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──スペードの8、ハートのK……クラブの5、の下にクラブのJ。最後は二枚重なっていますわね
──すっごーい! 本当に透視してるんだね。これでお嬢もPSI能力者かぁ
──最近発現しましたのよ。ダンジョンでも待ち伏せは避けられますし、案外便利ですわね
──あたしもさーPSI能力開発スクールに行こうと思うんだけどどう思う?
──協会運営以外のスクールは止めておいたほうがいいですわよ。詐欺も多いと聞きますし……
──なぁ、ここだけの話だけど。最近新人増えてるじゃん? なんか会話がぎこちない奴とかおらん? ほんと日本人なのかな。名前聞くと日本名なんだけどさ
──あー、それ外人やで。スパイ。でも放っておいてええわ。そういうのあえて泳がせてるし。うーん、でも偽装してるやつは悪質やね。そいつの名前覚えてる? 早期処理リストに加えておくわ
──え、処理リスト……?
──いや、こっちの話やわ! 気にしないでな
──あの、クレジットカードを作りたいんですけど、協会って在籍確認受けてくれますか?
──買い取りセンターの緑色の窓口に相談してみるといいですよ
──ごほん、皆……あけ美が業務上過失傷害で逮捕されたので、今日の探索は見送る事にする。え? いや、暴力を振るったとかじゃない。その……彼氏さんは一般人なんだが……つまり夜の生活で……体力差が出てしまって、な。男の証が折れてしまったらしい。重傷だ。先方からの嘆願もあるみたいで、更にちょっと特殊なパターンだから不起訴処分になる見通しらしいが、一般の人と交際している人は気を付けてくれよ……性別にかかわりなくだからな。ハァ、僕はもう帰るよ。ああ、じゃあな……
──ねえ聞いた? これまで池袋駅西口に東武百貨店があって、東口に西武百貨店があったでしょ? 来年くらいに西口にも西武百貨店ができて、東口にも東武百貨店ができるんだって! 西口の東武と東口の西武は一般人向けだけど、西口の西武と東口の東部は探索者向けらしいよ!
──ちょっとまって、混乱してきた
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「……ちょっと面白いかも」
比呂は意識をあちらこちらへ向け、色々と盗み聴きをした。直接的な探索の役に立つかどうかは怪しい所だが、Stermのデータバンクには無い生きた情報が飛び交っていた。中には「これは」と思う情報もあったりするので飽きない。
──暇そうな連中の所に臨時で潜り込もうかなとおもってたけど、皆暇そうだな……。まあいいか。そうだ、飲み物を……
比呂は立ち上がり、スペースの壁際に並んでいる自動販売機へ向かおうとして……そこで誰かとぶつかった。
「あ、ごめんなさい! ……あれ!?」
「いや、こちらこそ……あァ……この前の」
「「佐古さん!?/飯島さん、お久しぶりです」」
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「それにしてもこんな所でまた逢えるなんて! 敬語なんてやめてくださいよ! おれ……僕が使う立場ですから」
向かいに座った比呂が目をキラキラさせて言う。歳三は内心で首を傾げた。なぜならば、これまで歳三が比呂に会った回数は二回だけだが、そのいずれとも……
──なんだか雰囲気が違ぇな。別人……ってことでもないみたいだが……
一言で言えば見た目はどこか女々しくなった。
しかし、と歳三は思う。
「あ、あぁ……それにしても、印象がその、変わったな」
「僕、そんなに変わりましたか? あれから沢山ダンジョンに行きましたから……」
比呂の言葉に歳三は頷き、目を細める。比呂の背後に薄っぺらく存在感の無い小刀らしきものが見えるような気がした。それは惰弱で脆弱で薄弱な玩具の様な「凄み」だ。
しかしどれほどチャチなモノでも、「それ」が見える者と戦う事になった時、普段から油断をしない歳三ではあるがその時ばかりは
