(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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蒼島、奮起する

 ◆

 

 歳三の拳が引かれ、しかし姿勢は乱れない。

 

 これは形では残身、そして──両の掌が合わされ、残心(いのり)を形作った。

 

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 歳三は蒼島の様子を見に行くことにした。

 

 蒼島は気絶しており、何度も揺り起こしてみたが目を覚まさない。

 

 どうしたものかと歳三は考え込むが、ふと精神を圧していたかのようなプレッシャーが完全に消えてなくなったような気がした。

 

 地図もわからないのに、どこをどう歩けばダンジョンから出ていけるかがなぜかわかる。

 

 だが蒼島をおいていくわけにもいかないとも思った。

 

 歳三という男は一部界隈では冷徹な戦闘マシンのように思われているが、別に血も涙もない男というわけではない。

 

 まあ他人の気持ちを慮ることができないというのは確かだ。

 

 例えば、誰もが恐れるヒグマモンスターの死体を引きずり、探索者本部へ納品しに行くくらいはノンデリな男ではある。

 

 バカみたいな威力の拳打にぐちゃぐちゃのめちゃくちゃにされたモンスターの死体を見た他の探索者たちが何を思うか、そのあたりのことを全く考えられないほどの非常識中年ではある。

 

 だが一般的な良識の欠片くらいは持っている。

 

 例えば、別に危害を加えられてもいないのにいきなりキレだして暴力を振ったりするような男ではない。

 

 一時的にせよ仲間としての関係を結んだなら「こいつは使えないから置いて行っていいや」などとは決して思わない。

 

 その辺をもう少しちゃんと知らしめれば歳三の人間関係も多少は改善するかもしれない。

 

 而してそんな歳三は蒼島の傍らに座り込み、目覚めるのを待ちながらぼんやりと天井を眺めていた。

 

 タバコが吸いたいと心から思う。

 

 ここ最近、色々なことが起きすぎたのだ。

 

 探索者協会が割れたことも大きい。歳三のような人間にとって環境の変化は精神に大きなストレスを与える。

 

 この巣鴨プリズンダンジョンに収監されてしまったこともそうである。自分という存在そのものに後ろめたい思いのある歳三にとって、監獄にぶち込まれるということはその後ろめたさをひどく刺激される出来事だった。

 

 そんな諸々が積み重なってストレスが溜まっていたところで先ほどの出来事である。

 

 歳三という男は戦闘行為に対してストレス発散を見いだす異常中年探索者だが、あんなものは戦闘とは言わない。

 

 後味を例えるならば、以前金城権太に奢ってもらった生崎の18年物の後に飲んだモップバリュのウイスキーと同程度であった。

 

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 ちなみに結論から言えば、歳三は"資格無し"と判断された。

 

 何がと言えば歳三がこれ以上このダンジョンに滞在する資格のことである。

 

 歳三が放った拳に込められた慈愛の念を鑑みるに、巣鴨プリズンダンジョンの意思が定めるところによる更生の基準を十分に満たしている──そう巣鴨プリズンダンジョンは考えたのだ。

 

 そもそも巣鴨プリズンダンジョンの意思は決して悪意を持って探索者たちを収監しているわけではないのだ。ダンジョンにとって、一定の基準を満たしてしまった者をその()()が薄まるまで収監しているに過ぎない。

 

 この判断があって、歳三に関してだけ言えばこのダンジョンと罪人とを強く結びつける不可視の縛鎖が外されたということになる。

 

 まあ歳三という男の毒はこれっぽっちも薄まってはおらず、全くこれっぽっちも成長なんてしてはいないのだが……。

 

 ◆

 

 そうこうしているうちに蒼島が目覚めた。

 

「さ、佐古さん! すみません、不覚を取りました……」

 

 蒼島は一言詫び、ついで辺りを見回し、マリについて尋ねた。

 

「あの女は……?」

 

 歳三は答えない。

 

 察しの良い蒼島は状況を察し、なぜか潤んだような目で「守ってくれたんですか」などと言う。

 

 歳三がうなずくと、二人の間に奇妙な沈黙が流れた。

 

