(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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日常38(歳三他)

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 探索者とは常軌を逸した肉体性能を誇る者が多い。では食欲もまた常軌を逸しているのかといえば、これはそうではなかった。

 意外にも食欲は一般人も探索者も大して変わらないのだ。勿論大食いの者もいるが、それは探索者だからというわけではなく、単なる体質の問題である。

 

 歳三は眉を顰め、迷っていた。

 これでいて分際を知っている歳三である。自分の胃袋の容量は何となくわかっていた。故に悩む。

 

 ──難しい問題だ。どれも美味そうで、どれも食べたい。だが俺には全部は無理だろう。選ばなきゃならねぇ

 

 それに、と歳三は思う。

 

 何でもかんでもつまんでは行儀が悪い男と見られやしないだろうか心配だったのだ。歳三は探索において死を恐れぬ偉大な戦士であったが、日常生活においては他人の目を気にしてばかりのビクビク子ネズミちゃんなのであった。

 

 オムレツもチーズボールもマカロニサラダもローストビーフもローストポークもグラタンもアイスもあんみつもカレーもシチューも味噌汁もなんでもかんでも少しずつ摘まみたい!

 

 そんな思いはあるものの、周囲の目を気にする歳三ネズミは行儀よくフライをいくつか、サラダを少々、そしてコンソメスープを持ってきた。こんなものは愚かなる事馬鹿馬鹿の如しといった有様で、少し周囲を見れば我慢する必要なんて欠片もない事が分かるはずだ。

 

 背後のテーブルでは空中浮遊しながらエビフライを齧りつつ、空中腹臥位の体勢でタブレット端末を弄っている魔女コスの女がいるではないか。行儀もクソもない。ちなみに自身に念動を及ぼすというのは案外に高度な技術である。というのも、出力調整を誤ると口から内臓が飛び出て死んだりするのだ。

 

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「佐古さんはアジフライが好きなんですか?」

 

 比呂が尋ねる。歳三の皿にはアジフライばかりが5枚ほど乗っかっていた。そう、歳三はアジフライが…というか魚全般が好きだ。いや、酒のつまみになりそうなものなら何だって好きなのである。嫌いなものはない。強いていうなら缶詰のホワイトアスパラが苦手という事くらいか。顎も歯も強靭無比であるため、硬いものだっていくらでも食べられる。流石に嚥下は無理だが、鋼材を食い千切って口内で球状に加工する事だって難しい事ではない。

 

「ああ、飯島君は沢山食べるんだな」

 

 歳三が言うと、比呂はやや唇を尖らせた。

 すわ礼を失したかと内心焦る歳三だが…

 

「そうですね、やっぱり体が資本なので。あと僕の事は比呂でいいですよ。仲の良い人は皆そう呼ぶんです」

 

 仲の良い、ね…と歳三はなんとなく金城権太の事を思い出す。そして少年時代の旧友を。

 

「そういえばあの二人は…」

 

「真衣と翔子ですか?今日は休養ですね。新しい装備を買いにいきたいらしくて。僕が参加させてもらったのもそれが理由です。それに最近僕は探索ばっかりで全然休んでいなかったので、二人からも休養がてら休めって言われているんです。それと由衣さんからも。あ、真衣のお姉さんの事ですよ。佐古さんが由衣さんの依頼を受けてくれなかったら僕は皆死んでいましたね…」

 

 歳三が無言で頷き、暫時会話が途切れる。

 まともに会話が続けられていないにも関わらず、歳三の話のネタが尽きたのだ。自分から話を振るというのは歳三にとって非常に難しい。

 

 ──お勧めの装備は何か、なんて聞いてみるか?いやだめだ、俺は武器を使えない!

 

 歳三は時として人体を武器にする事もあるが、原則的に己の五体を武器とする。銃だの剣だの槍だのは扱えないのだ。

 

 しかしこれは歳三の武器術のセンス云々の話ではなく、気質が影響している。武器を扱うためには体系的な技術を覚える必要があると思い込んでいるのだ。ナントカ流ナントカ派のナントカとかいう技術を学ばねば十全に扱えないと思い込んでいる。

 

 その一方でフィクションの中に出てくるトンデモ必殺技は再現できるのだから、歳三という男は器用なのか不器用なのか分からない所があった。

 

「そういえば前から聞きたかったんですけど、佐古さん…歳三さんって呼んでもいいですか?…ありがとうございます!歳三さんは空手を学んでいるんですか?ティアラさん達が歳三さんと探索した時、凄い空手の技を見せてくれたっていっていましたけど…」

 

「そうね、本当にすごかったと思うわ。ちょっと空手に対してのイメージが変わっちゃったかも」

 

「そう…ッスね。あれが本当に空手だと思いました」

 

