(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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魔王③

 ◆

 

 道元が凶津 蛮と話す事それ自体も隙と見做した歳三は、石畳の地面を強く蹴り上げた。

 

 これでいて根が勝利第一主義に出来ている歳三は、勝つ為にダーティな手を取る事も辞さない。

 

 ちなみにこの勝利条件は相手によって変動する。ちょっと勝てそうにもない相手なら、生還が勝利条件となる。では道元相手はどうかというと…現時点では定かではなかった。

 

 少なくとも、仕事でなければ一時撤退して十分な準備をして挑むべき相手だと歳三は考えている。

 

 しかしそこはまあ上からのお達しなので、ワンワン犬ころ気質の歳三に否やはないのだ。

 

 蛮は空気を読まない奴だなという目で歳三をちらりと見て、さり気無い仕草で左の袖口に手を当てる。

 

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 石礫が空を切って道元へと襲い掛かった。

 

 それなりの勢いはあるが所詮石は石だし、咄嗟に蹴りあげたものだ。

 

 大して鍛えてもいない一般成人男性の腹に直撃すれば、それを貫通するのが精一杯というみっともない威力にとどまる。

 

 ゆえにこれが有効打になるとは歳三も思っていなかったが、幾つかの理由から攻撃の切っ掛けにはなるだろうとは考えていた。

 

 先制する事それ自体が微アドというのもある。

 

 ──どうする。躱すか、弾くか。それともそのまま受けるか

 

 とはいえ、たかが石礫である。

 

 ──でもアンタは受けないだろう

 

 歳三の戦術演算の冴えたるや、この瞬間は妖刀の切れ味を思わせる程にギラついていた。

 

 歳三はたかが石礫ゆえに、道元がこれを躱すと踏んだのだ。

 

 石礫程度が道元に何の痛痒も与えないであろうことは、ほかならぬ道元がよく知る筈だ。

 

 だから受けても弾いても問題はない…とはならない。

 

 何か仕掛けがあるのではと疑って当然で、その疑惑の石礫に触れるというのはリスクを多少なり増大させる恐れがある。まあこれは互いが互いを殺しうると感得した者同士でなければ通用しない理屈であった。

 

 歳三の新月は逸らされたものの、道元の肩の一部を消し飛ばした。

 

 そして道元の受けは歳三の肉体を損ねた。

 

 道元は歳三を、歳三は道元を殺す事ができる攻撃力を有している、だのにたかが石を飛ばして、それに何も仕込んでいないはずがない…

 

 だから道元は石礫を躱すだろう。

 

 回避の所作をそのまま攻撃の準備に転用すれば隙も消える。

 

 歳三は道元がそう思考すると読み、

 

 ──だが、俺の読みも多分……

 

 ◆

 

 ……とでも眼前の男は考えているのだろう、と道元は内心で嗤った。

 

 歳三とは年季が違うのだ。

 

 歳三がたかが47歳であるのに対して、道元は自分でも年齢を忘れてしまった程である。

 

 道元の年齢は公の場では82歳と発表しているが、実際はそれ以上だ。

 

 ダンジョンの干渉が彼に人の限界を超えるような年月を生きさせた…それこそダンジョンの干渉を以てしても寿命を引き延ばせない状態となるまで。

 

 細胞それ自体の若返りを強く望めばあるいはもっと余命が伸びたかもしれないが、道元にはそれを本心から望む事が出来なかった。

 

 ──細胞が若返れば、長年この肉体に積み上げてきた武、業は一体どうなるのか?

