(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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歳三という男②

 ◆

 

 結局、歳三が止めたことで蒼島は一応の矛を納めた。

 

 マリのことは決して信用してはいないが、ここで歳三と反目することになれば目も当てられない。

 

 しかし交戦間際までいっておいて、さっきまでのはなかったことにとはならない。

 

 マリは蒼島に厳しい視線を送り、蒼島も蒼島で「来るなら来い」とでも言うようなピリついた雰囲気を発している。

 

 そして歳三は、そんな空気を全く読めないかのように(実際に読めないのだが)

 

「じゃあ何か誤解があったっていうことで。仲間も一人増えたっていうことで俺としては心強いンですがね」

 

 などと言いながら、「さあ早く先に進もう」と言った空気を出す。

 

 そんなすっとぼけた歳三に蒼島は軽くため息をつき、「そうですね、先を急ぎましょう」と言って先頭に立って再び歩き出した。

 

 ◆

 

「ずいぶんと長いなァ」

 

 誰にというわけでもないが、歳三がごちる。

 

 先ほどから3人はもう30分も石畳の薄暗い回廊を歩いていた。

 

 マリが口を開く。

 

「私も歳三さんたちと会うまでずっとここを歩いてきました。ダンジョンだからっていうのもあるんでしょうね」

 

「そういう感じになっちゃいますかねェ」

 

 歳三はそんなことを言いながら、無意識のうちに手を胸元へ持っていった。お目当ては煙草だが、しかしそれは没収されている。

 

 この環境が歳三の精神を圧し、ヤニ補給を強いたのだ。

 

 回廊は薄暗く、そして狭い。

 

 それは彼に往時のことを思い出させる。

 

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 ・

 

 それはまだ彼が幼かった頃のことだ。

 

 当時、歳三は児童福祉施設に入所していた。

 

 これは親からの庇護を受けられない子供たちの一時の生活の場となる施設である。

 

 それだけ聞けばまあ悪い印象はないのだが、全ての施設が良識のもと運営されているわけではない。

 

 中には子供たちに対して虐待をしたりといったけったいな施設も存在する。

 

 歳三が入所していたのはそんな施設で、特に要領の悪い歳三はひっぱたかれたり、閉じ込められたりと散々な目にあっていた。

 

 施設の地下に非常用の物資などを保管してある倉庫があるのだが、そこの職員たちは何かと理由をつけてその倉庫に子供たちを閉じ込めてしつけだとか教育だとかのたまったりしていた。

 

 例えば、寝つきが悪い子供といった仕方がない理由を重い失点とみなしてみたりしたのだ。職員の言葉を歳三は今でも覚えている。

 

「あなたがそんなに悪い子なのは、体の中に悪いものがたくさん詰まっているからです。悪いものを抜くためにこの中に入りなさい。悪いものは暗い場所が大好きです。そこに長くいれば、悪いものはあなたの体から暗い場所へと抜けていくでしょう」

 

 皮肉な話だが、そんな職員の言葉が当時の歳三にとって心の支えにもなっていた。

 

 倉庫は暗いし狭い。

 

 ただそこにいるだけでも心が冷えてくる。

 

 しかし、しっかり我慢していれば体の中から悪いものが抜けて、先生たちから怒られない良い子になれるんだと、愚かな歳三少年は信じ込んでいた。

 

 そしてこの時の経験が生きたというか、大人になった歳三は、どれほどダンジョン探索が辛くとも、頑張って頑張って耐え抜いて辛抱強く仕事をしていれば、いつかきっと社会復帰ができるのだ、更生できるのだと、そんな思いを抱き続けることができた。

 

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 ──昔のことを思い出しちまったな。俺がこのダンジョンに来たのは、多分偶然じゃない。ここで会った人たちはみんな罪を犯している。俺も罪を犯した、だからここへ来た。きっとそうなんだ。でもあの時みたいに辛抱強く我慢していれば、いつかきっとあの時の罪を償うことができる。悪いものを抜くことができるんだ。もしかしたら俺はここに来てよかったのかもしれない、初心ってやつを思い出したぜ

 

 でも待てよ、と歳三は不意に気づいてしまう。

 

 ──俺はここから出てはいけないのでは? 俺の中の悪いものが体から完全に抜けるまで、ここにいなくちゃいけないんじゃないか。きっとそうだ

 

 脱獄なんて反省していないことの証ではないか、と歳三は己の愚行を悔いる。

 

 俺は監獄に居続けるぞ、と決意したその瞬間。

 

 歳三の内から何かが吹き出てきた。

 

 ◆

 

 蒼島はびくりと肩を震わせ、背後を振り返った。

 

 何かとてつもなく大きな気配を感じ取ったからだ。

 

 人の気配ではありえない、名状しがたく理解しがたく、ただただ巨大な何かの気配。世が世ならば、人はそれを神と呼んだだろう。

 

 それほどに圧倒的な何かであった。

 

 マリの反応はまた違っていた。

 

 驚いたように歳三を見つめ、そしてどこか作り物めいた薄笑いを浮かべていた表情は鳴りを潜め、歳三の様子を伺っている。

 

 マリにとってその気配は一度も感じたことがないものであったが、しかし、どういった存在がその気配を発したかは本能的に理解していた。

 

 ──()()()と、同じモノ

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