(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しょうもな比呂ちゃん③(終)

 ◆

 

 覚悟とは悟りを覚えると書く。

 

 比呂の両眼には覚悟が滲んでいた。

 

 悟りを覚えていたのだ。

 

 では悟るとは何なのか。

 

 迷いを捨てる事だ。

 

 ならば迷いとは。

 

 自身の意思が、それ以外のモノによって左右されてしまう事を指す。

 

 この時比呂は、想いを打ち明ける事によって引き起こされるあらゆる結果を受け入れる心境にあった。

 

 ただただ想いを打ち明ける。

 

 結果は考えない、左右されない──そんな心境である。

 

「私は、歳三さんが好きなんです。歳三さんは私の事をどう思いますか」

 

 ・

 ・

 

「親御さん、は」

 

 歳三はかろうじて声を出すことができた。

 

 しかしそれは、比呂の想いに対して何らかの回答をしたものではなかった。

 

 歳三にも比呂の覚悟や、その言葉の真意などは何となくにせよ分かってはいるが、「どう思いますか」などと聞かれても歳三には何と答えれば良いかよくわからないのだ。

 

 だから逃げた。

 

 ただ、比呂の様な若い者が中年しょうもなおじさんに懸想するというのは、歳三自身としても「それはちょっと」という思いがある。

 

 流石にそんな事は親が許さないだろうと。

 

 だから親はお前の考えを分かってくれているのか、家族の同意は得られているのかというような意味合いで、歳三は比呂に家族の事を尋ねた。

 

「親は、いません」

 

 そう言って比呂はその時初めて両親のことを詳しく話した。

 

 辛い記憶を想起させる事もあり、比呂は両親の末路を身内以外に話す事は決してない。

 

 しかしこの時すでに比呂の脳内では歳三は身内以上の存在であった。

 

「そうですかい、富士の樹海に……」

 

 富士、富士、富士か、と歳三は脳裏に大森林を思い描く。

 

「はい、だから私は強くなりたいんです。僕……あ、私も、真衣も、翔子も。いつか富士樹海へ挑むために」

 

「飯島さん……ああ、うぅん……飯島君、比呂さん、比呂くん……比呂ちゃん……す、すまねぇ、まだちょっと名前をどう呼んだらいいかしっくりこなくって。比呂さんでいいか……ええっとな、うん、比呂さんも随分強くなったもんなぁ」

 

 実際歳三の目にも、比呂と初めて会った時とは雲泥の差に見えている。

 

「そう見えるなら嬉しいです。今ならあの黒いイレギュラーにも勝てるかもしれないです、まあ無傷は無理ですけど」

 

「やってやれなくはなさそうに見える、かな。俺には」

 

 ダンジョンには"イレギュラー"という枠に分類される非常に強力なモンスターが存在する場合がある。

 

 比呂たち三人は丙級指定である雑司ヶ谷ダンジョンのイレギュラー、"毛羽毛現(けうけごん)"によって殺されかけた事がある。

 

 当時、丙級なりたての飯島比呂、四宮真衣、鶴見翔子らが斃すには10年早く、死者無しで逃げ切るのは5年早い、そんなモンスターだ。

 

 それを10年どころか1年そこらで討伐可能圏内に収めるというのは、20年以上をかけて強くなった歳三などよりも遙かに闘争の才があると言える。

 

 そして勿論、色恋の才も。

 

「歳三さん、私の事で聞きたい事があれば後で何でも教えます。でも、今一番聞きたいのは、歳三さんの気持ちなんです」

 

 気持ちか、と歳三は項垂れた。

 

 その様子を見て、比呂は僅かに笑みを浮かべる。

 

「やっぱり、私の事は女として見る事はできませんか。ダンジョンの干渉で、私は女の子になっちゃいましたけど、それでも元は男ですから」

 

 そういって比呂は立ち上がる。

 

 でも、と比呂は言を継いだ。

 

「私の心は勿論、体だってもう女の子なんです」

 

 比呂はそんな事を言いながら、シャツのボタンを一つ一つ外していった。

 

 ◆

 

 ぷち、ぷち、という音はボタンを外す音だろうか?

 

 それとも歳三の脳細胞が弾ける音だろうか?

