(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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日常58(歳三、佐々波清四郎、海野千鶴)

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 山手線内回り新宿・渋谷方面の電車に乗り込む歳三だが、彼の健脚を以てすれば20秒程で品川までたどり着ける。

 

 ただ現行法では探索者が走行する場合は車両扱いとなるので、当然道路交通法の制限を受けてしまうため、20秒で品川まで行く事は出来ないのだ。

 

 丙級以下ではそこまでの速度で移動できる者はほぼほぼ居ないが、乙級ともなると全力走行時の最高速度が音速を超えてくることもままあるため、法規制はやむを得ない。

 

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 新宿駅で若い女が二人乗車し、歳三の正面の席に座った。一人はピンクのボディスーツを身に纏い、もう一人は青いワンピースを着ている。

 

 端末を見ていた歳三は前に抱えていたリュックにそれをしまい、盗撮の疑いがかけられぬよう自衛の行動を取った。そして目を瞑り、自分はもう睡眠以外には興味がないですといったていをとる。

 

 とはいえ、実際に眠ったわけではないので当然声の方は耳に入ってくる。

 

 ──ねえゆかり聞いてよ。この間ね、調布の丁級ダンジョンに仲間と行ったんだけど、なんかホラーだったよぉ。無人の住宅街みたいな場所でさ。同じ家がずーーーっと並んでるの。それでね、家をよく見ると窓から黒い人影が立っててさ……

 

 ゆかりと呼ばれた女は真剣に耳を傾け、心配そうな表情を浮かべた。

 

 ──ピリカは大丈夫だったの? 怪我とかしてないよね?無理しないでね。丁級だって危ないって聞くし……

 

 会話は続き、ピリカと呼ばれた女が何やら桃色づいた話を始める。

 

 ──それにしても、最近すごくカッコいい人を見たのよ。赤くて長い髪のイケメンで、腕がサイバネ化されてたからきっと探索者だと思うわ

 

 するとゆかりが興味深そうに返した。

 

 ──協会の人なのかな?もしかしてダンジョンチューバーかもしれないね。どんどん会社大きくなってるみたいだし

 

 赤くて長い髪のイケメンという言葉に歳三は一人の男を想像した。そういった外見の男を池袋本部でしばしば見かけるからだ。しかもたまに話しかけてくる。

 

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『よう、調子がいいみたいだなおっさん。だが俺はもっといいぜ。見ろ、この腕を。最近発見された新素材で作られているんだ。この腕一本であのYASUTSUNA-BLADEを二本は買える。俺が乙級まで上がるのも時間の問題だぜ。ココの連中はおっさんにビビってる奴もいるし、おっさんを侮っている奴もいる。おっさんが俺たちを試している事はもうとっくに掴んでるんだ。ビビってる奴は二流だし、侮っている奴は三流……一流はおっさんに対等に接する奴だ。そしておっさんは一流を探している。おっさんが金城の親父といつもコソコソやってんのは、一流が必要な事態について話し合ってるからだろう?で、いつだ。その……有事の事態ってのは』

 

 などと言われたときには、歳三は何の話だかわからずただ赤髪の男の目を無言で見つめる事しかできなかった。

 

 すると男はなぜか汗を流して足早に去っていったものだった。

 

 そんな事が何度も続いていたので、歳三の頭にはその男がやけに印象に残っている。ただ、名前までは知らない。

 

 ◆

 

 気付けば品川だった。

 

 前の座席の二人の女は歳三が考えに耽っている間にどこかで降りたようで、スーツ姿のサラリーマンが代わりに座っている。

 

 歳三は端末を取り出して時間を確認した。

 

 約束の時間の20分前だ。

 

 ──確か海野さんが迎えに来てくれるんだったよな

 

 駅から桜花征機本社までの距離はたかが知れているのだが、それでも敢えて迎えを出すというのは歳三の価値が桜花征機にとって相応に高い事を示す。勿論その辺のアレコレに歳三が気付くわけもないのだが。

 

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「お久しぶりです、佐古様」

 

 駅から出た歳三にそんな声をかけてきたのは桜花征機社員、警備部所属、ついでのバツイチ独身32歳の海野 千鶴であった。

 

 千鶴の瞳にはやや不安の色が揺れている。久々に顔を合わせる歳三の気配が以前よりずっと濃密に、濃厚になっているのが見て取れたからだ。

 

 また前回の様に自分を誘惑してくるのではないか?(日常8、9参照)という歳三に対しての警戒心が湧き起こる。だが別に歳三が悪の人というわけではないことも理解しているため、少なくとも表面上は礼を尽くさねばならない。

 

 綺麗に一礼し、まるでVIPに接するような丁重な振舞いをする千鶴。

 

【挿絵表示】

 

 黒くて艶のある、しかし矛にも盾にも使う事ができるカプララミド繊維の頭髪がふわりと揺れ、躍動した。

 

「や、そんな頭なんて下げないでくださいや……自分はその、そういうのは苦手で、普通に接してくれると助かるんですがね……」

 

 歳三はへいこら愛想笑いを浮かべながら千鶴を上目遣いに見て言った。まごう事無き小者の振舞いといえるだろう。

 

 しかし歳三としては必死とまでは言えないものの、それなりに切迫感を持って千鶴を制止したつもりなのだ。

 

 周囲の人々が歳三と千鶴に向けてくる視線には多分の好奇心が混ざっており、この視線が不可視の針となって歳三の精神の防壁を削り取ってくる。

 

 歳三は千鶴に対しての苦手感情をより強まるのを感じたが、しかしそんな感情を千鶴に抱いた事に自己嫌悪の念もわきおこる。

 