 

 結局道元は己が熱望を完全に満たす様な願いを封じざるを得なかった。

 

 しかし、その(アマ)な態度がよくなかったのだろう。

 

 ある日唐突に道元の老化は進行した。

 

 干渉が失われたのだ。

 

 残された時間は少ない。焦った道元は様々な手段で老いと死を跳ね除けようとしたが、どれも頓挫してしまう。老いから、死から逃れようなどという大それた望みは到底叶う筈もないのだ。

 

 結局、その焦りが道元の背を押した形となる。

 

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 道元は歳三の行動を予測して痛撃を喰らわせてやろうと考える。

 

 黒色の鋼線をより合わせたかのような逞しい脚が地面を踏み込んだ。

 

 同時に、ほぼ真横に肘を開け放つ様にして裏拳を叩き込む。

 

 これは裏拳脾臓打ちと呼ばれ、自分の横に立つ相手の脇腹に裏拳を打つ技だ。

 

 特別な技でも何でもなく、実践的な技かどうかも怪しい。

 

 サイドに立つ相手に向き直る事もなく裏拳を放つというのは、護身、あるいは奇襲的な意味合いとしては意義があるかもしれないが、体重を乗せづらいという大きな欠点がある。

 

 だがそれも使い手次第の事ではあるが。

 

 異形の肉体、そして練達の技量で放たれた裏拳脾臓打ち…これに宿る意味はもはや奇襲でも奇襲でもなく、必殺のそれとなる。

 

 ◆

 

 空を切りつつ自身の鳩尾へと向かう黒拳を見て、歳三は胸中で歯噛みした。

 

 ──左右どちらかじゃなくて上からが良かったか?畜生、左か右かなら半々で勝てると思ってたんだけどなァ!

 

 空間を削り取る様な速さと勢い、そして籠められている(リキ)()のままでは到底受けきれないだろう。道元が単なる迎撃ではなく、明確で濃密な必殺の意思を拳に籠めている事が歳三にもわかっていた。

 

 道元が歳三の新月を防ぐ為に業を使った様に、歳三もまた業を使う必要があった。

 

 小手先ではない。

 

 強い意が籠った受けでなければ、異形と化した道元の魔拳を受ける事は出来ないだろう。

 

 歳三は自身と道元、身体能力を比較するならば、後者に分がある事を理解していた。

 

 そして歳三の意識は死を前に加速し、脳裏に戦いに全然全く関係ないエピソードを思い描く。

 

 これはまあ悪癖といえば悪癖であったが、基本的には歳三にとって良い方向へ働いている。

 

 ・

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 ・

 

 それは歳三がまだ21か22くらいの青年であった頃の話だ。

 

 どんくさい歳三はチラシ配りのバイト中、自転車ですっころんで怪我をした。

 

 肘と膝、両方に擦り傷を負い、自転車はチェーンが外れ、チラシは破けたり汚れたりと散々であった。

 

 道行く人は歳三のほうをちらりと見るも、関わり合いたくないのか面倒なのか、そのまま無視して通り過ぎる。

 

 人通りこそ少なくなかったものの、歳三は孤独で胸がいっぱいであった。

 

 孤独とは一人だから湧き起こるものではなく、人と人の間に芒として存在するのだ、だからこそこんなにも人が多いのに孤独なのだと実感したのはこの時だ。

 

 しかし、それを理不尽だとは思わない。

 

 なぜなら自分はこの様な目に遭って当然の人間である…そう歳三が考えていたからだ。

 

 折りしも彼が21、2歳くらいの年齢だった頃は、歳三がまだ痴漢(冤罪ではない)の社会的なダメージから回復しきっていない頃でもある。

 

 歳三は常にメンタルはダダ落ちで、自業自得からのドロップアウトによるメンヘラ化という本当にしょうもない生物と化していた

 

 結局その日は家に帰り、歳三は排泄物になったような気分で肘と膝の手当をする。

 

 傷はやがて小汚いかさぶた群と化し、歳三はそれが気になるのかしょっちゅう見て過ごす様になっていた。

 

 そしてある日、歳三はかさぶたがなんだかお星様みたいだな、などという妄言を口にする。

 

 確かにぶつぶつとしたかさぶた群は、精神病院入院寸前程度の妄想症患者からみれば星にも見えるのかもしれない。

 

