(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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魔胎⑤~不戦~

 ◆

 

「佐古さん、助かりました」

 

 黒峰 しゑは歳三に頭を下げた。

 

 歳三は無言で頷く。

 

 "どういたしまして"が適切な返答かどうか迷ったのだ。

 

 なにか偉そうに聞こえるのではないか、中年オヤジ(しかも前科もち!)が偉そうにするなんて、それだけで炎上案件である…などと、この期に及んで歳三は世間体を心配していた。

 

 ただまあ、歳三の内心はともかくとして、彼の威風堂々とした佇まいはその場の者達に安心感を与えたようで

 

「あんた、すごいんだな…どうやったら、あんたみたいに強くなれる?俺はだめだ、あれだけ稽古を積んできたのに…滅茶苦茶だ」

 

 などと生き残りの男が言う。

 

 年の頃は30代になるかならないかというあたり。鋭い目つきは狼を連想させる。恐らく歳三と違って自尊心が非常に強いタイプなのだろう。

 

 旭真大館京都本部所属、井上 拓哉5段。

 

 負傷はしているものの、先の黒峰 しゑ程ではない。

 

 歳三は内心で"ヤメロ!"と連呼するが、その声は当然届かない。

 

 自身に強烈なコンプレックスを抱いている者は賛意や承認を強く求めてはいるものの、いざそれを与えられるとナメクジに塩をぶちまけたかの如き拒絶反応を引き起こすのだ。

 

 だが承認されなければされないで只管拗れてしまう。この手のタイプが素直に承認を受け止めるには、本人が納得いくまで能力を向上させる…つまり、自分で自分を認めてやらねばならないのだが、歳三がその域に至るには後数世紀はかかるだろう。

 

 そして井上は俯いたまま聞いてもいないのに自分語りを始めた。

 

「…強力な装備を身に着けたり、薬の類を使えば強くなれる事は分かっているさ。でもそれじゃ嫌なんだ。俺は俺に依って強くなりたい…」

 

 歳三は無表情で男を見下ろし、ややあって腰を屈め、井上の肩に手を置いた。

 

 井上と歳三の視線が交錯し、何かが通じ合う…ように井上には思えた。

 

 歳三は何も発していない。

 

 彼はただ、何と声をかけていいか、何と答えていいかよく分からなかったので、"頑張ろう!"の意をこめて肩に手を置いたに過ぎない。

 

 漫画やアニメ、小説などではよくそういう描写があるのだ。

 

「そうか、そうだな…あんたはそういう事を言いたいんだな…」

 

 だが井上は頷き、何かを感得したようであった。

 力なく曇っていた瞳に力が戻っている。

 

 井上は周囲を見渡し、自分を嬲り殺し寸前にまで追い詰めた忌々しい蟲の死骸群を睨みつける。

 

 ──畜生、次、こんな事があるなら。今度はお前らが尻尾を巻いて逃げる番だ。俺は、強くなる。あのオッサンみたいに…

 

 そんな事を思い、井上は立ち上がった。

 

 それを見て高橋 一真が歳三を見て頷く。

 

 一真の瞳には言葉に尽くせぬ何かがこめられていた。

 

「佐古さん、助かりました。じゃあ僕は彼らをつれてここを出ます…そしてかならず救援の要請をします。佐古さんもどうか無理はせずに…ご無事で」

 

 歳三は頷き、

 

「ああ、ご安全にな」

 

 と短く告げ、一真たちに背を向けて他の客席へと目を向けようとすると、

 

 ズン、という鳴動。

 

 側壁が破壊されているのか、瓦礫などが巻き上げられている。

 

 激しい戦闘が起きているようだ。

 

 恐らくは生き残りと、モンスターの間で。

 

 歳三が意識を集中してそちらへ目を向けると、何かゴリラのような巨漢とピンク色の巨大な蜥蜴が死闘を繰り広げていた。

 

「俺は、行く」

 

 歳三はそう言い残し、脚に(リキ)をこめるなりそれを解放した。

 

 爆音、そして疾走。

 

 歳三は等身大の弾丸と化し、"現場"へと頭からぶっ飛んでいった。

 

 だがマッハは超えない。この距離で音の壁を破ってしまった場合、怪我人が増えてしまう可能性があるので。

 

 歳三の配慮であった。

 

 ◆

 

 桃色の表皮を持つ異形の怪物、桃色蜥蜴・モンスターが頭をもたげて大咆哮した。

 

 全長は約4メートル。その巨大な体躯はまるで古代の恐竜を彷彿とさせるものだった。

 

 キュートなピンク色の体表でありながら、鱗の一つ一つがぶ厚く、まるで堅牢な鎧のよう。口元にはナイフのように鋭い牙が並んでおり、ひとたび開口すれば、その恐ろしい武器がむき出しになる。

