ウマ娘×JWC。耳かきを添えて   作:雨宮季弥99

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ルドルフ×リムジンのお話です。史実ではアメリカ遠征にて大した成果を出せず、それどころか危うく現地で安楽死させられかけるという散々な結果になったルドルフですが、もしもリムジンと出会っていたら。そんな妄想を元にしたお話です。


ルドルフ×リムジン

 日本において初めて無敗三冠を達成し、更に七冠を達成したシンボリルドルフ。彼女の実力は日本国内に留まる事なく、ついに海外遠征となる。

 

 その第一の舞台となったのはアメリカ。ここで好成績を残し、後に既にシリウスが遠征している欧州へと遠征するのがルドルフの遠征の大まかなスケジュールとなっている。

 

 アメリカの大地を踏みしめたルドルフは、そのままトレセン学園のアメリカ支部へと向かい、そこで現地のスタッフと合流し、今後のトレーニングなどのスケジュールを話し合っていたが……。

 

「シ、シンボリルドルフさん! 大変です!」

 

 ミーティングルームでトレーナーと現地スタッフを交えて協議しているルドルフの元に、スタッフの一人が慌てて駆け込んできた。

 

「どうかしたんですか?」

 

 トレーナーが対応すると、スタッフは慌てながらも呼吸を整え、そして叫んだ。

 

「リムジンが……あのハリウッドリムジンが、ルドルフさんに面会したいと!」

 

 スタッフが告げた名前に一同は言葉を失い……一足早く気を取り直したトレーナーが慌てて聞き返した。

 

「リムジンが……!? な、なぜ彼女がルドルフに?」

 

「わかりません……ですが、できれば今から面会したいとの事ですが……どうしますか?」

 

 スタッフの言葉にトレーナーは視線をルドルフに向ける。すると、ルドルフは真正面からスタッフを見据えて答えた。

 

「無論、すぐにでもお会いしよう。応接間に案内してもらえるか?」

 

「はい、すぐにでも!」

 

 慌ててスタッフが準備を整え、ルドルフが先に応接間で待っていると、程なくしてスタッフがリムジンを連れて応接間に入ってきた。

 

「初めまして、シンボリルドルフさん。ハリウッドリムジンです」

 

 入ってきたのはアメリカウマ娘として相応しい光を反射して輝く金髪に高身長、だが、その中でも上半身が群を抜いて長いウマ娘……アメリカにおける無敗三冠であり、BCクラシックの制覇を始めとしたダートコースでも多くの好成績を残す、アメリカで最強と噂されるウマ娘……ハリウッドリムジンである。

 

 その上半身を前に傾けることによる重心の移動。それに伴う強制的な駆け足による最後のラストスパートは有名であり、その足腰を鍛えるためにロシアの優駿、ニンジャスナイパーと共にコサックダンスを踊っている動画は既に100億回再生を突破しているという。

 

 その為、ルドルフは内心緊張しながら彼女を迎えたのだが、ルドルフが驚いたのは彼女の日本語であった。アメリカウマ娘である彼女は当然英語を喋ると思い、ルドルフは英語で喋る心構えをしてきていた。だが、リムジンの口から出たのは日本人と遜色のない日本語であった。

 

「初めましてハリウッドリムジンさん。シンボリルドルフです。お会いできて光栄です……ところで、会話の方は日本語で大丈夫でしょうか?」

 

「あ、はい。日本語のほうは問題ないので、ルドルフさんのやりやすい方で良いですよ」

 

「わかりました、では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 互いに握手し、向かい合って椅子に座る両者。すると、リムジンは手持ちの包みをテーブルに置いた。

 

「お口に合うかわかりませんが、宜しければ」

 

「これは……どうも、ご丁寧に」

 

 極穏やかに差し出された包みに再び気勢をそがれたルドルフは一瞬口を詰まらせたが、そのままお土産を受け取った。

 

「それで……貴女の事は日本でもよく広まっています。今アメリカで最強とまで言われている貴女が、私に何の御用でしょうか?」

 

 ルドルフの問いにリムジンは出されていたコーヒーを一口飲み……そして、ルドルフをしっかりと見据えて答えた。

 

「単刀直入に言いましょう。ルドルフさん、アメリカ遠征の間、私と一緒にトレーニングをしませんか?」

 

「なん……ですって?」

 

 突然の提案。それはルドルフを持ってしても言葉を失わせるのには十分すぎた。

 

