(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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日常43(歳三他)

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 旭真大館の一件も解決したなと歳三はノンアルコールビールを飲む。この店はアルコールも含めて飲み放題だし、歳三としてもアルコールが入った方が多少は舌も滑らかになるだろうとは思ってはいたのだが、問題が一つあった。

 

 ──新宿からだと、なぁ

 

 新宿で飲んで池袋に帰るというのは面倒であった。

 タクシーでも使えという話なのだが、歳三はタクシーが苦手である。なにせ連中ときたら、発情期の猫の様に好き勝手にむやみやたらと話しかけてくるからだ。会話も接客の内だと何かの見た歳三は、匿名掲示板のタクシー板にこの様に書き込んだものだった。

 

 "自動運転が増えてるからな。そのうちタクシー業界も潰れるだろ"

 

 そして後日、俺は小者だと自己嫌悪に苛まされるのである。

 歳三という男にはそういう小市民根性が染みついている。

 

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「あらー?佐古さんは飲まないの?」

 

 ティアラが歳三のグラスに注がれたノンアルビールを見て言う。

 一部の酒飲みの中は、その液体が酒かどうかを視覚または嗅覚で察知する者がいるが、ティアラも例に漏れずそんな手合いであった。

 

「ああ、この後ちょっとやる事があるんだ」

 

 嘘であった。やる事など何もない。

 

 しかしこれでいて根が見栄坊にも出来ている歳三は、暇であることにどことなく恥にも似た思いを抱いており、どうにもそれが言えない。

 

 無論本来は恥じる事など全くない。普段命懸けでダンジョンを探索しているのだから、探索は月に1回、というようなていたらくであっても世間様は失望しないだろう。むしろ、月に1回も恐ろしい怪物と殺し合っているのだと感嘆するはずである。

 

 だのに歳三は暇であるという事に対して、あたかも無職子供部屋おじさんニート歴50年余というような恥の感情を抱いている。

 

 このような心理状態は、社会的な価値観や期待に影響されやすい人々によく見られるもので、そういった見栄坊民は自分自身の価値を外部の評価で測ってしまう傾向がある。

 

 そしてこれは協会の失策でもあるのだが、歳三は乙級探索者にして多くのダンジョンで実績を残してきたいわば勇者なのだが、協会は歳三の功績を表に出して喧伝したりはしていなかったのだ。協会は目覚ましい功績をあげた探索者や新進気鋭の若手など積極的に宣伝している。超人的な身体能力を持つ彼等は、何も探索だけしか能がない戦闘マシーンというわけではない。様々な界隈で探索者達は活躍している。なんだったら芸能人にも現役探索者がいるのだ。

 

 協会が歳三を隠蔽する理由。それは歳三の過去を考えての事でもあるし、本人の非常に強い要望もあるのだが、それがために歳三は "外の声" を聞く事ができない。自分自身の価値を外部の評価で測ってしまう傾向が強い者が "外の声" を聞く事ができなければ、何が起こるのか?

 

 余りにも低い自己評価の声が歳三の狭い精神世界で反響するのみであり、それはエコーチャンバーとなって歳三の自己肯定感を削り取っていくのだ。

 

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「あの、歳三さん。今度、暇な時でいいんですが…」

 

 比呂はまごついた様子で続ける。

 

「一緒に、探索を~…なんて、いえ、乙級指定のダンジョンはやっぱり僕らには難しいでしょうから、丙級とかに…なっちゃうんですけど…」

 

 そんな事を言う比呂を横目でみた歳三は、多少伸びたし今後も伸びるとはいえ、雑司ヶ谷ダンジョンの時と比べてどの程度のものかをより正確に測ろうとした。数多くの探索者、モンスター、強い者もいたし弱いモノも居たが、その歳三の経験に裏打ちされた吟味の視線が比呂に突き刺さる。

 

 そして、目でみてわかるもんじゃねえなとすぐ視線を外した。

 探索者の力は外見には中々現れないものなのだ。歳三にしたところで、ずんぐりむっくりなボディからは想像しがたいパワーを振るう事ができる。比呂だって細身の…まるで女のような肉体のラインであるにもかかわらず、素手で軽自動車をバラバラに引き千切り、解体できるような化け物なのである。

