異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第117話 異世界ラジオのしらべかた②

「おおっ、これは精霊様じゃねえですかい!」

「えっ、精霊様ですかっ!?」

 

 おじさん連中から上がった声を耳にしたのか、ユウラさんがおたまを持ったまま厨房から飛び出してきた。

 

「いらっしゃいませ。流味亭へようこそ!」

「久しぶり。ボクの娘たちからここがおすすめだって聞いたから来てみたよ」

「ありがとうございます。あの、今個室は空いてないんですけど……」

「普通の席でかまわないよ。ね、チホ」

「ええ、もちろん」

 

 ちらりと見上げるミイナさんにうながされて、隣に立つ母さんがにっこり微笑む。そして、一瞬俺のほうを見ると片目をつむってみせた。

 

「では、こちらへどうぞ。サスケさん、エリィちゃん、お水とかの用意をお願いします」

「わ、わかりました」

「は、はいっ」

 

 わくわく顔のユウラさんとは対照的に、あっけにとられていた俺とルティはあわてて言いつけられたことに取りかかり始める。

 俺はユウラさんが開店前に一本一本手で絞っていたおしぼりとスプーンをふたり分のトレイにのせて、ルティは井戸から木のコップへと冷えた水をくんでいく。それもトレイにのせていっしょに持っていくのがルティ――エリィの仕事ではあるんだけど、

 

「どうする?」

「えっと……お願いできるだろうか」

「わかった」

 

 思いっきり強張っている顔を見てたずねてみたら、案の定震えた声で俺に仕事を振ってきた。この様子を見るとルティも来るって知らなかったみたいだし、仕方ない。

 そのままルティに水をトレイへのせてもらって、俺はカウンターを出てから一番奥の11番席・12番席に座るふたりのところへ向かった。

 

「いらっしゃいませ。水とスプーン、そしておしぼりです」

「ありがとう。キミ、ここは初めて?」

「ええ、今日が初めてです」

「その割には、ずいぶん慣れてるよねぇ」

 

 ニヤリと笑いながら、ミイナさんが楽しそうに声をかけてくる。この人、全部わかってておちょくりに来てるな……

 

「元々こういう手伝いをしていたもので。こちらの板がお品書きになっていますから、決まったら呼んでください」

「ああ、それは決まってるんだ。おまかせ3種スープと、食後に甘茶と牛乳のテミロンスープで。チホもそれでいいんだよね」

「もちろんっ。リリナちゃんおすすめなら飲まなくっちゃ」

「というわけで、同じ注文をふたり分で。よろしくね、新人さん」

「ユウラさんのおまかせ3種スープと、食後に甘茶と牛乳のテミロンスープをそれぞれ2人前ですね。承りました、ゴユックリオマチクダサイマセ」

 

 最後までおちょくりに来たミイナさんへ、俺はつとめて明るくわざとらしく言ってからカウンターへと戻った。あのふたり、絶対俺たちのことを見に来やがったな!?

 

「ユウラさん。おまかせ3種と食後にテミロンをそれぞれ2つずつです」

「おまかせ3種とテミロンを2つずつですね。わかりましたっ!」

「あぅ……」

 

 そのまま厨房へ入ってオーダーを伝えると、上機嫌でお鍋の中をぐるぐるかきまわしているユウラさんとそのそばで震えているエリィの姿があった。

 

「さ、サスケは知っていたのか?」

「全然。母さんがこっちに来たのも今知ったよ。つーか、なんで母さんがいるんだって話だよ」

 

 メガネの隙間から見上げる緑色の瞳は震えていて、ルティが全く知らなかったことを表している。俺たちが日本からヴィエルへ移動するとき、ミイナさんは『もうちょっとチホのごはんが食べたいからあとで行く』とか言ってたけど……こっちへ連れてくるために、わざわざ残ってたんじゃねぇだろうな?