「貴女……いえ、日本のウマ娘にはアメリカでのレース経験は少ない。それゆえに経験を積める相手と言うのは必要でしょう。それに私は貴女の言う通りアメリカに置いて最強と謳われています。合同訓練の相手としては十分だと思いますが」

 

 リムジンの言う通りである。だが、同時に余りにも破格の提案でもある。むしろ、何かしらの罠であると言われても納得がいくほどの好条件。当然ルドルフは猜疑の目を向けざるを得ない。

 

「なるほど、確かに私にとっては貴女との合同訓練はこれ以上ないほどに魅力的な提案です……だからこそ貴女の意図を聞きたい。なぜ、貴女はそのような申し出を? 貴女の実力なら真正面から私を負かす事だって十分可能なはず。、貴女にとってのメリットはなんなのですか?」

 

「そうね、日本のあるウマ娘に頼まれた。と言っておくきます。先に言っておくと、貴女の知らないウマ娘……だけど、私にとっては絶対に無視できない相手です。それに、日本の無敗三冠ウマ娘がどんな走りをするかに興味もありますから」

 

 猜疑の目を向けるルドルフを正面から見返すリムジン。両者、暫くの間そうやって視線を合わせ続け……やがて、ルドルフのほうから緊張を解いた。

 

「いずれにしろ、すぐに返事と言うわけにはいきません。少し時間を貰えないですか?」

 

「ええ、勿論。決心がついたらここに連絡をください」

 

 そう言ってリムジンは自分の携帯の番号をルドルフに教えると、そのまま応接室を後にした。残ったルドルフはすぐにトレーナーと相談する。

 

「……あまりにも好条件過ぎる。トレセン学園が大金を払っているとかならともかく、向こうから申し出てくる意味がわからない。日本のウマ娘に頼まれたと言っても一体誰が……?」

 

「私の知らないウマ娘と言う事はシンボリ家やメジロ家と言った名家の関係ではないだろう……だけど、いずれにせよこれ以上ない好条件なんだ。私は受けようと思う」

 

「本当に良いのか? もし、何かの罠だったら……」

 

「罠だったなら食い破るまでさ」

 

 こうして、ルドルフはリムジンとの合同訓練を了承し、すぐにその旨を彼女へと連絡した。そして、翌日から二人は互いのトレーナーを交えて合同訓練を開始した。

 

 リムジンのトレーナーである双子のチキン兄弟はルドルフ達を歓迎し、互いに自分の知識と経験を惜しみなくルドルフへと注いでくれた。そして、リムジンもまたルドルフがアメリカのレース場に慣れることができるように幾度も併走に付き合った。特に日本のレース場には少ないダートコースを横切る物や、坂を駆け降りるレース場に関しては併走に付き合うのと同時に念入りにルドルフの体調チェックを行い、僅かな異変も見逃さないという強い意志を示した。

 

 そんな彼女達の献身的な態度に、ルドルフもトレーナーも徐々に警戒心を解き、最初の目標レースであるサンルイレイステークスに出走するときには既に友人と言っても良いほどの信頼を置いていた。

 

 そして、そこからルドルフはレースにおいて次々に好成績を収めていく。全てのレースで掲示板入りを果たし、特に初戦のサンルイレイステークスでは見事に一着を飾った。だが、そんな彼女を最後まで阻んだのはリムジンであった。いくつかのレースではリムジンと共に走る事になり、そして全てにおいて彼女に負けたのだ。

 

 そうしてリムジンを超える事こそ叶わなかったものの、アメリカ遠征で好成績を納め、体調も万全であるルドルフは予定通り、シリウスが遠征している欧州へと遠征することになった。欧州へ向かう当日、空港ではルドルフと関係者達、そして彼らを見送るためのリムジンの姿があった。

 

「ルドルフ、次の遠征も頑張ってね。貴女なら、もっと良い成績を出せるから」

 

「ああ、君に鍛えてもらった事、欧州でも十全に発揮してみせよう……所で、最後だし、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

 ルドルフはリムジンと握手をしながら、少し迷いながらもそう切り出した。

 

「リムジン、君が私のサポートをしてくれた理由に嘘はないんだと思う。だが、それだけではないんじゃないか? もしそうなら、理由を教えて欲しい。どうして君は、君にとって実の少ないはずの私のサポートをしてくれたんだ?」

 

 ルドルフの言葉にリムジンもまた少し迷いを見せるも、しっかりと握手している手を見て逃げられないと悟ったのか、口を開いた。

 

