(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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マリという女

 ◆

 

 その機会は早速やってきた。

 

 二人は蒼島を先頭にして監獄の回廊を密かに歩いていたが、ふと蒼島が足を止める。

 

 歳三は突っ伏して蒼島の背にぶつかってしまった。

 

「どうしたンですかい?」と歳三が問いかけると、蒼島は人差し指を唇に当て、静かにするようにジェスチャーをした。

 

 蒼島は目を細めて回廊の先に広がる暗闇に鋭い視線を注いでいる。

 

 歳三も蒼島の視線を追ったが、そも根がニブチンである歳三だ、何も異変を感じ取ることができなかった。

 

 だが、何も感じ取れなくとも蒼島の所作から状況は分かる。

 

 ──モンスターか? 

 

 そう思った瞬間、歳三の心の中で何かがカチリと音を立てた。

 

 切り替わったのだ。

 

「何かいます」

 

 蒼島のその言葉だけで十分だった。

 

 歳三は先手必勝とばかりに、その短い足を後方へ掲げ、したたかに床を蹴りつけ、瓦礫を前方の暗がりに向けて蹴り飛ばした。

 

 はっ、と蒼島が息を飲む。

 

 ダンジョンの外でなら、蒼島も歳三と同じようなことができるだろう。

 

 一般的な乙級探索者のキック力は、当然ながら一般人とはかけ離れており、例えば蒼島の脚力ならば、ボウリング玉を蹴り砕いたりといった事も容易にできるほどに身体能力が優れている。

 

 しかし、ダンジョンの中となると話は変わってくる。

 

 ダンジョンに取り込まれた生物が変容するように、無機物もまたその構成を大きく変容させるのだ。

 

 例えば単なるコンクリートが高密度の鋼よりも硬くなったり、水たまりの水が一滴で人を死に至らしめる猛毒となることもある。

 

 空を切る瓦礫が、灼熱の弾丸となって回廊の奥へ叩き込まれた。

 

 蒼島の目は振り抜かれる足の残像をかろうじて捉え、その内包する破壊力に戦慄する。

 

 たとえどんなモンスターでも痛手は免れないだろうと蒼島は思ったが、意外なことに暗闇の奥から聞こえてきたのは、モンスターの断末魔ではなく「きゃあ」という女性の叫び声だった。

 

「なにっ」と歳三は慄然と立ち尽くす。

 

 やらかしてしまったかと、また罪を重ねてしまったかと、心が絶望の暗雲に包まれた。

 

 その瞬間、歳三は戦鬼の如き百戦錬磨の戦闘系探索者ではなく、中年で幼稚な頭脳のおじさんに立ち戻っていた。

 

 自然と親指が口元に運ばれるが、間一髪、しゃぶることだけは回避する。

 

 それに対して蒼島は冷静だった。

 

 ──人の声、しかし人が発しているとは限らない

 

 蒼島はまだ本調子ではなかったが、素早くかがみこみ、先ほど歳三が砕いた床の破片を手に取った。

 

 ぐっと力を込めると、破片は砕けず蒼島の手のひらにある。

 

 ──これなら武器として使えるな

 

 そんなことを思いながら、蒼島は前方の暗がりを睨みつけた。

 

 ザッザッと音を立てて、誰かがこちらへ近づいてきていた。

 

 一方、歳三は内心の混乱を懸命に押さえつけようとしていた。

 

 理由さえあれば人でもモンスターでもぶち殺してしまう歳三だが、相手が人であった場合、明確な敵対行動がない限り歳三のスイッチは入らない。

 

 この妙な甘さにも似たものは、歳三の探索者としての精神が未熟であるとかそういう問題が原因ではなく、彼の精神が特異な形状をしていることが原因である。

 

 歳三は何事にも理由を求める。

 

 もちろん、歳三の思考が論理的だからという理由ではない。

 

 彼には自分というものがないのだ。

 

