(完結)しょうもなおじさん、ダンジョンに行く   作:埴輪庭

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秋葉原電気街口エムタワーダンジョン⑮

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 THE・カラテはぼそりと呟いた。

「男たちを恐怖で縛る。その隙に彼等を救出してくれ。人質に取られたらコトだ」

 

 THE・カラテが言う所の"彼等"がヤク漬け全裸男女である事はティアラにも分かった。だが…

 

 ──恐怖で縛る?

 

 ティアラはTHE・カラテの言がよくわからなかったが、すぐに理解する事になる。男たちの血と肉によって。

 

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 ────ッ!!

 

 大猿叫が響いた。

 THE・カラテが発した闘争の嚆矢は、その特殊な発声法により方向性と収束性を持たされ、男たちの中心で激発した。

 

 その爆心地近くに居た不幸な男は、過剰な大音圧が人を殺傷しうる事をその身を以て証明する事となる。

 

 弾け飛ぶ眼球。

 両の耳と両の目、両の鼻の穴から血と透明な何かを垂れ流し、男は斃れた。

 

 死んだのだ!

 

 THE・カラテは怒れるビーストであった。

 その背を見つめるティアラは、THE・カラテの、いや、歳三の肌がらどろりと溶け、真っ黒い肌をした怪物が現出するのを幻視する。

 

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 ・

 ・

 

 THE・カラテの精神世界の底、歳三が薄ら寒い昏い目で男たちを見つめている。そこに宿る感情は怒りではない。むしろもっとべたついたものだ。強いていうなら自分のお気に入りの店が陽キャグループに見つかってしまい、全く落ち着けない場所になってしまった様な時の薄暗い負の感情とでもいえばいいだろうか。

 

 弱者男性とは肉体強度の多寡で決まるのではない。

 精神の在り方で決まるのだ。

 そういう意味で、歳三は紛れもなく弱者男性であった。

 

 歳三にとってダンジョンとはある種の癒しの場であった。適応できない"社会"、理解できない"他人"、ダンジョンにはこれらがない。代わりにダンジョンには強烈な殺意が充満している。脳タリンの歳三でもわかるシンプルで強烈な感情だ。

 

 駆け引きもないピュアな感情、それが殺意!

 分かりやすいモノは良いと歳三は思う。

 これでいて根が保守的に出来ている歳三は、余程切羽詰まっていなければ変化を歓迎しない。自身の事も、自身の身の回りの事も、既知で満ちていればよいと考えている。人間関係というよくわからぬモノに身を揺蕩(たゆた)わせる事には酷くストレスを感じる。

 

 そんな根であるところのTHE・カラテは、というか歳三は、癒しというには物騒だが、純粋な感情と感情をぶつけ合う安らぎのダンジョン空間を、良く分からない謀略だか犯罪行為の温床だかの場にしてほしくはなかった。

 

 その鬱憤がTHE・カラテのペルソナを被ってしまった事により、ちょっとダメな方向へ暴走してしまったのだ。 THE・カラテは謎めいたカラテヒーローであり、悪を許さない…という設定である。そして人は正義面する時が一番残酷なのだ。

 

 人殺しも辞さない反社会的組織の屈強な構成員が、横殴りに振り回される人体にぶっとばされる。ただぶっとばされるだけではない。肉が弾け、骨が砕ける速度でぶっとばされたのだ。壁にたたきつけられた男は、全身の肉をグズグズにして呼吸を停止していた。

 

 ぼろんと零れ落ちた目玉は果たしてぶっとばされた男のものか、はたまたぶっとばした男のものか…。

 

 ある者などは胸部に痛烈な蹴りあげを食らい、上半身のみが上部へかっとばされ天井に赤い染みを作った。

 

 戦慄の肉体断裂。

 

