FGO世界で転生したハイドレンジア 作:愉悦部の幽霊部員
今回で鋭い方にはいくつか仕掛けがバレるかも。まぁ一番重要な軸はまだほとんど情報出してないし、そっちは気づかれんやろ(慢心)
新年一発目、ゆっくり考察していってね!
ペンが走る。
メモ帳にカルデア首脳陣の意見が記録される。
セレシェイラ・エルロンはこの議論を箇条書きにしてまとめていた。彼女の立場がカルデアの記録書記だというのもある。趣味の日記をつけるように、手癖で書き始めたというのもあながち間違いではないだろう。
ただ、主目的はこの場にいない者のためだった。それこそ藤丸立香だったり、マシュ・キリエライトだったり、はたまた彼女らを運ぶために退出したシルビアとオクタヴィアのため。
何がどうして、どういう理由があって、これからの方針になったのか。口で説明するより、メモを見せた方が断然早いから。だから彼女は律儀に記録する。
つまづいて膝を擦りむいた。
ジャムを塗ったパンがひっくり返って落ちた。
滑った硬貨が溝に呑まれて消えていく。
そんな小さな不幸ですら完全に記憶している彼女にとって、今日は人生で最悪の日を大幅に更新した。だからそんな更新は今日を最後にさせてほしい。そんな願いを込めながら、セレシェイラは今回の記録をこう締めた。
裁定者 ロマニ・アーキマン
ヒバナセイジ
レオナルド・ダ・ヴィンチ
最終議案
『藤丸立香をマスターとする。なお、本人が拒否した場合は説得ないし他案を再検討すること』
上記最終案が満場一致により可決。
以降、藤丸立香の意思尊重のもと、問題ないようであれば、これを今後の方針とする。
「とりあえず、こんなもんでいいかな」
書き終えたらメモをちぎってダストンに渡して終わり。
彼は「おいどうするんだコレ?」なんて言うものだから「シルビアにでも渡してあげれば?」と返す。
あくまでメモは即席で書いた箇条書きだ。正式な記録はまた別途詳細にまとめる以上、メモが手元にある必要性はない。
本人同士の意見はともかく、彼とシルビアはそれなりに仲が良かったはずだと彼女は記憶している。セレシェイラが手ずから渡しに行かなくても彼が渡してくれることだろう。
今日はあまりにも多くのことがありすぎた。
だから彼女は深く息を吐く。椅子の背もたれに体重を預けて、片腕で視界を隠す。
「……夢なら覚めてくれないかな」
誰にも届かないくらい小さくこぼした。
子供の頃、風邪で息苦しかったとき同じ思いを口にしていた。怪我の治りが遅くてジクジクしていたときもそう思っていた。
今はただ、ひたすらに心が痛かった。
人の手では到底運べそうにない瓦礫の山。ある程度のサイズなら身体に強化魔術でも使えば良いのだろうが、そこまでしても運べない大きさのものもある。
砕くにしても時間が掛かりそうなそれを、しかしセイジは手で触れて瞬く間に解体してみせた。
「いつ見ても便利だよねぇ、それ」
その様子を端から見ていたダ・ヴィンチがのほほんと感想を口にする。
彼らの前には瓦礫だったものが並んでいた。総量をおおよそそのままに、分割された直方体のブロック群として積み上がっている。それぞれの形や大きさは不揃いで歪だが、今はそれでも良かった。
彼女は適当なブロックを手にとって、これなら運びやすそうだとそれを工房へ運ぶように他の技術スタッフへ指示を出す。
その傍ら、セイジは自嘲気味に笑った。
「資源が貴重な今、ほんとは等価交換の方が良いんだろうけどね」
「なに、
置換魔術。
何かを何かに置き換える魔術。錬金術より派生した魔術系統のそれは、等価交換が原則の錬金術とは違い、劣化交換にしか至れない術である。ただし魔術的に同一と捉えられるものへ置き換える場合のみ、これはうまく働く。
AをBに置き換えればB´。
AをAに置き換えればA。
前者は劣化交換にしかならず、後者は違いがないのだから変わっていないようなもの。やや簡素な説明とはなるが、置換魔術とはそんな基礎魔術なのだ。
それを今回、セイジは瓦礫の山を小さなブロック群に置換することで結果的な瞬間解体を実現させた。解体できれば良いのだから、置換後の結果が劣化交換でも問題はない。
「ともかく、お疲れ様セイジ。今ので運べそうになかった瓦礫は最後だ。あとは私たちに任せて今はゆっくり休むといい」