 ──星かぁ、星、星…そういえば望月君が…

 

 歳三は蒸発してしまった友人、望月の事を思い出す。

 

 かつて歳三は、星だとか月だとかいうワードが出ている綺麗な詩を望月から勧められた事があるのだ。

 

 子供なのか大人なのか、それともそもそも人間じゃなくて妖怪か何かなのかという印象の望月は、歳三によく本を読み聞かせていたものだった。

 

 §

 

『いいかい、佐古君。本をよく読むんだ。本を読めばその時だけ君は違う世界で違う人生を生きる事ができる。それは君にとって、ある種の逃げ場になるかもしれない。……読書にはいろんな意味があって良いと僕は思うよ。成長のためじゃなくてもいい、現実逃避のためでも良いと僕は思う』

 

『読書を "鍵" にするんだ。セーフティルームを開くための鍵さ。人生は長く、険しいからね。人生という長い道を踏破するためには、休み休み歩んでいく必要がある。休む場所は沢山あるけれど、そのすべての扉に鍵がかかっている』

 

『鍵がなければ扉は開かないよね?扉が開かなければ休む事はできない…だから鍵を集めるんだ。鍵は色んな形をしている。友人の形だったり恋人の形だったり、色んな趣味の形だったりね。その鍵の多さで人生を踏破できるかどうかが決まるんだ。だからいいかい、佐古君。僕は君に鍵を一つあげたい。それが読書さ……あ、ところでこんな本はどう?これはね、綺麗なお姉さんが…』

 

 §

 

 歳三はそんな事を思い出しながら傷の手当をして、ふと仕舞いこんである詩のメモの事を思い出した。

 

 それは中原中也の初期の時分に書かれたもので、タイトルを "月" という。

 

 

 今宵月はいよよ愁しく

 養父の疑惑に瞳をみはる

 秒刻は銀波を砂漠に流し

 老男の耳朶は螢光をともす

 

 あゝ忘られた運河の岸堤

 胸に残つた戦車の地音

 銹さびつく鑵の煙草とりいで

 月は(ものう)く喫つてゐる

 

 それのめぐりを七人の天女は

 趾頭舞踊しつづけてゐるが、

 汚辱に浸る月の心に

 

 なんの慰愛もあたへはしない

 (をち)にちらばる星と星よ!

 おまへの劊手(そうしゅ)を月は待つてる

 

 この詩は戯曲の「サロメ」を舞台としている。作者はサロメと自身を重ねあわせてこの詩を書いたのだ。

 月とは作者自身であり、過去に戦争だのなんだのと色々経験してきた作者がメンヘラっぽくなってしまって、その症状は改善どころか日々悪化していく。娯楽に身を浸すも気分はいっこうに晴れない。こんな日々を送るのはもういやだ、いっそ殺してくれ…

 

 大雑把に説明すればこんな所だ。ちなみに、劊手とは斬刑の執行人の事を意味する。

 

 歳三は以前望月に教えてもらった "月" という詩を、あろうことかかさぶたから連想した。

 

 妄想といえば歳三の代名詞でもあり、彼はちょっとした事から過去のアレコレを想起できるのだ。

 

 まあここで終われば何てことのない話なのだが、歳三の場合はここでもう一段階の伸びしろがあった。

 

 それは、業への昇華である。

 

 思い出を業に変えるというのは、彼なりに過去を想っての事だ。

 

 良くしてくれた人々、ピンと来た本、投げかけられて何だか嬉しかった言葉、とにかく印象深かったことを忘れない様に、業へと昇華している。

 

 そんなもんはテキストなり音声なりで残せばいいだろうという話でもあるのだが、書き始めなどがよくわからないしなんだかピンとこない。

 

 歳三という男は基本的に感覚に生きている男なので、しっくり来ない事に関しては徹底的にダメなのだ。

 

 ◆

 