「ルドルフ、私はいずれ日本に遠征するわ。その時に貴女から聞いた話とかを役に立てたいの」

 

「それは……私をサポートするように君に言ったウマ娘と戦うためなのか?」

 

 ルドルフの問いにリムジンはしっかりと頷く。

 

「……わかった。君がそのウマ娘に勝てる事を祈ろう。もし、私が遠征から帰ってきた後なら、今度は私が君を全力でサポートすると誓うよ」

 

「ええ。その時はお願いね、ルドルフ」

 

 こうして互いに誓いの握手を交わした二人は別れていく。ルドルフはリムジンに見送られ、欧州にてシリウスと合流して数々のレースに出場した。

 

 リムジンとの合同訓練が生きたのか、この地でもルドルフは皇帝の名に恥じない成績を収めていく。だが、唯一、フランスの最強ウマ娘ピンクフェロモンに対してだけは勝ち鞍を上げることはできなかったが、その妹であるスーパーフェロモンには何とか辛勝をもぎ取り、ケニアから遠征してきたシマウマ娘のサバンナストライプとも勝負を演じた。

 

 そして月日は過ぎ、今ルドルフはシリウスと共にトレセン学園フランス支部の応接間でテレビを見ていた。

 

「さて……あのハリウッドリムジンが態々日本に遠征とはな。皇帝様のいう事が正しければ勝ちたいウマ娘が居るって事だが」

 

「ああ……だが、今日のレースで彼女にそこまで言わせる程のウマ娘がいるか……」

 

 真剣な眼差しでテレビを見つめる二人。テレビの内容は今日開催される日本のジャパンカップであり、アメリカからはあのハリウッドリムジンが参加を表明したことにより、今までにないほどの熱気に包まれている。

 

 特に対抗ウマ娘として注目されているのは、今年ルドルフと同じ無敗三冠を飾ったウマ娘、ギンシャリボーイであった。アメリカでのルドルフとリムジンの事を引き合いに出して実況が盛り上がっているが、それを見つめるルドルフの視線はそれほどの熱はない。

 

「皇帝様はどう思うんだ? あのギンシャリボーイとやらがリムジンに勝てると思うか?」

 

「……いや、恐らく無理だろう。リムジンは早期から日本入りして日本の芝にも慣れているし、あのアメリカで最強とまで謳われているウマ娘だ。無敗三冠を成したギンシャリボーイも突出した実力の持ち主だろうが、無敗三冠はあくまで同年代の中で最強であるという事だ。あと一年もあれば十分な経験を積む事もできただろうが……今の彼女がリムジンに勝つ要素はない」

 

「は、それもそうか。それじゃぁ、今日はリムジン様の雄姿を見物させてもらうとするか」

 

 そんな二人が話をしている中、テレビからはレースのスタートが切られた音が流れてくる。ギンシャリは先頭集団、リムジンは中団からレースを進めていく。

 

 レースそのものは多少の荒れこそあるものの順調に進んでいた。だが、最終コーナーから先、一気に場が動き始める。

 

「おい、なんだありゃ……ギンシャリの奴、いつの間にあの集団を抜けやがった!? おいルドルフ、わかるか?」

 

「隙間なんてほとんどなかったはずだ……無減速でクロスステップを行った? まさか、そんな事ができるのか?」

 

 集団の中に居たギンシャリだが、二人が気づいた時には既にその集団から抜け出して先頭を走っていた。だが、それと同時に外回りからリムジンが一気にスパートをかけ、一気に先頭集団をごぼう抜きする。他のウマ娘達もスパートをかけていくが、勝負ははっきりとギンシャリとリムジンの一騎打ちの形になった。

 

「リムジンが動いたか……だが、なんだこれは……!」

 

 そのまま後続を置き去りにして競い合う両者。だが、最後の直線に入ってからも二人の距離は未だに離れている。リムジンは体を地面とスレスレになるにまで倒し、限界までスピードを上げているが、それに対してギンシャリはまるで人間のランナーのように上半身を上げて走り続ける。

 

「ギンシャリが立った! シャリが立った! そしてリムジンの体も前方に向かってぐんぐん伸びる! 一騎打ち! 完全な二人の一騎打ちだ!」

 

 実況の興奮した声がレースの熱気を更に加速させていき、観客達のテンションもうなぎ登りになる。

 

