FGO世界で転生したハイドレンジア   作:愉悦部の幽霊部員

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何度目かの空手形

 

「ここが中央管制室です。先輩の番号は……一桁台、最前列ですね」

 

 大雑把に列で整理された席順をマシュが確認して言葉にする。けれどそんな親切は左から右へ、藤丸の耳を通して過ぎていく。

 

 現在、藤丸はとても危うい状態にあった。具体的にはプール授業の後だとか、昼食後の涼しい昼下がりだとか、そういったパターンに似た危うさである。原因は十中八九量子ダイブの影響だろう。"ダメなのにッ、眠っちゃう!"と、そんな馬鹿みたいな状況だ。

 

 とはいえ、そんな藤丸をもってしても目の前の光景はある種の荘厳さを感じざるを得なかった。

 

 カルデア中央管制室。

 周囲は青白い金属光沢の何かで囲まれており、部屋の中央には謎の大きな球体モニュメント。

 スーパーカミオカンデとか、スーパーコンピュータとか、藤丸はそれらに近しい近未来的な格好良さをこの部屋から想起した。

 藤丸自身はどちらかというと、バケットホイールエクスカベーターのような無骨で巨大な機械にロマンを感じる人間だ。だが、間違いなくこちらにロマンを感じる人間もいるだろうなと、眠気眼にそんな感想を抱く。

 

 そんな感想を抱いているものだから、無論マシュの話は欠片たりとも頭に入っていない。

 

「一番前の列の空いてる席にどうぞ。……先輩? 顔の色が優れないようですが?」

 

 反応が芳しくない。連れた藤丸を席に座らせて、ここでようやくマシュはそれに気づいた。

 

「……眠い……すごく眠い」

 

 藤丸が今にも爆睡を決め込みそうな状態であることに。もしかしたら出会った時の再演、今度は廊下ではなく中央管制室の椅子で居眠りをかますことになりかねない。

 

「シミュレーターの後遺症ですね。すぐに医務室にお連れしたいのですが……」

 

 後遺症というと深刻に聞こえるが、ようは眠たくなるだけである。それ以上の症状がないため緊急性が薄く、我慢すれば意識は保て、説明会に出席することができる。だからこそマシュも逡巡していたが、視線がある一人の女性に向いて言い淀む。

 

「無駄口は避けた方がよさそうだ。なぜか既に限界そうだし、何よりこれ、もう始まっているようだからね」

 

 藤丸、マシュに並び席に着いていたレフが小声で注意をする。そして彼が顔を向ける先は、やはりマシュと同じであった。

 藤丸を除く、この部屋のおよそすべての人間から視線を集めるただ一人の女性。そんな彼女が現時刻をもって口を開く。

 

「時間通りとはいきませんでしたが、全員……えぇ、マスター候補の方は、全員そろったようですね」

 

 胸辺りまで伸ばされ、左サイドを編み込んだ純白の髪。雪のような肌に、美しくも鋭い目は真紅のルビーのようで、その特徴は一般ではアルビノと呼ばれる。

 

「特務機関カルデアにようこそ」

 

 そしてマシュ曰く、藤丸みたいな人間をいちばん嫌うと分析されていた。

 

「所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 件のその人であった。

 ただし、今の彼女は既に目一杯の不機嫌さを隠せていない。

 

「あなたたちは各国から選抜、あるいは発見された稀有な──」

 

 その理由の如何を、この場で説明を聞く者たちは知り得ていない。けれどそんな彼女の前で粗相をしようものなら結果は火を見るよりも明らかだろう。

 

 そして、ここでやらかす者が一人。

 ガクン、と藤丸立香が座っている椅子を軋ませて、盛大に意識を手放す。

 

 眠気が限界に達してしまったのだ。そして周囲がその異音に視線を寄越すのは当然で、無論それはオルガマリーも例外ではなかった。

 

「このッ」

 

 つかつかとオルガマリーは藤丸立香に歩み寄る。自身の冒頭挨拶を邪魔されて、その内心には激情が渦巻く。その心のまま、彼女は平手を大きく振りかぶった。

 

 乾いた音。

 

