(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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日常49(歳三他)

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 金城権太からの返答は概ね次の様なものになる。

 

『別に気にする必要はない』

 

 歳三はこれを受けて懸念の一つが消えたのを感じた。万が一があったとしても罪に問われないのならば問題ない…歳三はそう思っている。

 

 彼が恐れるものは人外魔境たるダンジョンではなく、そこに巣食う恐るべきモンスターでもなく、日本の法律である。

 

 そう、歳三の遵法意識は非常に高い。

 

 しかし、歳三のモラルは非常に低い。自分の認知領域…例えば数少ない友人や世話になった人々以外がどうなろうとしった事ではないという割り切り方をしている。

 

 例え試合で相手を殺めてしまっても、それが歳三の認知内の身内でない&違法行為でないかぎりは何の痛痒も覚えないだろう。

 

 帰路の最中、歳三は脳内で試合で使うべき技の数々を吟味する。空手か、空手に準じる技ならば良いという事なので、それっぽいあれこれを夢想する。ただ、それを受けた相手がどうなるのかという事を歳三は一切考えなかった。

 

 §

 

 新宿駅はいつものように探索者と一般人でごった返していた。

 大変異…世界にダンジョンという異界が顕れる様になってから随分経つが、大変異以前と以後で一番変わったのは街並みそのものではなく、そこを行く人々の様相である。

 

 新宿駅のホームには、ダンジョンから帰ってきたばかりの探索者たちがその装備を整えながら電車を待っている。その一方で通学や通勤の一般人も列を作っていた。シュールな光景だ。

 

 電車が到着し、扉が開く。

 

 探索者たちは一斉に乗り込むが、その中には新人らしき者もいる。安っぽい装備、不慣れな仕草。足を引きずっている若い女性探索者だ。ひび割れたゴーグルに血がこびりついており、痛々しい。しかしそんな様子とは裏腹に、陰の気を発しているという事はない。仲間を喪ったり、探索に失敗して負債だけが残ったならばもっと陰鬱だろう。つまり彼女は探索自体には成功して、喪ってはいけないものを喪ったというわけではないが、それはそれとして怪我は免れなかったという事だ。

 

 そんな彼女を見た歳三は席を立とうとするが、その前にOLらしき一般人女性が無言で席を立ち、新人探索者へ席を譲った。

 

 ──大丈夫ですか?

 

 ──ええ、ありがとうございます

 

 ──探索者さんなんですね…やっぱりダンジョンで?

 

 ──はい、横浜のダンジョンなんですけど、ちょっと油断しちゃって…

 

 電車は発車する。

 

 窓の外に広がる都市の風景は大変異以後も変わらずに存在しているが、その中で生きる人々の心は確実に変わってきている。ダンジョンがもたらすリスクとリターン。それが新しい日常を形成していく。

 

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 歳三は池袋に到着するなりコンビニに向かい、紙パックの安いブラックコーヒーを購入した。いわゆる色がついてなんだか少し苦い水の事である。

 

 歳三の収入はその辺の優秀外資系一般人のそれを超えるが、生活ぶりはお察しである。歳三は豪奢な生活に興味がない。例え二体の超高級アンドロイドの購入により借金を背負ってようと、一般人が羨む様な豪華な生活ならばしようと思えば幾らでも出来る。しかし歳三はそれをやらない。興味がないのだ。

 

 歳三が本当に興味があるのは、この社会にいかにして居場所を作る事が出来るかという事だけである。歳三は必要とされたいのだ。

 

 いわゆる承認欲求。

 

 だから協会からの依頼とあれば断る理由はない。

 協会のバックには国がいる。それ位は歳三にも分かっており、協会からの依頼…協会から必要とされることは、国から必要とされることとも言える。

 

 承認欲求クレクレ体質である所の歳三にとって、それは性的快感にも等しい悦楽であったが、彼の精神の器は "それ" をいくら注いでも満ちる事がない。

 

 ひらたくいえば満足に至らないのだ。

 

 これは歳三が必要とされたいと漠然と考えているだけであり、誰に必要とされたいのか、そもそも社会に居場所を作るとはどういうことなのかを深く考えた事がないからである。

 

 このままでは歳三は永劫救われない。

 

 歳三の漠然としている承認欲求や、社会に居場所を作るという抽象的な目標を、具体的かつ個人的なものに落とし込む作業が必要なのは言うまでもない。

 

 承認欲求そのものは一般的な人間の欲求であり問題ではないが、それがどれだけそして誰から得られれば歳三が満足するのかを明確にできなければ、彼が救われる…満足する事は未来永劫無いだろう。