「……おいおい、なんだあの走り方。あんなんじゃ諸に風の抵抗を受けるじゃねえか。なのに……なんだよあの速度は」

 

 その光景を見るシリウスが思わず自分の目を疑う。実際、ウマ娘の走るスピードは車にも匹敵する。その為最後のラストスパートでは体を前方に傾け、風の抵抗を少しでも無くそうとするのが普通のはずだ。

 

「……いや、スポーツ学で言えばギンシャリボーイの走り方こそ最も力を無駄にしない最適な走り方のはずだ。だが、あれは加速用ではなくトップスピードを維持するための走り方だし、あの速度では相当の風の抵抗を受けてるはず……なのに……! なぜ更に加速できるんだ!?」

 

 困惑する二人を他所にテレビの中の二人はレースを走り続ける。少しずつ追いつくリムジン、それから逃げようとするギンシャリ。テレビが映し出す二人の表情はどこまでも険しく、余裕の欠片もないのがよくわかる。だが……。

 

「ゴール! ギンシャリボーイ! ギンシャリボーイがアメリカからの最強刺客、ハリウッドリムジンを制して一着となったー!」

 

 リムジンの猛追を振り切ってギンシャリがレースを制した。それに続いてリムジンがゴール版を駆け抜け、そこから1秒以上の後に後続のウマ娘達が次々にゴール版を駆け抜ける。日本の、世界の優駿達が、この二人相手には影を踏む事すらできず、レースが終わったのだ。

 

「……ハハッ、なんだよこれ。ギンシャリは今年無敗三冠になったばっかなんだろ。いくら実力があるって言ってもこんなんは……」

 

 レースの結果にシリウスが呆然としながら呟く。だが、不意に隣から轟音が聞こえ、慌てて視線を向けた。

 

「おい……おいッ! 何してやがる!」

 

 そこでは凄まじい形相を浮かべたルドルフが全力で拳を目の前の机に叩きつけている姿があった。分厚い木製の机は、ルドルフの全力の叩きつけに耐えられずに半分に割れていた。

 

「何してやがる! ああ、そんなに血が出て……! 救急箱取ってくるからちょっと待ってろ!」

 

 慌てて応接間を出ていくシリウス。だが、それに気づく事すらなく、ルドルフはテレビを睨み続けていた。

 

 それから欧州での遠征を終えてシリウスと共に日本に戻ってきたルドルフだが、あのジャパンカップを目にして以降、常に激しいトレーニングに身を置き続け、時折出走するレースでは常に大差によって勝利し続けている。

 

 その有様は皇帝と言うよりも最早暴君に相応しく、ルドルフを慕うテイオーやツヨシと言った面々ですらも容易に触れ合う事ができなくなっている。

 

「……どうすればいいんだ」

 

 トレーナー室で一人、ルドルフのトレーナーは頭を抱えていた。最近のルドルフのトレーニングやレースにおける姿勢はもはや行き過ぎており、このままではいつ体を壊してもおかしくないし、彼女を慕うウマ娘達から倦厭されているのもどうにかしなければならない。だが、なんとか休ませようとしても強引に振り払われているのが現状だ。

 

「何か……何かあれば良いんだが……」

 

 何かキッカケがないかと机の上を見渡すトレーナー。そんな彼の視線にふと一枚のチラシが目に入った。

 

「これは……温泉宿の案内か」

 

 そこにあったのはトレセン学園から比較的近場にある温泉宿のチラシであった。都会よりは遠く、かと言って秘境と言うほど寂れているわけでもない、程々の温泉宿であると書かれている。

 

「……そうだな、一か八か、試してみよう」

 

 そう言うと、トレーナーはルドルフのスケジュールを確認しつつ、チラシの番号に電話していた。

 

 

 

 それから一週間後、トレーナーはルドルフと共に温泉宿の前に立っていた。

 

「ふむ……中々、悪くはなさそうだな」

 

「ああ、気に入ってくれたなら嬉しいよ。さぁ、中に入ろう」

 

 宿を見上げるルドルフの手を取って連れて行くトレーナー。なにせ暴君とまで呼ばれる程に荒れ狂っていた彼女を連れてくるために彼はかなりの苦労を味わう羽目になったため、今も気が変わって彼女が急に帰ったりしないようにしっかりと手を握って引っ張る必要性を感じているのだ。

 

 そんな彼にしっかりと握られている手を見つめて僅かに頬を染めるルドルフに気づくこともなく、トレーナーはチェックインを済ませると足早に部屋に足を運んだ。

 