それは自分が相手を殺すか、相手が自分を殺すか、賽の目次第ではどちらへ転んでもおかしくない事を強く意識し、ただでさえ油断をしない精神を更に強固にする為の精神的儀式である。
「だが、強くなった……気がする。多分今、あの毛むくじゃらと戦えば……良い線までいけるんじゃないか、な」
歳三はやや自信なさげに言う。対面して感じる比呂の圧、精気の様なものがかつてより一回り大きくなっている、と歳三は思った。
それをきいた比呂は目をぱちくりとさせ、歳三へ尋ねた。
「今なら僕はアイツに勝てそうですか?」
歳三は首を横に振る。
「死ぬ。……今はまだ」
比呂は「でしょうね。今は、まだ」と答え、妖しくも赤味を帯びた唇を笑みの形に変えた。
その表情は傲岸不遜な笑みであった。
自身が強くなると信じ切っている者の笑みだ。
仮に歳三と比呂が本気で殺しあったとして。
今は百回戦って百回歳三が勝つだろう。
一年後も百回戦って百回歳三が勝つ。
五年後も同じだろう。
しかし十年後にはどうか? 百回戦えば二つ、三つ落とすかもしれない。
二十年後は? 落とす数は二十や三十では済まないだろう。
そんな凄絶な気迫……凄相が比呂の表情には宿っていた。
頼もしい後輩だ、と歳三は思う。
「ところで佐古さんはこれから探索に行くんですか?」
比呂が何気なく尋ねた。歳三は首を振り、事情を話す。
情けない話だが、これこれこういうわけで、しかし友達といっても俺にはほにゃらら……だから顔見知りをふにゃらら……
という齢四十七が聞いて呆れるしょうもない目的である。
「……なるほど……そうだ! 僕を連れていきませんか? 僕と佐古さんが顔を合わせたのは今日で三度目ですよね? ましてや一度は命を救ってもらっています。常識的に考えて、これは普通の関係ではありませんよ。赤の他人同士が命を救ったり救われたり、僕は入院中の佐古さんをお見舞いしたこともあります。ご飯くらい一緒に食べにいくのはおかしい事じゃありません。それに僕らの世代じゃこれまで会った事も話した事もない相手とインターネットを通じて知り合って、いきなり旅行にいったりとかも珍しくないんです」
常識的に考えて
珍しくない
おかしい事じゃない
その手の単語を並べられてしまうと、根が同調圧力ヨワヨワ体質である所の歳三はもはや抗する術を持たない。
「そうなのか……言われてみれば、確かにそうかもしれない……」
元来がクソ怪しい詐欺にもすっかり騙される歳三だ。いまでこそ詐欺だの悪意だのには多少敏感に反応するようになったが、比呂に悪意はなく、言葉の中にも虚偽は無かった。そんな比呂にガァーっと勧められてしまうともう断れなくなる。
結句、歳三は比呂の提案を全面的に受け入れる事となった。二人は連絡先を交換し、そこで別れる事となる。
比呂はもう少し話したそうではあったが、この歳三という男は根が直行直帰原理主義者に出来ているため、用事が終わった瞬間に帰るという性質を持っているのだ。
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ちなみにこの時点での比呂の心中としては、単に尊敬する先輩と一緒に飯を食いに行けるチャンスをゲットできて嬉しいくらいなものであった。
彼はまだ自身に起こりつつある変異に気付いていない。少し細くなったかなとは感じてはいるものの、身体能力自体は著しく上昇しているのだ。
雑司ヶ谷ダンジョンに挑んだ時点の比呂の百メートル走のタイムは六・五秒。頑張れば軽自動車を素手で解体くらいは出来る……程度だった。
しかし今仮に能力測定をしたならば、百メートル走のタイムは四・五秒。後先を考えない全力パンチならば軽自動車を一撃全損させ、ばらばらのスクラップにしてしまう事が出来るだろう。拳銃弾の直撃を腹部にうけても十発やそこらは耐えられるはずだ。ちなみに協会が主催する探索者向けの訓練として、九ミリ弾の実弾射撃を生身で受け止めるという耐久力強化訓練があり、これは丙級以上から受講できる。