(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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旭真祭⑧~魔吸の儀~

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 歳三達が探索者協会からの依頼によって京都は旭ドウムへと向かう事になったその少し前。

 

 旭ドウムではいくつかの試合が行われ、勝者か、あるいは敗者かという選別が進み、ひとまずは滞りなく旭真祭は進行していた。

 

 無差別級、第6試合。少なくともここまでは何の問題も無かったのだ。

 

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 そして第7試合。この対戦は大会再注目カードと言っていい。

 

 弾間 竜と凶津 蛮。

 

 凶津 蛮は言うまでもないが、弾間 竜も猛者である。乙級はもはや人間ではないと思って構わない。身体能力には個人差があるものの、戦車砲の直撃一発二発には耐えてしまうような存在だ。ホッキョクグマのような獰猛な猛獣でもこれほどのタフさはないだろう。

 

 弾間は先の試合で旭真大館福岡支部の鬼龍院 善治8段をシン・頭骸流、頭骨砕破で頭蓋骨骨折の憂き目に遭わせており、乙級としての矜持を示したばかりだ。彼のピンクのトサカはなおも闘争を求め疼いてやまない。なお、空手で頭突きというのは多くの場合反則を取られるが、一部のフルコン系では試合で用いられることもままある。

 

「よォ、おっさん。俺のチョーパン(頭突き)を食らっても見下していられるかよ?」

 

 壇上で弾間 竜が凶津 蛮に凄むが、蛮は応じない。

 

 腕を組み、傲然と佇むのみである。

 

 如何にも大物ぶっているといった風情だ。

 

 この大物ぶっているというのが肝で、黒獅子めいた雄々しい風貌を持ちながらも、蛮の気質は一言で言うならば"俗"である。

 

 様々な意味での"力"に憧れ、求めてやまない。

 

 幾ら喧嘩が強くとも、単なる暴力が影響を及ぼしうる範囲というのは思ったよりも狭く、そして浅い事を蛮は知っている。

 

 格闘大会などでいくら実績を積もうとも、例えば一つの国から敵対視されでもしたら敢え無く排除されてしまうだろう。自身が持つ力とは所詮その程度のものなのだ…そう蛮は考えている。

 

 ──まずはこの組織を頂く。ジジイ(旭 道元)のカリスマは大きい。だからぶっ殺して…というわけにはいかない。幸い、ジジイは年だ。いずれ死ぬ。ジジイの次に旭真大館を牛耳るのは俺だ。

 

 政治家にも旭真大館の門下生が居て、その数は少なくない。蛮としてはその辺りから国政参画へツテを得て、明確なビジョンはないものの、やがてはこの日本という国に大きな影響力を及ぼしたいと考えている。いや、それどころか、世界に対して自身の影響力を及ぼしたいとすら考えている。

 

 そのためにもまずは旭真大館の掌握をしなければならないが、その為に手っ取り早いのは仮想敵対組織である探索者協会の打倒である。

 

 打倒と言っても勿論殲滅云々の話ではなく、力の上下を知らしめるという意味での話だ。

 

 日本の事実上の探索者戦力の総元締めである協会の探索者を公式戦で打倒し、旭真大館内部からの支持を集めなければならない。

 

 その為には振る舞い一つとっても格が求められるという事を蛮は知っていた。

 

 蛮は外見こそゴリラ熊野郎だが、脳までアニマルではないのだ。

 

 堂々たる王者の風情で待ち構え、協会のチンピラを難なく吹き飛ばす。それでこそ旭真大館2千万人の門下生からの支持を集められる、そう蛮は考えている。

 

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 試合が開始しても、両者はすぐにバチバチとやりあう事はなかった。

 

 凶津 蛮は相変わらず腕を組んで大物ぶっていたし、弾間 竜は三下のチンピラのような風情だ。

 

「おう、おっさん、聞いてンのか?」

 

 弾間 竜は腰を落とし、下方からねめあげる様にガンをつけながら、蛮へ近づいていく。如何にも柄が悪いが、この場にいる以上ただのチンピラではあり得ない事は説明するまでもない。

 

 この時、凶津 蛮はすごむ弾間 竜の背後に桃色の肌をした凶悪な蜥蜴の化け物の姿を視た。猛者は時としてその戦気によって自身の在り方、心情、あるいは危険性などを可視化させることがある。

 

【挿絵表示】

 

 無機質的な爬虫類の視線は、弾間 竜の内心が外面ほどに荒れてはいない事を意味する。

 

 役者め、と思いながらも凶津 蛮はスゥ、と短く息を吸った。

 

