(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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戌級規定、教導実践講義⑥(了)

 ◆

 

 ごっこ遊びに興じている時の歳三は、歳三であって歳三ではない。

 

 性格も口調もがらっと変わり、まるで別人の様になる。

 

 彼は昔からごっこ遊びが好きだった。

 

 施設暮らしの頃からずっとだ(日常35参照)。

 

 歳三はとにかく昔から自己肯定感が低い子供で、医者は彼を発達障害だと診断した。

 

 その治療の一環として推奨されたのが「ごっこ遊び」である。

 

 ごっこ遊びは役割が与えられる。

 

 だから自分の存在価値を認識することができるのだ。

 

 これは自己肯定感が低い子供に対して有効な知育教育として知られている。

 

 この「ごっこ遊び」を歳三は特に気に入ったわけだが、ここまでなら今のご時世、そこら中に転がっている話ではある。

 

 しかし、自己肯定感の低さを緩和する為の「ごっこ遊び」が、まさか探索者としての(ワザ)──…創作物中のバカみたいな技の再現へ昇華されるとは、当時歳三を診た医者も夢にも思っていなかっただろう。

 

 ◆

 

 THE・武者は何の躊躇いもなくナイフで自らの腹を突いた。

 

 今の歳三はそこまで大きな自殺願望はないが、THE・武者は違う。

 

 自殺願望というか、事をしくじったら腹を切って死に晒すマインドで生きている。

 

 THE・武者は戌級の三人娘が事もあろうに戌級指定のモンスターに不覚を取ったり、緊急事態に遭って救援依頼を発する事すらできないのは自分の教導が至らなかったからだと思い込んでいる。

 

 三人娘の未熟さとTHE・武者の教導とは全く関係ないのだが、歳三も歳三のペルソナも視野狭窄なので仕方がない。

 

 兎も角、そう思い込んでいるのだからこれはもう死ななければならない。

 

 死んで、教導の失敗を協会に詫びねばならないと思っているのだ。

 

 今の彼は命が軽い。

 

 それはTHE・武者になり切っているからでもあり、歳三が自殺遺児であった事も大きく影響していた。

 

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 安アパートのドアを開けた時、歳三少年は異臭に気付く。

 

 それは排泄物の匂いだった。

 

 犬や猫でも入り込んだのかと、大声で母親を呼ぶも応えは無い。

 

 今日は家に居る日なのになぜ応えがないのか。

 

 答えはシンプルで分かりやすいものだった。

 

 歳三少年の母親はリビングのドアのドアノブに細いロープをひっかけて、首を括って死んでいたのだ。

 

 母親の死に様は率直に言って汚かった。

 

 汚く、臭かった。

 

 生前は綺麗な服でその身を着飾っていた彼女であったのに。

 

 歳三少年の事を不細工だのなんだのと罵倒し、臭い汚いと手をあげてきた彼女であったのに。

 

 ほかならぬ彼女自身が臭く、そして汚くなってしまったのだ。

 

 歳三少年は日常的に暴力を振るってくる母親の事を余り好きではなかったが、それでも "こんな風に" なってほしいとは思った事は一度もなかった。

 

 歳三少年は色々と足りない子であったので、何をどうしたらいいのかさっぱりわからず、ただただ母親の死体を眺めていた。

 

 眺めているというよりは見守っていたというニュアンスが正しいかもしれない。

 

 それ以外にどうすればいいのか、歳三少年にはわからなかった。

 

 わからない時は人に聞くという事すらわからなかった。

 

 そしてそのまま1日経ち、2日経ち、様子を見に来た小学校の教員によって "それ" は発見され──……

 

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 歳三少年にはまあそんな感じのやや重い過去があるので、死というものを余り恐れてはいなかった。

 

 死の恐怖の根源は諸説あるが、未知と無力感にあるという説が有力だ。

 

 歳三少年は母の死骸をたっぷり見る事で死とはどういうものかを何となく知り、未知を既知へと変えた。

 

 そして、無力感なんてものは日常的に味わっているためとっくに麻痺している。

 

 この辺の感性がTHE・武者と合わさり、案外にもカジュアルに彼を切腹に走らせたのだ。

 

 ◆

 

 勿論無駄だった。

 

 桜花征機製のナイフは鋭いが脆い。

 