「ふぅ、ここが泊まる部屋か」

 

 部屋の中は二人が宿泊するのに十分な広さがあり、障子で二部屋に分けることもできる為、互いのプライベートスペースを確保するのも問題はない。

 

「ああ、これなら十分な広さだな……さて、私は温泉に入ろうと思うが、トレーナー君も一緒にどうかな?」

 

「ああ、喜んでお供するよ。ルドルフが逃げないかも気になるしな……」

 

 トレーナーの言葉にルドルフは苦笑を浮かべて答える。

 

「流石にここまで来て宿泊しない、はないよトレーナー君。それに……確かに最近の私は少々行き過ぎていたと思う。エアグルーヴやテイオー達にも迷惑をかけたし、ここは温泉でしっかりと休養を取るつもりさ」

 

 そう返すルドルフの様子は暴君と呼ばれるようになる前に戻っており、それを確認したトレーナーは安堵の息を漏らした。

 

「ああ、是非ともそうしてくれ。さて、それじゃぁ早速行こうか」

 

 そうして二人は温泉に入りに行き、露天風呂を含めて心行くまで堪能し、温泉から出た後はゲームセンターで少し遊んだり、宿の周辺の土産物屋でトレセン学園の面々の為のお土産を買い込んだり、マッサージチェアで寝落ちする程堪能したりと……休日を満喫していく。その様子は傍から見れば熟年夫婦のように見えただろうが、二人にはそう言った意識もなく、楽しい時間は過ぎていく。

 

 やがて日も落ちた二人は宿に戻り、山の幸を豪勢に使った夕飯に舌鼓を打ち、もう一度温泉に浸かった後は部屋で思い思いに過ごしていた。

 

「はぁ……良い湯だったなぁ。明日も朝から入ってもいいかな」

 

「あはは、流石に入りすぎじゃないかい? ……いや、それも良いかもしれないな。こうしてのんびりとしていると、いかに自分に余裕がなかったかが良くわかるよ」

 

 そう言ってトレーナーを見つめるルドルフの視線は優しく、改めて彼女の雰囲気がジャパンカップの前に戻っていることをトレーナーに実感させた。

 

「……ああ、やっぱり君はその表情の方が似合うよ。最近の君は本当に荒れていたからね」

 

「反省しているさ。まさか君が土下座をしてまで私に休息を求めるなんて思っても居なかったよ……いや、本当に、最近の私は視野狭窄に陥っていたようだ」

 

 そう言って苦笑を浮かべながら自分の肩を揉むルドルフ。それを見たトレーナーは自分の荷物の中から耳かきを取り出し、正座をすると、自分の膝を軽く叩いた。

 

「ほら、そんな生徒会長さんは耳の掃除もしておいた方が良いだろう。こっちに来てくれるかな?」

 

「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 ルドルフは自然にトレーナーの元へ向かうと、その膝の上に頭を乗せる。仰向けに寝る形で頭を置いたルドルフの視線は自然とトレーナーの顔へと向かった。

 

「さて、と。耳の様子は……うん、お風呂に入った後だし、特に目立つ汚れは無さそうかな」

 

 そう言いながらもトレーナーが耳かきでルドルフの耳を掻いて行っていくと、少しずつ耳垢が取れていく。

 

「ん……んふ……くすぐったいな」

 

「我慢してくれよ。変に動いたら痛いからな」

 

 カリカリカリ……と音を立てながら耳かきを動かすトレーナー。少量だが取れる耳の汚れを和紙の上に捨てていき、ルドルフの耳の汚れを掻き出していく。

 

「む……こうしてみるとまだ汚れが残っているものだな。もっと念入りに擦らないとダメかもしれないな」

 

「やりすぎると皮膚を傷つけるし、程々で良いよ。それに、それでも気になる俺が都度耳かきしても良いし」

 

「アハハ、それは楽しみだね」

 

 トレーナーの言葉に笑みを浮かべるルドルフ。その様子に苦笑を浮かべながらもトレーナーは耳かきを続ける。

 

「ん……く……んん……」

 

「ルドルフ、その声は俺に効くからやめてくれ」

 

「いや……そう言われてもだね……んッ……」

 

 外側を掃除し終わった耳かきはその先端をルドルフの耳の中に入り込んでいた。風呂上りとは言え時間を置いているため既に耳の中は乾いており、粉状の耳垢を耳かきが掻き出していく。