 小気味良いくらいに理想的な平手打ち。こんな場所で居眠りをかました馬鹿の頬には紅葉のような痕ができただろうと、誰もが思った。

 

 オルガマリーが息が吐く。

 ため息ではない。我慢ならないとばかりに、その怒りを外に排出するための行為。やがて震えた様子で息を吐ききって、キッと彼女は眼前を睨み付ける。

 

「……やって来て早々。これはなんのつもりですか、セイジっ」

 

 オルガマリーの平手打ちは藤丸に届くことなく、ヒバナセイジの手が受け止める形で勢いを失くしていた。

 

「ごめんね、所長。このお馬鹿さんは僕が外に出したとくからさ。説明続けといてよ。時間押してるでしょ?」

 

 ヒリつく手をさすりながら、彼はオルガマリーにそう問うた。

 

「誰のっ……いえ、いいえ、それより、その格好はなんですか!」

「サンタだけど」

「カルデアが変な場所だと思われるでしょーが!」

 

 言われて、セイジは軽く笑って「実際変な場所だと思うけどね」と自己弁護。近くにいるあのレフですら、背景に宇宙を背負っているかのように呆けている。誰も彼がサンタである理由を理解できていない。

 

 彼は肩に藤丸の腕を回すと「よっこいしょ」と声にして立ち上がる。眠る藤丸はその程度で意識が覚醒することはなく、未だにぐでんと脱力したまま立ち上がらされていた。

 

「……マシュ、ごめんだけど運ぶの手伝って。この子眠ってるからか、ちょっち重い」

「え、あ、はい!」

 

 この流れでまさか自分に話が振られるとは思っていなかったマシュは、やや狼狽えながらも元気よく返答して彼とは反対の位置についた。

 仮にも女性である藤丸に向かって『重い』だのなんだのと、その言い回しはどうなのかとロマニに教わった世間一般的価値観を持つマシュは思わないでもない。けれど少なくともこの場で呑気に話す内容でもなし。追求は控えることとした。

 

「じゃ、あとよろしく」

「ええもう結構です。ハナからあなたには期待していなかったので! これ以上進行が遅れるのは許容範囲外です。彼女はファーストミッションから除外しますのでさっさとこの場から連れ出してください」

 

 左右にスライドした出入口を跨いで、セイジは最期にオルガマリーへ挨拶する。やや投げやりではあるも律儀に返答を返す彼女に、彼は笑って背を向けた。マシュも続き会釈をして中央管制室を後にする。

 


 

「あの、よろしかったんですか?」

 

 しばし廊下を歩いて、やや気まずげにマシュがセイジへ切り出した。主語はない。けれど話の流れなど事前の出来事しか関連がないのだから予測は簡単だろう。

 問われた彼は「んー」と一つ考えを巡らせる格好をとって、念のために確認を挟む。

 

「所長のこと?」

「はい。その、先輩……彼女を運ぶのは私ひとりでもできます。なにもセイジさんが悪印象を持たれるようなことをせずともよかったのでは、と」

 

 ゆっくり落とさないように藤丸を運ぶ二人。

 そして会話に出たマシュの疑問は完全なる善意から来るものだった。だから何もこれを"おまえ私より筋力ないんだからいる意味ねーじゃん"と解釈するのは完全なる被害妄想でしかない。そう捉えられるとしても、だ。

 

 そして彼は「ここだけの話だよ」と前置きをしてマシュに語る。

 

「僕はね、所長とマシュが仲良く……とは言わずとも今より良い関係でいてほしいんだ」

「所長と、ですか?」

「そう」

 

 なぜ急にそんな話を、とマシュは首を傾げる。

 セイジが言外に触れたように、確かにオルガマリーとマシュ、二人の関係は端的に表してよろしくない。

 その感情は双方的なものではなく、一方的なもの。オルガマリーが"マシュ・キリエライト"を恐れている。このたった一つの事実が二人の関係性から改善の余地を奪っていた。

 

 理由はマシュの出自にある。

 カルデアの前所長、つまりマリスビリーが主導になってカルデアを運営していた時代。彼によって進められていたある実験のために、複数のデザイナーベビーが造られた。

 実験は複数に渡って失敗。何体ものデザイナーベビーが廃棄され、そうしてようやく一人の成功例が出来上がる。結論から述べればその成功例がマシュ・キリエライトだ。

 

