(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑫

 ■

 

 積み上げられたモンスターの死体を前に、THE・カラテの中の歳三がほぅと一つため息をついた。

 

 意識下の内にあるため息ではない。

 無意識下の、精神のため息だ。

 

 ペルソナを被ることは、自分自身とのギャップを埋めるために多大なエネルギーや集中力を要する。他人に合わせて振る舞い、感情を押し殺し、本来の自分とは異なる役割を果たすことは大きなストレスが掛かるのだ。

 

『THE・カラテ、やはりあれほどの技を使うと疲れてしまうでしょう、近くにモンスターの気配はありません、ここは一つ、小休止を取るというのはどうですか?』

 

 ティアラはそういうなり、ハマオに目線で合図して撮影を止めさせる。THE・カラテこと歳三が少し疲れているのではないかと考えたのだ。

 

 素のままの自分を見てほしいなどという言を(アマ)(ヤワ)な事だと糾弾する者がいる。だが、世の中にはそれはそうかもしれないけれど、しかし…という様な事など山ほどある。

 

 場面場面、相手相手でTPOに沿ったペルソナを被りなおし、それを毎日続けるといのは精神が疲れる。肉体のそれとは違い、精神の疲労というのは自覚しづらく、また癒え辛い。

 

 その疲労が極限に達した時、人は狂う。

 

 だが狂う…自分が自分で無くなるという事は根源的な恐怖を伴う。その恐怖を厭う想いが "素の自分を見てほしい、これ以上は他人を装えない" などという、一見(アマ)な発露に繋がるのかもしれない。

 

 ティアラが現役クイーンであった頃、彼女の元を訪れた客は皆そういう男ばかりであった。時には女も。

 ゆえに彼女は精神の疲れには敏であった。

 

 THE・カラテはティアラの言葉を聞き、無言で頷く。

 そして被ったアダルティック・天狗マスクを外して壁を背にして座り込んだ。

 

 この瞬間、THE・カラテは歳三に立ち戻ったのだ。

 

『サイゾ』

 

 鉄衛が歳三に水筒を差し出す。

 キンキンに冷えた水だ。

 

「ありがとうございます」

 

 精神回帰の揺り戻しで口調が定まらない歳三が礼を言う。

 そしてやや震える手でポーチからタバコを取り出し…

 

「すみません。喫煙大丈夫ですか?」

 

 とティアラとハマオへ尋ねた。

 ティアラは「いいよ、私も吸うから」と答え、歳三とティアラは同時に自身の指で着火した。

 

「なあ姐さん、佐古さんもスけど…なんでライター使わないんスか?」

 

 ハマオがごもっともな事を尋ねるが、一応理由はある。

 

「あのさー、ガキの頃、ライターをマンションの屋上から地面に叩きつけて爆発させて遊んだりしたでしょ?衝撃で爆発する可能性があるんだからそんなもん探索にはもってこないわよ」

 

「ライターは…無くしちまうよ…」

 

 反社会的な発言がティアラ、悲しそうなのが歳三の言である。

 

 ■

 

「しかしなー参っちゃうよね、あれとかどう見ても人の手が加わってるもんね。しかもろくな事してないよ絶対。うわ!あのモンスター、●ン●がもぎ取られてる!タチの悪い媚薬の材料にでも使うのかな。ハマオ、アンタもなんかヤク使ってたよね」

 

 ティアラのキラーパスにハマオは狼狽する。

 鉄衛がハマオを見つめ、まるでシャブ中の薬物汚染度を解析する様にモノアイが明滅していた。

 

「ヤクって…人聞きが悪いっスよ、ただのカンフル剤っすよ」

 

 探索者にせよダイバーにせよ、ダンジョンに潜る人間が薬物を使用する事はままある。反応速度を高める薬、短期的に筋力を増強させる薬、恐怖を忘れさせてくれる薬…色んな薬が比較的安価で手に入る。探索者協会所属の探索者はこういった薬物を安定して入手でき、外部団体の者達は海外から個人輸入をしたりする。

 

