(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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新宿の影③

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 ダンジョン用の銃器と一般的な銃器の違いは、その本質と機能にある。普通の銃器は人間が人間に向けるために作られたものだ。威力、重量、そして射程距離、すべてが人間の物理的能力に基づいて設計されている。しかしダンジョン用の銃器は根本的に設計思想が異なっていた。

 

 ダンジョン用の銃器は、探索者がモンスターに立ち向かうための装備だ。そのため、非常に強力な威力が必要とされる。大口径の弾丸を、想像を絶する速度で発射する。使用者の負担について考えられていないのだ。

 

 例えば歳三が世話になっている "桜花征機" なども幾つか探索者向けの狙撃銃を出しているが、一般人が扱えば反動で腕が引き千切れるものも珍しくはない。

 

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 暗殺チームのリーダー、黑百花(ヘイ・バイファ)の口の端に薄い笑みが浮かんだ。日本の覚醒者も大した事はないな、と。

 彼女は香港四合会に連なる犯罪組織、"黒刺"(ハク・チク)の若き首領である。

 

 ただし、"黒刺" は一本どっこの組織ではなく、某国の実質的な破壊工作部隊だ。破壊工作には当然殺人も含まれる。某国では既に "覚醒者" …日本でいう所の探索者を実戦投入しており、かつて国中に跋扈していた犯罪者組織の大半を掌握し、手足として使っている。

 

 この辺りは日本でも行われてはいるのだが、某国では既に "次" を見据えて他国の妨害・遅延工策の段階に入っていた。

 

 某国のスパイが入手した所の情報によれば、日本の某所で探索者協会と与野党のトップ、そして国営企業の上層部が関与する会談が行われるらしい。会談内容は、某国で言う所の覚醒者の覚醒過程を除外する方法についてのもので、これは某国としては是が非でも妨害、もしくは遅延させなければならない事だった。

 

 なぜならばその覚醒過程除外方法について、某国と日本は同一の見解を出しており、それを遮二無二進めているからである。

 

 両国はその政治体制的にも領土的にもカチ合う事が多く、遅かれ早かれ軍事的衝突をするというのは避けられないという見方があるが、それはまさにその通りで、両国の上層部は近い将来発生する決定的な軍事的対立に備えて自国の戦力を強化すると同時に、相手国の戦力を弱体化させる必要があると考えていた。

 

 その弱体化の一手として会談襲撃は非常に有効である事は言うまでもない。ただ、某国としても与野党のトップや国営企業の上層部、探索者協会のトップを暗殺できるとまでは考えていなかった。

 

 なぜならばその会談の護衛は複数の甲級探索者が行っていて当然だからだ。どこの国でも言える事だが、最上位の探索者というのは人間というよりは極めて強力なモンスターといっても過言ではなく、某国は日本の平和ボケ体質は見下してはいたものの、最大戦力の危険性を見誤る事はなかった。

 

 しかし協会職員、もしくは一般探索者であるならば話は別だ。

 これらを殺傷し、日本国内の一般国民や日和った政治家連中の混乱、恐慌を誘発し、探索者協会や政治家連中への不信感を煽りたてる事は某国としては十分可能とみていた。

 

 そういった混乱に指向性を与えてやり、覚醒者周りの様々な決断を遅延させる…それが某国の判断であり、その結果が日本国内への暗殺チームの派遣という事であった。

 

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 "黒刺" の手口はシンプルだ。

 

 日本の探索者界隈でいう所の精神感応系PSI能力により、標的周辺から人を移動させ、その上で狙撃し標的を殺害するという単純なものだ。標的の行動パターンを予測しているに越した事はないが、必要な行動はPSI能力起動の数秒と狙撃人員の配置の数十秒程度であるため、10数メートル先から視認した時点で "網" を張る事が可能という応用力の高さを持つ。

 

 また、PSI能力自体もこれは無理やり移動させるわけではなく、周辺の標的以外の者達の意識を "何となく他の場所へ行きたくさせる" というものだった。なんだかちょっと歩きたくなってきたな、だとか、なんだか落ち着かないから散歩しようかな、だとか…そのように思わせる。強制力は小さく、干渉に耐えようとすれば幾らでも耐えられる児戯ではある。しかし児戯だからこそ察知されづらい。

 

 黑百花率いる "黒刺" は構成員の全員が覚醒者…日本で言う所の探索者で、その主たる任務は同じ覚醒者を始末する事であった。

 覚醒者というのは言うまでもなく厄介だが、狙撃で一撃の元に始末してしまえば厄介もクソもない。

 

 当然協会職員の始末にも刺客は向かっているが、これはまた別の組織の仕事であった。

 

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 とにもかくにも、その様にして完全に "準備" し、鈍そうなチビ中年男(162cm)覚醒者の頭をぶち抜いたかとおもえば、当の中年男は頭をふらふらとさせて斃れる様子を見せないのだ。

 

「唔可能嘅!嗰個係對付怪獸用嘅大口徑狙擊槍呀! 即使係覺醒者,都應該係人。如果頭被炸飛嘅話,應該會死嘅,但佢仲喺活著!嗰傢伙真係係人嗎?」

 

(まさか!モンスター用の大口径スナイパーライフルだぞ! 覚醒者とはいえ人間のはずだ。 頭を吹き飛ばされたら死ぬ筈なのに、まだ生きている! 奴は本当に人間なのか?)