 次瞬、弾間 竜が急激な静から動への動きを見せた。地面が蹴り割られ、猛烈な勢いで頭から突っ込んだのだ。

 

 放たれた技は頭突きである。

 

 弾間 竜が修めるシン・頭骸流は強靭な頭部を拳と見立てる超実践武術であり、初手からの激しい特攻を是とする。

 

 腹部分への中段頭突きは、直撃すれば5階建てのビルディングを倒壊させるほどだ。

 

 だが凶津 蛮はその危険な頭突きを迎撃しようとはしなかった。

 

 腹に力を込め、受け止めようとしたのだ。滲み出る内力が腹筋の硬度と粘りを瞬時にジルコニアの数倍にまで引き上げる。

 

 弾間 竜はそれを見て、まともにぶつかれば砕けるのは自分の頭だと看破した。だから勢いをそのままに、ただし頭突きに出る事はなく、蛮の眼前で立ち止まり、両の拳を僅かに後方へ引いた。

 

 連撃の構え。

 

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「正中線四連突き。奈良のチンピラが似合わない事を」

 

 探索者協会京都支部の支部長室で、京都支部長 西方月 仁は唇を歪めた。目の前の大型ディスプレイには、ピンクトサカがチャームポイントの弾間 竜が猛烈な四連突きを放っている。だが、その拳打は凶津 蛮の強靭な肉体の前に効果を見せない。むしろ、打った拳の方が負傷しているという有様であった。

 

「単に肉体が強靭だからというわけではなく、筋肉の操作で内側からカウンターを放っていますねぇ。頭から突っ込まなかったのはこの辺を見極める為ですか」

 

 作用反作用の法則を利用したカウンター戦術は、理論としては単純だが、実戦で使うには非常に難易度が高い。

 

「あれでいて、弾間は慎重です。しかし相手が悪い。まぁまず勝てないでしょうが、時間がかかるかもしれませんね」

 

 西方月の秘書が言い、西方月もその言を否定しなかった。

 

 だが、秘書の見立ては意外な形で外れる事になる。

 

 ■

 

 弾間 竜と凶津 蛮の互いの様子見とも言える応酬に22万人もの観客が息を呑んでいた。その瞬間、通風システムから微細な霧が噴出された。

 

 霧は透明で無色、無臭。観客の誰一人としてその霧には気付かない。

 

 しかし、その効果は即座に現れ始めた。

 

 最初に感じたのは軽いめまい。

 

 観客たちの一部がふらつき始め、隣の人に体を預けた。

 

 次に視界がぼやけ、意識が混濁していく感覚に襲われた。観客たちの動きが突如として鈍くなり、まるで水中で戦っているかのような動きになった。

 

「何これ…頭が…」

 

「なんか、息が…」

 

 観客席に困惑と不安の声が交錯する。

 

 しかし、その声も次第に小さくなり、やがてはほとんど聞こえなくなった。

 

 人々は次々と座席に崩れ落ち、一部はその場で倒れた。審判もマイクを持つ手が震え、何も言えずにその場に崩れ落ちた。

 

 それを特別席から見ているのは旭 道元である。

 

 特別席は旭ドウムの四階部分に設置されており、特殊なガラスによって外部から姿を見られることはない。また、このガラスは一種のレンズの様な性質も有しており、壇上での試合を拡大して映し出す。

 

 そんな特別席の豪奢なシートに背を預け、道元は無表情な視線を観客席に送っていた。そう、試合を見てはいない。彼が見ているのは観客たちの様子なのだ。

 

 その傍らには秘書と見られるスーツ姿の男が佇んでいた。男の容貌は良くも悪くも地味というか、特徴がない。

 

「こちらを」

 

 男が道元に握り拳大の赤い石を手渡す。

 

 その血の様な色合いはルビーの原石としては余りに禍々しすぎる。

 

「…もう一度説明しましょう。それは宝石に見えますが、実の所は収束器です。ドウム内部に拡散したナノマシーンは"仕事"を果たした後、それの元へと集まってきます。一つ一つに意を乗せてね…。人の命を奪ったモノには"意"が乗りますが、それはナノマシーンも例外ではありません。ご老公の元へ無数の意が集まってくるのです。しかしただ意を集めるだけでは意味がありません。"これ"を願望器と成さしめるには、焦点であるご老公の意志が…」

 

 道元は手を振り、男の長広舌を遮った。何度も聞いた説明だったからだ。

 

 しかし男は心中で続けた。

 

 ──"それ"は本国でも失敗作扱いだ。なぜならば、我々は超人となる事が目的であって、化け物になる事が目的ではないからだ。まあ貴様の目的は人を超越する事なのだから、どの様に変貌しても本望だろう?

 

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