(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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南無阿弥陀仏

 ◆

 

 人ならぬ存在が言葉でも思いでもない何かで交信し合う。

 

 それは絵の具同士を混ぜ合わせるような行為にも似ていた。

 

 彼らの意思疎通は会話ではなく、思いを混じり合わせることによって行われるのだ。

 

 巣鴨プリズンダンジョンの"意思"はいたく困惑していた。

 

 この地に根差してから久しいが、この星のありとあらゆる存在の、生物としての階梯をより高みに引き上げるという目的を忘れたことはない。それは他の"意思"とて同じではないか、だのになぜこのような敵対行為に出るのかという思いがある。

 

 巣鴨プリズンダンジョンの役割としては、他の生命体に対して悪性の影響を与える存在の駆除ではなく更生を自身の命題としているあたりが個性といえば個性ではあるが、それとて問題ないはずだった。

 

 だがそれはあくまで巣鴨プリズンダンジョンの意向であって、旭ドウムダンジョンの意向ではない。

 

 それに対して旭ドウムダンジョンは"傑作"であった旭道元を滅ぼした歳三という個体を特に気に入っている。

 

 このように特定の対応をひいきするような個性が全面に押し上げられている理由としては、旭ドウムダンジョンが特定の個人の欲望を満たすために作られたものだからというもの理由がある。

 

 想念他、その地に根差すあらゆるモノにダンジョンの性質は影響されるのだ。

 

 そしてその個性故に、旭ドウムは歳三が巣鴨プリズンダンジョンにとらわれることを良しとしなかった。

 

 しかしそれはダンジョンの存在意義というものを考えると、ブラック寄りのグレーといったところだろう。ダンジョンの目的はこの種を進歩させるところにあり、特定の個体に拘泥することではない。

 

 旭ドウムダンジョンの"意思"もそれは理解しているのか、回廊に広がりつつあった敵対的な想念は霧散した。

 

 哀れなのはマリという端末である。

 

 旭ドウムダンジョンの"意思"による侵食そのものは収まったものの、一度"壊れて"しまえば元には戻らない。

 

 したがって壊れたマリは、ただひたすら周囲に破壊的思念をばらまくだけの狂い歪んだナニカのままだった。

 

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 マリの周囲のあらゆるものが微細に砕け散っていく。

 

 蒼島は不幸中の幸いにも吹き飛んでしまったおかげでその影響下から逃れることができたが、歳三はそうもいかず、マリの放つPSI能力の影響をもろに受けていた。

 

 しかし歳三の両足は揺らぐことなく地を踏みしめている。

 

 常ならばともかく今の歳三は目的に向かって一直線だ。歳三という男は、拘り出すとどこまでも飽きたりない思いで目的へ向けて邁進するタチにできている。その気質が表に出れば、図らずともPSI能力に対する強固な防壁となりうる。

 

 基本的に他人などはどうでもいいというスタンスの無責任中年弱者男性であるところの歳三だが、目の前でワアワアギャンギャンと泣き叫ぶ姿を哀れに思わぬほどの非情な男ではない。

 

 歳三は「そんなに泣き叫ぶほどに苦しいのなら解放してやるのが情けというものだ」と言わんばかりに慈愛の念でもって拳を握りしめた。

 

 するとここがダンジョンだということもあるのだろう、マリを苦しめるあらゆる有形無形の鎖をぶち砕いてやるのだという強い慈愛の念は、歳三の拳に不思議な力を宿らしめた。

 

 歳三は開眼したのだ。

 

 そう、物的破壊ならぬ仏的破壊ともいうべき救済の拳に。

 

 ──南無阿弥陀仏

 

 マリが放ち続ける破壊の音波に抗いつつ繰り出された拳はゆるりと遅い。

 

 空気との摩擦による赤熱化も起きていないし、プラズマを握り込んでもいない。しかし触れた者の精神を粉砕する念が込められている。

 

 そんな拳骨が触れるか触れないかの位置で止められ、ややあって優しく押し付けられた拳は寸勁の要領でマリの文字通り全てを吹き飛ばした。

 

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