 マリスビリーの自殺後、オルガマリーが所長の役職を引き継いで初めて彼女はこの実験の存在を知った。彼女からすれば恐怖だ。意識を持った超人的な力を持つ存在が制御下にないまま自分の側にいる。しかも相手は実験内容を理由に血族たる自分すらも恨んでいるかもしれないのだ。

 

 『私はマシュに殺されるかもしれない』と。『それだけのことをカルデアはしてしまったのだ』と。彼女は独り、肩を震わせて思い悩んでいた。

 

「本人には伝えるつもりはないけど、所長は魔術師に向いてないほど優しすぎる。僕が言えた立場ではないけど、彼女は今だってマシュに過剰なくらいの負い目を感じてるんだ」

 

 それではきっと今後の運営に支障を来す。組織のトップがこれでは近い未来に問題が表面化する。なにせ魔術師集団の組織だ。それは言われずとてマシュも理解した。

 

「マシュもなんとなく分かってたでしょ?」

「それは」

 

 あたかも磁石同士が反発するように、コミュニケーションは最低限。常に一定の距離感を保たれていることは彼女も把握している。その状態は彼女らにとって解決案のない問題だった。

 

「そう、ですね。ハッキリと言ってしまえば私も接し方が分からなくて現状から逃げていました」

 

 己にも現状をよしとしてしまった非があるのかもしれない。それを認めるマシュは、しかし一人では打開の決意を宿すには至らない。

 

「彼女は臆病なだけで悪い人ではないからね。案外、遊びに誘えば乗ってくれるかも」

「流石に……いえ、そうですね」

 

 だからこそ外部から機会を与えられて、そこまでされて動かないマシュではなかった。

 

「今度、いえ、今の作戦が終わったら隙を見てお茶に誘ってみます」

「うんうん、そのときが来たらレフと僕で上手くセッティングしてみせるよ」

 

 微笑みを浮かべて、前に進む。

 マシュだけが未来に夢想する。

 

「だからあの場ではマシュから動いてほしくなかった。君、僕がいなかったら自分からこの子を運び出しただろ?」

「それは……はい。あの場では私が最も適していたと思います」

「すると所長視点、気に食わない相手をマシュが庇ったように映るわけだ。仲を深めてほしいのに溝を深められたら困っちゃうってね」

 

 これが理由だと告げて、「ま、結局巻き込む形でマシュも連れ出しちゃったけど」と続ける。

 

「代わりに今こうして僕の考えを秘密裏に伝えることができた。あとは僕らで所長の度肝を抜いてやるチャンスをうかがうだけだ」

「悪い顔をされてますよ」

「マシュも良い顔してるけど?」

「む、心外です。サプライズの準備ほど心躍る瞬間もないと考えます。あとでレフ教授とも打ち合わせですね」

 

 熟睡中の藤丸を挟んで、『所長お覚悟計画』なる会話を進めながら、二人(三人)は廊下を歩いた。

 

「最後の余り部屋ってこの辺だったよね」

 

 目的地周辺。

 カルデア内にマスター用で割り当てられた数あるマイルーム、その最後の余り部屋まであと少しといったところ。

 

「ここまで来たらあとは僕だけでも運べるから、マシュは管制室に戻りなよ」

「ですが」

「予定通り進めば説明会のあとすぐファーストミッションだ。マシュはAチームなんだから遅れちゃ駄目だよ。所長と仲良くなるんだろ?」

「……はい!」

 

 セイジと目を合わせたマシュはゆっくりと回していた藤丸の腕から離れていく。それを横目にセイジは今一度藤丸を支え直して不意に転がさないようにする。

 

「では先輩をよろしくお願いします」

「もちろん。マシュも頑張って」

「行ってきます!」

 

 笑顔で走り向かうマシュの背を、セイジは黙って見送った。

 


 

「ほら、そろそろ君も起きなー?」

「ん」

 

 肩を揺すられて、藤丸立香は覚醒する。

 誰かの肩を借りているらしい。藤丸はそんな曖昧な事実を服越しに理解した。何があったんだっけとか、そんな揺蕩う意識がじんわり形を成していき、やがて視界情報と認識が噛み合い出した。

