異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第135話 異世界ラジオのつたえかた⑤

 図書館には、ずっと堅苦しいイメージを持っていた。

 若葉南高にある図書館なんかも本棚が窓をさえぎっていて、照明を消せば晴れていようが曇りだろうがうす暗いし、棚の間隔も狭くてすれ違いづらい。

 本が日焼けしないようにっていう配慮ももちろんあるんだろうけど、それが近寄りがたい雰囲気を作り出していて、試験前の勉強以外はほとんど足を運んだことはなかった。

 でも、この図書館はまるで違う。

 

「こ、この棚がまるまる料理本の棚なの?」

「そうだよー。和食……えっと、日本の食事から世界の食事までみんな網羅されているんだ」

 

 唖然としているステラさんの隣で、有楽が声のボリュームを落としながら説明している。

 有楽の言うとおり、今俺たちがいるのは料理の本がぎっちり詰まった棚の前。『日本和食百選』っていう古ぼけたハードカバーの背表紙から『10分でかんたん!スピードお弁当』なんていう軽くポップな背表紙のものまで、ちゃんと料理のジャンルごとに揃えられている。

 その上、本棚と本棚の間のスペースは広くとられていて、誰かと背中合わせになってももうひとり間を通れるぐらいゆったりとしている。そのお陰で照明はしっかり行き渡っているし、なにより大きく幅広い窓から、本棚と距離をとった形で外の明かりをとりいれていた。

 俺が今まで抱いていた図書館へのイメージとは、全く真逆のつくりだった。

 

「この図書館って、結構見やすく作られてるんだな」

「松浜くん、若葉市民でありながら来たことがなかったんですか」

「南高の図書館で事足りてたからな。そう言う中瀬はよく使ってるのか?」

「ええ。地元の図書館は家から自転車で15分かかりますし、ここなら通学経路で駅からも近いので」

「あー……だったら、遠くの図書館より近くの図書館を使うわな」

「そういうことです」

 

 有楽のように声のボリュームを抑えながら、中瀬が小さくうなずく。いつもならひとこと言えば倍以上はチクチクと言ってくるのにそうしてこないのは、やっぱりここが図書館だからか。

 日曜日っていうこともあってか、3階の一般図書室には子供から大人まで多くの人たちが訪れていた。窓際にある読書席はとんど埋まっているし、いろんな人が本棚の前に立ち止まって静かに本を探したり、ぱらぱらとめくっていたりしていた。

 そんな感じでいつもやかましいふたりがおとなしくしてる一方、

 

「すごいな、これは……」

 

 ルティは少し離れたところでキラキラと目を輝かせながら、立ち並ぶ本棚を見回していた。

 

「レンディアールにも図書館はあるんだよな」

「うむ。だが、こうして開放感にあふれた図書館というのは初めてだ」

「なるほどな。実は俺もここに来るのは初めてなんだ」

「そうなのか?」

「日本全国の学校には、それぞれ図書館とか図書室があるからだいたいそれで事足りるんだよ。だから、こんなにきれいなところとは思わなかった」

「ふむ、全てが全てこういうつくりをしているというわけではないのか……本が日焼けするのを防ぐために窓から本棚まで離れているし、読むための席もすぐ側にある。このつくりはレンディアールでも見習いたいところだ」

 

 相変わらず楽しそうな笑顔で、ルティが図書館の中を見回す。それでいて声が小さいあたりからすると『図書館では静か』にっていうルールが万国共通のものなのかもしれない。

 精霊大陸にある農耕国家のレンディアールと魔術国家のイロウナ、そして機械国家のフィンダリゼは親密な友好国家で、お互いの特産品や工業品を活発に取り引きしている。フィンダリゼ産の活版印刷機もそのひとつで、職人街にある出版社ではいろんな本が刷られていた。

 まだ大陸公用語が読めない俺は行ったことがないけど、異世界の図書館がどんなものかを見に行ってみるのも楽しそうだ。

 

「ルティは、何か読んでみたいものとかあるか?」

「そうだな。せっかくだから、アヴィエラ嬢が言うようにニホンの物語を読んでみたい。カナが言うには、青少年向けの『らのべ』というものが最近は流行だそうだが」

「『らのべ』……ああ、ライトノベルのことか。それだったら専門のコーナーがあるみたいだから行ってみようか」

「ああ、行ってみよう」

 

 ルティが大きくうなずいたのを見て料理本のコーナーへ戻ると、有楽と中瀬がステラさんをはさんで本の説明をしているみたいだった。ステラさんが手にしているのはどうやらお菓子作りの本のようで、3人の楽しそうなささやきがこっちにも聞こえてくる。

 

「有楽、中瀬、ルティとライトノベルのコーナーに行ってくるから、ステラさんのこと頼んだぞ」

「あれっ、せんぱいってラノベ読みましたっけ?」

 

 軽く声をかけると、顔を上げてこっちを向いた有楽が小さく首をかしげた。

 

「それなりにはな。ルティも読んでみたいっていうし、せっかくだから行ってみようと思って」

「なるほどなるほど……んー」

 

 って、納得したようにうなずいていたのに、なんで急にあごに手をあてて考え込むんだ?