 道元の裏拳を敢えて深く導き、歳三は右肘と右膝を同時に噛み合わせる。

 

 右肘の "星" と 右膝の "星" は常ならば(をち)散らばって(離れて)いるが、 (敵手)がまんまと処刑場(殺傷圏内)に入る事があれば、たちまちの内に仕事をし果たす。

 

 肘と膝の二点で以て敵手の攻撃を挟み潰す攻防一体の受け技…

 

 その名も

 

 

 ──月咬(げっこう)

 

 

「ぬッ!蹴り足挟み殺しか!野郎、よく空手を学んでやがるな」

 

 小さく聞こえてきた凶津 蛮の声が、僅かに歳三の胸をもやもやさせた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 赤と黒、二色の血が宙空を乱れ飛ぶ。

 

 一つは赤、歳三の血。

 

 もう一つは黒、道元の血だ。

 

 歳三のみぞおちは傷つき、抉れている。

 

 口元からも血が流れており、内臓が傷ついた事は明白であった。

 

 激痛が血の塊となって歳三の口から漏れ出している。

 

 しかし、戦意に翳りはない。

 

 では道元はと言えば…

 

 ◆

 

 言語化困難な甲高い絶叫は、翻訳できなくとも意味は分かる。

 

 隆として逞しく黒光りする巨腕の…肘から先が無かったからだ。

 

 こんな筈ではない、と道元は思った。

 

 なぜ人間がここまでの事を、と腹立たしくも思う。

 

 歳三の肘と膝に挟み潰された異形の腕は、その圧力に堪えかねて潰し切られたのだ。

 

 歳三の業に乗るものは馬鹿げた身体能力ばかりではない。

 

 彼の人生の大切なワンシーンが乗っているのだ。

 

 その時その時の様々な想い、念が無垢なまま穢れもせずにどっさりと。

 

 この業ならば、というキッズの様に純粋な想いが業に宿っている。

 

 これは単なる観念的な話なのだろうか?

 

 あるいは "外" でならそうかもしれない。

 

 "外" での歳三もまあ凄まじいが、所詮それは肉体性能に頼った凄まじさだ。

 

 しかしダンジョンでなら?

 

 ──やっぱり俺にはダンジョンしかないんだな。ここでなら俺は周りにビビる事なく戦える。のびのび生きていける。ちゃんとやれよ、しっかり見ているからな、見守っているからなって心強い声が聴こえるみたいだぜ。頭だって外とは違う。ダンジョンでならすっきりする。俺は今、もう何も怖くねえぞ

 

 痛みはもはや気にならない。

 

 それどころか、カンフル剤にでもなったか痛めば痛むほど力が湧いてくる様だった。

 

 目はぐるぐるギラギラと、まるで上質のドラッグを聞し召したかのような歳三。

 

 そしてそんな彼にキチガイを見る目を向ける凶津 蛮だが、摩風の事が気になった。

 

 余った蟲に襲われてでもいやしないかと。

 

 摩風は歳三に腕を断たれて手当の為に戦線を離脱していたが、蛮が観客席のほうをみると崩れた壁の影に背を預け、こちらの様子を窺っているようだった。

 

 蛮は我知らず僅かに安堵する。

 

 ・

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 ・

 

「さ、歳三は…あやつ、憑いておるわ」

 

 摩風が慄く様な声で蛮にいう。

 

「憑いてる?なにがだ、爺さん」

 

 怪訝そうな様子で問う蛮に、摩風は首を横に振って答えた。

 

「知らん…。だが、何かが、何かがあの男を見守っている…」

 

 それを聞いた蛮は目を凝らして歳三を見るが、しかし何も見えない。

 

「外見だけならちょっと筋肉質なしょうもないおっさんにしか見えないんだがなァ」

 

 蛮はごちるが、それに対しては摩風は何も答えなかった。

 

 摩風も同意見だったのだが、蛮の様に口に出して誹謗中傷するというのは僧侶失格であるからだ。

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