(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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新宿歌舞伎町Mダンジョン④

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 普段の歳三なら、新宿という街にそこはかとない抵抗感を覚えていたに違いない。少なくとも上っ面だけはリア充の巣窟に見える新宿という街は、歳三の心にビュウビュウと枯れた寒風を吹き付ける。

 

 ──あれは、いつの事だったか

 

 新宿へ向かう電車に揺られながら、歳三は何となく往時へと思いを馳せた。ずっとずっと昔、新宿のとある戌級ダンジョンへ向かった日の事だ。

 

 楽しそうに仲間達とダンジョンへ向かう探索者グループ、親し気に腕を組んで歩いているカップル、笑顔を浮かべながら電話をしている大学生らしき青年。それらを見た時、歳三は胸が苦しくなってしまった。その場には非常に多くの人間が居たというのに、まるでこの世界には自分一人しかいないような気持ちになったのだ。

 

 最早呼吸すらままならぬと、歳三は通路の端まで移動し胸を押さえた。しかし行き交う人々は誰一人歳三の事を見ようともしないのだ。

 

 ──こんなに俺が苦しそうにしているってのに

 

 怒・怒・怒!

 その時、歳三は自身でも制御しがたい怒りと憎悪の念に支配された。抑えがたい暴の欲に屈服しそうになった瞬間、脳裏に浮かんだのは中学生時代の同級生、望月 柳丞(もちづき りゅうすけ)の姿であった。

 

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『佐古君、何を悩んでいるんだい?え?友達が出来ない?相手の言う事を聞いても、おもしろそうな話をしてみても仲良くなれない?…そうか、でもね、友達っていうのはね、多ければ良いというものでもないんだ。なぜならば人間というものは結局は一人であるからさ。しかし上っ面だけの人間関係が "一人" を "独り" へと変質させてしまう』

 

『一人と独りは似て非なるものだよ。前者は糧であり、後者は毒だ。孤独の毒は人を狂わせる。ではどんな条件で一人が独りへと変質するのか。それは寂しいからと無為な人間関係を作ろうと藻掻いた時さ。初めは良いかもしれない。沢山の友達擬きが出来て、毎日楽しく過ごせるかもね。でも悲しい事に大抵の人間はそういうモノの価値がどれほどのものかを意識的、無意識的に察してしまうのさ。即ち、無価値である、と』

 

『一人であることに負い目を抱いた瞬間から一人は独りへと変質し、そこから逃れようとして気休めに手を伸ばし、しかしその無価値さに薄っすらと気付いている…。これは狂って当然だ。佐古くん、君はまさに今その渦中にあるわけだ。佐古君、君は頭がおかしくなりたいのかな?』

 

 望月の問いに歳三は首を横に振った。

 おキチは御免だ、歳三は思う。

 

『でもそのままだと佐古君は狂うだろう。頭がおかしくなる。孤独でね。誰も必ずそうなる。絶対にだ。そもそもなぜ一人と独りなんて言葉が分けられていると思う?両者に絶対的な違いがあるからだよ。昔の人は賢明だね。だから、そうならない為には、つまり狂わない為には自覚する事だ』

 

 自覚?と歳三が問うと望月は大きく頷いた。

 

『そうだ。一人である事を自覚するんだ。いいかい、佐古君。僕も君も一人ぼっちなんだ。僕らだけではない。この世界の全ての生物が一人ぼっちなんだ。それは自然な事なんだよ。…しかし、僕も含めて人間というものは合理をそのまま割り切れるわけではない。僕だって寂しいと思う事はある。そんな時ふと思うんだよ、もしこの逃れがたき寂寥感を理解し、人間は本質的には一人である事を分かっていてもなお共に歩いてくれる者がいれば…心に吹く冷たい風も少しは止んでくれるのではないかと』

 

『一般的に、"そういう存在" は友達とは余り呼ばれない。仲間だとか、同志だとか…そういう呼ばれ方をする。…良いかい、佐古君。本当に必要なのはそういう存在だと知りなさい。そして、そんな存在が現れたなら、または関係をそこまで育めたなら、佐古君は…そうだな、きっと、すごくすごく楽しくなると思うよ。楽しいのは好きだろ?』

 

 望月がそういうと、歳三は鼻を垂らしながら頷いた。

 はっきり言って当時の歳三は望月の言を1割も理解できていなかっただろう。だがその声色に籠められた真摯な何かが、当時の歳三の心を調律した。

 

 そして、そんなエピソードを思い出した瞬間、歳三の身を支配していた怒りと憎悪の念は雲散し、霧消したのである。

 

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 ──望月君、今どこで何をしてるんだろうなァ

 

 歳三はぼんやりとそんな事を思う。

 ちなみに彼は自身が所属する組織のトップがまさにその望月であることに何十年も気付いていない。

 例えば一人のフリーターが全国展開しているファミレスでバイトしていたとして、自身が勤めるグループのトップの名前を知っているだろうか?