 一方的に隔意を抱かれる事の理不尽さ、むなしさを歳三はよく知っている。

 

 たかが挨拶一つでこんな不安になるなんて、と歳三は何とも馬鹿みたいな話だが、泣きたくなってしまった。

 

 しかしそこはこれまでの経験によって精神的な成長を遂げている歳三、前向きな自己解釈で精神の立て直しを図る。

 

 ──そういえば、いつだったかエレベーターの中でもこの人は俺に妙に近づいてきて……こりゃあアレだな、耳が悪い可能性がある。だからすぐ近づいてくる

 

「佐古様がそう仰るのでしたら……っ」

 

 千鶴は言い淀んだ。

 

 なぜなら歳三が半歩ほど彼女のプライバシーエリアに踏み込んできたからだ。ずいと近づいてくる歳三の肉体からは、ストロングな雄のフェロモンが多分に放射されている……様に千鶴には感じた。

 

 彼女にはどこにでも良くある悲しい過去……つまり、かつて命を預け合い、さらにはつきあってもいた男性探索者から強敵を前に見捨てられ、全身に重度の火傷を負ってしまった過去がある。

 

 それがゆえに男らしさというモノに対して強いバイアスがかかった目を向けてしまう。

 

 そのせいで歳三の生物的強度が恒星の煌めきにも見えるのだが、これが彼女の精神の均衡をぐらぐらりと揺さぶってくるのだ。

 

 そんな千鶴の様子に訝しいものを感じながらも、歳三は彼女の案内に従って駅前に停めてある車へと乗り込んでいく……

 

 ◇

 

 車の後部座席のドアを開け、乗車を促す際、私ははさりげなく彼の背に軽く触れてみた。

 

 どうしても抑える事ができなかった。

 

 指先が火傷をしたかと思った。

 

 彼には "熱" がある。

 

 命の熱、力の熱。

 

 普段、彼と付き合いのある人たちは平気なのだろうか?

 

 少なくとも私は平気じゃない。

 

 いまだって熱にあてられている。

 

 自分がどうしたいのか、彼にどうしてほしいのか、自分でも良く分からない。

 

 これは女としての感情なのか、そうではなくて別の何かなのかも良く分からない。

 

 理屈では彼に関わるべきではないとは思う。

 

 思うけれど、彼の中での私という存在をもっと大きくしたいという思いもある。

 

 ◆

 

 シートに背を預けた歳三は妙な様子の千鶴の事はとくに考えもせず、鉄騎と鉄衛の二機の事を考えていた。

 

 支払いについても順調だ。

 

 特に旭ドウムの一件で、歳三の口座には報酬として馬鹿みたいな金額が振り込まれている。

 

 1億、2億の話ではない。

 

 文字通りの馬鹿みたいな金額だ。

 

 正直言って、歳三は一括返済を考えていた。

 

 自分が債務者であると考えるとどうにも尻の座りが悪く、早くすっきりとしたかったからだ。

 

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 しかし、佐々波 清四郎のやけにニコニコした笑みと共に放たれた言葉に、歳三はあっという間に屈してしまった。

 

 佐々波はこんな事を言ったのだ。

 

「いえ、余り急ぐ事はないですよ。佐古さんが彼等と探索者稼業をしたいというのなら、当然彼等が損傷する事もあると思います。ダンジョンとは甘いものじゃない、毎回無傷で探索を終えられる保証なんてない。そうですよね?」

 

「はい」

 

「しかし、佐古さんと違い、彼等は自然に傷……損傷を治せるわけではありません。ある程度の自己修復機能は備わっていますが、例えば四肢の欠損などは当然腕が生えてくるなんてことはないわけですよ。そういった場合には桜花征機に持ち込んでいただくか、連絡をしていただいて我々が引き取りに向かい、修理をすることになります」

 

「なるほど……」

 

「そうなると当然お金がかかる。そのお金は佐古さんが出す事になるのですから、今この場で全額を支払ってしまうといざという時にお金が足りなくなってしまうかもしれません」

 

「それは、大変だ」

 

 べららららとまくし立てるようにして説明する佐々波の言葉に歳三は反論する術を持たず、結局歳三は後々の事も考えて一部の支払いをするに留まった。

 

 佐々波 清四郎にとって歳三を説得する事は赤子の手を捻るより容易い事だった。それに佐々波が言った事は事実でもある。佐々波としては二機の調整、アフターフォローに多大なリソースを費やすつもりであったし、探索者稼業というものは何があるか分からない。

 

 いつ何時、高額の出費を必要とするか分からない為、口座残高には常に余裕をもっておくというのは当然の事だ。

 

「それで、二機には会っていかれますよね?」

 

 歳三に否やはなかった。




以降暫く日常&1~2話で終わるミニダンジョンとかの話になると思います

赤い髪の人

城戸我意亞(キド ガイア)

【挿絵表示】

34才♂/丙級探索者/174㎝105㎏
渋谷区在住。赤髪、中髪、調子コキ。
日本の企業、岩戸重工と専属契約を結び、肉体の3割程を機械化している。体重が重いのはそのため。また、色々体をいじっているため年齢に比して見た目は若い。
強い自己顕示欲、低い自己評価が彼のハッタリ気味の発言につながっている。小悪党気質だが、最近は改善されつつある。。
実力自体は丙級でも上位。
飯島 比呂グループを三人同時に相手に出来る(勝てるとは言わない)
普通にしていれば相応に評価を得られるのに、もっともっとと欲張って失敗してしまう。
色々とギャップがある彼を推す者もちょいちょいいる。
恋人有り。
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