(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く⑪

 

 ◆

 

 ダンジョンとは本来、人間を高みへと引き上げるために設けられた神の試練の場である(「それとソレと神と」参照)

 

 だがダンジョンは顕れた場所の影響を強く受ける。

 

 特に富士樹海は特殊だった。

 

 この地は昔から多くの者が救いを求めて訪れながら、結局は力尽きて果てることを選ばざるを得なかった場所だ。

 

 そうした無念、悲嘆、絶望といった負の想念がこの土地に大量に蓄積されている。

 

 その膨大な想念がダンジョン本来の機能と混ざり合い、元の役目を歪ませてしまったのだ。

 

 絵の具に例えるならば、赤や青、黄などを個々に混ぜ合わせると新たな色が生じる。

 

 だが、あらゆる色を全て混ぜ合わせると、最終的に生じるのは濁った黒でしかない。

 

 この広場はまさにそれだった。

 

 あらゆる想念が混ざり合い、結果として生じたのは濁りきった混沌であった。

 

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 富士樹海の奥へと踏み入れる歳三。

 

 不気味な静寂に満ちた森の深奥へと歩を進めるうち、突然視界が開けた。

 

 そこは色彩豊かな広場だった。

 

 一面に色とりどりの花々が咲き乱れ、美しい光景ではあったが、よく見ると異様だ。

 

 花は咲くそばから即座に枯れ、枯れたと思ったらまた別の色で咲き返り、それが数秒ごとの周期で絶え間なく繰り返されていた。

 

 まるで何百もの短編映画を早送りで同時に見せられているような、目が回る光景である。

 

 広場全体にはノイズのような、さざめきのような音が響き渡っていた。

 

 囁きにも、呻きにも、時には笑い声にも聞こえる不協和音は、どこか人間の声めいて聴こえる。

 

 広場の中央には、巨大な黒い蓮が静かに花弁を広げ、その上に一体の像が鎮座していた。

 

「あれか」

 

 歳三が目を細めて呟いた。

 

 ──弱き者たちの想念が作り上げた象徴、それがこの異形の像なのだ。

 

 骸にも見える()()は闇色の蓮を玉座とし、静かに坐していた。

 

 顔は朽ちた能面を焼いて再び凍らせたようにひび割れ、空洞の眼窩からは凝り固まった血涙が二筋、黒ずんだ深い紅を曳いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ◆◆◆

 

 所かわり。

 

 炎を宝石に仕立て上げたかのような美しい赤が宙空を流れる。

 

 次瞬、銀光一閃。

 

 横一文字に振りぬかれたそれは、半径10m以内の木々を群がる異形もろともに横断した。

 

「おいおい! 本当に甲級ダンジョンのモンスターか?」

 

 事も無げに言い放つのは一人のイケメンだ。

 

 涼し気な切れ長の目元に冬の気配が漂わせ、ニヒルに嗤うこのイケメンこそ探索者協会の美しき野獣──城戸 我意亞である。

 

 乙級に昇格したばかりのこの男も、今回の作戦の参加要請を受けていたのだ。

 

 城戸は無造作に左腕を持ち上げ、()()血肉を払うように振った。

 

 メカニカルな形状──明らかに生身ではない。

 

 それは岩戸重工が開発した液体金属義肢、『天之尾羽張(あめのおはばり)』である。

 

 神話において伊邪那岐が黄泉の追手を切り裂いた剣にちなみ命名された義肢だ。

 

 外装は自己修復能力を持つ特殊合金、内部には超高圧に圧縮された液体金属が充填されている。

 

 城戸の神経信号に即応し、刃状、盾状、あるいは鞭状など、あらゆる形状に自在に変形が可能だ。

 

 最大の特長は、腕そのものを振り抜くことで生じる超高圧の液体金属斬撃である。

 

 理論上の最大射程は約30メートル。

 

 以前の腕はやれ電撃をビリビリと放ったり、やれガトリングガンになったりと色々とギミックを詰め込んでいたが、今回の腕はシンプルだ。

 

 伸びる、そして斬れる。

 

 探索者の実力が一定以上になると、シンプルな攻撃手段のほうが威力を出しやすい傾向にある。

 

「城戸さん、そこからすぐに離れてください」

 

 不意に耳元のインカムから響いたのは、探索者協会のオペレーター・今井友香の声である。(特別な依頼③~今井友香という女~参照)

 

 穏やかだが妙に楽しげな響きがあり、城戸の眉がピクリと動いた。

 

 この女の言葉は絶対に無視してはいけない──それを嫌というほど城戸は経験から知っている。

 

 なぜなら友香は生まれつき『死地』を察知できる能力を持っている。

 

 しかも性質が悪いことに、彼女は死地で限界ギリギリの戦いを繰り広げる人間を見るのが大好きなのだ。

 

 ゆえに友香は、これまで何度も『試練』と称して探索者をギリギリの死地に送り込み、数多くの犠牲者を出している。

 

 もちろん生還すれば、飛躍的に力を伸ばせることは間違いないのだが──その気質から、友香は協会内では『死神』と陰口を叩かれている。

 

 が、もちろん今回は死地に導いたりはしない。

 

 現在友香は桐野が率いてきた探索者たち全体の管理を行っており、樹海の“削り”に貢献していた。

 

 樹海全体の危険度がなんとなく友香には分かるのだ。

 

 その要となる地点を削る事で、全体の危険度を調整し、樹海のモンスター戦力を歳三に集中させないようにしている。

 

 城戸は素直に友香の指示に従い、すぐさまその場を離れた。

 

 直後、背後を巨大な影が通り過ぎる。

 

 それは数十体、いや百体近い死体が歪に融合したような巨躯を持つ化け物だった。

 

 西洋ならばフレッシュ・ゴーレム──すなわち『人肉巨人』とでも呼ばれるような化け物である。

 

 協会屈指の武闘派である城戸ですら、相手にするには荷が重すぎる強敵。

 

 放置すれば探索者たちに大きな被害が出るだろう──が、銀光一閃。

 

 PSI能力によって周囲一帯の塵や埃、そういった微細な粒子が収束し、ナノ単位の薄さの長大なブレードを形成した唐竹割り……

 

 ──我流居合・斬乃一(きりひと)

 

 歳三の肉を割き、骨にまで至らせる斬撃は人肉巨人を縦一文字に両断してしまった。

 

 その場に立っていたのは、岩戸重工特殊部隊の隊長である屍 晃史郎だ。(特別な依頼①~⑧参照)

 

 歳三と相対して生き残っている数少ない男である。

 

「さすが『首切り』屍さんですね! この調子でヤバい個体をどんどん排除しちゃってください!」

 

 インカムの向こうで友香が歓声を上げた。

 

 屍 晃史郎は冷ややかな表情のままインカムに吐き捨てた。

 

「黙れ、死神。仲間面をするな。我々が手を貸すのは土門総隊長の仇討ちのためだ」

 

「あはは、まあまあ! そんなに怒らないでくださいよ! あ、早速次のミッションです! その地点から北西に800m! ちょっと危なそうな臭いがしますよ~! 屍さんなら大丈夫でしょうが油断をせずに!」

 

 晃史郎は鼻を鳴らし、不機嫌そのものの表情で次の標的へと向かった。

 

 

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