 

「誰? えっ? サンタ、なんで? ってか近い!」

 

 無意識に口から疑問が出て、頭一個分くらいの空間を挟んだ先、すぐ隣に異性の顔がある現状に理解が追いつくと藤丸は咄嗟に突き放す形で男から離れた。

 辺りは廊下で寝起き直後に見知らぬ誰かと相対する。藤丸はこれに似た状況を既に経験していたものだから、彼から離れた後に冷静さが戻ってきてなんとなく現状を把握した。

 

「近かったのはごめんね。僕はヒバナセイジ。カルデア職員の一人だよ」

 

 彼は脇腹を押さえながら申し訳なさそうに苦笑いで答える。離れた藤丸には不用意に近づこうとはしなかった。どう見ても配慮されている。

 彼のその態度に『悪い人ではないのかな』と藤丸は一旦の評価をつけた。格好だって一般人からはサンタクロースに見えるというだけで、魔術師としては割とポピュラーな部類なのかもしれない。

 

 だから藤丸の中で物凄く罪悪感に駆られる事実が浮上してくる。

 

(もしかして介抱というか、医務室とかに運ばれていただけでは?)

 

 説明会前のマシュやレフとの会話でも、話題にそんな流れがあったような覚えが藤丸にはあった。ここから二人には何らかの用事ができて、寝落ちしてしまった藤丸をセイジに預けたなんていう連想ゲームが藤丸の脳内に展開される。彼の今の態度がなおそれを事実だと言っている気がしてならなかった。

 

 だからついで彼が名乗った聞き覚えのある名前、人物像なんて欠片も手に入らなかったけれど、一応知っている名前に「あー、あなたが」なんてこの場では毒にも薬にもならない知ったかぶりみたいな反応も出る。

 

 簡単に言い表せば、気まずかった。

 

「その、さっきは失礼しました。急に突き飛ばしちゃって」

「いやいや、気にしないで。あれくらい元気なら良かったってものだ」

「……マゾ?」

「それは失礼だね。眠気が晴れて良かったって意味」

 

 危うくとんでもない誤解が蔓延する前に、そんな趣味はないと火消しに入るセイジ。けれどそれが藤丸の踏み込んだ冗談だと理解しているようで、互いに口角が下がることはない。

 誤解から始まった空気が弛緩する。ある程度のラインを察した藤丸は、名乗るとしたらこのタイミングだと姿勢を正した。

 

「私、藤丸立香って言います。東京から来ました」

 

 片手を前に出して握手を求める。

 

「藤丸ちゃんね。改めて、僕の名前はヒバナセイジ。よろしく」

 

 彼もまたその手をとって握手に応じた。両者が手を離すと今度はセイジから切り出す。

 

「僕も日本人だから何か困ったことがあったら言ってね。ここ、色んな国籍の人がいるから文化の違いとか最初は戸惑うこと多いだろうし」

 

 チュートリアルの説明役かなと思わずにはいられないほどの親切心。どこぞのハリー・茜沢・アンダーソンとはえらい違いだと、藤丸の中でセイジの相対的な評価が爆上がりしていた。ハリー・茜沢・アンダーソンのネガティブキャンペーンともいう。

 

「じゃあ早速いいですか?」

 

 藤丸の挙手。それに「もちろんだとも」とセイジは答えて、一問一答の姿勢をとる。

 

「私、途中から寝ちゃって記憶がないんですけど、説明会が始まってからどうなりました?」

 

 問う彼女の脳内フォルダを漁っても、記憶は説明会開始直前でぶつ切り状態。次に繋がる記憶がセイジとの対面なものだから、説明会で夢へと旅立ったことは明白。だから藤丸は事情を知っていそうなセイジへと説明を求めたわけだが。

 

「説明会開始直後、君は盛大に音を立てて爆睡。所長に目をつけられて衆目の中で退席命令、ファーストミッションからも除外されたね」

「……わァ……ぁ」

 

 考えうる限り最悪な流れに藤丸は涙した。「冗談だよ」とセイジが茶目っ気を見せることに一縷の望みを賭けて視線を寄越すも、無慈悲に「事実だよ?」と否定される。神は死んだ。