 

 歳三は馬鹿みたいな(ツラ)をして、比呂がシャツを脱いでいくのを眺めていた。

 

 ほどなく生まれたままの姿となった比呂を見ても、歳三の(ツラ)はなおも間抜けの相を宿している。

 

「どうですか、歳三さん。私は、女の子になれているでしょうか」

 

 歳三は答えないが、比呂の体の隅々までもを凝視していた。

 

 封印されていた性欲が滾り、歳三の精神が()の炎に焼き尽くされ、そうして焼き畑農法めいた栄養たっぷりの土壌に注がれる──

 

 "富士樹海" という言葉。

 

 頭のどこかでカチリと音がする──何かが切り替わる。

 

 歳三はおもむろに立ち上がり、比呂の目を凝視した。

 

「歳三さん……」

 

 比呂はいよいよ()()()が来たのだと胸を高鳴らせた。

 

 ──私は今日、この人に抱かれるんだ

 

 そう思った比呂は、目を瞑った。

 

 そんな比呂の期待を感得したか、歳三は比呂に手を伸ばし──

 

 肩、腹、そして胸に触れて「まだまだ、だな」と言った。

 

 ・

 ・

 

「え?」

 

 そんな声に応える様に、歳三は続ける。

 

「富士樹海は、ヤバい場所だ。なんたって甲級だからな……。俺は富士樹海ダンジョンに行った事はないけどよ、甲級ってのがどれだけヤバいかは分かってるつもりだ。比呂さんは強くなったけどよ、まだまだだ。さっき()()()分かった。良いか? 焦っちゃなんねえ。俺は……比呂さんに死んでほしくないからな」

 

 歳三は全裸の比呂の肩を掴み、真摯に言い募った。

 

「その目は、俺の言葉を信じてない目だ。なら、打ってみろ。今ここで俺の腹を全力で殴るんだ。殺す気でやれ!」

 

「え、え? あの……」

 

「いいから!! 殺れ!!!!」

 

 歳三がいつになく気迫をこめて喝を浴びせると、比呂は「は、はい!」と返事をしてしまった。

 

 探索者としての本能、生物としての本能が歳三という絶対強者に逆らってはならないと告げたのだ。

 

 そうしてがちりと歯を食いしばり、正拳突きの構えを取った。

 

 教科書通りの美しい構えだ。

 

 何千何万と拳を打ち放っていなければ取れない構えだ。

 

「殺す気でいきます……ッ!」

 

 言うなり、比呂はそら恐ろしくなる程鋭い突きを放った。

 

 パァン、という音の後、比呂の拳が歳三の腹へ突きささる。

 

 一般成人プロレスラー程度の腹筋ならば、風穴を空けてしまうどころか上半身を千切り飛ばしてしまう程の威力のそれはしかし。

 

「か、硬い……こんな……」

 

 比呂は歳三に触れたという興奮と、自身の渾身の突きが全く通用していないショックで、何とも形容しがたい表情を浮かべている。

 

「全然痛くねぇ。皮一枚も破れていないだろう。……いいかい、比呂さんよ、これじゃあだめだ。せめて俺に、チクリとでも感じさせない事には甲級ダンジョンに行っても死ぬだけだ。そのくらいおっかない場所なんだよ。だから、いまはまだ耐えろ」

 

 歳三は比呂の腕を掴み、自身の体に引き寄せて顔を近づけて言う。

 

「俺が今度、比呂さんを鍛えてやる。だから我慢だ……約束できるか?」

 

「はぁ、はっ……はい……はい、歳三さん……我慢します、私、だから──」

 

「ヨシ! じゃあよ、俺は決めたぜ。富士樹海を攻略するのは比呂さんだ。そのためにどれだけ鍛えればいいのか……俺がまず富士樹海に行って確かめてくる」

 

「え?」

 

 唖然とする比呂に構わず、歳三は背を向けてどこかへ去ろうとしていた。

 

「さ、歳三さん!? どこへ行くんですか!?」

 

「決まってらぁな、準備だ。また連絡するぜ……」

 

 そういって歳三は比呂の家を出て、どこぞへと消えていった。

 

 この時、歳三は完全にバトル・モードに切り替わっている。

 

 比呂の美しい裸体で極限まで高まった性欲が、富士樹海ダンジョンというワードと結びついて、精神の化学反応を引き起こしたのだ。

 

 雄としては余りに悲しい仕儀ではある。

 

 しかし、長年性欲をダンジョンへの希求に転換してきた歳三であるので、仕方がないとも言える。

 

 比呂の告白をどうでもいいとは決して思っていない。

 

 むしろ、飯島比呂という一人の人間を想ったからこそ、無為に死なせるわけには行かないと思った──それゆえの富士往きの決断である。

 

 男歳三──生まれて初めて自分の為ではなく、他人の為にダンジョンに挑む事を決めた47歳の冬。

 

 ・

 ・

 

 告白に応える事をすっかり失念しているあたりが、あまりにもしょうもない。

 




作者もしょうもないので、歳三と比呂の間に富士樹海のあれこれの情報が共有されていたかすっかり忘れてます。思い出せないので、共有されていないというていでいきます
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