 

 カリカリカリ……カリカリカリ……

 

 ガリガリ……ベリッ

 

 粉を掻き出す中、時折小さな塊を剥がす音がルドルフの耳の課に響く。

 

「ん……はぁ……耳垢を剥がすのは……気持ち良くなってしまうな」

 

「瘡蓋を剥がすときみたいな痛気持ち良いって感じになるからな。とは言え……やりすぎはいけないのはわかるだろ?」

 

「はは、勿論だよトレーナー君。とは言え……こうしてリラックスした状態で君に耳かきをしてもらうのは……癖になりそうだ」

 

 ガリガリ……ガリガリ……

 

 ベリベリ……ベリッ……

 

 耳かきは順調に続き、やがて和紙の上に捨てられる耳垢の量が増え、白い和紙の上に黄色や茶色の耳垢が散らばっていく。

 

「んー……掃除はこれぐらいだな。後は梵天でコショコショーっと掃除して……」

 

「んっ! ちょ、っと……こそばゆいかな」

 

 頬を僅かに赤く染め、トレーナーを見上げるルドルフ。その表情に心臓の高鳴りを感じつつも、トレーナーは梵天で掃除していく。

 

「すまんな。じゃぁ次は保湿用のローションを塗っていくぞ」

 

「ん……今度は冷たい……か。中々刺激的だね」

 

 耳垢を剥がされ熱を帯びる部分に冷たいローションが塗られて冷やされる。その感覚にルドルフは体を少し震わせる。

 

「さて……と。それじゃぁ反対側をしていこうか」

 

「ああ、頼むよ、トレーナー君」

 

 そうして、反対側の耳かきが開始された。

 

 カリカリカリ……カリカリカリ……

 

 カリカリカリ……カリカリカリ……

 

 静かな部屋の中、耳かきの音が静かに響き、耳垢が掻き出されていく。

 

「ん……ふぁ……あ……♡」

 

 耳かきが動くたび、ルドルフの口から甘い声が漏れ出る。それは静かな部屋の中でトレーナーの耳にまで届き、時折彼の心臓の鼓動を早くさせていく。

 

「ルドルフ……その、声をもうちょっと押えられないかな?」

 

「それ……は、ちょっと難しい……かな」

 

ルドルフとて自分の声がトレーナーに聞こえるのが恥ずかしいとは思っている。だが、絆を紡いできたトレーナーに自分の敏感な部分の掃除をされていて完全に声を抑えるというのはさしもの皇帝であっても無理であった。

 

「う……わかった、俺の方が我慢するよ」

 

「そ、そうしてくれると……んん……♡ 嬉しいかな……アッ♡」

 

 ルドルフの声に理性が蕩けそうになるのを我慢しながら、トレーナーア耳かきを続けていった。

 

 

 

「……ん……んん……」

 

 眉間に皺を寄せながら目を開けるルドルフ。電灯の明かりに目を細めつつ目の前を見ていると、徐々にボヤけていた輪郭がしっかりとしていき、トレーナーの顔が判別できた。

 

「トレーナ君……私は寝ていたのかな?」

 

「おはようルドルフ。30分ぐらいかな、耳かきが終わった後にそのまま寝ちゃってたよ」

 

 そう言われると、確かにその辺りの記憶が曖昧な事に気づいたルドルフ。そんな彼女の頭をトレーナーが撫でた。

 

「あんな可愛い寝顔は久しぶりに見たかな。これからももっと見たいと思ったよ」

 

「はは、私の寝顔なんて見ても面白くはないよ、トレーナー君」

 

 二人の間に穏やかな雰囲気が流れ、互いに心地良さを感じていた。だが、次のトレーナーの言葉がその雰囲気を変える。

 

「……ルドルフ。ちょうどいい機会だから聞きたいんだが……最近の君の尋常じゃない様子は、やはりあのジャパンカップが原因なのか?」

 

 その問いにルドルフの体が一瞬強張る。そのまま互いに見つめ合い……そして彼女は口を開いた。

 

「……そう、だな。あれは私にとってあまりに衝撃的だったよ……トレーナー君、聞いてくれるかな?」

 

「ああ、教えて欲しいな」

 

 トレーナーの言葉にルドルフはしばらく口を閉じ、自分の中の考えを整理する。そして、整理し終えてから再び口を開いた。

 

