異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】 作:南澤まひろ
ヴィエル市役所の奥には、たった一枚だけ「中」へと出られるドアがある。
警備隊の人にカウンターへ入れてもらって、たくさんある職員さんたちの席を抜けてようやくたどり着けるそこは、ルティを始めとしたレンディアール王家の人たちやピピナたち妖精さんたちぐらいしかくぐれない。
唯一の例外となる「王家から招かれた人」は、その栄誉自体授けられる人がそんなにいないらしい。……とはいっても、俺たちみたいなのもいたりするわけで、どこから線引きしてるのかはよくわからない。
そんな中で、今日はひとりの女の子が「中」――ヴィエル市役所の中庭、そして王家の人たちが住んでいる時計塔へと招かれていた。
「……はー」
彼女が真っ赤なショートヘアを揺らしながら見上げているのは、青空を背にした10階建てプラスアルファ相当の時計塔。
紫色の瞳と小さな口をぽかんと開いてそれをしばらく見ていると、突然隣にいるルティへと視線を向けて、
「あ、あのっ、わたし、本当にここへ入ってもいいんですかっ?」
「うむ、もちろんだ」
「わぁ」
力強い返事に、女の子――流味亭のユウラさんがぱあっと笑顔を咲かせた。
「エルティシア様に誘われてどこへ行くんだろうと思ってたら、あこがれてたこの場所に来られて……あのっ、ありがとうございますっ!」
「あこがれの場所、とな?」
「はいっ。ここって中央都市のお城を小さくしたような造りですし、招かれた人しか来られない場所だから、街の女の子たちの間であこがれの場所なんです。ただのいち住人なわたしが入れたなんて、まるで夢みたいですよ!」
「そ、そうなのか……それは知らなかった」
ユウラさんの勢いに、ルティとぽかんとしながら戸惑う。まあ、そのあこがれの場所の主のようなもんだから、なかなかピンとは来ないんだろう。
「でも残念ですね。レナトが来られなかったのは」
「お義父さんと隣町へ仕入れに出かける約束をしてましたから。その分楽しんでおいでって、レナトさんが送り出してくれました」
「なるほど」
うんうん、相変わらずなかよしさん夫婦でいいことだ。
ユウラさんは俺と同じ年代で、ルティよりほんのちょっとだけ背が大きいこともあって、既婚者というよりはルティの友達のようにも見える。ユウラさんのことだから、そんなことを言ったら顔を真っ赤にしておそれおおいとか言い出しそうだけど。
「それでは、参ろうか」
「はいっ!」
ルティの力強い呼びかけにユウラさんは大きくうなずいて、ふたりでいっしょに時計塔の扉のほうへと歩き出した。
さて、俺もそろそろ行きますかね。
流味亭の個室で、ユウラさんをラジオ局へ招くことを決めてすぐのこと。ルティは早速ユウラさんを呼ぶと、ラジオのことを手伝ってくれないかと切り出した。
最初はおそれおおいってあわてていたユウラさんではあったけど、ルティから『まずはどんな風に〈らじお〉がつくられているか見てみないか』っていうお誘いに心が動いたようで、そこは見学してみたいってことできっかけ作りに成功。
そして、今日――こっちでは『一の日』と呼ばれる月曜日が定休日なこともあって、朝からルティに連れられてユウラさんを招きに出かけていたところだ。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、ルティ」
「おかえりですよ、ルティさまっ!」
ルティが大きな扉を両手で開けてあいさつすると、オレンジ色を基調にしたドレスを身にまとったサジェーナ様と、いつものメイド服姿で人間サイズなピピナが玄関のホールで出迎えてくれた。
「こんにちは、ピピナちゃん。そして、お久しぶりですっ。ジェナ様」
「こんにちはですよー!」
「久しぶり。ちょうど1年ぶりぐらいかしらね」
「はいっ。じゃあ、おかえりなさいって言ったほうがいいのかな」
「ただいま。今年はラフィアスが収穫祭の準備で来られなかったけど、わたしだけでもって送り出してくれたの」
「ふふっ。相変わらずおふたりとも仲がいいんですね」
「そういうユウラちゃんこそ、ようやくレナトくんと結婚したんでしょ。今度お店へ行くから、その時にお祝いの品を持っていくわね」
「け、結構ですよ! 去年の収穫祭のあとだから、ずいぶん経っちゃってますし」
さっき時計塔を見たときは興奮だったユウラさんが、サジェーナ様とは普通に……どころか、親しげに話している。昨日サジェーナ様と街を歩いていたときもいろんな人が気軽に話しかけていたけど、それ以上に親しそうな雰囲気だ。
「あの、ふたりとも顔なじみなんですか?」
「そうよ。ユウラちゃんは元々レクトのところで働いてたから、小さい頃からよく知ってるの」
「わたしとレナトさんとも、里帰りしたときにはよく遊んでくれたんですよ。というか、この街で25歳ぐらいまでのほとんどの人が、子供の頃にジェナ様と遊んだことがあると思います」
