(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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あけおめ!


日常72(ティアラ、ハマオ、歳三)

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 9月も中頃だが、気温は連日30℃を超えている。

 

 と言ってもこの時代の暑さ対策は大変異前よりバリエーションが豊富で、人々はそこまで暑さに苦しんだりはしていなかった。

 

 ここ最近、街を見慣れない恰好で歩いている者達がいる。

 

 どんな格好かといえば、一言で言うなら全身タイツだ。

 

 男も女も体のラインがあらわとなっており、心が邪な者が見れば卑猥な恰好に見えるかもしれない。

 

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 ──最近探索者が増えたね

 

 ──そう?

 

 ──ほら、見慣れないボディスーツ着てる人が…

 

 ──ああ、あれは一般人だよ。ボディスーツ自体は探索者用のだけど

 

 ──なるほど、でも普通に暮らしていく分にはボディスーツなんて要らなくない?

 

 ──防御装甲とかの下に着るんだよ。下着みたいなかんじ。新技術で作られていて、体温を一定に保てるんだって

 

 ──なんか普通だね

 

 ──でも火口とかに落下しても数分は生きていられるらしいよ。値段も安いしデザインも豊富だし

 

 ──いくらくらいするの?

 

 ──3万円くらいかな。一般人と探索者向けに開発されたんだって。でも開発元が桜花征機なんだよね

 

 ──うわ、すぐ破けそう

 

 ──言える

 

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 そんな隣の席の会話を聞きながら、DETV所属のダイバー、ティアラは相手を待っていた。

 

 ここは新宿三丁目の純喫茶 "エイデンの丘" だ。

 

 大変異前からの老舗で、24時間営業という便の良さから夜勤組の探索者もしばしば訪れる。

 

 店内のクラシックな装飾からはどこか懐かしさを感じさせる雰囲気があった。壁には古びた写真や絵が飾られ、木製のテーブルと椅子が並んでいる。

 

 ティアラは最先端技術を駆使した近未来風のカフェよりも、こういった雰囲気の店の方が好きだった。天井からは暖かみのある灯りがこぼれ、これもまた良いと思う。何せ彼女が以前いったカフェでは天井全体が光るという最悪の発想が採用されていたからだ。

 

 客層は多様。

 

 隣の席では重装備──…岩戸重工の対大型モンスター専用ヘビィアーマー『富岳』を纏った探索者2人組が大きなバックパックを脇に置き、熱心に話をしている。

 

 一方、隅のテーブルでは、スーツを着た中年男がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるが、こちらも探索者だとティアラは看破した。まあ看破と言うか、見ればわかるのだが。なぜなら中年男の傍にミニチュアのクラゲが浮いているからだ。

 

 ──如月工業の索敵用生体兵器ね。初めてみたけど

 

 勿論一般人の客もおり、この店では日常と非日常が奇妙に融和していた。

 

 ティアラは壁の時計をみる。

 

 これまたクラシックな壁掛け時計だった。

 

 そして約束の時間の5分前、「そろそろかな」とティアラが思うなり、客の入店を知らせるベルが鳴った。

 

 ◆

 

「最近どう?」

 

 開口一声、ティアラが尋ねるとハマオが「まあまあかな。そっちは?」と返す。

 

 待ち人はハマオだった。色黒、長身、ドレッドヘアーがチャームポイント。横浜の元半グレで、当時SM嬢をやっていたティアラとは浅からぬ関係にある(秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑤)。

 

 ハマオもまたDETVのダイバーだ。ダイバーネームは「ハマ王」。

 

 バトルエンタメスタイルが持ち味。モンスター相手にステゴロで格闘を挑み、男性ファン、女性ファンの多くから推されている。

 

 レベルは62、探索者基準で言う所の丙級にあたる。しかしDETVのレベル制というのはマニフェストよりあてにならず、ハマオが丙級と同等に働けるかというと怪しい。喧嘩慣れしているのは確かだが、ハマオが真価を発揮するのは探索や対モンスター戦ではなくて、何でもありの対人戦だろう。

 

 だが中には協会所属の探索者ばりに実践派な者もいないではない。ちなみにティアラはそうしたバリバリ系である。ティアラも丙級相当だが、例えば握力にしてもハマオが90そこそこであるのに対して、ティアラは180を超えてくる。

 

「あたしの方は微妙だね。再生数は落ちてないけど、上が鬱陶しくて叶わないってトコ。尾白の奴、何だか最近妙に稼ぎに走ってる感じがするんだけど、アンタはどう思う?この前も乙級ダンジョン行ってこいって言われてさぁ。勿論断ったけど、あんまりしつこいから手が出る所だったよ」

 

 ティアラの言葉にハマオも頷く。

 

「無茶をやらされて帰ってこない連中も増えてるからな。ほら、この前消えた4人組。清澄白河駅に新しく出来たダンジョンに行かされて結局帰ってきてないらしいぜ。正直言って潮時なんじゃないかって思ってる」

 

 ハマオがそういうと、ティアラは「だよねぇ~」とため息をついた。

 

「あたしの勘は尾白は滅茶苦茶信用できないって言ってる」

 

「俺の勘も喚いてる。どうする?DETVを辞めるか?それで……例えば協会に移るとか」

 

「一番下っぱからやり直せって?それもそれで面倒だけど、命には替えられないしなあ。でも移るっていってもツテが……あっ」

 

「そうそう。佐古のおっさん。あの人は乙級探索者だろ?」

 

「口利き、か。連絡先は交換してるし、ちょっと聞いてみるよ」

 

 ◆

 