 

「んでもって、しばらくは用なしになっちゃった藤丸ちゃんを待機させる場所にって君に割り当てられた部屋まで僕とマシュが運んだの。ファーストミッションが始まるからマシュは先に管制室まで戻っていったけど」

 

 セイジが親指ですぐ側の扉を指差し、「ここが君のマイルームね」と語る。そこに藤丸は少しの疑問を持つ。

 

「……ちなみに部屋の外で私を起こした理由とかは?」

 

 仮に、セイジの目的が藤丸を安静にさせる場所に連れていくことだとして。医務室ではなく藤丸用のマイルームへと運んだことは藤丸としても大して疑問ではなかった。症状が症状だ。ベッドにでも寝かせられるのならどこでも良いのだろう。けれど、わざわざ廊下で藤丸の意識を覚醒させたことの理由が藤丸には分からなかった。

 

 彼女の問いにセイジは勿体振って指を二本立てる。

 

「理由は二つ。一つは君が部屋の中で起きたとき、現状の説明役がいないと混乱するのが目に見えてる。けどそうなると密室で異性がいて自分はベッドの上、だなんて僕の言葉より良くない想像の方が説得力として勝ってしまうだろう?」

「それはそう」

 

 ただでさえ先ほどは突き飛ばしたのだ。ここでそんなことはないと言える藤丸ではなかった。

 

「次に二つ目。これは見てもらった方が早いかな」

 

 セイジはそう言うと藤丸から離れて部屋の扉を開いた。

 

「はーい、入ってまー──げッ……やあ、セイジじゃないか。こんなところで奇遇だなあ、いったいどうしたんだい?」

「それはこっちのセリフかな。あと取り繕えてないからね」

「ちぇっ、せっかくいいさぼり部屋を見つけたと思ったのに、もう使えないじゃないか」

 

 セイジ曰く、藤丸に割り当てられているはずの個室から第三者、セイジのものではない男性の声が聞こえてくる。

 

「理由二つ目はサボり魔が住み着いてるから、分かりやすいでしょ?」

「もうやだカルデア(ここ)

 

 入館時のシミュレータで軽度ながら後遺症。説明会では所長に目をつけられ、自分に割り当てられた部屋には異性が住み着いていた。藤丸としては散々な体験だろう。泣き言も吐きたくなるというものだ。

 

 とはいえ、なんだかんだ言いつつ藤丸もセイジの後を追って入室する。ともすれば先ほどの第三者とも対面するわけで、その夕焼けのような髪の第三者がマグカップ片手に藤丸へと視線を寄越した。

 

「……ボク、君の後ろにいる子に見覚えないんだけど、ついにやらかしたか?」

「何をやらかしたのか、あえて主語は尋ねないでおくけど、違うからね」

 

 セイジが一歩横にずれて、藤丸の紹介を始める。

 

「この子は藤丸立香。マスター候補の最後の一人。不法滞在者のロマンとは違う、正式なこの部屋の主だよ」

「言い方に悪意がある気がするなあ! ボクはただ誰にも使われていないデッドスペースを有効活用していただけさ。出ていけと言われたら今すぐにでも出ていくとも」

「そういうわけだ。良かったね藤丸ちゃん」

「えっ? あ、はい」

 

 急に始まる二人の言葉の応酬にやや面食らった藤丸。部屋の所有権を確保できたことは良いことだ。しかし結局この人は誰なんだろうという疑問は放ったらかしのままなので、とりあえず藤丸は息を整えて自己紹介から始めることにした。

 

「ヒバナさんから紹介されましたが改めて、私は藤丸立香って言います。レイシフト適性でカルデアにスカウトされました」

「おっとこれはご親切にどうも」

 

 ふんわりと微笑んで白衣を揺らす彼は、身体を藤丸に向け直して口を開く。

 

「ボクは医療部門のトップをしているロマニ・アーキマン。みんなからはDr(ドクター).ロマンなんて略されているから君も遠慮なくそう呼んでくれていいとも」

 

 そう言うロマニに「『ロマニ』や『アーキマン』より言いやすいしね」なんてセイジが付け足す。

 

