異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第94話 はじまりの日①

「ふぅ……」

 

 額に湧き出る汗を、右腕でぬぐう。

 

「今日もあっついなぁ」

 

 まだ朝だってのに気温が高くて、太陽はまだ顔を出したばかりなのに陽射しと湿気がかなりキツい。これからもっと酷くなるってのは考えたくもないけど、ここ数年の感じだときっとそうなるんだろう。

 そんなことを考えながら、ホウキでタイル敷きの歩道を掃いていく。人通りもほとんどないから、撒き散らされることもなくゴミが集まっていった。

 聴こえてくるのは、しゃり、しゃりと、ホウキの穂とタイルが擦れる音だけ。

 

「ちりとりを持って来たぞ」

 

 それに被さるように聞こえてきたのは、少しだけ幼い女の子の聴き慣れた声。

 振り向けば、黒いTシャツとハーフパンツ姿で、長い銀色の髪をポニーテールでまとめた女の子――ルティがちりとりを手にして立っていた。

 

「おう、ありがとうな」

「店の中は姉様とチホ嬢が掃除をしているから、やることがなくなってしまった」

「別にゆっくりしててもいいのに」

「なんとも手持ち無沙汰で」

 

 ちょっと困ったように笑い合って、ルティからちりとりを受け取る。そのままホウキとちりとりでゴミをすくい取って、ゴミ袋に入れれば掃除完了だ。

 

「これでおしまいっと」

「ご苦労であったな、サスケ」

「いつものことだから慣れてるよ」

 

 そう言いながら、今立っている商店街を見渡す。

 まだ朝6時過ぎっていうこともあって、店を開けているのはウチぐらいのもの。いつもだったらシャッターを開けている魚屋さんも、日曜で市場が休みだからかまだ店を開ける気配はない。

 

「いつもはにぎやかなのに、こんなに静かな時もあるとは」

「深夜と早朝は、だいたいいつもこんな感じだな」

「ヴィエルの市場通りと似たようなものか」

「そういうこと。ルティは、朝の商店街って初めてだったっけか」

「う、うむ。いつもはまだ眠っているものだから……すまぬ」

「謝らなくていいって。やっぱり、今日は早く起きちまったのか」

「そういうサスケこそ、ずいぶん早く起きたのではないか?」

「俺は、土日はいつも通りに起きてるからなぁ」

「むぅ、ごまかしおった」

「ごめんごめん」

 

 むくれるルティへ、両手を合わせて謝る。かわいらしいけど、こういう日まで怒らせるわけにはいけない。

 

「ホントのことを言うと、3時ぐらいに起きてそのまま眠れなかった」

「我は4時過ぎか。ピピナの寝顔を見ていたから、退屈はしなかったが」

「ピピナは大物だなぁ……」

「だからこそ、頼りがいがあるとも言える」

「小さなお姉さんだしな」

「我にとっては、妹でもあり姉でもありといったところだ」

「ルティさまっ、さすけっ」

 

 おっ、噂をすれば。

 ドアベルの音といっしょに元気な声がしたかと思うと、中から飛び出してきたピピナがブレーキをかけるようにして俺たちの前で立ち止まった。

 

「あさごはんのよーいができたから、よびにきたです」

「ありがとな。掃除も終わったから、すぐに行くよ」

「はいですっ。きょうは、るいこおねーさんとちほおねーさんのてづくりおむすびですよっ!」

「なるほど、オムスビか」

「そっか。今日は『オムスビ』にふさわしい日だもんな」

「やっぱりわかったですか」

「そりゃあ、な」

「我らにとって、これ以上ないほどに記念すべき食べ物だからな」

「えへへっ、そーですよねっ」

 

 ルティと視線を合わせてから笑いかけると、ピピナがうれしそうに両手をあげた。

 そりゃあ、わからないわけがない。

 初めて出会った日に、みんなでいっしょに食べたのが赤坂先輩手作りのおむすび。

 そして、今日は7月7日。『異世界ラジオのつくりかた』第1回放送の日。

 はじまりの日には、もってこいな食べ物だ。

 

 急遽呼び込まれて、響子さんの番組に出てから3日。金曜日の部活と土曜日の生放送を経て、いよいよ俺たちはこの日を迎えることができた。

 赤坂先輩の発案で始まったルティとピピナのラジオ番組『異世界ラジオのつくりかた』が放送される日。正確には明日の午前0時からの放送だけど、ラジオじゃ24時って言うのが当たり前だから別に問題はない。

 ルティがいて、ピピナがいて、フィルミアさんもリリナさんも、赤坂先輩もいる。

 

 *   *   *

 

「ありがとうございましたっ! またのお越しをお待ちしてますっ!」

 

