(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しながわ区民公園ダンジョン【イ】①

 ◆

 

「しながわ区民公園は桜の広場、スポーツの広場、噴水広場、遊びの広場、潮の広場の5か所に別れています。今回ダンジョンが形成されたのは園内北端の桜の広場ですね。約200本の桜の木が植えられていて、春はお花見で賑わうんですが……」

 

 運転中の千鶴がやや言い淀む。

 

「広場がまるっとダンジョンになっちまったっていうんですかい?」

 

 歳三が問うと、千鶴は否と返した。

 

「広場の一角だけです。一般の方々が迷い込まない様に協会が規制線を張っていますが、先日の法改正で……」

 

 このあたりの対策はどこのダンジョンでも行っている。

 

 これだけではなく、オンラインによる周知や協会職員による監視などもされているが、実の所一般人が紛れ込むケースは少なくないのだ。

 

 というのも、一般人がダンジョンへ入る事は法的になんら問題がないためである。つい最近まではダンジョン探索者以外がダンジョンに入場する事は禁止されていたが、先日法改正によりそれが変更された。

 

 この理由としては、探索者の総数を少しでも増やす為というものがあげられる。

 

 当然一般人が多少武装したところで、なんの知識もなくダンジョンに入場すれば大抵は犬死にするだけだ。

 

 ダンジョンは非常に危険な場所……いまやそれを知らない一般人はいないが、ごくまれに類まれな低能か、類まれな才覚を持つ者がいる。

 

 国としてはこの後者の人財に期待したいという所だろう。なお、この法改正にあたっての協会のスタンスは "静観" である。

 

 ・

 ・

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「着きました。ここからは徒歩になります。場所は園内北端なので、多少歩きますが。それではさっそく向かいましょう」

 

 ◆

 

 しながわ区民公園は人々で溢れており、探索者と一般人が行き交っていた。

 

 ダンジョンに挑む者たちの緊張した面持ちと、日常の平穏を楽しむ市民たちの穏やかな表情が対照的で、しかしどこか滑稽だ。

 

 心のどこかで死を覚悟しているのか、壮烈な気迫を醸し出す武者の横を、手を繋いだ若いカップルが笑顔を浮かべながら通り過ぎたりしている。

 

 そしてそんなカップルを後方から羨ましそうに見ているソロ探索者の若者もいる。

 

 別の場所では迷彩服に身を包んだ中年女性の集団が、笑顔で談笑している。彼女たちは背中に銃を背負っており、旦那の稼ぎがどうこうだとか慰謝料を稼がないとだとか、男が聞いたらちょっとゲンナリしそうな会話をしていた。

 

 犬を連れた老人が園内をのんびりと歩いている。老人は犬に優しく話しかけながら、周囲の自然を楽しんでいるようだ。

 

 そんな公園の光景を眺める歳三。そこには多様性があった。違うモノ同士が争うことなくその場に在るのだ。無意識の内に手がポーチの煙草に伸びる。"平和" を肴に一服と言うのも洒落乙じゃねえかという思いがそうさせたのだろう。

 

「佐古様、園内は禁煙です。喫煙はダンジョン内でお願いしますね」

 

「あ、はい」

 

 しかし千鶴に見咎められ歳三は条例違反を犯さずに済んだ。

 

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「着きました。そちらのゲートの両脇に協会の職員が立っていますが、端末を見せれば特に何を言われる事もなく入場できます。もっとも、仮に一般人であっても引き止められはしますが入場自体は出来てしまうんですけれどね」

 

【挿絵表示】

 

 千鶴が促す方へ目を向けると、金属製のゲートと柵からやや余裕をもって黒と黄色のテープが張られ、ゲートの両脇には黒いボディアーマーを着こんだ職員が立っている。

 

 ゲートの奥には何の変哲もない木立が広がっていた。

 

 桜の樹だ。

 

 季節が夏だからであろう、葉は鮮やかな緑色をしている。

 

「それでは私はここで。近くで待機しておりますので、佐古様がダンジョンから退場された際に再度お迎えにあがります」

 

「海野さんはこないんですかい?」

 

 歳三が問うと千鶴や少し困ったような表情を浮かべ、やや俯き加減に言った。

 

「いいえ、私はもう探索者としてはやっていけないと思いますから……」

 

 ダンジョンにはとびっきりの嫌な思い出がある千鶴は、能力は兎も角として精神がもうダンジョンに対して拒否症状を起こしている。不逞の輩相手に戦う事は出来ても、モンスターを相手にする事はもう出来ない。少なくとも、千鶴自身はそう思っていた。