「ああ、ついでに響きもいい。格好いいし、どことなく甘くていいかげんな感じがするし」

「これでドルオタじゃなければ嫁の貰い手もあっただろうに」

「そこガヤうるさい! 良いだろマギ☆マリ!」

「悪いとは言ってないさ、職務に支障をきたす推し活を嗜めてるだけだよ」

 

 徹夜でコメントを書き込んで翌日寝不足とかしないでほしい。遠回しにそう伝えているつもりのセイジは手をヒラヒラと振ってロマニの視線を払った。

 

 藤丸としてはいきなりロマニの趣味嗜好を開示されて困った話だ。だからそこには触れない方向で話を進めることにした。

 

「あはは、じゃあ、ドクターと呼んでも」

「ああ、もちろん。今後ともよろしく」

 

 これにて自己紹介終わり。

 だから当然今度はロマニから話を振ってくる。

 

「ところで立香ちゃんが今ここに来たってことは、もしかして所長のカミナリでも受けたのかな。セイジはその付き添いと見た」

「正解」

「お恥ずかしいことに、はい」

 

 ロマニのドヤ顔推理にセイジは肯定を、藤丸はやや言いづらそうに答える。

 

「ならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ」

 

 ニコニコ顔で胸を張るロマニ。欠片たりとも胸を張れる事実はないが、それでも彼は得意気で、藤丸を見る眼差しは仲間を見つけたようだった。

 

「なら医務室で待機してればいいんじゃないかな?」

 

 ここにセイジが正論を飛ばす。話を聞いていた藤丸も「だよね」と同意する。この部屋は藤丸用の個室。それを知らなくとも彼の部屋ではないのだから、彼がここにいる意味とはなんなのか。

 

 そこを突っつかれたロマニはにっこりとした表情を固定した。

 

 きっと彼は良い人なのだろう。藤丸は最終的にロマニのことをそういう印象で覚えた。

 藤丸との会話では人当たりはいいし、言葉遣いも柔らかい。纏う雰囲気からしてチャランポランな感じは否めないが、総評としても優しい人格者といった指標に落ち着くのではなかろうか。

 

「やだなあセイジ。それだとボクがさぼれないじゃないか」

 

 ただそれはそれとして、藤丸は今後ロマニに重要な頼み事をしようという気がなくなったのは言わぬが花なのだろう。

 

「あーあ、そんな理由で仕事のお鉢が回ってくるんだから他の医療スタッフがかわいそう。それでまた僕に苦情が挙がってくるんでしょ、知ってる。僕もかわいそう」

「ウッ……いや、あれだ。医療部門のトップがどれほど大変か知らないからそう言えるのさ」

「あれ、じゃあ知ってたら言っていいの? 他の医療スタッフの苦労を知ってる立場なのにサボれるとはって僕から言わせたいの?」

「ぐぬぬ……」

 

 ついに閉口したロマニは、マグカップを備え付けの机に置くと両手を上げて「まいった、こうさーん」と降伏する。

 

 一応彼の名誉のために記述すれば、実のところ、さぼるためという言い訳は理由のすべてではない。彼は所長に「ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!」と管制室から追い出され、ふてくされていたのである。

 しばらく独りでいたいがために、誰にも使われていない部屋で「空気が緩むってなにさ」と愚痴愚痴していたのだ。

 

 それを万が一にもセイジには悟られたくはなかった。恥ずかしいからである。

 

(もしも知られてみろ、ぜったい数ヵ月はネタにされる。クールだロマニ・アーキマン。立場が逆ならボクはそうする。ここはさぼり魔として片付けるのが得策だ)

 

 実にくだらない攻防。原作ではしれっと藤丸に明かしていた辺り、これはセイジに対するある種の信頼ともとれた。

 そう、原作では明かしている事実なのだ。この攻防戦はロマニの一人相撲でしかない。

 

 そうとは知らず言い負かされて悔しいといった表情を作るロマニをよそに、勝ち誇ったセイジは一度、何でもない風に部屋の時計へと視線を寄越していた。

 

 人類最後のマスターが生まれるまで、あと少し。

 




 お気に入りとか評価☆10とか嬉しくて見返したよね。ありがとう。次回も頑張って書くよ。
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