 

「えっ。サスケさんのお母さんって精霊様なんですか?」

「そうじゃなくって! ……いっしょにいた黒髪の女の人がいましたよね。あの人が、俺の母さんなんです」

「そうなんですか! それじゃあ、たっぷりおもてなししないとっ」

「本人が舞い上がって仕方ないんで、いつも通りにしてください。できれば、精霊様にも」

「えー……でも、確かにそのほうがいいですね。わたしとレナトさんのスープで、いつもどおりに勝負します」

「それでお願いします」

 

 少し残念そうだったけど、ユウラさんはすぐに納得してくれた。感激屋さんなところがあるユウラさんだから、このまま止めなかったら大盤振る舞いもしかねない。

 

「しかし、どうしてチホ嬢が?」

「さあな。俺たちをビックリさせたかったんじゃないか?」

 

 いちばん奥の席――厨房から見ればいちばん手前の席にふたりがいることもあって、ルティも俺も小声で言葉をかわす。母さんはいつも通りだし、ミイナさんもリリナさんやピピナ以上に子供っぽいところがあるから、このふたりならやりかねない。

 

『さてさて、今日の〈らじお〉講座には飛び入りのお客様がいらっしゃっています~。わたしたちが住むレンディアールの王妃様で、わたしのお母様でもあるサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアール様ですよ~』

『みなさん、フェリア農園のジェナが帰ってきましたよー! ヴィエル出身のサジェーナ・フェリア=ディ・レンディアールでーすっ!』

「「なっ!?」」

 

 さらにラジオのスピーカーから流れてきたのは、ルティのお母さんでこの国の王妃様・サジェーナ様の聴き慣れた声だった。

 

「おいおい、ジェナの声まで聴けるのかよ!」

「間違いねえ、これはあのおてんば娘のジェナだ!」

『先日帰省されてから見学にはいらっしゃっていたのですが、今日は〈らじお〉に参加してみたいとのことでしたので、共に座っていただいています。サジェーナ様、よろしくお願いいたします』

『よろしくっ。やっほー、チホ、ミイナ、聴いてるー?』

「聴いてるわよー」

「まったく、ジェナったらすっかりはしゃいじゃって」

 

 応えるようにして、誰もいないラジオのほうへひらひらと手を振る母さんとミイナさん。そうか、本命はそっちだったか!

 

「チホだと?」

 

 ため息をつこうとしたところで、ヒッカラスープをほおばっていたドンザさんが母さんたちのほうへと鋭い視線を向けた。って、なにか因縁でもつけようってんじゃ――

 

「まさかおめえ、あの『嵐が呼んだチホ』か!?」

 

 は?

 

「あら、懐かしい呼び名。そういうあなたはどちら様かしら?」

「忘れたのか! 俺だよ、木工職人見習いだったドンザだよ!」

「ドンザ……ああ、あのガリヒョロドンザ!? まあまあ、すっかりたくましくなっちゃって!」

「その呼び名も25年ぶりだな! ったく、いきなり消えたと思ったらいきなり帰ってきやがって!」

「なんだって?」

「あんた、あのチホなのか!? だから精霊様といてジェナが呼んだのか!」

 

 ドンザさんが豪快に笑ったとたん、座っていた他のお客さんのうち何人かが母さんのほうへと視線を向けた。

 ……えっと、どういうこと?

 

「今日もミイナが連れてきてくれたのよ。もう、みんな年取っちゃったのね」

「てめえも人のことを言えるかっつの! しかし、こいつぁめでてぇ。おーい、兄ちゃん嬢ちゃん! 景気づけにヒッカラもう一杯だ!」

「こっちもテミロン追加で!」

「なら俺はレモンスープを頼む!」

「は、はいっ、ただいまっ! エリィ、手伝いは行けるか?」

「し、仕方あるまい。我も……えっと、私もできるだけ手伝います」

 

 ふたりの来店でいきなり沸き立つ店内に、俺とエリィは否応なく巻き込まれていく。

 本当なら、ラジオを聴いているお客さんたちの反応を見たかったのに……どうして、どうしてこうなった!