 一般人には効き目が強すぎる代物も、探索者には適度な効果を与えてくれる。

 

 勿論その "適度な効果" に調整するために、製薬会社が色々と実験を繰り返してきた事を忘れてはいけない。他国のスパイ、余りにもおいたが過ぎる不良探索者、情状酌量の余地もない凶悪犯罪者等の貴重な強制献体によってちゃんとした効果を抽出しているのだ。

 

 ハマオが常用しているカンフル剤も極めて強力なムンケルの様なもので、なんだったら一般人も服用できる。ムンケルとは日本国内でもっとも有名な滋養強壮剤で、"ムンムンムンケル♪" というCMで有名なアレである。

 

 ■

 

 一行は小休止の後、階段を上がっていき…6階フロアの分厚いガラス扉の前で立ち止まった。

 

 ガラスなのだから中の様子が窺えて当然なのだが、そのガラス扉はなにやらべちゃべちゃと、赤黒い肉だか何かが付着して内部は杳として知れない。

 

 柔らかいモノを叩く音が聞こえてくる。

 べちゃん、べちゃん、と。

 人間の皮膚をまるっと剥がして、肉たたき棒で全身を叩いて柔らかくして、掌で強くぺたんぺたんと引っぱたけばこのような音がするであろうか。

 

 ハマオはぐっと生唾を飲み込んだ。

 どうあがいてもこの扉の向こうには平和な光景などは広がっていないだろうという事が容易に予想されたからだ。

 

 生物が死に瀕し、最期の最後、喉の奥から絞りだす甲高い喘鳴の音のようなモノも聞こえるではないか。

 明らかに厄く、禍々しい気配が扉の隙間から漏れ出ている。

 

 ──バニー姿の少女が二人、仲良く餅つきでもしてたらいいのになァ。二人の女の子は10年来の親友同士で、大きくなったら二人で月見団子屋さんをしようって約束を…

 

 ハマオはそんな現実逃避をしながらも、片手は大振りのタクティカル・ナイフの柄に伸びている。

 

『さぁ~てッ!私たちは小休止を終え、いよいよ最上階である6階へと足を踏み入れようとしています!私たちが無事ならこの動画はリスナーの皆さんの元へ届けられているでしょう!私もまだ嫁入り前の身で死にたくはないので、ここはTHE・カラテに期待したい所ですッ…!リスナーの皆さんの中には私の事を寄生だと言う人もいるかもしれません、しかしこういう状況ででしゃばれば、THE・カラテの戦闘の妨害になりかねませんッ、どうぞご理解くださいね!』

 

 などと言いながら、ティアラはポーチから筒の様なものを取り出していた。

 

 ──フラッシュバン…

 

 歳三…THE・カラテはその筒を見てティアラの意図を理解した。でしゃばらない所か、ティアラが先手必殺の意思を固めている事を正確に察したのである。

 

 歳三は察しが悪い。しかしTHE・カラテはそうではない。THE・カラテという空手マスターになり切る事で、歳三は一時的にEQ(感情知性)を向上させているのだ。

 

 これでいて根がサブカル風格闘オタク体質に出来ている歳三は、当然ながら象形拳の類もそれなりに使う。象形拳とは動物の動きを取り入れた拳法だ。アニメでも漫画でも小説でも、割とよく見かけるメジャー拳法だったりする。歳三はその手の技には詳しいのだ。

 

 カマキリの様な鋭い手刀、カンガルーの様な強烈な蹴り、猿の様に機敏な動き。歳三はこれらを象形拳によって真似る事が可能だ。ただ、滅多にそれはしない。なぜなら歳三が歳三として戦う方が大体強いので。

 

 ともあれ、そんななり切り界隈には造詣が深い歳三にとっては、上っ面の感情知性をどうこうするなど容易い事であった。

 

 THE・カラテはティアラに天狗面を向けて頷き、扉を蹴り砕く。同時に、ティアラがフラッシュバンを放り投げた。

 分厚いガラスの扉が木っ端と砕け、室内をガラスの散弾が強襲し、閃光と轟音の爆裂に乗じて一行は室内に突入した。

 




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