 

 黑百花は目を見張った。

 頭部こそ衝撃で横に弾かれたものの、それだけである。

 

『まずい、見られた』

 

 部下の声が無線から聞こえる。

 黑百花はぎり、と歯を食いしばった。

 だが行けるか?とも思う。

 

「相手はふらついている、そのまま始末してしまえ」

 

 黑百花は部下たちに攻撃続行を指示した。

 地の利は黑百花達にあるからだ。

 周囲のビルの屋上に自身を含めて2名、地上には各所に合計4名が潜み、標的を取り囲んでいる。

 

 ──人払いの結界の効果は続いている。ダメージがどの程度かは分からないが、無傷とはいかないはずだ

 

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 無傷とはいかないはずだ、の "だ" の時点で黑百花の向かいのビルの屋上に潜んでいた射撃手の頭が吹き飛んだ。

 さきほど "見られた" と告げた部下だった。

 

「なッ…!」

 

 黑百花は思わず声を出してしまうが、彼女も彼女でそれなりには目ざとい。飛び道具の正体に気付いたのだ。

 

 ──アイツ!銃弾を…つ、礫(つぶて)に…

 

 仲間の一人の即死というアクシデントに恐慌したか、地上班の4人が文字通り四方から躍り掛かるが…

 

 ■

 

 探索者用の大口径狙撃銃の一撃をこめかみに受けて生きていられる探索者など片手で数える程だ。

 

 まあ、普通は死ぬ。

 普通は死ぬ所を歳三は生きていた。

 

 精神の強度はオブラート並みの歳三だが、肉体の強度は言うまでもない。

 

 しかし流石の歳三といえど、無傷では居られなかった。

 頭部への強烈な一撃は歳三の意識を飛ばしてしまう。

 とんだ意識はどこへ行ったのか。

 過去だ。

 

 ──ア…ァ…屋外は真ッ闇 闇の闇…

 

『夜は劫々と更けまする』

 

 ──アァ…落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと

 

『ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん』

 

 脳裏を過ぎるのは中原中也の "サーカス" であった。

 

 §

 

 望月君、望月君、今日はどんな詩を教えてくれるの

 

 そうだね、佐古君、こんなものはどうだい、ほら

 

 ゆあん、ゆよん?なんだか面白いね

 

 そうだね佐古君、でもこれは面白そうだけど面白くなんかないんだ。この音は実は落下傘なのさ。落下傘が落ちていく音なんだよ

 

 落下傘?

 

 そうさ佐古君、この音の後に、一杯一杯人が死ぬんだよ。楽しそうに思えても、実は怖い事なんて沢山あるのさ。いいかい佐古君。この音はね、日常が壊れる音なんだ。いつもの日々が、平和で退屈な毎日が終わる音さ。佐古君、君の、僕の、皆の日常が壊れる時もこんな音がするのかもしれないね

 

 

 §

 

 精神を忘我に飛ばす歳三こそが最も恐ろしい。

 

 そもそも平時の歳三でさえ、敵は完殺することが最大限の礼儀などという抹殺精神旺盛なポリシーを掲げているのだ。

 

 それでいて歳三が日常を暴力で彩らないのは、ひとえに彼のメンタルがしょうもないからであり、そのしょうもなメンタルが失われてしまえば…。

 

 ジャギンと音でもしそうな程の鋭い蹴りが、歳三が "望月" と名付けた必殺の蹴りが飛び掛かってきた刺客を、四人纏めて斬り殺した。ただの刺客ではない、丙級探索者相当の刺客だ。

 

 ──ゆあーん、ゆよーん

 

 白目をむきながら歳三が呟く。

 宙空で迎撃惨殺した刺客たちの肉と血を浴びる歳三の姿を見て、黑百花は触れてはいけないものに触れてしまった事を理解した。

 

 黑百花は歳三の唇を読む。

 

 ──ゆあーん ゆよーん、ゆやゆよん

 

 一体何を言っているのか、黑百花は日本語を学んでいるにもかかわらず、何一つわからなかった。

 そもそも日本語なのだろうか?

 

 次瞬、凄まじい音と共に歳三の姿が消える。

 黑百花は慌てて探すが、見当たらない。

 この時よくよく注意してみれば黑百花も気付いただろう、先程まで歳三が立っていた場所が小爆発が起こった後のように抉れているのを。

 

「あ」

 

 これが黑百花の最期の言葉だ。

 パァン、と風船が弾ける様な音がする。

 それは彼女の命が弾ける音だ。

 幸いだったのは、恐らくは痛みを感じる暇もなく逝けた事だろう。

 

 先程まで黑百花が立っていた場所には、拳を振り切った歳三の姿と黑百花の、下半身。

 

 全身に付着した血液の温かさが精神を回帰させたか、歳三は親指を咥えてその場に横になり、眠った。

 




黑百花(ヘイ・バイファ)

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