(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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巣鴨プリズン④

 ◆

 

 ゲートをくぐって敷地内に入る歳三。

 

 学校の校舎然とした建物……監獄棟が団地めいて並んでいる。

 

 窓の様なものはあるのだが、よくよくみれば鉄格子が嵌っていた。鉄格子の向こうに見える人影はこのダンジョンの住人だろうか? 

 

 空一面には暗雲が立ち込めている。

 

 ただ曇っているわけではない。

 

 広がる雲の昏さはまるで歳三の精神に広がるそれのように、分厚くそしてどこか粘着質な、見ているだけで気が滅入ってくる様な闇色をしていた。

 

 うっ、と歳三が呻き膝をつく。

 

 ──なんだぁ、こりゃあ……

 

 体が重い。

 

 だがそれ以上に心が重かった。

 

 気持ちがみるみる内に塞ぎ、歳三はまるで自分がこの世界で最も価値がない存在のように思えてしまう。視界が狭窄していき、暗くなっていく。

 

 歳三は奇妙な解放感と共に意識が遠ざかっていくのを感じ──……

 

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 気付いた時には四方を壁で囲まれていた。

 

 壁といっても金属や石材といった素材のものではなく

 

「なんだこりゃ、木、か……?」

 

 見た感じ、ベニヤ板のような材質の木である。

 

 触れてみても、手のひらに伝わる感覚は木そのものだ。

 

 ──どういう事だ……? 

 

 歳三は困惑するが、ふと自身の服装を見れば困惑が更に深まった。巣鴨プリズンダンジョンへ来るときに着てきたはずの、黒のボディスーツを着ていなかったからだ。

 

 かわりに、灰色のツナギの様なものをきている。

 

 胸元にはアルファベットのP。

 

 歳三には知る由もないが、これはかつての巣鴨プリズンの作業服だ。

 

 この作業服にはprisonerの頭文字、Pが印字されている。

 

 そして周囲を木製の壁で囲まれているというのは、いわゆる "びっくり箱" というやつであった。

 

 これは受刑者の一時待機場所だ。

 

 受刑者は拘置所から刑務所へ移送され、刑務所に到着すると荷物をゴザの上に置き、狭い部屋に入るよう言われる。

 

 これは受刑者同士の私語を防止する為に作られた箱だ。

 

 受刑者たちはここで身体検査の順番が来るのを待つ事になる。

 

 見れば完全に閉じ込められたわけではなく、前方の壁には木製のドアノブがあり、それを押せばこの閉鎖空間から出ていけそうだった。

 

 歳三はドアノブを掴み、押し開けようとするが──……

 

「開かないか」

 

 木製のドアは開かない。

 

 ならばと右拳を固め、ドアに打ち付ける。

 

「なにっ」

 

 ドアは壊れない。

 

 由々しき事だった。

 

 歳三のパンチは木製のドアなどモノともしないどころか、大型の船舶ですらぶっ飛ばす破壊力を有するというのに、たかが木製のドアが壊せない。

 

 ダンジョンには様々なタイプのものがあるが、単純な力だけではどうにもならないモノも少なくない。

 

 歳三はさてどうしたものかと思案に暮れるがどうにもならない。

 

 Sterm端末で友香へ連絡を取る事もできない。

 

 なぜならば今の歳三は灰色の作業服以外は身に着けていないからだ。

 

 ──狭い所は好きじゃねえな

 

 だが歳三はまた別の理由でこういった閉鎖空間を苦手としていた。

 

 その苦手意識の起源は歳三の幼少期にまで(さかのぼ)る。

 

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 幼少期、彼が預けられていた児童養護施設には「反省部屋」という二畳程度の居室があり、そこには様々な理由で児童たちが押し込められていた。

 

 悪さをした児童のみならず、職員の私情により押し込められた児童も数多くいた。歳三もその一人である。幼少時の歳三はウスノロで間抜けで、色々足りなかった。

 

 そんな鈍くさい歳三を嫌う職員が少なからず居り、結句……というわけだ。

 

 壁は木製で、児童は壁の方を向きながら正座をし続けねばならなかった。

 

