(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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しょうもなおじさん、ダンジョンに行く⑫

 ◆

 

 歳三が黒蓮の上に鎮座する木像を見つめていると、突然ぱきり、ぱきりと異音を立て始めた。

 

 眉をひそめ、用心深く一歩後ずさる歳三。

 

 木像のひび割れは徐々に広がり、ついに大きな音とともに崩れ落ちた。

 

 その木片の内側から覗く赤黒い肉、その悍ましさたるや! 

 

 異形の千手観音──それはもはや神聖さとは程遠い、赤黒く蠢く血管が絡み合ったかのような異様な姿をしている。

 

 “千獣千眼・真如寂滅観音”が顕れた。

 

 無数の手のひとつには、巨大な目玉のようなものが握られている。

 

 それは本来の千手観音が手にする如意宝珠を模したものであるようだが、本来の宝珠が願いを叶えるものであるのに対し、この観音が持つそれは完全に反転した性質を持っていた。

 

 もしこの反転した宝珠の力が作用したならば、対象の心にある最も強い願望が裏返り、最悪の形で実現してしまう。

 

 例えば成功を願えば破滅を招き、健康を願えば病に侵され、社会に居場所を求めれば完全に孤立するような結末をもたらすだろう。

 

 その歪みきった宝珠の力が今、歳三に向けて放たれた。

 

 歳三の願いはかつて「社会に居場所を作ること」であった。

 

 だが現在の歳三にその願いはなく、望月や比呂、金城権太、そして探索者協会という自分を受け入れてくれた仲間たちのために力を尽くすことこそが最大の願いとなっていた。

 

 ──望月君や金城の旦那は俺の大切な友人だ。そして比呂君はこんな俺を慕ってくれた

 

 そして探索者協会という場所は、他のどこにも居場所のない自分が唯一心を落ち着けることのできる大切な場所であった──歳三はそう思う。

 

 だからこそ歳三は、自分が自分でいられる間に少しでもその恩を返したいと思っていた。

 

 この想いがひっくり返れば、これはもう酷いことになると容易に想像できる。

 

 しかし、この反転した宝珠の力が歳三に及んだところで思わぬことが起きた。

 

 歳三自身が常に抱え続けてきた深い劣等感や心の闇が、その反転した宝珠の力を相殺したのだ。

 

 そもそも歳三は、とうに自分が社会のどこにも居場所がない──と、思い込んでいる。

 

 ダンジョンに潜る以外に能がない自分が行き着く先など知れていた。

 

 要するに、とっくに絶望済みであったのだ。

 

 絶望は歳三にとって既知の友であり、今さら新たな絶望が襲ってきたところで、それは歳三にとって何ら意味を持たなかった。

 

 ──俺が、人間でいるうちにできる事をしたい

 

 それが歳三の偽りのない、純粋な願いである。

 

 だがこれはあくまで歳三自身の思い込みに過ぎない。

 

 本当は歳三自身が思うほど社会は歳三を拒絶していない。

 

 望月や比呂、金城権太、協会の仲間たちは、歳三が思うよりも遥かに深く彼を受け入れ、必要としていた。

 

 しかし歳三自身はそれに気づいておらず、相変わらず自らを蔑む癖が抜けていない。

 

 かつての歳三と比べれば、確かに彼は成長した。

 

 だがどうにも“しょうもない部分”は以前として歳三の内に残っている。

 

 例えばこの状況においてさえも、心のどこかで歳三は、「結局俺なんて」とひねくれた節がある。

 

 何度周囲に肯定されても、自分自身を肯定できずにいるその心情は笑うしかないほどにどうしようもない。

 

 愚かだ。

 

 無様である。

 

 いつまでたってもウジウジとしている。

 

 が──

 

「今、何かしたかい?」

 

 このような男だからこそ、反転の呪いを受けない。

 

 歳三は挑発するように呟き、静かに拳を握りしめた。

 

 拳に自分を信じてくれる仲間への深い感謝と切なる願いを込め──

 

 驚くべき速さで地を蹴り、一瞬のうちに寂滅観音の懐へと飛び込んだ。

 

 ──『ふうむ、佐古さんは不器用ですなあ。剣も槍もだめ……いっそ格闘技を学ぶって手もありますよ』

 

 ──『そうそう、拳はこのように握るんです。そしてこう殴る』

 

 ──『正拳突きってやつですな。ま、モンスターが構えさせてくれるかどうかは知りませんがね、ただなんとなく殴るよりずっと力が入るでしょう』

 

 歳三は雄叫びとともに拳を振り上げ、寂滅観音の頬を力いっぱい殴りつけた。

 

 拳がぶつかった瞬間、激しい衝撃波が広場全体を揺るがす。

 

 

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