 ティアラとハマオはニヤつきながら言う。

 

 ──俺は空手を使うのか…

 

 そんな事を思いながら、歳三は頷いた。

 基本的には流されやすいタチであるため、周囲の人間がそれは空手だよと言えば、空手かもね、と納得してしまう男なのだ。

 

 その時。

 

「へぇー、おっさん空手家なんだ?格闘技経験者の探索者増えてるよなー。ところでお宅らって協会の探索者さん方かい?」

 

 と、歳三に声がかけられた。

 比呂、ティアラ、ハマオは声の主に目を向ける。

 

 そこには数名の男たちが立っていた。

 一見するとただのチンピラに見えるかもしれないが、よく見るとその外見からは一般人不良とは一線を画す強さが感じられた。彼らの目つきは鋭く、冷徹な光を宿している。暴力を振るい慣れている者が宿す光だ。顔立ちは粗野で、皮膚にはいくつかの傷跡が散らばっていた。

 

 服装はカジュアルだが、その上からでも彼らの肉体が鍛え上げられていることがはっきりと分かる。腕の筋肉はシャツの袖から張り出し、胸板も服を突き上げるかのように隆起していた。戦いにおいて一定の経験と技術を持つ事は明らかであった。

 

 歳三がそうだと答えようとすると、比呂が目に冷たい光を灯しながら答えた。

 

「そうですけど。あなたたちは?」

 

 男は比呂をちらと見て暫時何かを考えるそぶりをする。

 

「ちと、話があるんだけどいいかい?」

 

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「ってことでよ、どうしても知りてぇンだわ。榊 大吾(さかき だいご)がどうなったかってのをよ」

 

 チンピラはマサと名乗った。 "国際空手道連合 旭真大館" 新宿榊道場の門下生だ。旭真大館はフルコン系の王者と言っても良い大流派で、昨今の格闘技系の大会を総なめしている。

 

 勿論一般人界隈での話だ。こういった格闘技系の大会に探索者は出場する事は出来ない。本当の意味で凄惨な殺し合いになってしまうからだ。大会などに出場しないのであれば探索者としての経験を積む事自体は出来る。

 

 新宿榊道場の道場主、故榊 大吾(さかき だいご)などはその好例である。

 

 榊の段位は八段、更に乙級探索者として探索者協会新宿支部へ所属しているが、仲間達と共に乙級指定 新宿歌舞伎町(マンション)ダンジョンに挑み、未帰還となっている。

 

 

「ああ、そういう感じの用件ね。良かった。喧嘩売られたらどうしようかと思ってたから。あんまり強そうじゃないし、ちょっと撫でたら死んじゃいそうだもの」

 

 ティアラが笑顔でいうと、マサは不貞腐れた様子で "そうかもしれねぇけど" とボヤく。

 

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「あの人は本当に強かったンだ。簡単に死ぬような人じゃねぇ。でも待てど暮らせど道場に帰ってこねぇ。生きてるのか、死んでるのか。もし死んじまったんだったらどこのダンジョンで死んだのか、せめて遺体は回収できねぇのか色々問い合わせたさ。でも何も教えてくれねぇんだ」

 

 これは仕方のない話ではあった。

 榊自身は探索者協会所属だったが、マサはそうではない。探索者協会は基本的に外部の人間に内部情報を事細かく教える事はない。

 

 ましてや旭真大館は独自に門下生たちをダンジョンに送り込むというような事もしている。なぜそんな事をするのかといえば、国際大会などで優勝をするためだ。独自にダンジョン探索カリキュラムを組んでいるのは、協会に所属させてしまえば探索者としての記録が残ってしまう為である。

 

 つまり旭真大館は不正をやっているということだ。しかし協会はこれを放置していた。というのも、そんな事をするのが旭真大館だけではないという事を理解していた為である。要はキリがないのだ。

 

 更に言えば、一般人の格闘技界隈が多少荒れようが、それで不幸な事故が起きようが、探索者協会がそんなものにかかずらっている余裕もない。

 

 何せ外と内に大きな敵を抱えている身であるからだ。

 外の敵とは言うまでもなく諸外国であり、内の敵とは富士樹海ダンジョンである。

 

 かの悪辣な甲級ダンジョンは年々少しずつ、ほんの少しずつ領域…いや、魔域を拡大し続けており、協会はその対応を考えねばならなかった。

 

 だが不正は不正だ。故に旭真大館は協会にとって明確な敵ではないが味方でもない、というのが協会の旭真大館に対しての評価である。明確に敵対をしてきていない以上敵ではないが、その卑な振る舞いにより味方と見做す事も出来ないといった所か。

 