 

 このギャップについて、東京大学理学部物理学科の菱 安江(ひし やすえ)教授はこの様に語っている。

 

『一般的に我々が考える"力"は古典力学に基づいています。つまり、物体の質量と加速度によって力が決まるという考え方です。しかし、探索者たちの身体能力は一般的な物理学の枠組みを超えているようです。量子力学においては、物質は波動としても粒子としても振る舞い得るという二重性があります。一般の人々はこの量子的性質を日常で感じることはありませんが、探索者たちはこの量子的性質を身体能力に応用しているのではないでしょうか?例えば "量子トンネリング" です。これは本来超えられないはずの障壁を、ある確率で超えてしまう現象です。この技術は既に一部の兵器メーカーが応用しており、前時代では考えられない性能の銃火器が開発されるようになりました。非常に画期的な消費エネルギー抑制技術です。例えば探索者が驚異的なスピードで移動する場合、この量子トンネリングが働いている可能性が考えられますね。消費されるエネルギーが小さければ小さいほど、探索者達は更に移動にリソースを投入出来るわけですから…』

 

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「立ってくれるかい?」

 

 歳三が言う。比呂は何がなんだかわからないまま頷き、歳三の前に立つ。すると歳三が拳を固めてゆっくりと比呂に近づけていった。拳打を放とうというのではなく、それこそ蝸牛の歩みのような遅い打突が比呂へと伸びる。

 

「あのう、歳三さん…?」

 

 再び比呂が問う。

 

 歳三の視線から戦意の様なものを感じ、比呂は自身の背筋に得体の知れない感覚が走るのを覚えた。その感覚には微量の性的な快楽と、微量の被支配欲求が混ざり合わさっており、比呂は自身の中の何かの目覚めを感得した。

 

 そのただならぬ気配にハマオとダベり散らしていたティアラは黙り、二人に注視する。みれば宙をぷかぷか浮かんでいた魔女コス女も歳三達を見つめている。

 

「…探索に一緒にってことなら、どんなものか確認したくってな。俺に押されない様にしてみなよ。体幹で大体わかるんだ」

 

 ──押されない様に、って

 

 胸へ歳三の拳が近づくにつれ、その拳がどんどん大きくなっていくように比呂には思えた。ゴツゴツとした岩肌の巨大な隕石がじり、じり、と近づいてくるかのような圧迫感!

 

 大きいだけではない。

 そこには膨大な熱量も込められていた。

 歳三の拳はもはや、破壊的(ディープ)エネルギーの一握的(・インパ)小惑星(クト)といっても過言ではない。

 

 もし歳三が害意をもって拳を振るえば、比呂の肉体などは血も肉も骨も消えてなくなるだろう。躱す余裕はないし、受ける事もできない。

 

 ──死ぬ

 

 明確な死を予感させる歳三の拳に、比呂は薄暗い悦びを感じていた。自分は強くなったが、それでもこの人はまだまだ自分なんかでは及びもつかないほどに強い…そんな事実が嬉しかったのだ。

 

 そして、歳三の拳がゆっくりゆっくり比呂の胸部へと近づき、服に触れ、比呂はあっと声をあげた。

 

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 押し込まれる拳。

 痛みはない。

 

 だが比呂はグッとこらえ、両の脚を踏ん張った。

 ぎり、と歯が食いしばられる。全身の筋肉が硬直し、次から次へと力を生産して前方からの圧力に抗しようとしている。

 

 ティアラは比呂の足元の床が僅かに陥没していることに気付いて、目を細めた。更に比呂の発汗量も凄まじい。シャツはあっというまに汗でびしょ濡れだ。対して歳三は無表情で拳を突き出しているだけである。

 

 しかしこの時、比呂にかかっていた圧力は並々ならぬものがあった。

 

「何してるかしらないけど~」

 

 不意に宙から間延びした声が響く。

 魔女コス女が声を発したのだ。

 三角帽子を目深にかぶり、表情はよくわからない。

 

「痣になっちゃうよ~。探索者っていっても~、女の子なんだし~」

 

 は?と歳三が訝し気な表情を浮かべて魔女コス女を見る。

 比呂に至ってはいまわしげな様子だ。折角探索についてきてもらえるかどうかという試しを受けているのだから、邪魔はされたくなかった。だがそのいまわしげな表情はすぐに別のものへと塗り替わる。