 その人生に於いて多くの老若男女の人生を破滅させてきた男たちだ。そんな彼等自身も、"自分はろくな死に方をしないだろう"というほの昏い未来予想図を描き生きてきた。

 だがこんな無惨な死に方をするとは想像していなかっただろう。

 

 THE・カラテが腕を振り上げた。

 瞬間、THE・カラテの脳裏にシシドという強敵(とも)の姿が想起された。

 

 そして斬り下ろす。

 上段からの斬り下ろし…ただし得物は刀ではなく人体だが、ともかくも恐るべき速度で振り下ろされた人体は十分な武器となる。

 

 水分を含む肉と肉がぶつかる嫌な音がした。

 ぶつけられた方の男は180cmに届くかどうかという程度の身長だったが、THE・カラテの技の後には15cm程度へ身長を縮めてしまっていた。小さくなってしまった男の傍に肉片とも微妙に違う何かが落ちている。

 

 耳と鼻の切れはしであった。

 

 ゴロゴロと転がる音。

 生首が転がる音。

 切断された首ではなく、武器にされていた男の首だ。

 酷使に耐えきれなかったのであろう。

 

『啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊!!!!!啊啊啊啊!!』

 

 男たちの一人が絶叫を上げた。

 眼前で行われる惨劇に正気を保ち得なかったのだ。

 THE・カラテはその男の足首を掴み、次の武器とした。

 

 ■

 

 ──どっちが悪者だっけ?まあいいや、あのハゲは?

 

 ティアラが周囲を見渡す。THE・カラテが暴れ出してすぐに禿頭の小男が姿を消したのだ。ティアラも目を離していたわけではなく、注視していたにも関わらず姿を見失ったのだ。

 

「あっ!」

 

 ティアラは思わず声をあげた。

 視線の先には既に全裸男女を救出に向かっている鉄衛の姿があった。

 

 ──私としたことが!いきなりのスプラッタに気を取られちゃったわ

 

『こ、これはー!これは…ちょっと編集でカットするかもしれません…。それはともかく!THE・カラテが悪者と戦ってくれている間に私たちは彼等を救出しましょう…って!ええ!?なんで!?…ああ、なるほど!暴れないようにってことですね!確かに必要な措置かもしれません!彼等はどうみてもラリ…急性の薬物中毒下にあります!しかし10人はくだらない数がいますから人手が必要でしょう!私もお手伝いにいってきます!偉いと思ったらおひねりを投げてくださいね!』

 

 ティアラが素っ頓狂な声をあげ、すぐに納得した。鉄衛がバチバチ放電する特殊警棒らしきもので全裸男女を失神させているので驚いたのだが、すぐにその意図を了解したのだ。

 

 ■

 

 ──ウケトメテ クダサイ

 

 そんなメカメカしい声がティアラの耳に届いた。え、とティアラが疑問の声をあげるのと同時に、全裸の男が投げつけられてくる。

 

 鉄衛はこれでいて丙級探索者の平均身体能力をベースに調整されている。数十キロはある人体を水平に投擲する事くらいは容易いのだ。ちなみに丙級探索者といってもピンキリで、キリはそれこそ怒り狂ったピットブルを一方的にぶちのめす事が精一杯の者もいるが、ピンとなると10階建てのビルを素手で解体できるような者もいる。

 

『うぉっとぉッ!』

 

 ティアラは淑女らしからぬ声をあげて次々飛んでくる男女を衝撃を殺しながら受け止めた。中には肩が外れてしまっている者もいるが、大事の前の小事である。

 

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 ・

 ・

 

 ハマ王ことハマオは帰りたくて帰りたくて仕方がなかった。そもそも論だが、今日は18禁ダンジョンをティアラと二人で探索するというご褒美的な日ではなかったのか?という想いが頭を過ぎる。探索明けのティアラは色々な意味でたかぶっているので、そのあたりの役得も期待していたというのに、なぜどう見てもやばい連中と殺り合う羽目になっているのだろう。ハマオは首を振る。

 