 絵面的にはあまり良いものではない。

 

 たとえ蒼島の外見が男装の麗人めいたものであったとしても、元は女であったとしても、現在の時点では生物学的には蒼島は男なのだから。

 

 ただ絵面はともかくとして、この時点では蒼島に色めいた考えはない。

 

 彼は自分が他人に守られたという事実に色々と思うところがあった。これまで誰かに守ってもらったことなどほとんどない男だからこそ、いざ守られてみれば他人を頼りにするという甘い毒の回りも早いということなのだろう。

 

「怪我はないんですかい?」

 

 ぶっきらぼうにさえ聞こえる歳三の問いは実のところいたわりに満ちている──と、少なくともその時の蒼島にはそう思えた。

 

 歳三以上に色々あって、色々な意味で疲れてしまっているからかもしれない。

 

「肩がちょっと外れているみたいです」

 

 蒼島の言葉を聞いた歳三が肩を確認する。

 

 確かにどことなく形がいびつだ。

 

 腕はだらんと垂れ、力が入れづらそうに見える。

 

 しかし「まあこのくらいなら」と蒼島は外れた肩を掴んで力ずくでそれをはめてしまった。

 

 さすがにはめる瞬間には痛そうにしていたが、歳三にも痩せ我慢とわかる笑みを浮かべ、それから何度か腕をぐるぐると回してから歳三を見て言った。

 

「うん、大丈夫そうです。少し痛みますけど、ダンジョンでの負傷でこれなら無傷みたいなものでしょう」

 

 これまでの蒼島の無様を見てきた歳三には、彼のそんな言葉が何割か増しで頼もしく感じる。

 

 ──繊細そうな兄さんに見えたけど案外骨太なのかもな

 

 変な意味ではないが、歳三は男臭い男というのが嫌いではない。

 

 それは自分にはない要素であるからだ。

 

 好きというよりは憧れに近い感情だろうか。

 

 男ならとか、男だからこそだとか、そういうステレオタイプめいた考えが歳三にはある。

 

 そんな彼の価値観に鑑みて、蒼島の振る舞いは少年漫画の登場人物めいていてなかなか好感度が高い。

 

 ◆

 

 ──あれ? 

 

 蒼島は歳三の視線にどこか暖かいものを感じた。

 

 それまでの歳三の視線にはどこか無機質なものが混じっていたことを蒼島は敏感に感じ取っていた。

 

 この辺りの彼の感性は正しく、歳三は蒼島のことを人間として見ていなかったとまでは言わないが、テレビの向こうの人間を見る時の気持ちに近いものを抱いていたことは確かである。

 

 しかし先ほど切り替わったのだ。

 

 鋭敏な蒼島にとって変化は明らかだったが、それを尋ねるというのも憚られた。

 

 ──「()の事をどう思いますか」

 

 そんな質問をしてみたい気持ちに駆られるが、その簡単な質問が蒼島にはできなかった。

 

 ──「足手まといだな、アンタは」

 

 などと言われたらと思うと、とてもとても出来やしない。

 

 蒼島の目から見て歳三という男を言い表すにふさわしい言葉は"求道者"である。

 

 探索者の中にはそういったものがしばしば現れるのだ。

 

 ただひたすら個としての力に拘泥する力の信奉者たち。

 

 あらゆる欲求はその精神を揺るがされるに至らず、自分以外の存在は敵か潜在的な敵としか思わない酷薄な者たちが。

 

 ダンジョンという危険な場所に徒手空拳で挑むという探索スタイルがその狂気を証明しているではないか。

 

 そんな者たちに他人に対して向ける感情などがあるはずもない……と蒼島は考えた。

 

 ──もし佐古さんが誰かに何かを思う時があるとしたら、それはこの人に並び立つ存在が現れた時だろう。私……僕ではまだ足りない。認めては……貰えない

 

 あの暖かい視線はただの勘違いだったと断じて、蒼島は全身にのしかかる圧力に抗うように勢いよく立ち上がり

 

「あまり長く休んで後詰がきても面倒です。先を急ぎましょう」

 

 と言って先を歩いた。

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