「なんと、母様はこちらでそのようなことをなさっていたのですか」
「里帰りする度に、子供たちが『遊んでーっ』てねだるんだもの。断るわけにもいかないから、ついついね」
平然と、だけどうれしそうにそう言ってのけるサジェーナ様。王妃様な以前にこの街出身でもあるわけだし、この気さくな性格なら『近所のお姉さん』って感じで子供たちに慕われてる姿が簡単に想像できる。
「今日は〈らじお〉のことでここへ来たんでしょう? ごめんなさい、ルティがわがままを言ったみたいで」
「いえ。前にエルティシア様から〈らじお〉の試し聴きでお話をうかがってからずっと興味がありましたから、こうしてお誘いいただけてとってもうれしいです」
「そう言ってもらえるのならいいんだけど……」
「あとは、あこがれの時計塔へ来られるっていうのにも惹かれちゃったりして」
「なるほど。わたしも嫁ぐ前はそうだったし、よくわかるわ」
「ですよねっ」
「じゃあ、今日はゆっくり楽しんでいってね。ルティ、ピピナちゃん、わたしもあとで〈らじお〉の様子を見に行くから、しっかり説明してあげるのよ」
「もちろんですっ!」
「
「はいっ」
「おうよ」
サジェーナ様にうながされた俺たちは、連れ立って玄関ホールの奥にある階段へと向かうとそのまま上の階へとのぼり始めた。
この時計塔は基本的に硬いレンガ造りではあるけれども、赤くふかふかに敷かれたじゅうたんのおかげで内装が落ち着いていて、階段から落ちたりしてもケガがしにくいことに一役買っている。
それをルティとフィルミアさん、ピピナとリリナさんで全部管理して洗ったりしてるってんだから、その苦労は計り知れない。
「エルティシア様、こちらの時計塔はどんな構造になっているんですか?」
「1階が来客の応接用で、2階が我ら王室用の食堂や会議室。3階と4階が王室用の寝室で、5階から8階までが客間となる。そのうちサスケが5階を使い、カナとルイコ嬢が6階を使っているというのが現状だ」
「はー。サスケさんたちもこちらへ泊まっているっていうのは本当だったんですね」
「まあ、いろいろありまして」
「友人でもあり、〈らじお〉のことを教えてくれているのだからこれくらいはな。そして、その〈らじお〉のことをつかさどっているのが9階と10階になる」
説明しながら階段をのぼっていくうちに、話題に出てきた9階へとさしかかる。元々は客間になっていたこともあって5階から8階のつくりと見た目は同じように見えるけど、その扉にはこれまでになかった銅製の小さなプレートがひとつひとつ埋め込まれていた。
「えっと、こっちが『練習室』で、そっちは『会議室』ですか」
「うむ、〈らじお〉に必要な鍛錬や打ち合わせなどをこちらの部屋で行っているのだ」
「ら、〈らじお〉って鍛錬が必要なんです!?」
「鍛錬っていっても発声――声を出す練習とか、あとは声だけでお芝居をするときの練習ですよ。そう仰々しいものじゃないんで、安心してください」
「そういうことでしたか。わたし、てっきり〈らじお〉がああいう使い方だから特殊な訓練でも必要なのかなーって」
「特殊は特殊ですけど、まあそう難しいものでもないんで。ただ、日常的にやることだから鍛錬といえば鍛錬かもしれません」
「なるほど。お料理を作るときに、何度も何度も身につくまで作っていくのに似ていますね」
「まさにそんな感じです」
俺の説明で合点がいったみたいで、ユウラさんはぽんっと手を合わせてから何度もこくこくとうなずいていた。さすがはユウラさん、料理人なだけあってしっくり来る例えだ。
「じゃあ、まずは練習室から行きましょうか。今は有楽がリリナさんとフィルミアさんを見ているはずです」
「はいっ」
返事を受けてドアをノックすると、中から有楽の『どうぞー』っていう元気な返事が聞こえてきた。そのままドアを開けると、12畳ぐらいある部屋の窓際に置かれた机へと向かい合うようにしてリリナさんとフィルミアさん、そして有楽が座っていた。
「ユウラ様、ようこそお越しくださいました」
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃい、ユウラちゃん!」
「こんにちは。今日はよろしくおねがいしますっ!」
連れてくるのがわかっていたこともあってか、3人ともこっちを向いてユウラさんのことを歓迎してくれた。
「せんぱい、座る場所はどうしましょうか」
「今回は見学だし、ユウラさんははす向かいの席のほうがいいかな。ピピナがその隣に座って、ルティと俺が有楽のほうに座るって感じで」
「わかりました。じゃあルティちゃん、あたしの隣においでー」
「うむ」
俺が座るよりも先に誘うあたり、有楽のルティ好きはホントに徹底してるな……ルティも慣れたもんで、素直に有楽の隣の席へ座ってるし。