(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く⑧

 ◆

 

 歳三は絶好調だ。

 

 一挙手一投足に力が漲っている。

 

 一歩、また一歩と進んでいく──ただそれだけで強くなっている気さえも覚えていた。

 

 土門を葬り去った直後ではあるが、息があがってすらいない。

 

 ──V9を達成したガイアンツそのものになった気分だぜ

 

 そんなことを思う歳三。

 

 読売ガイアンツはプロ野球チームの一つであり、球界の盟主など呼ばれている名門である。

 

 かつては9年連続で優勝するなど、圧倒的な力を誇っていた。

 

 しかし近年、そのパワーは翳りを見せ、特に宿敵である万進タイガースに優勝を譲るなどふがいない所を見せている。

 

 だが今の歳三は、往年のガイアンツの覇気──POWERを宿しているかのように圧倒的だ。

 

 ただ歩くだけでもENERGYを感じさせるこの男振りときたら、耐性のない女では見た瞬間に股を濡らすであろう。

 

 ぐるりと周囲を見回す歳三。

 

 企業の探索者たちが持ち込んだのであろう同型の兵装らしき残骸が点々と転がっている。

 

 だがそれ以外にも、明らかにそういったものとは関係ない──例えば何の変哲もない夏服の端切れだとか、朽ちかけた革ベルト、特に探索者仕様というわけでもないリュックサックなどもあった。

 

 自殺の名所──そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

 この世間知らずの男でも、富士樹海がかつては“そういう”場所だったことは知っている。

 

 それらを横目に見ながら、歳三は肩をぐるりと回す。

 

 渇いた骨の音が一つ鳴って、再び森の奥へ足を運び出した。

 

 どうやら最奥部はそう遠くない。

 

 ──なんとなくだけどな

 

 生来ニブチン気質にできている歳三にも、空気がより濃密になり、体毛が逆立つような圧迫感が増してきているのが分かる。

 

 迷いや恐怖はないが、“圧”を感じる。

 

 そう、どんどん何かが──何かが近づいてきているような。

 

 いや、と歳三は目を見開いた。

 

 ──()()は、ダンジョンなんかじゃねえ! 

 

 歳三がキッと空を睨みつけた。

 

 ◆

 

 木々の梢がざわりと振動し、聞いたことのない異音が天頂より響いた。

 

 雷鳴の様にも聞こえるし、金属が打ち合わされる音の様にも聞こえるその音は、人間の本能的な部分を揺さぶる様な響きがあった。

 

 歳三は反射的に身を低くし、見えぬ敵を探り──視界の彼方を走る光の線を見る。

 

 それが空からすさまじい勢いで落下する火球だと感じ取るまで、わずかに間があった。

 

「い、隕石かよ」

 

 そう、隕石だ。

 

 歳三も良く知る「Independence ray」──百番煎じの隕石映画のような巨大隕石ではないが、それでも直径20mはある。

 

 このサイズに近いものは2013年のチェリャビンスク隕石落下事故だろう。

 

 直径約17メートル、推定重量は約1万トンの一撃は上空で爆発したが、この時の被害はチェリャビンスク市内全域に及び、その威力は広島型原子爆弾の約30倍にもなったという。

 

 もしこの森が普通の森ならば、歳三もろとも富士樹海の少なくとも半分は吹き飛んでしまっていただだろう。

 

 そう、普通の森ならば。

 

 ・

 ・

 ・

 

 森が騒めく。

 

 強風に煽られて、ではない。

 

 まるで生きているかのように、深緑が波打っている。

 

「……なんだぁ?」

 

 つぶやきが、歳三の口から零れ落ちた。

 

 木々のざわめきが連鎖的に伝わり、枝がきしむ音は深海の鯨の声にも似ている。

 

 歳三の頭上を覆う黒い樹海が、一斉にうねり始めたかとおもえば、それらは幹と幹を絡み合わせ、数百数千にもおよぶ枝を束ねるように“腕のような何か”を編み上げていった。

 

 富士樹海を上空から見れば、木々から成る無数の腕が空へ向けて伸ばされていく光景が見られただろう。

 

 空では灼熱塊が森を焼き尽くそうと吼えている。

 

 だが、樹海はそれを待ち受けるかのように“腕”を高々と突き上げ、隕石を鷲掴みにしようとした。

 

 ドオオオオオッ、という凄まじい衝撃波が森の最奥部まで伝わり、歳三の視界を揺らす。

 

 “掌”は一瞬にして炭化して粉々に砕け散っていくが、その砕け散る部分のさらに奥から次なる腕が連なり、連鎖的に上空へ突き伸ばされていく。

 

 一本が焼き焦げて崩れても、その代わりの腕が次々と伸びる。

 

 まるで再生能力を誇るヒドラか何かのように無限の手を繰り出しては、隕石のスピードを削ぎ取っているのだ。

 

 ◇

 

 ちょうどその頃、樹海外縁の某所。

 

 高地と林地が接する場所に、望月と「野獣」が立っていた。

 

 吹き荒れる風の向こうには、隕石が宙空で()()()()()()()()様がはっきりと見えている。

 

「野獣」は思わず低く唸った。

 

「……何だありゃあ。まるで映画みてぇじゃねえか。木の腕が隕石を掴み取るなんざ、正気の沙汰じゃねえ」

 

 望月は頷く。

 

「もしかしたらもう少し打撃を与えられるかと思っていたけれどね。それでも大分エネルギーを使わせたと思う。まあ、ここまでは視えていたしね。残念ながら、彼女の攻撃では大打撃を与えられそうもない。次に落とせるのは数か月後──やはり予定通り、君たちに働いてもらうことになりそうだ」

 

 そう告げる望月に、「野獣」は野卑に笑う。

 

「いいね、待ってたぜ。まあ前座なのが気に食わねぇが。本命のおっさんってのが戦りやすいように注意をひけばいいんだろ?」

 

 ああ、と頷き、望月は端末を取り出した。

 

「でもその前に、もう少し小細工をしようか」

 

 言いながら望月は端末の向こうの誰かへ話しかける。

 

「裕子さん、始めてください」

 

 すると間髪入れずに『かしこまりました!』と若い女性の声が明るく響いてきた。

 

 女の名はスミス坂本・裕子。

 

 英国大魔法省から派遣された魔女騎士である。(日常38、日常43、魔域参照)

 

「野獣」が空を見上げた。

 

 そこには黒い何か──影のようなものがいくつか見える。

 

「野獣」の優れた眼には、箒に乗った数名の女たちに見えた。

 

 樹海上空からの英国流儀式魔術が望月の次の一手である。

 

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