 ── 一番ヤバイのはあのおっさんだが…

 

 カメラを構えるハマオの視界に舞う血飛沫と肉飛沫と骨飛沫。人間が悪人とはいえ同じ人間をああも残酷に殺せるものだろうか?ハマオはTHE・カラテの、いや、歳三の人格を訝しんだ。

 

 ■

 

 ──邪魔をするな

 

 晨淫邪(チェンインシェ)が全裸男女をぶんぶん投げてる鉄衛に向けて心の中で言い、特に制止したりもせずいきなり襲い掛かった。晨淫邪(チェンインシェ)は暴れるTHE・カラテの相手は骨が折れそうだと思い、まず大事な"材料"に手を出している鉄衛を排除しようとしたのだ。

 

 やめろ、だとか、邪魔をするな、などといって相手がやめてくれたりするなどと晨淫邪(チェンインシェ)は思っていない。

 

 蛇が地を這う様な動きであった。

 極端な前傾姿勢を取り、上体が前に倒れる勢いを利用して素早く移動しているのだ。

 全身に常軌を逸した筋肉が無ければこの動きは出来ない。

 

 これぞ古代中国の恐るべき拳法、蛇業拳。

 人間の筋肉の20倍の筋量を持つ蛇の動きを取り入れた魔拳である。

 

 晨淫邪(チェンインシェ)の掌は瞬時に鉄衛の手首を捉え、蛇が獲物を絞め殺す様な強烈な圧力をそこに加えた。 鉄衛 はこの一連の動きに反応する事を諦めた。彼我の身体能力差を知ったのだ。

 

 アナコンダが獲物を締め付ける力は握力にすれば750キロ近くになるという。

 しかしこの時晨淫邪(チェンインシェ)が発した剛力はそれを超える1トンであった。

 

 鉄衛のボディはダンジョン素材を加工した黒桜鋼という素材で出来ているが、もし鉄衛が人間であったなら手首を握りつぶされてしまっていただろう。更に晨淫邪(チェンインシェ)は毒手の持ち主でもある。

 

 壺に満たした数多の違法ドラッグや、シャブ漬け死体の肉片を拳で突き、それらを中和する薬剤に浸す事10年。晨淫邪(チェンインシェ)の毒手は、僅かに振れただけでもヘロインの数百倍の多幸感を相手にあたえ、神経組織をめちゃくちゃにしてしまう。別にふざけてこんな毒手にしたわけではなく、人間は苦痛より快楽にこそ抗いがたいという合理的思考によりそうなったのだ。

 

 だが鉄衛は人間ではなかった。

 身を隠す様にまとっていたポンチョの袖が破れ、メカメカしい機械腕がのぞく。

 

 ──人間ではない!?

 

 瞬間、晨淫邪(チェンインシェ)の動きが止まる。

 

 その隙を見逃さず、鉄衛のクォンタムキャパシタ駆動システム "陽炎"が起動した。これは"桜花征機" の前衛的試作機構であり、光子の量子効果を利用して電力を生産する。

 

 光子の量子効果を利用して電力を生産とは、分かりやすく言えば光の粒子(光子)を捕らえて電子を励起させ、それによって電流を発生させるプロセスのことで、太陽光発電パネルなどの技術では、このプロセスが用いられている。クォンタムキャパシタ駆動システム "陽炎" の場合は更に効率化が図られているが、原理としては似たものだ。

 

『鼠型の強力なモンスターと対峙した時、マスターは自身を太陽と成さしめました。僕はその姿にインスピレーションを得てこの技を考案したのです。その名も』

 

 ──大感電攻勢防御(シュトゥルムボルト・フルッヒゴット)

 

 シュトゥルムボルト・フルッヒゴットとは直訳すれば "電気嵐の祟り神" である。

 正しいネーミングだ。触れれば祟られる…つまり、感電するのだから。

 

 白い閃光が弾けて、散った。

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