 

 しょうもなくなければ知っているかもしれないが、歳三はしょうもないので知らないのだ。ついでに、望月が元甲級、階位のみで言えば自身を上回る超人である事も知らない。本当ならば知っておかなければいけない事の数々を歳三は知らないがしかし、望月の教えは歳三の中に息づいていた。

 

 とはいえ、それでもなお若かりし頃の性欲に負けてOLの尻を揉んでしまったというのは、本当にもうしょうもない話ではあるが。

 

 ともあれ、今朝の歳三は普段とは違った。ともすれば暴発しかねない戦気の活火山が、歳三の精神世界の平均気温を上昇させている。

 

 ──8時か、待ち合わせは9時だったな。良し

 

 時間を確認し、山手線新宿駅のホームに降り立った歳三はそのまま東口方面へと向かった。待ち合わせ場所は東口のライオン像前だ。新宿東口の待ち合わせといえば東口交番前が定番なのだが、定番だからこそ先客も多く、悪目立ちをしてしまう可能性もある。

 

 ちなみにライオン像とは新宿駅東口の広場に設置してあるモニュメントであり正式名称は「みらいおん」という。

 ピラミッドから金色のライオンが顔をのぞかせているという前衛的な像なのだが、実は募金箱にもなっており、お金を入れると吠えたりする。

 

 ■

 

 そして午前9時ジャスト。

 

「お待たせしました」

 

 待ち合わせ場所にやってきたのは3人だった。

 鉄騎、鉄衛、そして海野千鶴(うみの ちづ)。

 鉄騎と鉄衛はケープの様なものを頭から被っている。

 この初夏の季節に、控えめにいっても不審者感著しい様相ではあるが、しかしそもそも探索者の恰好というものは奇抜なので特に問題はない。なんだったら鎧武者の様な恰好をしているものさえもいるのだ。

 

 ただ、それでもなお全身これロボットというような者はいないため、要らぬ目を集めないためにもケープを頭から被っているという次第である。

 

「佐々波主任は少々用事がありまして。代わりに私が付き添いにと」

 

『ハンッ フタリダケデ イケルッテイッテルノニ イウコトキカナインダゼ』

 

  "鉄衛" がスカした不良ボーイの様な事をいうと、千鶴の髪の毛が風もないのに一瞬ふわりと揺らめいた。彼女のPSI能力が一瞬発動したのだ。彼女のバトル・スタイルはダンジョン素材を使ったこの髪をPSI能力により自在に操作し、敵対者を縊り殺したり引き裂いたりするというものである。警備部所属というだけあって、千鶴の戦闘能力は中々どうして大したものであった。

 

 ちなみに佐々波 清四郎は旭真空手7級の青帯である。黒帯は初段で、級は数字が少なければ少ないほど上位である事から、佐々波はまぁ普通の空手趣味おじさんだ。

 

 それにしても、と海野が歳三をしげしげと見ながら語を継ぐ。

 

「その、何と言いますか…今朝は凄いですね…。オーラといいますか、圧力が。やはり乙級ダンジョンとなると厳しいものなのでしょうね。私は元探索者ではありますが、探索者協会所属では無かったため、乙級指定ダンジョンというものがどの程度困難なのかいまいちイメージが出来ないのですが…」

 

『チヅ、貴女も同行したいのでしょうか。推奨しません。乙級指定 "新宿歌舞伎町マンションダンジョン" は同等級内の危険性は低い方ですが、それでもチヅには危険です。"新宿歌舞伎町マンションダンジョン" では人型モンスターが多数出没し、刃物や銃器で襲ってきます。個体毎の性能には差がありますが、チヅならば2体までなら同時に相手出来るでしょうが、いずれ磨り潰されるでしょう。つまり、死にます』

 

『シヌ!チヅ!シヌ!ヤメトケヤ!』

 

  鉄騎と鉄衛の言葉に、千鶴はぴくりと目元をひくつかせた。

 根が蛮女体質にできている千鶴は、強ければ強い程コロリとなびいてしまうチョロい女だ。しかしそれは "強さ" への信奉心が強いという事である。ゆえに自身も鍛錬を怠らない。

 

 だからこそ、まるで舐め切った二機の言葉には思う所が多分にあった。どうにも小馬鹿にされている様に聞こえたからだ。とはいえ "桜花征機" 専属探索者である歳三の前で文句を垂れるわけにはいかない。海野千鶴はクールビューティ強女を目指しているのだ。客の前でヒスる事はとてもクールではないし、ビューティとも言えなかった。

 

「こッ…これはこれは、わざわざどうも。心配してくれているんですか?」

 

『はい、とても心配です』

 

『シテルカラ イッテルンダロ』

 

 そんな二機の返事に、千鶴は "そ、そうですか…" などと言って何かが腑に落ちないとでも言う様に首を傾げた。

 

「そ、それはどうも…。まあ別に乙級ダンジョンに行きたいなんて思っていませんけどね。ま、まあ兎も角向かいましょう」

 

 千鶴の言葉に歳三は頷きながら思う。

 

 ──仲が良いんだな。良い事だ

 

 ■

 

 そんなこんなで四人は歌舞伎町へと向かっていく。

 JR新宿駅東口から歌舞伎町2丁目までは1kmもなく、徒歩10分もかからないだろう。

 

 スーツの男性、スーツの女性が道を歩いている。

 鎧武者姿の男性と長槍を背負った水着姿の女性が手を繋いで歩いている。そして両脚にサイバネ拡張手術を施した男性が、滑る様に車道を疾走していく。

 

 なお、こういった足回りを弄った者は現行法では車道を走る事になっている。免許は不要だが事故った場合は相応の責任を問われる。命の心配はまぁないだろう。両脚をまるっと機械化できるような探索者はとんでもなく金を持っている=上級探索者である為、車に轢かれても滅多な事じゃ死んだりはしない。

 ただし、"車一つ躱せないウスノロ" と界隈で笑い者になったりはするが…。

 

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「つきました。エントランスに一歩足を踏み入れればそこから先は異界です。出入りは自由なので、危ないとおもったらすぐに引き返してくださいね」

 

 千鶴の言葉に歳三が頷くと、鉄衛がモノアイ明滅させながら言った。

 

『マチブセ トカ アリソナラ シンゴウダン ウツカラ』

 

 "ジャ ソユコトデ" と鉄衛がエントランスに飛び込み、その姿が掻き消えていった。

 

 数秒待つ。

 すると鉄衛が再び姿を表し、『オイデ!』と手招きする。

 鉄騎と歳三は頷き合い…やがて三人の姿はその場から消えた。

 

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