定する最悪のシナリオ。それがいつ何がきっかけで起こるのかまでを知ろうとして、キャスターは千里眼の力がなくなっていることに気がついた。

 

 理由を欲して、何故が溢れかえって、かつてキャスター()()()男は理解する。聖杯に望んだままの、何の力も持たない普通の人間になっていたからだ。己の望んだ願いが、最悪のタイミングで叶った瞬間だった。あるいは望みを叶えたからこそかもしれないが、もはや戻る道は無い。

 

 だから動かなければならない。視てしまった責任を果たすために。やり直す人生の全てを費やしてでも、あの未来を回避しなければならない。でなければ本当に何もかもが無意味なものとなってしまうから。

 そして己の視た未来のせいでキャスターだった彼には問い質さねばならない人物ができた。人類滅亡のシナリオにおいて、唯一あのマリスビリーの部下になった男だけは全てを傍観していたのだから。

 

 




 プロット兼、設定集兼、やりたいことまとめ(仮)が1万5000文字オーバーして笑うしかないよね。本編で添削添削ぅ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。