 

「ルティちゃんが読みやすいのだと、児童文学のほうがいいんじゃないかなぁ……」

「どうしてだよ」

「いえ。児童文学なら、漢字にふりがなが振ってあるのも多いから読みやすいかなーって。ラノベだとほとんどふりがながないし……まあ、せんぱいが読み聞かせてあげるなら別ですけど」

「ら、ライトノベルの読み聞かせか……」

 

 珍しい有楽からのツッコミに、思わずうろたえる。そっか、まだルティは漢字があまり読めないんだった……

 

「爆ぜろ……爆ぜてしまえ……」

 

 しかも、中瀬が焦点の合わない目でこっちを見てなんかブツブツ言ってるし!

 

「児童文学……つまり、子供向けの読み物ということか。それもまた面白そうではないか」

「まあ、俺も小学生の頃はよく読んでたからなぁ」

「あたしはひとりラジオドラマとか作ってました」

「さすがは筋金入りだな……じゃあ、ルティも児童文学からでいいか?」

「もちろん、楽しき物語であれば年齢など関係ない。どんな物語に出会えるのかが楽しみなぐらいだ」

 

 こくりとうなずいてから、小さい声で力強く応えるルティ。それでいて最後にこっそり「それに、我はまだ子供だ」って言いながらにまっと笑っているあたり、自分の武器をよくわかっているらしい。

 

「じゃあ、4階に行ってみるか」

「そうしよう。ステラ姉様、我はサスケとともに4階へと行って参ります」

「わかったよ。サスケくん、ルティのことをよろしくね」

「もちろんです。有楽、中瀬、ステラさんのことを頼んだぞ」

「だいじょーぶですって。こっちはあたしたちにまかせてください」

「心置きなく、るぅさんの本探し係として付き従ってきてください」

 

 素直なステラさんと有楽に、ひん曲がった中瀬の対比がよくわかる返事だ。

 じゃあなと軽く手を振って3人と別れてから、ゆっくりと一般図書室の出口へと向かう。本棚が立ち並ぶスペースを抜けると新聞や雑誌のスペースがあって、目の前に設置された長いソファは人、人、人でぎっしりと埋まっている。

 エアコンのおかげで図書館の中は結構涼しいし、のんびりと本を読むにはうってつけの場所だからなぁ。考えることはみんな同じってことか。

 そのまま出口の防犯ゲートを抜けて階段を上がれば、子供向けの図書室・児童室への入口が見えてくる。

 こっちにも設置されている防犯ゲートの向こうには小さめの本棚があって、一般図書室みたいに子供たちが本を探していた。

 

「ここが児童室か。ずいぶん低い本棚が並べられているのだな」

「あくまでも子供向けの図書室だからな。一般図書室と同じ高さの本棚じゃ、子供たちが本を探しにくいんだろ」

「確かに。だが、そうなるとここではサスケが一苦労ではないか?」

「別にかがめば大丈夫だって。でも、気づかってくれてありがとな」

 

 気づかってくれるルティへ、笑って礼を言う。本棚は俺の襟元あたりまでの高さだから、少しかがめば別に問題ない。むしろ、ルティにとっては本を探すのにちょうどいいぐらいだろう。

 本棚の側面には漢字にふりがな付きでジャンルが書いてあるから、お目当ての本も探しやすい。児童文学が集められた本棚も、すぐに見つけることができた。

 

「さて、まずはどの本から行くかなぁ……ルティ、何か読んでみたいジャンルはあるか?」

「まずは冒険譚を読んでみたいな。もしサスケのおすすめがあれば、それを教えてほしい」

「俺のおすすめか。ちょっと待ってな」

 