 

「なっ!!な、なに…?」

 

 比呂が声を出した。

 声がやけに高い。

 まるで今この瞬間、非常に重大な何かに気付いたかのような…。

 

 ともかくも試しがどうこうという空気は吹き飛んでしまった。

 歳三は興がそがれたとばかりに椅子にどっかと座り込み、ノンアルビールを一口すすり、口を開く。

 

「まあ、よくわからないけどよ、いいんじゃないか?一歩も退かなかったし。全身が鍛え上げられているってことだろ。変に試して悪かったな。なんていうか、すぐにやられちまうような感じだと俺も困るし、俺の飯島君…比呂へのイメージは、雑司ヶ谷の時のイメージだからさ。失礼に聞こえたら悪いが…。いいぜ、今度探索にいこう。あんまり急だと困るから、あらかじめ予定を教えてくれ」

 

 この "試し" は歳三のお気に入りのアクションゲームからインスピレーションを得たものである。そのゲームでは有効打を相手に加える事により、体幹バーというゲージを削り取って、体勢を崩すというシステムがあるのだ。

 

 しかし体幹といわれてもそこは学のない歳三である。何がなんだかわからない。よってインターネットで検索したところ、まあざっと意味を掴んだという次第である。そこから体幹を鍛えるにはどうすればいいか、また、体幹の強さを確認するには…といった感じで検索を繰り返し、先程の "インスタント体幹測り仕草" を試してみたというわけだ。

 

 ともかくも歳三が言うと、比呂は顔を真っ赤にしながら頷いた。そこへティアラが音も無く近づき、比呂に何か耳打ちをする。比呂は頷き、ティアラはなんだか底意地が悪そうな笑みを浮かべながら言う。

 

「ちょっとトイレ行ってくるから」

 

 歳三とハマオは軽く顔をあわせ、お互いに首を傾げた。

 トイレにいくのはいいにしても、なぜティアラと比呂が連れだっていくのだろう、と。

 

 そういえば、とハマオが思う。

 

 ──女の子、って言ってたよなぁ

 

 先程の声の主、魔女コスの女に目を向けるハマオだが、当の魔女コスは既に動画閲覧モードにはいっているようで、宙を浮遊しながらねっころがって動画を視聴していた。周辺にはチキンだのアイスだのがうかんでいる。

 

 ──すげぇな

 

 ハマオは感嘆した。

 

 念動力は集中力を要する…手足を動かす様に極々自然にとはいかないものなのだ…というような事をDETVの同僚から聞かされていたからだ。

 当然ピンとこなかったハマオだが、手足を動かす際、どこの筋肉がどう動くのかをことこまかく意識しなければならないとしたら…というような説明を聞かされてようやく納得したものだった。

 

 ──丙級相当…いや、乙級?うちのダイバーじゃないのは確かだな

 

 DETVにもPSI能力者は存在するが、念動をここまでのレベルで扱える者というのは、少なくともハマオには心当たりがなかった。

 

 ──でもなんだか協会探索者っぽくないんだよなぁ

 

 探索者が所属し、ダンジョン探索を主な活動とする団体、組織はダンジョン探索者協会、DETVだけではなく他にも色々とある。それこそ数百人規模のクランだとか、数人だけで構成されたチームだとか、インターネットで緩く繋がってるだけのふわっとした纏まりだとか。探索者協会、ひいては日本国政府はこれらを無理にまとめ上げようとはせず、動向監視のみに留めていた。しかし、それだけ人が集まれば当然タチの悪い連中というものも出てくるのは必定である。そういった場合は協会が人狩りチームを差し向けて "処分" する。金城権太などは元はこの人狩り(マンハント)チームの一員であった。

 

 外部組織に対して取る協会の基本姿勢は "好き勝手してくれてかまわないが、やらかせば消す" というものである。これは雨後の筍のごとく湧いてくる小団体を統御するリソースなど、流石の協会にも無かったというのが主な理由だ。

 

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 ダンジョン探索者協会池袋本部・会長室

 

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 男が二人、落ち着いた雰囲気の和室に向かい合って座していた。

 