「……トレーナー君。リムジンは強いウマ娘だ。私も日本では最強であるという自負があった。マルゼンスキーにもシービーにもブライアンにも……時の運こそあっても基本的には私のほうが強いと考えていた。だが、リムジンはそれ以上なんだ」

 

「アメリカでは私はついに彼女に辛そうな顔さえさせることができなかった。彼女は最後まで涼しい顔のまま、私とのレースに勝利していたよ。アメリカの地で得た大切な友人であると同時に、私にとってはある意味で超えるべき壁であった、大切な存在だった」

 

「だからこそ、あのレースの映像は……信じられなかった。ギンシャリボーイは確かに無敗三冠を達成した。だが、まだそれだけだと思っていた。そんな彼女にリムジンが負けた。それも……本当に全力を尽くしての敗北なんだと……わかった」

 

 そこまで言ってルドルフはいったん口を閉じた。そして目を閉じ、当時の事を思い出しながら、口を開く。

 

「ああ……今でも鮮明に思い出せる。あの最後の直線。リムジンは叫んでいたよ。私が一度も見たことがないような……全力の形相からの叫びを。ギンシャリボーイに対して、全力の咆哮を上げていたのさ」

 

「その時の私の感情を……どう表せばいいのかな。嫉妬、怒り、悔しみ……ともかく、そんな感情しかなかったよ。リムジンをあそこまで本気にさせられなかった私自身へのみっともなさや、同じ無敗三冠であるはずのギンシャリボーイへの嫉妬等……ああ、皇帝なんて呼ばれていても、私も所詮一人のウマ娘でしかなかったわけだ。見損なったかな?」

 

 ルドルフの問いにトレーナーは首を横に振る。

 

「まさか。むしろ、君がより近く感じるようになったよ」

 

「はは、お世辞でも嬉しいよ……まぁ、そう言うわけさ。最近の私はただ八つ当たりをしていたようなものだ……ああ、そうそう。トレーナー君。実は、そろそろ引退を考えているんだが」

 

「は? ちょ、いきなり何言ってるんだ!?」

 

 先程まで大人の余裕を見せていたトレーナーだが、ルドルフの言葉に慌てる。それを見て苦笑を浮かべながらもルドルフは喋り続ける。

 

「おかしい事ではないだろう? 私も長く走ってきた。そろそろ後進に譲る段階さ。ただ……最後に絶対に走りたいレースがあるがね」

 

「絶対に走りたい……? まさか、ジャパンカップの事か?」

 

 トレーナーの言葉にルドルフは頷く。

 

「ああ……正確には別にジャパンカップじゃなくても良いんだが……ともかく、最後にギンシャリボーイとリムジンが戦うレース。それに参加して、どのような結果になろうともそこで引退しようと考えているんだ……」

 

「それは……」

 

 早いんじゃないのか。その言葉をトレーナーは呑み込んだ。確かにルドルフはまだ走れるだろう。だが、走り続ければ続けるほど、彼女の体に何かが起きる可能性があるし、何より彼女が勝ち続けるという事は、他のウマ娘の勝ちを奪う事でもある。非常に傲慢な物言いであるが、同時に正しい事でもあるのだ。

 

「はは。そんな顔をしないでくれないかな? 引退したからって私が居なくなるわけじゃないんだから」

 

 気づけば、ルドルフの手が伸びて、トレーナーの顔を撫でていた。

 

「それに……君に伝えたいこともあるんだよ。学生の身では伝えられない、大事な事がね」

 

「学生の身では……? ちょ、それってまさか……!」

 

 慌てて問い詰めようとするトレーナーの口を、ルドルフは人差し指で塞いだ。

 

「まだ、だ。学生の身である私からはまだ伝えられないし、君に言葉にさせるわけにもいかない。だから……もう少しだけ待っていてくれないか?」

 

「……ああ、そうだな。そうさせてもらうよ……できれば、引退したからじゃなく、レースに勝ったから。で伝えてもらいたいけどな」

 

「ああ……もちろんだよ。トレーナ君」

 

 互いに笑いあうトレーナーとルドルフ。そして、暫くの間和やかに過ごした後、二人は就寝に着いた。

 

 それからも数日の間、二人は温泉宿にて心行くまで温泉を堪能し、トレセン学園に戻ってきたときにはすっかりとリフレッシュしていた。その為、周りはようやく元の会長に戻ったんだと安堵し、彼女と親しいウマ娘達も安堵の息を漏らした。