 ルティの注文をもとに、軽くかがんで昔読んでたものを思い出しながら本をゆっくり探していく。

 小学校を卒業して4年以上経っているから始めはおぼろげだったけど、昔読んだ本の背表紙を見かけて少しずつ思い出が開けていく。

 小学生3人組がドタバタしながら珍道中を繰り広げる学園ものだったり、明治時代の東京で起こった不思議な事件を解決していく双子探偵の話とか……って、冒険モノとはちょっと離れた物語ばかりだな。

 学級文庫の定番だった冒険モノがあったはずなんだけど……って、おぉぅ。

 

「うわー、こんなに出てたのか」

「この作品群のことか。15冊もあるとは、確かに多いな」

 

 ふたりしてのぞき込んだのは、本棚のいちばん下の段。そこにはデザインとタイトルの終わりの部分が統一されている本の背表紙がずらりと並べられていた。

 通称「たつのこ姫」シリーズって呼ばれるこの作品は、12歳の誕生日を迎えた竜のお姫様が国のしきたりに従って精霊のお供たちと世界を巡る西洋風のファンタジー物語。

 世界の国々でいろんな人たちと出会ったり別れたり、巻き込まれた事件をその仲間と解決していったりして、世界の成り立ちを明かしたり迫る危険へ立ち向かうストーリーが好評で小学生に大人気……だったんだけど、

 

「そっか。たつのこ姫、完結してたのか」

「終わりまで読んでないのか?」

「俺が小学校から卒業したときは、まだ9巻までしか出てなかったんだよ」

 

 シリーズのいちばん端に並べられた『たびのおわりとたつのこ姫』を手に取りながら、ルティへ静かに答える。

 

「小学校から中学校に上がると、学校の図書室にある本もガラッて変わってこういう児童文学が置かれなくなるんだ。それに、子供向けの本って意識があるから手が伸びなくなるっていうか、なんつーか……気恥ずかしくなるっていうのかな」

「物語が続いているにもかかわらずか。それはもったいない」

「言われてみりゃあもったいないな」

 

 ルティの純粋な驚きに、苦笑で返す。さっき見かけた小学生3人組のシリーズとか探偵のシリーズなんかも途中で読むのを放ってるし、ルティの驚きももっともだと思う。

 思い返せば、小学生から中学生になった時や中学生から高校生になったとき、それまで読んだり見たりしていたものからものから離れていった。あれだけ熱中していたはずなのに、何故かあっさりと手放したりして。

『たつのこ姫』だって学級文庫に並ぶのを心待ちにしていたほど続きが楽しみだったのに、卒業して視界に入らなくなってから全く読まなくなった。確か、自分の美貌のために妖しい術を使うある国の王妃に、たつのこ姫が捕まったあたりまでは読んでいたんだけど……

 

「いい機会だし、久しぶりに読んでみるかな」

「ふむ。その作品がサスケのおすすめなのだな」

「ああ、いろんな国をめぐる冒険モノで面白いぞ。クラスで男女問わず熱中してたし、ちゃんとふりがなも振ってあるから読みやすいし」

 

 1巻の『たびをはじめるたつのこ姫』を手にとってぱらぱらとめくってみれば、漢字の横にはちゃんとふりがなが振ってある。地の文も昔話を語るように書かれているから堅苦しくないし、これならルティにもちょうどいいかもしれない。

 

「ならば、我もその物語を読んでみよう」

「おっけー。んじゃ、とりあえず借りる前に読んでみるか?」

「うむ。読むための場所も多くあるようだしな」

 

 ルティといっしょに立ち上がってあたりを見てみれば、確かに本棚のまわりには丸い形のテーブルが置かれていたり、窓の縁に沿うように机がすえつけられていたりと読書スペースがたくさんある。やっぱり日曜ってこともあって子供たちは多いけど、それでも俺とルティが座るには十分な空きがあった。

 

「じゃあ、ここらへんでいいか……おわっ!?」

「だ、大丈夫か?」

 

 一番手近にあった窓際の席へと向かって木のイスに座ろうとしたら、あまりもの低さにそのまま後ろへと倒れそうになった。なんとか踏みとどまれたけど、子供たちが多い中でコケたら笑い者になるところだった……

 

「あ、ああ、大丈夫。俺にはちょっと低すぎたみたいだ」

「わかった。……ん、確かに少し低く感じるが、悪くはない」

「ルティぐらいの背だったら問題ないだろ」

 

 いつものように右隣のイスを優雅な仕草で引いたルティは、ゆっくりと腰を下ろすとしっくりいったみたいで満足そうに笑ってみせた。赤地のTシャツと黒いショートパンツ姿はラフではあるけど、ルティ自身の気高さは相変わらずだ。

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