 とはいえ、MAMAZONで購入できる様な粗悪な鎧くらいなら軽く貫ける。

 

 だがその下が問題なのだ。

 

 バキバキに割れた腹筋は、少なくとも対物ライフルなどでは傷一つつける事が出来ない。戦車砲が直撃しても無傷だろう。

 

 桜花征機が開発・作成した世界一頭の悪い近接兵装、通称 "星影" (秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑱参照)ならば歳三の腹筋を切り裂いて殺害する事は可能だが、当然そんなものは所持していない。

 

 それが桜花印のナイフだって同じだ。

 

 ナイフの切っ先がMAMAZON鎧とTHE・武者の肌着を貫くまではよかったが、その腹筋に触れるや否や先が欠けてしまった。

 

 それでも無理にTHE・武者が腹に突き込もうとするが、すると今度は刀身が耐えられず圧し折れてしまった。

 

「…………」

 

 折れたナイフを不思議そうに見つめるTHE・武者を、これまた不思議そうに見つめる三人娘。

 

「あの、なんで佐古さんが死ぬ必要が……?」

 

 みみが恐る恐る尋ねた。

 

 ちなみに、彼女達はTHE・武者の本名を知っている。

 

 これは不思議な事ではない。

 

 教導実践講義は協会が主導する教育カリキュラムの一環で、教導探索者は言ってみれば塾講師の様なものだ。

 

 簡単な個人情報は両者共に事前に伝えられる。

 

 THE・武者はみみの当然の疑問に、「教導に失敗したからだ。(おれ)は責任を取らねばならない」と答えた。

 

「え!?じゃあ私たちのせいで佐古さんが死んじゃうって事ですか!?」

 

 ジェシカは目を剥いて頓狂な声をあげた。

 

 民子は絶句し、みみは唇をもごつかせて何かを言おうとしているが言葉が出てこないようだった。

 

「お前たちの未熟さなどはどうでもいい事。(おれ)(おれ)の未熟さゆえに死ぬと決めたのだ。自分で決めて、自分で死ぬ。それが武士というものだ」

 

 ジェシカと民子は何をどうしていいのか分からない様子だったが、みみはやや異なる反応を見せた。

 

『んなわけあるかよ』

 

 とぼそりと呟く。そう、この蓮っ葉でライクアビッチめいた言葉遣いこそが彼女の本性であった。靴と財布とチンポを見ればその男の全てが分かると豪語するみみだが、その超常的な洞察力でTHE・武者がどうも思い込みが激しい奴だと看破したのである。

 

 ──講義もちょっと思いつきというか、適当な感じだったし?

 

 この程度の洞察は一般弱者中年男性共を篭絡し、億の金を搾取してきたみみには造作もない事だ。

 

 特に探索者は精神に作用する薬を常用する者もいる……となれば。

 

 みみは端末を取り出してどこぞへ連絡を取った……ちなみに送信先には探索者協会とある。

 

「死ぬべし、生きるべし、死ぬべし……」

 

 THE・武者はどこぞの詩人の言葉をアレンジしたような事を良い、目の前に手を翳し、手刀を形作った。

 

 ナイフが使えないのならば手で搔っ捌こうという肚だ。

 

 手刀に漲る力感は、武に疎い三人娘がみてもただならぬモノであるように感じる。

 

 実際THE・武者みずからの手刀ならば、金城鉄壁を誇る腹筋をも貫くことができるだろう。

 

 しかし、その手刀が振るわれる事はなかった。

 

 協会からの連絡が入ったからだ。

 

 それから後はどうなったのか。

 

 少なくとも、THE・武者が腹を切る事はなかった。

 

 そして池袋本部には佐古 歳三というちょっと頭がおかしい奴がいるという噂が流れるようになった。

 

 噂の出どころは定かではない。

 

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 後日、あげられてきた報告を見た金城 権太は「アアー……」と寝起きのカバのような声をあげ、歳三を呑みに誘ったという。

 

 

 ※

 

『星影』

 

 桜花征機が開発した対大型モンスター用のプラズマカノン・ブレイド。総重量25tの超大容量バッテリーとケーブルを繋げなければいけないという致命的な欠陥はあるものの、その最大出力は0.18メガワットにも及び、最大射程85m、20階建てのビルディングを一刀両断する破壊力を有する。使い切りタイプ。価格は1650億円。

 

 

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