 午後になっても歳三はベッドから動こうとしなかった。

 

 延々と端末を眺めている。

 

 というのも桜花征機との専属契約が切れたため、歳三は今あたらしい装備を物色しているのだ。

 

 専属契約は期限を決めて、その期間内は特定企業の製品しか使用しないという縛りがある。

 

 専属契約のメリットはその企業の製品が格安で、時には無料で手に入るという事。

 

 デメリットは装備の幅が狭まるという事だ。

 

 企業にとっては有力探索者と専属契約を結ぶことで、製品を売り込む際などに当該探索者の名前を使う事ができる。また、その探索者の戦闘データを開発に使用する事も出来る。

 

 歳三の場合は装備が必要なのかという疑問もあるのだが、彼の場合は気持ちの問題として「必要」だと考えている。

 

 例えるならメイクだとか勝負服だとか、そんな所だ。

 

 もっとも装備をモチベーションの問題として片づけられるのは一部の肉体強者のみで、多くの探索者にとっては死活問題となる。

 

 ちなみに歳三と桜花征機の契約では、歳三の名を使って広告を打つ事は制限されている。ただし戦闘データは取り放題なので、この点で歳三は桜花征機の技術水準の向上に大いに貢献していた。

 

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 国内の探索者が装備を選ぶとなると、基本的には三大企業の製品を選ぶケースが多い。

 

 三大企業とは桜花征機、Zephyr Innovations、岩戸重工の事を指す。

 

 ①桜花征機

 

 桜花征機は国営の企業で、武器の開発と製造に特化している。コンセプトは「殺られる前に殺れ」。

 

 そのために作られる武器は鋭く、軽く、脆いものが多い。

 継戦能力には欠けることもあるが、その分攻撃力に優れている。

 デザインは和風が主流で、日本の美を感じることができる。

 また、アンドロイド開発も進めており、自分自身を最大の武器とする精神が反映されている。

 

 ちなみに前時代における日本企業にありがちな保守的な姿勢は全く見られず、良く言えばチャレンジ精神旺盛な、悪く言えばクソの役にも立ちそうにもない製品を大量に世に送り出している事で、国内外からはやや不名誉な評価を得てしまっている。ただし、あくまでもダンジョン探索の役には、という但し書きがつくが。

 

 

 ②Zephyr Innovations

 

 Zephyr Innovationsはアメリカの企業で、そのコンセプトは"バランス"に基づいている。この企業の製品はどれもシーンを選ばない高い汎用性を持ち、特異な癖もなく、扱う者を選ばない特徴がある。武器のデザインは中世騎士スタイルが多く、ランスやソードなど一般的に騎士が持つ武器として考えられるものが主流である。

 

 また、鎧型の防具も展開しており、これらはAI制御で衝撃が分散される設計になっている。温度調節機能やより効率的に力が伝わるように出力が調整されるなど、一種の強化スーツ的な役割を果たせるように工夫されている。ゼファー・イノベーションズの製品は、そのバランスと多用途性で広く認められており、中世騎士の精神を現代の技術で具現化したものと言えるだろう。

 

 

 ③岩戸重工

 

 岩戸重工は国内の企業で、近代的な質実剛健さを体現している。銃火器とサイバネティックテクノロジーの分野では他企業の追随を許さず、国内では桜花征機とシェアを争い、その関係は良いとは言えない。

 

 主力商品として銃火器があるが、それ以外にも人体のサイバネ化技術が有力な商品ラインとなっている。彼等は探索で身体部位を損傷した者に義肢や義手などを提供し、それらは部位そのものが強力な武装となるようカスタマイズされている。

 

 桜花征機と岩戸重工の間には似ている点もあるが、両社の哲学は大きく異なる。桜花征機が人機融合、つまり共存を旨としているのに対し、岩戸重工は機械は人に隷属するものという考えを持っている。この差異は、製品の設計や機能にも反映されており、岩戸重工自身も桜花征機と一緒にされることを望んでいない。

 

 岩戸重工の製品と技術は、人と機械の関係を明確に定義し、その上で最大の効果を発揮するよう設計されている。その結果、岩戸重工は国内外で高い評価と信頼を得ている。

 

 他にも如月工業や国内外の中小企業の製品もあるが、三大企業の技術力と資金にはやはり一歩及ばずと言った所だ。

 

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 歳三個人の好みでいうなら、実の所は岩戸重工の製品が好きだった。

 

 ガチガチでゴチゴチの重厚なデザインが歳三好みなのだ。

 

 ただ、如何せん岩戸重工製の製品はどれもこれもが大きく、かさばる。

 

 しかも動きづらい。

 

 歳三が少し激しく動くと壊れてしまう。

 

 彼のスタイルと岩戸重工の製品コンセプトの相性が絶望的にかみ合わない。

 

「簡単にきめちゃあならねェな。じっくり決めないと……」

 

 歳三は重々しく頷き、胸中の「じっくり決める事リスト」に装備の件を書き込んだ。

 

 そのリストには色々な事が書いてあるが、じっくり決めすぎているモノがいくつかある。

 

 その中でもっともじっくり検討しているのは「引っ越しについて」だ。

 

 これについては10年ほど経過しているが、歳三はいまだにじっくり決め続けている。

 

 歳三は様々な製品が映っているページを眺め、これがいいかも、あれがいいかもと優柔不断のアレをグニグニと捏ねまわしている。

 

【挿絵表示】

 

 

 その時ふと端末にメールがきている事に気付いた。

 

 差出人はティアラだ。

 

「あのねえさんか……」

 

 何の用だろうとメールを開封する。

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