 そして、アヴィエラさんも元気な声で喫茶『はまかぜ』での会計を済ませたお客様を見送っていた。

 

「姉ちゃん、元気がいいね!」

「あははっ、どうも。アタシはこれが取り柄なもんで」

「いいねえいいねえ。なあチホちゃん、いい子を連れてきたね!」

「佐助のお友達ですよ。ヴィラちゃんが、どうしてもお手伝いをしたいって」

「なんだ、さす坊のコレか!」

「じいちゃんたち、なに言ってんだよ!」

 

 からかってくる近所の御隠居たちへ文句を言ったら、ガハハと笑ってごまかされた。でもよかった、異世界から来たアヴィエラさんやルティなら小指の意味を知らないだろうし――

 

「けっ」

 

 とか思っていると、奥の席に座ってタブレットPCをいじっていた黒髪メガネの文学『風』少女、中瀬が舌打ちをしてきた。

 

「な、なんだよ。文句なら御隠居たちに言えよ」

「尊ぶべき方々に言えるわけがないでしょう。松浜くんが一身に受けるべき案件です」

「お客様、テーブルのものをお下げしますねこんちくしょう」

「ごめんなさいもういいません」

 

 あんまりな言い方にイジワルをしたくなって、オレンジジュレのカップとクアッドベリーケーキが乗った皿を取り上げたらあっさり退きやがった。まったくコイツってヤツは……

 

「――なんて、誰が言いますか」

「あっ、こらっ」

 

 皿をテーブルに戻したとたん、ひったくった中瀬は植え込みの方を向いてもっきゅもっきゅとケーキをほおばりだした。

 

「結局言ってるじゃねえか!」

「一度否定したのでノーカンです」

「何やってるんだい。サスケもミハルも」

「松浜くんが悪いんです。オトメゴコロを弄んで」

「弄んでねーよ」

「何がなんだかわからないけど、あんまり店の中で騒ぐもんじゃないよ?」

「そうだぞ、さす坊」

「姉ちゃんの言うとおり!」

「店員さんが静かにしないでどうするんですか」

「お前も言われてるんだよ!?」

 

 褐色の肌に映えるベージュのエプロンを着けたアヴィエラさんを皮切りに、御隠居たちや中瀬にどんどんたしなめられていく。って、中瀬は人ごとにしてるんじゃねえよ。

 

 今日はルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんに加えて中瀬とアヴィエラさんもウチへ泊まりに来ていた。アヴィエラさんにとっては初めての松浜家のはずが、あれよあれよという間にわが家へ馴染んで、開店からランチタイム中の今もウェイトレスとして働いている。

 本人いわく「やっぱ店先って落ち着くねえ」ってことで、その言葉通りに活き活きとしていて、時々やってくる近所の御隠居やニセ文学少女――中瀬からは非常に好評だった。

 

「お疲れ様、ヴィラちゃん。アイスミルクティーをいれたから、飲んでいってね」

「あはっ、チホさんの『みるくてぃー』大好きなんですよ! しかも冷えてるのかぁ」

 

 御隠居たちが騒々しく帰ってしばらくして、時計が午後2時を指したこともあってか、母さんからのランチタイム終了宣言が出た。

 

「サスケももういいわよ。そろそろ泉ちゃんがバイトに来る頃だし」

「はいよ。母さん、ついでにルティたちの分も作っていいかな」

「そう言われると思って、もう作ってあるわよ」

「おおぅ」

 

 俺の申し出を予想していたらしく、母さんはアイスミルクティー入りのグラスが6つ載ったトレイをカウンターの上へと置いた。さっきからカランカラン音がすると思ったら、ずっとアイスティーをいれてくれてたのか。

 

「ありがとう、母さん」

「アイスティーは母さんに任せときなさい。それよりほら、氷が溶けちゃうから持っていかないと」

「ああ、わかった」

 

 せっかくの好意を無駄にしたくはないし、さっさと持っていくに限る。カウンターに入った俺は慎重にトレイを持ち上げて、揺らさないように気をつけて玄関を上がった。階段がちょっと急だから、もっと慎重に行かないと……って、足音が複数?

 振り返ってみれば、アヴィエラさんが俺の後ろについて階段を上がってきていた。

 

「アヴィエラさんも来ますか」

「もう上がりだしねー。後ろにミハルもいるよ」

「げっ、なんでいるんだよ」

「アヴィエラお姉さんが日本にいれば、そばに私の姿ありです」

「またまたわけのわかんないことを」

 

 まさか、しれっと中瀬までついてきていたとは。まあ、ジュレもケーキも食べ終わったみたいだったし別にいいけどさ。

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