「そう? まだ動けるし、他にもやることとか」
「キミ、本気で言ってる?」
ダ・ヴィンチの問いにセイジが不思議そうにすれば、彼女からは苦笑いを返される。
「……そういうのは是非とも鏡を見てから言ってほしいね。顔色が悪い、魔力が枯渇しかけてるんだろう? 今は有事だが、急務があるわけでもない」
方針は決めたばかり。残りは藤丸が起きて、本人からの意思を訊かないと大きく舵がとれない。他の雑務や調査は余力のあるスタッフにも任せられるものだ。
ダ・ヴィンチは「問題解決なんて早いに越したことはないけどね」と付け加えて、続ける。
「それでも我慢なんて格好良くないんだからさっさと休むこと。ほら、行った行った!」
言って、中央管制室からセイジを善意でもって追い出す。カルデアスの状況調査をしていたロマニが「おつかれー」と気の抜けた挨拶をして扉は閉まった。
廊下にポツンと一人。
「まぁ、休んでいいなら休むけど」
釈然とはしていなかった。
やや悪心を覚える気はあるが、それも気のせい程度の些細なもの。しかし、言われてみれば確かに手の血色が悪い。鏡を見ろと言うからには顔色だって目に見えて悪いのだろう。
「……結構、まいってたのかな」
独り言に答えは返ってこない。
置換魔術の発動に使用した魔力量に余剰があった。想定よりも早く魔力枯渇に近づいたのは、必要以上に魔力を注いでしまったことが原因だろう。理由はさきほど、彼本人が口にした。
人に心という臓器はない。だからいくら診察しようがどれほど傷ついているのか判断ができない。当人に自覚がないのなら尚更に。けれど、その影響というものは間接的に身体へ現れる。
心理的ストレス反応。
情緒不安定とか、集中力の低下だとか、限界に近づけば脳からそういった形で信号が発される。魔術師だろうとそれは変わらない。
十年以上使い続けている魔術の使用を誤った。正確には過剰に魔力を消費してしまったわけだ。寝不足でもあるまいに起きてしまった失敗。まさに集中力の低下だ。
(覚悟、決めたつもりだったんだけどな)
目を瞑る。
手を握り締める。
一つ、二つ、数えて気持ちを切り替える。
つもりでしかないのなら、今一度決意する。
覚悟が揺らぐたびに決意の根幹を思い出せばいい。この世界を愛しているから。言葉を交わした彼らが好きだから。最初はこんなこと思いすらしなかったのに、理由は生きるほどに増えていく。
いつもの表情に戻った彼は人でしかなく、完璧ではない。だからこそ誰かに頼り、何かを使い、すべてをもってして不足を補う。過程はともかく、結果が彼の思い通りとなるのなら、それは彼の勝利に他ならない。
「よーし、休むかぁ!」
セイジは素直にマイルームへ帰る。
いい加減に服が煤まみれで着替えたかった気持ちがあった。サンタである意味はもうない。疲労を洗い流すように、シャワーでも浴びてさっぱりもしたかった。なにより、ベッドに倒れ込んで泥のように眠りたい衝動がある。
疲れた。
それに気がつけば一気に疲労が迫ってくる。
見て見ぬふりをしていた分、重石を乗せられた気分だろう。本当はすぐさまベッドに倒れてしまいたいほどで、それでもまだ立っているのは明日の掃除が面倒になってしまうから。
そんなことを気にする程度にはまだ余裕があり、まだ平気なんていう一番信用ならない状態だった。ダ・ヴィンチの見極めは正解という他にない。
だから部屋の戸口を開き、職場から自室に帰ってきた感覚に酔いしれる。多幸感というか、安堵や安心に近い、落ち着く感覚。
そんなリラックスできる空間に足を踏み入れ、扉を閉めて鍵をかける。
「おかえりなさい」
背後、室内から少女の声。入室時には視認できていなかった、もしくはいなかったはずの誰か。
セイジはそれに一瞬だけ肩を震わせた。
鼻腔に
鍵をかけた状態から彼は静かに振り返る。完全な個室であるはずのそこには、果たして異界の門が開いていた。
「……アビゲイル・ウィリアムズ」
「初めまして、セイジさん。どうぞアビーと呼んでくださいな?」
長い金髪を揺らし、悲しげに微笑む少女。
生ける白銀の鍵。
外なる神々の副王を仰ぐ巫女。
セイレムの魔女であり、藤丸立香が救った少女。彼女はその銀の鍵でランドルフ・カーターとともに旅へ出た……はずであった。
