(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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巣鴨プリズン③

 ◆

 

 歳三は友香の指示に従い、サンシャイン60ビル──探索者協会へと向かった。

 

 道すがら、人とすれ違う度に歳三の精神に立ち込める暗澹(あんたん)の霧が濃くなっていく。

 

 俯き加減に歩いている歳三が見ていたモノは、人の脚だ。

 

 何処へ行き、何をしようと言った目的意識がはっきりした "社会人の脚" である。

 

 それは明るい未来へと向かう脚だ。

 

 然るに、歳三の脚はどうか。

 

 その脚力は音の壁を破って久しいが、つま先は未来ではなく過去へ向いている。

 

 今この瞬間、哀れ歳三は刑場へ連行される罪人の様の如き心地でサンシャインへ向けて歩を進めていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 脳裏に佐古くん、という声が聞こえる。

 

 昔日の思い出だ。

 

『どうしたんだい、浮かない顔をして。……なるほどね、テストが心配なんだね。そういえば来週だったっけ。まあでも、心配なら勉強するしかないんじゃないかな?』

 

『え? 前のテストが良くなかったから施設の人に叱られた? ああ、また怒られるのが怖いんだね』

 

『ただね、佐古くん、お釈迦様も "過去を追ってはならない。未来を期待してはならない。今日、まさになすべきことを熱心になせ" と言っていたけれど、まさしくそれなんだ。まずは "今" だ、 "今" なんだよ。僕らは "今" を鍛え上げるべきなんだ』

 

 その時の望月少年の様子は、やけに熱が入ったものであった事を歳三はいまだに覚えている。

 

『今を鍛え上げてこそ、過去に対抗できるんだ。人は何かを損なう時、たいていは過去によって損なわれる。それに、より良い未来を望むといった場合も、それに見合ったより良い "今" を積み重ねていく事が一番の近道なのさ』

 

『 "今" が弱い者は過去に刺され、未来に押し潰される。つまり、佐古くんがやるべきことはテストのために頑張って勉強すること以外にないってことだよ。まあ頑張る事だね』

 

 当時の歳三少年にはこの時の望月の言はよくわからない。

 

 そして、現在の歳三にもよくわかっていない。

 

 ただ何となく、今を頑張らなければダメなのだという焦燥の念がある。

 

 ◆

 

 歳三の心は(ちん)と冷え込んでいるが、かつて望月少年に埋め込まれた焦燥の種は、今や贖罪の花を咲かせて歳三の精神土壌の栄養を浪費している。

 

 ──過去の清算清算清算清算清算清算清算贖罪清算清算清算清算清算清算清算清算清算

 

 そんな贖罪の鬼と化した歳三に、友香からの通信が入った。

 

『着いたみたいですね。ではサンシャインをぐるりと反時計回りに一周歩いてください。もっとも、入場方法を説明しなくとも今の佐古さんなら感得出来ていると思いますが……』

 

 巣鴨プリズンダンジョンの特殊な誘引作用は、被誘引者に対して特定の知識を植え付ける。

 

「はあ、確かに。何となく……」

 

 この時、歳三の脳裏には根拠のない勘の様なものが働いていた。

 

 道に迷った者が何のあてもなく、しかし自信満々で行くべき方向を決める時のあの勘だ。

 

 通常その勘に従ってもろくな事にはならず、より深く迷い散らすが関の山なのだが、今回はその勘の出所が歳三ではなく巣鴨プリズンにある。

 

『巣鴨プリズンダンジョンの座標は探索者協会本部と同一です。しかし本部がダンジョン化することはほぼ無いといってよいでしょう。協会は、いえ、日本政府は何百何千、何万何千万といった人々の思考を誘導し、本部や支部がダンジョン化することはないという "常識" を埋め込んだのですから』

 

『ではどうやって巣鴨プリズンダンジョンへ入場すればいいのか。それは過去に遡れば良いのです。時計とは時を刻む道具。その針を反対に回すということは過去へ向かう事と同義。非科学的な話ですよね、私もそう思います。しかしそもそもダンジョンなどというものが存在する時点で……あぁ、周囲の風景が変わってきましたか?』

 

 歳三が歩を進めていくにつれ、周囲の光景が変質していく。

 

 時が遡っていく。

 

 目に映る光景が段々と色褪せていき、セピア色へと。

 

 行きかう人々の服装などにも変化が見られた。現在の様に銃だの刀だの西洋剣だのを担いでいる者がいなくなり、映画の中で見るような昭和レトロな感じの服を着ている者が目立ってきた。

 

 ──サラリーマンの旦那衆は皆帽子を被っているな……中折れ帽ってやつか? 

 

 この様な異変を目の前にして、歳三の心中は常と変わりはない。

 

 まあこの辺の肝は普段から探索者稼業で慣らしているという事もあり、どうという事はないのだろう。

 

 やがて世界の変質が完全に落ち着いた時、歳三の目はある立て看板を捉える。

 

 そこにはこの様に記されてあった。

 

 ──『SUGAMO PRISON』

 

 と。

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