 

 だが、レースに関しては以前と変わらず……と言うよりも更に激烈になっており、最早彼女がレースに出るだけで辞退するウマ娘まで出始め、トレセン学園から要請される形でレースへの出場の数を減らす有様である。そして、月日が過ぎ……。

 

 

 

 

 

 

 ジャパンカップ。日本で行われる国際的レース。これまでも多くの名勝負を生み出してきたこのレースだが、今年は過去最高蝶の盛り上がりを見せていた。その理由はスペシャルウィーク、ウオッカと言った過去に出場した名ウマ娘、モンジューを始めとした海外で華々しい成績を収めたウマ娘の出場。そして……4人の無敗三冠が揃ったのである。いや、正確に言えば4人の無敗三冠が出場するが故に、彼女達と覇を競いたいと思っている優駿達が集ったと言うべきだろうか。

 

「さぁ、来ました5番ピンクフェロモン。フランスで無敗のトリプルティアラを獲得したフランス最強ウマ娘。このレースの前には凱旋門賞を制しました。ヨーロッパではシンボリルドルフを一度たりとも勝たせる事はありませんでしたが、今回もその魅力によって勝利する事ができるのでしょうか」

 

「7番ハリウッドリムジン。アメリカ最強の刺客が今年も日本に上陸だ。今年こそギンシャリボーイに勝つことができるのか。シンボリルドルフとの戦いにも注目です」

 

「8番シンボリルドルフ。海外遠征で身に付けた実力は伊達ではない。最近の苛烈なるトレーニング、レースにて培った力で海外では勝つことができなかった二人の無敗三冠に勝つことができるのか。後輩の無敗三冠、ギンシャリボーイに先輩として、皇帝として、貫録を見せることができるのか」

 

「11番ギンシャリボーイ。昨年のジャパンカップではハリウッドリムジンを下し、見事一着になりました。今年も海外の無敗三冠達に勝つことができるのか。また、先輩の無敗三冠、シンボリルドルフとの対決にも注目です」

 

 もはや無敗三冠のバーゲンセールとでも言うべきか。ウマ娘史上類を見ない4人の無敗三冠のレースであり、他のウマ娘達もまた、4人に届きうる実力と華々しい戦績を持つ者ばかりである。

 

「……リムジン」

 

 ゲートに向かうリムジンにルドルフが声をかける。

 

「……今年は、私が勝つ。君にも、フェロモンにも……ギンシャリボーイにもだ」

 

「ええ、楽しみにしているわ。日本でお世話になったお礼として……全力で戦うから」

 

 リムジンは一度後ろに振り向き、ルドルフを見ながらしっかりと宣言する。彼女はこのジャパンカップに向けて今年も早期に日本入りしてからはルドルフと共にトレーニングを重ねてきた。今年はなんとしてもギンシャリに勝つ。その意気込みを強く感じさせている。

 

 そんなリムジンの後姿を見送りつつも、ルドルフは視線を横に向ける。そこには彼女の後輩、新たなる無敗三冠たるギンシャリの姿がある。

 

「うふふ、生徒会長さんはリムジンさんと仲が良いのですね」

 

「……そうだな、でも、君もリムジンとは仲が良いんじゃないのかな?」

 

「ええ、まぁ、良い付き合いをさせてもらってますね」

 

 ギンシャリに話しかけられルドルフが答える。ルドルフからはレース直前のピリピリとした空気が発せられているが、ギンシャリはそれをどこ吹く風と受け流している。

 

「うふふ、生徒会長さん……今日は互い全力で走りましょうね」

 

 そう言うと、ギンシャリはゲートへと入っていく。ウマ娘の中にはゲートの中に居ると落ち着かずに動揺する者も居て、それはレースを重ねても治らない者も多い中、ギンシャリは涼しい顔でゲートの中で過ごしている。

 

「……ふふ、そうさせてもらう……楽しみだよギンシャリボーイ」

 

 血が滾る。自分がこれまでない程にモチベーションが高まっているのがルドルフにはよくわかっていた。ウマ娘の歴史の中でこれ程の強豪が一度に競い合うレースがあったのだろうか。自分がその場に立っているという事実が、ルドルフのやる気を際限なく上昇させる。

 

 そして、彼女もゲートの中に入り、開く瞬間を今か今かと待ち続ける。

 

(さぁ……最高のレースにしようじゃないか!)

 

 そしてゲートが開き、レースが開始された。

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