 正座も狭い部屋そのものも歳三にはどうってことがなかったが、一番嫌だったのは木目だ。

 

 大きなおおきな、目の様にも見える木目。

 

 歳三は決まってその壁の前に座らされた。

 

 木目は時に特定の何かの形に見える事もある。

 

 当然それは偶然の産物で、その形状がどうであれ意味はない。

 

 幼少時の歳三もそれは分かっていたが、それでもその目玉にも似た木目がとても厭だった。

 

 劣等の自覚がある者にとって、他者からの視線はとかく堪える。

 

 幼い歳三は壁の木目から放たれる幻想の視線が厭で厭で仕方がなかった。

 

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 そんな "木目" が、いまや壁いっぱいに広がっている。

 

 歳三は拳を更に強く、固く握りしめ、ドアを殴った。

 

 殴る、殴る、殴る。

 

 二撃三撃と加えても、ドアは壊れない。

 

 だが歳三は構わずドアを殴り続けた。

 

 今歳三の目に映っているのはやたら頑丈な木製のドアではない。

 

 ダンジョンの気に()てられて、マインドが贖罪の念に満たされた歳三の目に映るものは何か。

 

 それは過去だ。

 

 佐古 歳三というパーソナリティを形作った過去。

 

 歳三は"びっくり箱"の壁に広がる木目に、過去を見ていた。

 

 ただでさえ他者から見れば「ええ加減にせえよ」と言いたくなる程の慙愧(ざんき)の念──……自身を恥ずかしく思い、反省する気持ちを持つ歳三だが、それがここに来てついに爆発する。

 

 このあたり、歳三の精神は明らかに均衡を欠いているが、これも巣鴨プリズンダンジョンの"特性"である。

 

 血走りを湛えた両の眼が見開かれ、ドアを叩く、叩く、叩く。

 

 歳三はもうこの"木目"を見ていたくない。

 

 あの頃とは違うんだ、今はちゃんと仕事をしているんだ、過ちを悔い、罰金刑もちゃんと受けたじゃないか、俺は成長している成長している、もう俺は……そんな思いが胸中に溢れている歳三は、もはや贖罪の生きた嵐だ。

 

 "木目"が浮き出ているドア、過去の象徴。

 

 歳三がこうも執拗にドアを殴り続けるのは一体何故か。

 

 過去を破壊したいのか、乗り越えたいのか、それとも呑み込みたいのか。

 

 あるいはその全てか。

 

 握り込む拳の中、極度に圧縮された大気が熱を帯び、歳三の拳に熱が宿る。

 

 放たれ続ける拳打は回転数を上げ、今や秒間1000発を超えた。

 

 拳の軌跡が赤く燃えて目に鮮やかで、拳の着弾点はそれぞれ極小規模の爆発を起こしていた。

 

 済まない、済まない。上手く話せなくて済まない、出来が悪くて済まない、過ちを犯してしまって済まない、生まれてきてしまって済まない、顔も思い出せない父よ、母よ、あなたたちが俺を捨てたのは当然の事だった

 

 ただでさえメンタルが脆い歳三だが、この時点で完全に正気を失っていた。

 

 

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『娑婆の双親、嘆き声。間近く聞きつつ石を積む。ひとつ積んでは母のため、ふたつ積んでは父のため。歌うその声哀れかし。……こんな歌があるんですけどねえ、佐古さんを見てるとついついそれを思い浮かべてしまいますよ』

 

『この歌は親より先に死んでしまった子供を責め苛む歌だと思われていますけれどね、実際は違うんです。本当はね、親にフォーカスした歌なんですよ。親がいつまでも嘆き悲しんでいるから、子供は賽の河原で責め苦を受け続けなければいけない。つまり、親に対して "悲しみを乗り越えなさい、そうすればあの世にいる子供も救われる" って諭しているわけですな』

 

 狂妄している歳三の頭に、金城 権太の野太い声が響く。

 

 そしてそれと同じく流れ込むのは一つの思念だ。

 

 苦痛と困惑、嫌悪がまぜこぜになったかの様な思念が歳三に流れ込む。

 

 やめろ、もうやめろと言っている様にも聞こえるが、狂った歳三の耳には届かない。

 

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