「星辰の巡り合わせ、は今ならどうとでもなるか。ここに来た目的は?」
彼はここにアビゲイルが来ることなど知らない。初めての事態だ。だからこそ、その知識との乖離は邪神側の意思による介入を意味する。
かれらとセイジ。その基本的な目的は同じであり、協力体制のようなものがある。けれど、人間の視座でかれらの思考を測り続けるのは愚の骨頂でしかない。気まぐれでカルデアを消し飛ばされても困るのはセイジのみなのだから。
対し、アビゲイルは変わらない。ただ目の前の彼が悲しくて、けれど彼女にはどうしようもなくて。話を聞いてもらうために落ち着いた声色で話をする。
「……そう警戒をなさらないで。私はただあなたと縁を結びに来ただけ。本当よ。ただそれだけなの」
疑いの目に視線を合わせ、蒼い瞳が黒い瞳を捉える。
「私ね、お父様にご無理を言ったわ。少しだけ、夢のような瞬きに星を合わせていただいて、ここに夢境の門を繋げたの。だからこそ、今だけはここにいることが許される。門が開いている間だけ、この部屋は私の見る夢のようなものだから」
父なる神。彼女の言うお父様とは、父親ではなく唯一神を指す。時間の概念もない、あまねくすべてにしてひとつのもの。アビゲイルの崇める唯一神とは、もはやかの聖人ではない。
「ずっと視ていたわ。あなたの真意はどうあれ、座長さんのために動いてくれたことを私は無下にはいたしません。まずは、感謝を」
恭しく、彼女は述べる。
「アビゲイル・ウィリアムズはここに、ご恩をお返しいたします。一方的で、自分勝手なお返しですけれど、これで召喚に応じることは叶うはず。どうか座の無垢な私を可愛がってあげてくださいな」
求めたこともない見返り。
アビゲイル本人が言ったように、勝手に恩を感じたから返すだけ。なにもそれを彼女のためにしたわけではないのだから、これは結果のみに焦点をあてた恩返しでしかない。
そして彼の行動の結果に渡されたものは、サーヴァントを召喚するための触媒。彼女の言う恩返しとはそれだった。本人から直接『召喚に応える』と明言されることほど確実な手繰り寄せ方もないだろう。
数拍、考える。
セイジはひとまずの事態を把握した。一人の少女による善意でもって今の知識と乖離しただけ。邪神の介入は巫女の懇願によるもの。必要以上の干渉はしてこないと分かれば、落ち着きもする。
「感謝は、うん、受け取るよ」
単純に取れる選択肢が増えるのだ。損をするわけではないのだから、彼としてはそれを受け取らない理由がない。
代わりの品なんて用意していなかったアビゲイルは、『受け取り拒否されたらどうしよう』と内心慌てていたが、これにはほっと一息。
「でも、僕の方に戦力を回しても大して意味はないと思うんだけど」
基本的にこれからの戦場に立つのは藤丸だ。藤丸が負傷したとかで、緊急事態が発生したらセイジが出るわけだが、それにしたってわざわざアビゲイルを出張らせる必要性はない。他のサーヴァントでも連れたら良いだけの話だ。
それに彼女は首を振る。
「いいえ。そうじゃ、ないの」
アビゲイルは言葉の続きを閉ざす。これを言うべきかと逡巡する。悪いことをした子供が親に言い訳をするように、けれど嘘をついてしまわぬように、慎重な言葉を探す。
本来、言うべきではない言葉だ。言って誤解されたくもない。けれど、言わなければ不平等が過ぎると彼女は考える。
懺悔室で敬虔なる信徒が紡ぐように、『子供だから』では許されない真意をアビゲイルは話す。
「きっとあなたは、独りでは折れてしまうから」
苦しそうに彼女は言葉を吐く。
今のアビゲイルを見て、藤丸はどう思うだろうか。目の前の彼はどう思っているのだろうか。語る最中もそれがぐるぐると心を巡り、彼女の思考をかき乱す。
「分かっているわ。とても卑怯で、凄く残酷なことだって、私、分かっているの。あなたは座長さんのお友達で、こんなこと言ってはならないのに。だけど、だからこれは身勝手なお願いで……だから、どうか──」
門が閉ざされていく。
縁は結び、目的は叶った。幾ばくかの会話ができたのは彼女がアレの巫女であるからこそ。外なる神がそれに必要性を感じずとも、巫女の提言だから聞き届けた白昼夢。もしくはこんな状況だったからこそ、なのかもしれないが。
