(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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巣鴨プリズン⑥

 ◆

 

 歳三はその姿に見覚えがあった。

 

「そういえば、あの時……」

 

 ──『佐古さんで間違いなさそうですね! 初めまして、僕は蒼島 翼といいます。横の二人はそれぞれ三城 ゆず、工藤 美咲。等級は僕が乙級で、二人は丙級です。単刀直入にお願いしますが、佐古さん、僕らのチームに入って頂けませんか?』(日常68参照)

 

「そうだ、蒼島って言ってたな」

 

 歳三の脳裏にくっきりはっきりと映像が浮かび上がる。

 

 蒼島 翼は都心部を中心に活動する探索者チーム、"風華"の副リーダーだ。

 

 "風華"は都内ではそれなりに名が通っている探索者チームで、その構成人数は32名。

 

 リーダーは乙級の女性探索者だが余り表に出てこないタチらしく、チームは実質副リーダーの蒼島が運営している。

 

 だがなぜこんなところに──……そう歳三が思っていると、当の蒼島がこちらを見ている事に気付く。

 

「あなたは……佐古、さん?」

 

 蒼島の声には張りがない。

 

 爽キャの極みのような蒼島だったが、この時ばかりはショボくれ散らしていた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ◆

 

「──……という事なんです」

 

 蒼島は鉄格子超しにこれまでの経緯──……チームのオペレーター、『冴木 撫子(さえき なでこ)』を殺めた事を話した。

 

 (ゆえ)なき殺しではない。

 

 ある日突然呼び出された蒼島は、冴木から襲い掛かられ、それを返り討ちにする形で殺害するに至った。

 

「それはアンタ……蒼島さんが悪いわけじゃないと思うんだけどよ」

 

 これでいて根がサイコパス気質にも出来ている歳三なので、蒼島の凶行に非難の感情は抱かない。

 

 歳三は何より "納得感" を優先するタチにできているので、それ相応の理由があれば殺人をも厭わないという冷たい部分が精神の何処かに在る。

 

「でも僕は、人を殺してしまったんです」

 

 ──まぁ、殺しはなァ。気持ちは分かる……わからねェけど

 

 歳三は他人事の様にそんな事を思うが、何というかどうでもいい。

 

 蒼島は "他人" であり、どこまでも自己中心的にできている歳三にとっては "他人" が苦境にあろうとなかろうと他人事以上の感情を抱く事ができないのだ。

 

 ただ、これが金城 権太、あるいはここ最近プライベートで親しくしている飯島 比呂らあたりだと話も変わってくるのだが。

 

 この辺の判断基準は、歳三の自と他の精神的な線引きによるものである。

 

「…………」

 

 蒼島は口を(つぐ)んだ。

 

 歳三の非共感性にスネ散らかしたからではなく、自身の闇を直視したくなかったからである。

 

 そして闇とは冴木 撫子を殺害した事そのものではなく、殺害したことそのものではない事こそが闇であった。

 

 ◆◆

 

 蒼島の精神干渉系のPSI能力は、周囲の人々の感情の微細な調整を可能にするものだ。

 

 人々の心に軽く触れ、自身に向けられる感情にそっと干渉する。

 

 これ自体は大したものではない。当人の意志を無視して感情を操るようなモノではなく、そこはかとない好意を自分に向けさせるような……そんな些細なものだ。

 

 例えば何気なく朝の挨拶をしたとして、さわやかで元気な返礼がかえってきたならどう思うだろうか。

 

 少なくとも悪い感情は抱かないだろう。

 

 蒼島のPSI能力とはその様なものだった。

 

 それが倫理的にどうかという問題はあるが、チームの運営に於いて、メンバーが統一された指揮系統と意志の元に集う事のメリットは語るまでもないだろう。

 

 特に冴木撫子──彼女は蒼島がこの能力を用いて、好意を自分に向けさせた一人だった。

 

 蒼島は冴木の自然な感情の流れに僅かな変化を加え、彼女が自分に対してより好意的な態度を取るよう仕向け、彼女自身もこの変化に気づくことはなかった。

 

 この能力の影響下にある者は、よほど繊細な精神のPSI能力者でもなければ自覚ができない。

 

 出力はともかくとして、その精緻さは蒼島の業の練達が一定水準以上にある事を指し示している。

 

 しかし、蒼島がなぜこんなことをしているのか? 

 

 これはひとえにチームを大きくするためだ。

 

 蒼島は "風華" のリーダーと以前から親しくしていた。 "風華" のリーダーと蒼島、双方が好意を抱き合っていたのだ。

 

 問題は単なる両想いという点ではなく、その質が異なっていたという点である。

 

 これでいて根が奉仕マゾ気質である蒼島は、チームのリーダーの為に多くを捧げてきた。

 

 そう、蒼島は本当に様々なモノをチームの、いや、リーダーのために費やしてきたのだ。

 

 リーダーの気を惹くためというよりは、己の本来の性を捨て去った蒼島への、日々拡大する無関心の領域を少しでも押しとどめるためである。

 

 ◆

 

「──……僕がどれだけ頑張っても、リーダーは僕のことを見ようとしてくれなかった。彼女はその、同性愛者だったみたいで。男となった僕への興味が日々薄れていき、それを僕も肌で感じていました。だから僕はそれまで以上にチームを大きくしようとして……」

 

 怠惰ゆえか、あるいは他に事情があるがゆえかは分からないが、チームのリーダーは運営を蒼島に放り投げている。

 

 そんな状況の "風華" ではあるが、案外にも効率的な探索が出来ていた。

 

 専属オペレーター制度が実施されてからはより効率的に。

 

 本来専属オペレーターは実力のある探索者個々人につけられるものなのだが、 "風華" の様に常にチーム単位で動く者たちにそれぞれオペレーターがついてしまうと、船頭多くして……という状況になってしまう。

 

 だからそういった場合は柔軟に、それぞれのオペレーターの中で最も上位の者がチーム全体のオペレーターとしてヘルプすることになっていた。

 

 そのオペレーターこそが 蒼島が殺めた冴木 撫子である。

 

「なるほど……」

 

 歳三は蒼島が冴木を殺めたその理由をすでに聞いているので、その時点で思考は停まっている。だからなぜに蒼島のお気持ち表明……あるいは悲しい過去を聞かなければいけないのかよくわからない。

 

 気分としては、野球の話をしていたら急に相手が政治の話をしだしたような、そんな気分であった。

 

 歳三のそんな()が出ていたのだろうか、蒼島は話題を戻す。

 

「あの日、冴木さんは "大きな仕事" があるから詳細を直接話したいと連絡をくれたんです。だから僕は彼女に会いに行ったんです。そうしたら……」

 

 蒼島の声には怖気(おぞけ)の震えがあった。

 

 脳裏によぎるのは生前の冴木の姿である。

 

 生気を欠いた青白い肌──……黒目は極端に縮小し、白目の部分が大きくなっていた。

 

 ぽかんと口を開けた彼女の、ぬらぬらとした質感の赤黒い口内の不気味さよ。

 

 

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