 

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 帰宅した歳三はクソ不味いコーヒーをガブガブ飲み、タバコをスパスパ吸いながら端末とにらめっこをする。

 

 ──反則負けになったら目も当てられねぇ。空手について少し調べて置かないとな

 

 勿論、研究資料は各種の創作物である。

 だが、なぜ歳三は創作物から学ぼうとするのか。

 旭真大館のサイトには空手の基本の技や型などが載っているが、歳三はそういうサイトには見向きもしない。

 

 この辺は歳三の認知の歪みが原因だ。

 彼にとって技とはもっと派手で華やかで、威力があり、敵に対して深刻なダメージを与えられるものでなければならない。

 

 つまり華が無ければならないのだ。

 そう、例えばスーパーヒーローの様な…。

 

 スーパーヒーローとは圧倒的な力を持ち、人々はヒーローを慕い、認める。それは歳三の望んだ姿である。

 

 故に歳三は創作物から学ぶのだ。

 創作物の登場人物の操る技の数々には華があるから…だが想像力欠如症候群であるところの歳三には、それらを人間に放ってしまえばどうなるかをいまいち想像できてない。

 

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 歳三はとあるアニメを見ていた。

 

 地中を自在に移動する敵対組織の戦闘員に足首を掴まれ、身動きを封じられた筋骨隆々な男。男は逃れようともせず、地面を強く殴りつけていた。凄まじい膂力により、地面が爆裂する。男の動きを封じていた戦闘員は地面諸共吹き飛ばされた。

 

『こ、こいつッ!人間じゃねぇッ!』

 

 敵対組織の者達が慄き、叫ぶ。

 

 それを見ていた歳三は、ふと思い出した事があった。

 それは10年以上前の事だ。

 

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 乙級昇格打診にあたり、歳三は探索者協会池袋本部に向かった。乙級になる為には面接が必要なのだ。

 

 そして本部の上層階で、歳三は一人の探索者と出会う。身長2mを超えるだろう獅子を思わせる容貌魁偉な巨漢であった。

 

 その巨漢はあろうことか、歳三と顔を合わせるなり距離を詰め、顔面に貫手を飛ばしてきたのだ。歳三はその貫手を身体ごと半回転していなし、回転裏拳脾臓打ちを放つ。

 

 豪速で迫る歳三の裏拳にこめられた破壊力たるや!

 30代前半の歳三は全盛期と言ってもいい。20階建てのビルディングを一撃で倒壊させる滅茶苦茶な威力の裏拳はしかし、巨漢が振り下ろす鉄槌打ちに弾かれる。

 

 互いが互いの攻撃をまともに受ける事を避けた…これは巨漢もまた歳三に比類する実力者であるという事を意味する。

 

 歳三のギアがあがる。一つ二つではない、全開だ。

 

 それを見た巨漢は目を見開き、やがて笑みを浮かべた。獰猛で残酷な笑みだ。

 

 両者の間に流れる空気は既に危険域を超えていた。戦闘を前にして互いに体熱が上昇し、その熱によって大気が揺らぐ。

 

 陽炎である。

 

 そのままぶつかり合えば本部ビル…サンシャイン60はただでは済まないし、死傷者も膨大な数になるだろう。だが、巨漢の方が先に矛を収めた。

 

 顔に浮かべた残酷な笑みは徐々に怪訝なものを見るものへと変わっていき、やがて苦笑に変わる。

 

『…む? 人間か?すまん!モンスターかと思ってつい、な!それにしても貴様、探索者か?なるほど、新しい甲級か!』

 

 巨漢の問いを歳三は否定した。

 当時の歳三は丙級で、この時は乙級の面接を受けにきたのだ。

 

 それを聞いた巨漢は驚きをあらわにする。

 

『なにッ! そのナリで丙級!? 奴は一体何を考えている! どうみても "成りかけ" ではないか! それを言うならば俺もだが、俺たちは所詮人の皮を被っているだけの怪物よ。怪物が人の世界でまともに生きられるものかッ!…まぁ奴にも奴の考えがあるのかも知れんが…。貴様、名前は? ああ、俺は──…という。貴様は間違いなく乙級になるだろうし、そのうち甲級にもなるだろうが、その時はよろしく頼むぞ!はっはっはっ!! 』

 

 巨漢はひとしきり言うなり、笑いながら去っていった。

 

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 あれから暫く経ち、乙級の歳三には何度か甲級の打診がきたが、そのたびに試験に落ちている。筆記試験と精神鑑定が突破できないのだ。

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