──どうか最後まで、やり遂げてくださいな。
彼女は身勝手に願う。
彼にしかできないことだ。彼にもできるか分からないことだ。けれど間違いなく、それを他人が強要するべきではない。
だからアビゲイルは願うしかない。彼から恨まれてもいいし、恨まれるべきとすら思う。これが非難されない世の中なんて間違っていると。けれど願うしかないのだ。
夢が現実に戻る僅かな猶予。
子供にああまで言わせてしまったセイジは、夢のように消えていくアビゲイルへ向かって言う。
「言われるまでもない。任された」
ハッキリと。
果たして、遥か彼方、夢の向こうへ帰った子供の顔はどんな表情だったのだろうか。言葉が最後まで届いたかすら定かではないセイジにとって、それは知るよしもないことだ。
(激動の一日がすぎる)
シャワーを浴びて、服を着替えて、ベッドの上で今日一日の出来事をセイジは振り返る。
大雑把な
「明日からブリーフィングが始まって……藤丸ちゃんがオルレアンにレイシフトして……と言うか、藤丸ちゃんなのも訳分かんないし」
呟きながらウトウトと意識が薄くなる。
本当は今すぐにでも意識を手放したかった。けれど日課というか、儀式というか。眠ったら世界が消えていました、だなんて受け入れられないセイジにとって、眠る前に必ず一言告げなければならないことがあった。
「今から少し、眠るから」
おやすみなさいと言うように。
下がる目蓋よりも先に、言葉を続ける。
「僕が起きるまで、寝ないでね。
部屋の空間が揺らぐ。
現実の強度が不安定になり、ブレて歪む。
認識の隙間を縫うように、最初からこの部屋には一人の少女がいた。
「またその呼び方するんだぁ。もう分かりづらくない?」
互いに11年前と変わらない姿。
寝起きのように目元を擦り、彼女はヒタヒタと彼が横になるベッドまで近づく。
間違いなく、そこにいるのは英霊だ。
カルデアが召喚したものではない。セイジ個人が契約しているサーヴァント。かつての聖杯戦争以前から、彼を要石として聖杯の寄る辺もなく現界し続けている幻霊のようなもの。
「きみたちの誰が今、表に出てるのか。僕には呼ぶまで分かんないんだ。しょうがないよ」
ボンヤリと霞む意識を彼は瀬戸際で留める。眠ると言ったのに話し掛けてきた彼女へ律儀に答えるためだ。しかし眠くて眠くて仕方のない彼は、呟くような返答しかできない。
「"ラヴクラフト"だなんてまとめても、結局誰を指してるか……分かんないし」
そんな小さな声を拾い、聞いて、ケラケラと少女は笑う。
「まぁねぇ、でもそれを指すのはお
言いながら彼女はセイジの寝顔を見下ろした。
しゃがみ込んで、ベッドの枕元近くに肘をつく。
読み聞かせのように、優しくゆったり。
「ここには叔母さんたち、いないからねぇ」
義父と実母の二度目の人生。
少女からすればややキツさを覚えなくもない。けれど題材としては面白くない? とセイジに語る。ジャーナリズムではないが、ノンフィクションのストーリーに創作意欲を刺激されそうだと。
彼からの返答はなかった。
「うーん、寝ちゃったか」
頬を突っついても反応はない。
穏やかに上下する毛布を今一度かけ直してあげて、眠る彼の髪を手櫛ですく。
一連の流れを少女は無意識でやっていた。
それに意味があるかは分からない。どうせ寝返りでもすれば髪型なんて乱れるものだ。だから単に頭を撫でる口実が欲しかったのかもしれない。
そんな自己分析をしながら、慈しむように彼女は言う。
「おやすみ、マスタぁ」
今日一日を乗り越えた彼に安らぎあれ。
これからを乗り越える彼に祝福あれ。
もう眠ってしまって届かないけれど、聞かれないからこそ好き勝手に言うこともできるから。謝罪と激励の意味も込めて、彼女は言葉にする。
「いつか……私があなたの物語を書いてあげる」
小さな言葉は静かに溶けた。
明かりのない部屋で、机にだけ電気をつけて、少女は彼が起きるまでの暇を潰す。机上に【タイプライターとカーボン紙があった】から、それを使って構想中の物語でも書けばいい。
ヒバナセイジが目覚めるまで、室内には心地よい打鍵音が鳴っていた。
複数人で一騎とかカルデアにはわりといるし、セーフセーフ