 

 桃色蜥蜴・モンスターは瞳に血の渇望を揺蕩わせ、大口を開けて目の前の男へと襲い掛かった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 凶津 蛮の黒獅子の様な髪が、彼の戦意を受けたかゆらりと揺らめく。

 

 そして自身に迫る致死の顎へ右掌底を叩き込む…事はなく、その鼻づら直前で腕を引いた。

 

 バァン、と激しい音が響くと、桃色蜥蜴・モンスターは大きくのけ反り、左右の瞳にそれぞれ苦痛と憎悪を宿す。

 

 旭真空手・受けの秘奥、空気受けであった。

 

 音速に達する掌打を用いてソニックブームを生成し、その衝撃で敵の攻撃を逸らす。物理的な接触を必要とせず、空気の振動だけで相手を制することが可能な、まさに現代武術の極致とも言える技だ。

 

「どうした、ピンク頭。単調な仕掛けをしおって。貴様、先程の方が強かったんじゃァないか?」

 

 蛮が太い笑みを浮かべると、桃色蜥蜴・モンスターはこれを挑発と解したか、瞳中に殺意の火閃が奔る。

 

 実際の所、蛮は言う程有利ではない。

 

 先程の"単調な仕掛け"はもし生身で受ければ蛮も深い手傷を負っただろう。

 

 受けの秘奥は使ったのではなく、使わされたのだ。

 

 しかし戦闘とは相手の攻撃を受ける事だけを指す言葉ではなく…

 

「今度は俺から行くぞ」

 

 蛮は指先を曲げ、爪を立てるような形を取った。元より受けは性に合わない。

 

 これは心意六合八法拳、"虎"の型だが、本家よりはやや構えが異なっていた。

 

 ちなみに六合八法とは6つの和合と8つの法を意味し、和合は体と心の調和、法とは具体的な戦闘技術を指す。

 

 ゆえに、六合八法を修めた者は武を修めたといっても過言ではないのだ。

 

 ワイルドな暴君めいた外見の蛮だが、これでいて根が武に関しては真面目にもできているので、古今東西の武術を一通り学んでいる。

 

 そしてその知を旭真空手に取り入れ、全局面対応総合武術としてリワークしているのであった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 両者が向かい合う空間を風船になぞらえるならば、その風船は肌が粟立つ様な戦気で充溢し、破裂はすぐ其処まで迫っていた。

 

 破裂とはすなわち、どちらかの死か、或いは双方の死である。

 

 蛮の両眼が危険な光を帯び、桃色蜥蜴・モンスターへと踊り掛か……らなかった。

 

 それどころか、蛮も桃色蜥蜴・モンスターも後方へ飛びのく。

 

 次瞬、両者の間に何かが飛び込み床が爆砕。まるで爆撃をうけたかの様な衝撃。

 

 そしてその何かの着弾…いや、着地の衝撃で大気にショック・ウェーブが伝導し、蛮と桃色蜥蜴・モンスターをもう2、3歩後方へと押しやった。

 

「なんだぁ、てめェ…」

 

 蛮が低い声で誰何をする。

 

 声には大いに威嚇の意がこめられているが、その何かは全く動じない。

 

「依頼で来た。あんたを助ける」

 

 その何かとは歳三の事だ。

 

 蛮は歳三を一目見て "並々ならぬ" と判断するが、退く気もない。

 

 むしろ戦る気だ。

 

 蛮はおもむろに黒い胴着の上着を脱ぎ捨て、筋肉で盛り上がった逞しい肉体を露わにした。高々と投げ捨てられた胴着は床に落ち、何かとんでもなく重い物が落ちた時のような音を立てる。

 

 そして、戦に身を置くものならば誰でも気付く、非常に分かりやすい殺気と戦気の念波を歳三へ送る。

 

 不可視の挑戦状である。

 

 これを無視しては男として、武術家として廃るというもの。

 

「戦るかい」

 

 蛮が言う。NOという返事は全く想像すらしていない。なぜならば強い男ならばこんな場面ではYES以外の選択肢を持たないからだ。

 

 この観念に強制力はないがしかし、例えるとするならばどしゃぶりの雨の日、傘を差して帰宅中に段ボールに入った子猫を見つけたとする。しかし家に連れ帰る事はできない。ならばどうするか。持っている傘をたてかけてやるというのが人の道という奴だろう。

 

 要するにそういうレベルなのだ。

 

 歳三は答える。

 

「戦らないが…」

 

 そう、歳三は蛮と戦う気は一切ない。

 被救助者と戦闘することは依頼に入っていない。

 

 歳三は別に武術家ではないし、彼にもその自覚はない…

 

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