(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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巣鴨プリズン⑩

 ◆

 

 歳三は蒼島の方を向きながら、「柄じゃねえけどよ」と、少し戸惑いを隠せない様子で口を開いた。

 

「なあ、蒼島さん、あんたは自分の身を守っただけじゃないンですかい?」

 

「だったらいいだろう、別に殺したって」という気持ちが歳三にはあった。

 

 歳三という男は雑食系劣等中年男性で、基本的には無害なのだが、こと闘争が絡む部分に於いては非常にシビアなものの考え方をする。

 

 これでいて歳三はヴァイオレンスな無法ウルフを心の中に飼っているのだ。

 

 蒼島は淀んだ目で歳三を見上げ、暫時二人の視線が絡み合う。

 

 そしてようやく蒼島が話し始めた。

 

「僕が後悔しているのは、人を殺したこと自体じゃないんです。僕は探索者として、自分でもそれなりだと思っています。腕も心もね。自分を殺しに来た相手を返り討ちにしたとしても、それが悪いことだとは思いません」

 

 そこで蒼島は口を一旦口を噤む。

 

 ややあって、彼は続けた。

 

「でも、自分ならばどうにかできたはずです。彼女を殺さずに……彼女の心の深層に巣くっていた精神寄生体は確かに厄介でしたが、それくらいならば駆除できたはずだと思います」

 

 蒼島は精神干渉系PSI能力者として練達の業を持つ。

 

 しかし、彼はできなかった。

 

 冴木 撫子(さえき なでこ)を救う事ができなかった。

 

 それはなぜか? 

 

 端的に言えば、彼はビビってしまったのだ。

 

 蒼島がそうなるように仕向けたとはいえ、これまで自分に好意を寄せていた彼女が不気味な怪物の姿となって襲いかかってくるというショッキングな光景に、意気を挫かれた。

 

 そして、恐れるあまりに冴木 撫子(さえき なでこ)を殺してしまった。

 

 誰が見ても蒼島は成功者だ。彼には力があり、生物としての能力があり、金もあり、異性にもモてるし名声もある。

 

 蒼島が惚れこんだ相手が同性愛者だったという事実は彼にはちょっとした躓きではあったものの、いずれ "元の性" へと戻る事が出来ればこの恋の悩みは解決するだろう。 (巣鴨プリズン⑥参照)

 

 いずれ解決することならば取り返しがつく。

 

 取り返しがつく事なら瑕ではない。

 

 しかし今回、蒼島は取り返しがつかない失敗をしてしまった。

 

 彼の精神はそれに耐える事が出来なかったのだ。

 

 "完璧" を好むものは皆大抵、美意識過剰である。

 

 蒼島の美意識もまたそれに漏れない。

 

「僕は僕がこんなにも役立たずで、無能だとは思っていませんでした。僕は完璧だったんです、これまで……僕の、ぼくの無能が彼女を殺してしまった……。僕の気持ち、きっとあなたのような強い人には分からないでしょうね」

 

 八つ当たり気味な皮肉をこめて、蒼島は歳三を睨みつけて──……絶句した。

 

 ──す、凄い退屈そうにしている

 

 それに、と蒼島が注意深く歳三の様子を窺うと、歳三はどこかフラストレーションを溜めている様にも見える。

 

 ──怒っている……? なぜこの人が僕に怒る必要がある……

 

 ・

 ・

 ・

 

 歳三は蒼島の葛藤が全く理解できなかった。

 

 まるで外国の錫の埋蔵量について話をされているような気分だった。

 

 蒼島が何に苦しんでいるのか、最終的にどういう解決を望んでいるのかさっぱりよくわからない。

 

 別に怒ってはいないものの、「面倒くせぇなあ」という気持ちがないとも言えなかった。それが蒼島に僅かなりとも伝わったのだろう。精神干渉系PSI能力者は敏い所がある。

 

 そして蒼島は歳三の内心がわからず、歳三のどうでもいいような態度を非常に厳しい形として受け取った。

 

 歳三の無言の姿が、蒼島には無言の叱咤にように見えたのだ。

 

 ──『いつまでもくよくよと。確かにお前は失敗をした。だが本当に悪いのは誰なのか、何なのか──……彼女を傷つけた元凶を明らかにし、叩くべきじゃあねえのか。それでもお前は男なのかよ』

 

 そんな事を言われている様に蒼島には思えて仕方がない。

 

 もちろん歳三はそんな事を欠片も思っていないのだが……。

 

 ──僕を、馬鹿にしやがって

 

 蒼島が歯を食いしばり、立ち上がる。

 

 ◆

 

 蒼島は自分のプライドが深く傷つけられたように感じていた。

 

 まるで心の深い傷に、不潔な指で無理やり塩やワサビを塗り込まれるような痛みだった。

 

 先ほど蒼島は歳三に「僕の気持ち、きっとあなたのような強い人には分からないでしょうね」と尋ねたが、その時の歳三は「理解する必要があるか?」といったような態度であった(と、蒼島には思えた)。

 

 それがひどく煩わしく、怒りさえもが湧いてくる。

 

 腹の底からふつふつと湧き上がり、全身を熱くさせる怒りのマグマだ。

 

 怒りは人間の根源的なエネルギー源であり、予期せぬ活動力を与えることがある。

 

 灼熱が全身を駆け巡り、蒼島は「下がってください」と低く、暗い声で呟いた。

 

 歳三はその声にうなずき、一歩、また一歩と下がる。

 

 すると蒼島は力強く鉄格子を殴りつけた。

 

 荒々しい動作からは常のスマートさの欠片も感じられない。

 

 激しい金属音が監獄に響き、蒼島の拳に痛みが走った。

 

 見れば皮膚が破け、血が出ている。

 

 それでも蒼島は構わず何度も鉄格子を叩き続けた──……怒りのままに。

 

 時には蹴りを加え、体当たりをして、鉄格子が少しずつ変形していく。

 

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