 一人は一見すると青年にも見えるし、逆に100年近くの時を生きてきたかのようにも見える謎めいた男だった。もう一人は禿頭の中年男だ。恰幅が良く、垂れた眦がまるで狸を思わせる。

 

「そういえば、英国大魔法省の件はどうなったかな」

 

 謎めいた男…協会会長、望月柳丞が言った。

 狸親父…金城権太は顎の下についた肉をつまみながら、小首をかしげて答える。

 

「スミス坂本・裕子侯爵級エンフォーサーについては、明朝こちらへ向かうと連絡がありましたな。しかし、あの忌まわしい樹海に魔法的アプローチというのは考えましたなぁ。何らかの成果があれば良いのですが。といっても、視察というか査察というか…そういう感じなのでしょうが。やはり先様としても手に余る厄事には関わりたくないでしょうからね」

 

 エンフォーサーとは英国大魔法省が要する公式戦力である。

 日本でいう所の協会直属のアサルトチームなどがそれにあたり、当然ダンジョン探索により一般人類を超越した能力を持つ。

 侯爵級というのは公侯伯子男と五つに分けた爵位の上から二番目で、これは協会でいうところの甲乙丙…のそれにあたる。

 

 スミス坂本・裕子侯爵級エンフォーサーは英国生まれ英国育ちの日英ハーフで、英国人の父と日本人の母を持つ。日本でいう所のPSI能力に覚醒しており、魔女騎士の称号を戴いていた。ちなみに英国ではPSI能力は魔法と呼ばれており、これを扱う者は魔女と呼ばれ讃えられている。

 

「殴って駄目なら切ってみろ、それでだめなら撃ってみろ…というのは戌級の講義で習う事だからね。まぁ我々もあちらの問題に手を貸すんだ、せいぜい手を取り合おうじゃないか」

 

 確かに、と権太は頷く。

 

 ちなみに日本と英国はダンジョン時代黎明期に新日英同盟を締結しており、国家間で協働して両国それぞれの問題にあたっているという背景がある。

 

「富士樹海の抑え込みはここ最近は上手くいっているといっていいでしょう。しかし、あそこは悪辣だ。アメリカの…ほら、カザリア・ウィッチの森、あれと似ている気がしますが、あれの比ではないでしょうな」

 

 カザリア・ウィッチの森はアメリカのメリーランド州にあるダンジョンで、その難度は日本で言う所の乙級にあたる。ダンジョンとなる前はただの森だったのだが、いつからかその森に何かがいる、不気味な怪物がいるなどという噂がたち、更にその森を舞台にしたホラー映画まで作られてしまった。

 最悪だったのはその映画がヒットしてしまった事である。つまり、世界中からその森は怪物が潜む森だと認識され、想念が集中したのだ。そしてダンジョン化現象が起こった。

 

 アメリカにとって嬉しくないのは、その森が高難度のダンジョンにかわってしまった事ではなく、そのダンジョンの性質が意地悪く出来てしまった点である。迷わせ、惑わせ…そういったタイプのダンジョンになってしまったのだ。広大で視界が良くない森の、そこかしこにトラップがしかけられ、カザリア・ウィッチと呼ばれるモンスターが追跡してくる。カザリア・ウィッチは強力な念動の使い手であり、これを斃すには身体能力より精神力が問われるため、パワー第一主義であるアメリカの探索者界隈ではちょっと割りに合わないダンジョンという事で知られている。

 

「アレの抑制が出来なければどこまで塁が及ぶか分からないからね。…昔一度、視た事がある。良くない未来だ。我々は戦術核を以て富士樹海ダンジョンを焼き払おうとしたが…」

 

 望月はそこで口をつぐんだ。

 

「どうなったのです?」

 

 権太が尋ねるが、望月は首を横に振る。

 表情はお世辞にも機嫌が良さそうだとは言えない。

 

 それをみた権太は、ブフゥとため息をついてから冷めてしまった茶を飲みほした。

 




明日明後日明々後日と投稿はできないです。彼女とお泊りデートするからです。ちなみに作者は先日アーマードコア6を買いました。最高です。作品中にも巨大人型機動兵器を出したくなりました。バルテウスは30回くらい死んでやっと斃せました。本当にありがとうございました。
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