 

「そうですか、じゃあてっこ、てっぺい、行こうか」

 

 職員にSterm端末を見せ、金属製のゲートを押し開く。

 

 歳三はまるで家に帰るかのような安心感を覚えていた。

 

 ダンジョンは異界と呼ばれる。

 

 日常に対して異常な世界、つまり異界。

 

 しかし、世間との乖離を強く自覚する歳三にとってはそうではない。

 

 歳三にとってダンジョンへ入場するこの瞬間は、日常から異常への遷移ではなく、異常から日常への遷移に他ならないのだ。

 

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【挿絵表示】

 

 ゲートを抜けるとそこは桃色の世界だった。

 

「は」

 

 歳三はため息とも感嘆ともつかない声を漏らす。目の前に広がるのは数えきれないほどの桜の木々であった。

 

 千鶴曰く、桜の広場には200本の桜が植えられているとの事だったが、それはあくまでもダンジョン外での話だ。ダンジョン内のそれは数千本、あるいは数万本にも及ぶかのような圧倒的な量感をもって歳三の視界を桃色に染めた。

 

 木々の間には柔らかな光が差し込み、桜の花びらは日光を浴びてより一層鮮やかに輝いていた。

 

 歳三は微風に乗って軽やかに空中を舞う桜の花弁に──…

 

 ◆

 

 ──ガァッ!!

 

 と一声をくれた。

 

 この時すでに鉄騎は鉄衛の影に隠れ、鉄衛は歳三が発した音の相と反対の相の音波を発して音の波を相殺している。本来は雑司ヶ谷ダンジョンなどに出没する精神干渉系の "囁き" から身を護る為の兵装である。

 

 破壊的な音圧が不可視の壁と化し、桜の花弁を一枚一枚無情に引き千切っていく。音の波が通過すると、花弁は粉々になり、粉砕された細かい桃色の断片が吹き荒ぶ。

 

 音撃による破壊は更に広がり、歳三を爆心地として半径10m以内程度の桜の樹々が圧し折れ、砕け散った。

 

 ──『旭真大館空手道・破旭風』

 

 これはかつて(まみ)えた旭 道元から拝借した技である。

 

 さながら爆弾でも落ちたかの様な有様だが、歳三は気を緩めない。

 

 音の波が荒波から凪へと変わる頃には、美しく幻想的だった桜の広場の様相が一変した。

 

【挿絵表示】

 

 樹々の根の部分から徐々に赤く染まり始めたのだ。

 

 変色は木の幹を這い上がり、枝へと広がっていく。

 

 やがて桜の花弁もその異変を受けて変わり始めた。

 

 本来の桃色が血の赤へと変貌を遂げ、樹の一本一本から赤い液体が滴り落ちている。

 

『事前のジョウホウドオリ!桜ノ花弁ハ鋭イ刃!触れるナ、danger!吸血、サレルヨ』

 

 鉄衛がそんな事をワアワア喚くと、背負っている金属製のバックパックから透明の容器を取り出し、地面に落ちた桜の花弁をかき集めて容器の中に入れていた。

 

 これでいて桜の花弁の一枚一枚は同じサイズ、厚さの鉄よりも強靭だ。しかし重量は鉄より軽く、触れると血を吸い取る性質を有する。もっとも、吸い取るのは血だけではなく水分全般なのだが。

 

 ともかくこの素材は環境浄化技術への応用が利くと見られ、協会は収集の依頼を出しているのだ。

 

「確か赤くなってないやつを集めろって事だったよな。てっぺー、任せていいかい?」

 

 歳三が尋ねるとオフコースと返事が返ってきた。

 

 ──少し明るくなったか?……いや、元々こんなかんじだっけか

 

 胸中そんな事を思う歳三だが、些事として思考の片隅へと追いやる。

 

 この間、鉄騎もただ見ていたわけではない。

 

 品川支部が事前に集めた情報では、舞い散る血桜を掻い潜った後にも油断は出来ない。

 

 桜の樹々の紅色はいわば警戒色だ。

 

『マスター、私に任せて頂けますか?』

 

 鉄騎の言葉に、歳三はウンと頷く。

 

 やりたいというならどうぞ、という心境であった。

 

 ここで "いや、いいよ。俺がやるから見てな" などという言葉を吐けば、相手がどれほど自尊心を傷つけられるか歳三は身を以て知っているのだ。

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