 自分がないから、自分の外にあるものから指針を得ようとする。

 

 主体性のなさが歳三の人間離れした戦闘力の原動力となっているのだから、デメリットばかりではないのだが。

 

 そんな主体性のない歳三にとって、ダンジョンという異常空間で悲鳴が聞こえてきたという状況を戦いの嚆矢とするには、些か以上に理由が弱すぎた。

 

 しかし蒼島は別だった。

 

 彼はすでに腹を決めている。

 

「佐古さん、相手が姿を見せたら僕が先に仕掛けます。こんなダンジョンにいるのだから尋常の相手ではないでしょう。最悪の場合、僕ごと攻撃して構いません」

 

 探索者も人間であるので、当然死にたくないという気持ちはある。

 

 その辺は一般人と同じだ。

 

 しかし彼らが一般人と異なる点は、自身の命をも勝利のための必要コストとみなすことができるその精神性である。

 

 而して、暗がりから出てきたのは一人の女だった。

 

 ◆

 

 女はマリと名乗った。

 

「いきなり何か飛んできてびっくりしちゃいました!」とマリは腰のあたりを叩きながら言った。埃を払う仕草からは欠片も動揺は見られない。

 

 マリの見た目は探索者としてはごく一般的だ。

 

 要するに美女ということである。

 

 探索者という生物は基本的に優れた容姿を持つものが多い。

 

 これはダンジョンの干渉によるものもあるが、生き方そのものが一般人とは異なっているからだ。

 

 常人では考えられない過酷な状況で生き延びるため、彼らの肉体は日々万全を保とうと機能している。

 

 つまり、ものすごく健康だということだ。

 

 そして美と健康は密接な関係にある。

 

 現生人類より一歩先んじた優れた生命体としての美が探索者たちにはあった。

 

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 相手がモンスターなら歳三は有無を言わさず襲いかかっていただろう。

 

 しかし相手が人間となれば話は別だ。

 

 さらに言えば、その人間であるところのマリは敵対行動を見せていない。

 

 しかし蒼島は歳三とは違い、マリに対して疑念を抱いていた。

 

 むしろ、相手が戦闘態勢を取る前に攻撃を仕掛けたいくらいだった。

 

 蒼島は背後に立っているであろう歳三の動きがないことを訝しむ。

 

 ──佐古さんには何か考えがあるのか

 

 蒼島から見てマリがどれほど怪しくとも、探索者として明らかに格上である歳三が(ケン)に回っているというのに、先制攻撃を仕掛けるというのは憚られるものがあったのだ。

 

 ◆

 

「私も()()/()()さんたちと同じなんです」

 

 マリはそんな事を言う。

 

 ──同じってことは、この人も何かやらかしちまったってことか

 

 歳三はやや同情を覚えた。

 

 ちらりと蒼島の方を見れば、蒼島は鋭い視線でマリを睨みつけている。

 

 そこが少し歳三には疑問だった。

 

 蒼島という青年は歳三から見て、横暴であったり礼儀を欠いているといった様には見えない。

 

 少なくとも池袋の協会本部で初めて蒼島と会った時は、蒼島は非常に礼儀正しく親しみやすかったと歳三は感じていた。

 

 初対面のマリをいきなり睨みつけるというのは、歳三の目にはどうにも不可解な事に映る。

 

 もしかして、と歳三は思った。

 

 ──このマリさんって人と蒼島君……さんは知り合いだったりするのか

 

 しかし奇妙な話だが、歳三もまたこのマリという女性をどこかで見たような気がしていた……。




今日はろくでなしspace journeyも更新しています。こちらはカジュアルSFスローライフしょうもなお兄さんといった感じの作品で、特にバトルなどはありません。よかったらそっちもよろしくお願いします。更新遅れた理由は飽きたからではなく、ネトフリのグッドドクターという海外ドラマにハマってしまったからです。
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