 榊はそういった状況を鑑み、またこれからも続くだろうダンジョン時代を見据えて旭真大館と探索者協会の友好関係の橋渡しをしようと考えて、あえて協会へ所属したのだ。旭真大館の高段位持ちが協会の上位探索者となれば、そしてその波が広がれば旭真大館と探索者協会は極々自然に手を取り合う関係となるだろう。

 

 協会としては榊の意図は理解していたが、その意図を重要視してはいなかった。

 

 というより、どちらでも良かったのだ。

 

 榊 大吾が過酷なダンジョン探索を重ねて生物としての階梯を上がれば、それはそれで榊は協会にとって重要な人財となる。その重要人財が "たかが空手団体" との友好的関係を希望するなら叶えてやってもいい…その程度に思っていた。

 

 ■

 

「それで、私たちにその榊さんの事を協会へ尋ねてほしいって?」

 

 ティアラが協会所属ヅラをしながら言った。歳三も比呂もハマオも指摘はしない。話を主導してくれるのなら任せようという腹積りであった。彼女の目はマサの顔をじっと見つめ、その真意を探っている。

 

「ああ、たまたま会話が耳に入ったからよ」

 

 マサが答える。彼の声には何か隠しているものがある…ティアラにはそう感じられた。

 

「ふうん…まあもう少し話を聞いてからね。ところであんた達も探索者…なのかな。多少鍛えているみたいだけど」

 

 ティアラが続ける。声色には興味と疑念が混じっていた。

 

「協会には所属してねぇよ。でもダンジョン探索のマニュアルみたいなものはある。地区長っていうのがいるんだけどよ、そいつが探索を推進してるっていうか…」

 

 マサは言いよどむが、ティアラが追い打ちをかけた。

 

「なんで協会に所属しないワケ?榊さんだって所属してたんでしょ?」

 

 ティアラの問いはもっともであった。しかしマサの表情はうかない。都合な悪い事がある、というよりは自分でも釈然としないというような表情だった。

 

「…禁止されてンだよ。榊さんが居なくなったくらいの時から、協会に接触する事を禁止されてンだ。これはここだけの話にしてもらいたいんだけどよ、最近ウチ…旭真大館は探索者協会に対抗心を燃やしてるみたいなんだよな」

 

 するとそれまで黙っていたハマオが声を上げる。

 

「あ、それ聞いた事あるぜ。旭真大館の館長って確か先代協会長と同級生で、一人の女を取り合ったとか…クライデーに載ってたような…それで旭真大館は一方的に協会を恨んでいるんだとか」

 

 それを聞いたマサは口をへの字にして、渋々といった様子で頷く。

 

「そうなんだよな…本当にくだらねぇけど元々火種はあったんだ。でも榊さんが変な反発を抑えていた。あの人はマジで凄いんだぜ。技だけじゃなくて力だって…大型トラックを引っ繰り返しちまうんだ」

 

 でも、とマサは続ける。

 

「榊さんがいなくなってからもうバチバチでよ。協会に負けるな、ダンジョンで身体を鍛えろとかよ。俺らもなんていうかな、もうついていけねぇっていうか…。だって死人だって出ているんだぜ。ダンジョンってよ、滅茶苦茶おっかねえんだ。俺らは素人だし金もあんまりねぇし、本部も金を出してくれないからよ、鉄パイプだのなんだのってブツを持ってダンジョンに行くんだよ」

 

 うげ、とティアラは表情を歪める。

 ハマオは掌をぱんぱんと合わせていた。

 比呂は無表情だ。

 

「だからよ、協会がいう戌級のダンジョンに行くことになるよな。ドーグなんて何もないんだからよ。でも戌級のモンスターって全然野良犬なんかじゃないぜ。知ってるかもしれねぇけど、人間の頭をもった犬が出てきてよ。目から血の涙をだらだら流しながら、噛みついてくるんだよ。ホラーすぎるだろ?そいつを皆で袋叩きにしても、次から次へと出てきて…喉を食い千切られる奴も出てくる。そんなのやってらんねーっつの。だから辞めたいんだけどよ…」

 

「榊さんに世話になってるのに勝手にやめるのはどうかと思うって?だから顛末を聞いて、もし榊さんが亡くなっていたら辞めようって?」

 

 ティアラが後を引き継ぐと、マサは頷いた。

 

「そういう事だ。情けないけどよ。死にたくねーのよ」

 

 マサがそういうと、周囲の男たちも頷く。

 

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 歳三は話を聞き、なんだか大変だなぁと思った。まるで他人事だ。しかし実際に他人事なので別に間違った態度ではない。

 

 しかし旭真大館と探索者協会の確執は、歳三が傍観者でいる事を許さなかった。この数か月後…なぜか歳三は大観衆の前で拳足を振るう事になるのだが、この時点では気付きようもないし、注意しようもなかった。

 

 

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