 

 *   *   *

 

「えーっと……ふたりが働いてるっていうのと、ジェナがラジオをやりたいって言ってたから、お昼ごはんついでにラジオが聴ける流味亭さんへ行っただけなのよ?」

「ボクは悪くないよ。おいしいごはんが食べたかっただけだもん」

 

 その張本人ふたりを、昼営業終わりの俺とエリィ――変装を解いたルティの手で時計塔へと連行して、応接室で問い詰める。

 珍しいことにほんのちょっと、本当にほんのちょっと申しわけなさそうにしている母さんのとなりで、ミイナさんは俺から顔をそらしながらほっぺたをぷくーっとふくらませていた。

 

「俺とルティがどうして流味亭にいたのか、その理由は誰にも聞いてなかったのか?」

「それは聞いてた。聞いてたから普通こそお客さんとして入って、サスケとルティちゃんにも他人みたいに接したじゃない」

「それでアレじゃあ、意味がないんだって……」

 

 言い訳する母さんの姿を見ていて、本気で頭を抱えたくなってくる。

 本人には全く悪気はなかったっていうのはわかってる。わかってはいるんだけど、さあこれからってところでラジオそっちのけにされたら……なぁ。

 

「つーか、なんで母さんがこっちの人たちと顔見知りなのさ」

「昔、ジェナとミイナがうちに来たでしょ。その泊めたお礼にって、あたしもこっちで1ヶ月間泊めてもらってたの」

「その時は、まだニホンとヴィエルの道が開いていたから。ボクがこっちへ連れてきて、いろいろ案内したんだ」

「なんかもう、母さんってこっちでもたくさん秘密を抱えてるんじゃ……」

「も、もうないわよ! あとはヴィラちゃんのお母さんとも遊んだことがあるぐらいで!」

「イロウナのお偉いさんとも面識あるのかよ!」

「あの頃はまだ見習いさんだったの!」

 

 とんでもない情報をしれっと出してくるあたり、やっぱり母さんはいろいろやっていたらしい。でも、これだけ必死だってことは信じていいだろうし、改めて考えてみれば母さんだって悪気があって店に来たわけじゃない。たまたま面識がある人がいたから、たまたまああなっただけで。

 

「はぁ……わかった。今回は不可抗力ってことにしとくよ」

「でも、ごめんね。結果的に佐助とルティちゃんの邪魔をしちゃったのは事実だから」

「チホは別に悪いことはしてないんだし、ボクは謝らなくていいって思うんだけどなー」

「ミイナさんの言うとおりですね。母さん、俺こそごめん。やつあたりなんかしちゃって」

「ううん、いいのよ。あたしもはしゃぎすぎてた」

 

 申しわけなさそうに力なく笑って、母さんが首を横に振る。

 ふたりはラジオから呼びかけられてついつい反応しちゃっただけだし、ミイナさんの言うとおりそれは全然悪くない。冷静になれば、俺がやってたのはただのやつあたりでしかなかった。

 

「それで、母さんはいつまでここにいるんだ? あと、父さんは?」

「あたしも佐助たちといっしょに帰るわ。ジェナもミイナも、向こうでラジオの収録が見てみたいって言うから。文和さんは、プロ野球のオールスター戦で実況に集中したいから今回は見送るけど、どんな風に作られてるのか興味があるから必ず見に来るって」

「そっか。じゃあ、みんなにも今度大先輩が来るって伝えておかないと」

 

 すっかりいつもの調子に戻った母さんが、うれしそうに父さんとのやりとりを教えてくれた。最初はビックリしていた父さんもルティやピピナをすぐに受け入れてくれたんだから、来てくれるならとっても大きな助けになるはずだ。

 でも、

 

「……まあ、全てはルティのお説教が終わってからだけどさ」

「そうねぇ」

 

 応接室の片隅で、しょんぼりと正座しているサジェーナ様の前に仁王立ちなルティの気持ちが鎮まるまでは、おあずけにしておこう。

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