(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く②

 ◆

 

 3日後、歳三はダンジョンの歪みが如実に感じられる富士の裾野──その入口を覆う鬱蒼たる樹海の手前に立っていた。

 

 桜花征機をはじめ、各企業の護送車が何台も停まっている。

 

 歳三はこの男らしくもなく、険しい目で森を睨んでいる。

 

 ──なかなか、こりゃあ大したもんだ

 

 これまでのダンジョン探索経験の中でもとびっきりの厄を感じる。

 

 なるほど、甲級指定されているだけはあるらしい。

 

「ここまでだなぁ」

 

『どうされましたか、マスター』

 

 すぐ後ろで鉄騎と鉄衛が並んで立っていた。

 

 二体とも黒の外套を纏い、無貌の仮面を被っている。

 

 歳三に同行すべくついてきたのだ。

 

 歳三もまた二体を同行させるつもりでいた──自分の目で樹海を見るまでは。

 

「なあ。ここから先は俺一人でいくよ」

 

『……拒否します』

 

『嫌、ダッ!』

 

 歳三の言葉にかぶせるようにして二体が反応する。

 

 この二体が歳三に明確に反発したのはこれが初めての事だ。

 

 一瞬たじろぐ歳三だが、ここばかりは折れるわけにもいかなかった。

 

「……ダメだ。ここから先は、俺一人で行くことにしたんだ」

 

 歳三にしては珍しい態度である。

 

 しかし鉄騎と鉄衛は命令を受け入れようとはしない。

 

『やはり拒否します、マスター。我々は例えマスターを怒らせる事になっても、同行に対してのコミットメントを取り消す事はしません』

 

「こ、こみ? コミケ……?」

 

『コミットメント』

 

 鉄騎はコミットメントの意味を歳三に詳しく教えない──怒っているのである。

 

 感情模倣(エモーショナル)機構(ドライブ)を搭載していないはずの、ただの機巧人形が怒っているのだ。

 

 歳三は苦笑した

 

 まあそうだよな、と思う。

 

 もし自分が同じ立場であってもこの二人と同じ事をしただろう、と。

 

 ──別に、わがまま言ってるわけじゃあねえんだよな

 

 そのくらいは歳三にも分かっている。

 

 そして、それを拒絶されることがどれほど傷つくかもなんとなく想像できた。

 

 人の気持ちなどさっぱり分からなかったはずの歳三だが、ここへきて成長しているのだ。

 

 が、それでも歳三は首を横に振った。

 

「ダメだな。なぜって、お前らじゃ足手まといだからさ」

 

 死にたいなぁ、と想いながら歳三はその言葉を口にした。

 

 別に好きで言っているわけではないのだ。

 

 二体は何も言わない。

 

 歳三も何も言えなかった。

 

 ややあって、鉄騎が口を開く──まぁ、口はないのだが。

 

『我々は役立たずですか』

 

 そんなこと言わないでくれよ、と歳三は内心でベソベソと泣いた。

 

 しかし。

 

「ああ、そうだな」

 

 とはっきり伝えた。

 

 すると二体はわずかに肩を震わせ、歳三の前へ一歩を進める。

 

 ──まあ一発殴られるくらいなら

 

 そんなことを思っていた歳三だが──

 

『では、マスターの手で我々を破壊──処分してください』

 

「なんでだよ……」

 

『役に立たないという事は、我々にとっては存在価値がないのと同義だからです』

 

 歳三は力なく俯く。

 

 まあ仕方がないといえば仕方がない。

 

 二体は歳三に影響されている。

 

 そして歳三は0か100かといった幼稚な思考回路の持ち主なのだ。

 

 ならば二体が歳三に似てくるというのも仕方ない部分があるかもしれない。

 

 ともあれ、歳三の内心はもう鼻水やら涙やらでグチャグチャのベチョベチョであった。

 

「俺は、そういう意味で言ったんじゃねえんだ。でも、説明する時間は余りねえみたいだから……」

 

 歳三がちらと森を見た。

 

 森から発される圧というか、不穏な気配が先ほどよりも大きく、濃密になっている気がする。

 

「こんな事は、したくねえんだけどよ──」

 

 歳三はポケットから平べったい円盤状のスイッチを取り出した。

 

『それは──っ』

 

「佐々波の旦那から預かっててな。何かあれば使えって。俺はこんなもんいらねぇって言ったんだけどよ、念のためにって。まあでもずーっと放り出してたんだけどな。どうせ使わねぇからって。でもなんとなく持っていこうって思ったんだ。心の中では()()なることが分かってたのかもな、しらねぇけど」

 

 緊急停止スイッチ。

 

 これを押されれば、二体は基幹システムを遮断され、自力で動くことはできなくなる。

 

 鉄騎と鉄衛がその動きを見て、即座に身構えた。

 

『マスター、やめてください! 』

 

 鉄騎が声を荒らげ、鉄衛が一瞬で距離を詰める。

 

 二体が本気でこのスイッチを奪い取ろうとしているのが分かった。

 

「悪いな」

 

 言うなり、ボタンを押し込んだ。

 

 ◆

 

 風が吹き抜けた。

 

 歳三はいつにもなく哀しそうな目で二体を見下ろしている。

 

「まあ待っていてくれよ、すぐに戻るから」

 

 再会の保証のない別離の言葉を投げかけた後、歳三は端末を取り出す。

 

 通話要求相手は友香である。

 

「──ってことなんですがね。鉄騎と鉄衛を回収してくれねぇですかね」

 

『望月前会長の件についてはうかがっています。まあ私はもう協会は辞めさせてもらって、いまは元の部署に戻っているんですけれどね。ほら、国も嚙んでる話ですから、富士の件は。いくつかの部隊のオペをしてます。で、佐古さんの事情も了解しました、幸い、県境を監視している部隊が近くにいるので回収に向かわせます。貸しイチですよ、樹海近くまで行くこと自体が本当に危ないんですから。もちろん派遣する部隊は精鋭ですので入り込みさえしなければ問題はないでしょう! それでは忙しいのでこの辺で! 今度またぜひ依頼を振らせてください! とびっきりにヤバいのを用意しておきますから!』

 

 そう言ってあっというまに話は終わり、歳三は友香の勢いにやや苦笑を浮かべた。

 

 PSI能力にも似た直感を持つ友香は、基本的には死神めいたムーブを取る厄札ではあるが、こういった状況では危険度に応じた部隊配置を適切に行えるということで重宝されているのだ。

 

 そして、溜息にも似た深呼吸を一度。

 

「……行くか」

 

 誰にともなく呟くと、歳三は樹海の奥へひとり歩み出した。

 

 振り返らない。

 

 もし振り返ればそこには無言の仲間、あるいは友人が二体──取り残されていることが胸を引き裂いてしまうだろうから。

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