異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第150話 異世界ラジオと夏合宿⑨

 合宿の朝は早い。

 2日目の起床時間は6時で、6時半にはみんなで目覚ましがてらの散策。7時半に朝飯を食べたら、8時半から11時半までみっちりと桜木ブラザーズによる基礎練習とエチュードのレッスンが組まれている。

 エチュードっていうのは、シチュエーションだけ決めてアドリブで演技をしていく演劇の手法。それを何故放送部でやるのかといえば、『異世界ラジオのつくりかた』のラジオドラマのためなんだけれども、

 

「やりたくねー……」

「もー……さっきからなんどめです?」

 

 合宿のしおりを手にため息をついたら、並んで歩いているピピナにたしなめられた。

 

「だってさぁ、別に合宿に来てまでやらなくてもいいじゃん」

「がっしゅくだからこそですよ。みんなでいっしょにやれば、きっとこわくないです」

「あのふたりが仕掛けてくるってだけで、すっげー怖い」

「まーだきのうのしっぱいをひきずってるですか」

「まあ……そりゃあなぁ」

「さすがにきにしすぎですよー」

 

 ぽんぽんと、伸ばした手が俺の背中に触れる。なぐさめてくれても、怖いモノは怖いわけでして。

 まだ起床時間前でも、窓の外は明るくなり始めている。歩いている廊下からも、雲ひとつない空がよく見えた。

 着替えを済ませた俺とピピナは、そんなのんびりした早朝にぶらぶらと館内を散歩していた。

 

「それに、こんどはさすけだってしかけるがわですよね? そこはこわくないんです?」

「それはそれ、これはこれだ」

「まったくむちゃくちゃですねぇ」

 

 自信たっぷりに言ってみせたら、呆れて笑われちまった。でも、たまにはこっちだって仕掛ける側になったっていいはずだ。

 

「そういうピピナだって、めちゃくちゃ乗り気じゃねえか」

「もちろんっ。ルティさまやピピナたちをしってもらえる、ぜっこーのきかいなんですから!」

 

 呆れ笑いから、今度はめいっぱいの笑顔へ。それだけ、ピピナは先輩たちに正体を明かせるのが楽しみなんだろう。

 

 昨日の夕飯のあと、俺はデザート班のみんなと手分けをしてカレー班と、先輩たちを除いた飯ごう班へレンディアール行きの相談を持ちかけた。

 俺が声をかけたのは、ルティとピピナのふたり。夕飯を食べ終わってから散歩へ誘ったら、ステラさんがそれとなく話を振ってくれていたらしくふたつ返事で快諾してくれた。

 そして、七海先輩と空也先輩をレンディアールへ連れて行きたいことを打ち明けると、ピピナは待ってましたとばかりに食いついてきて、いつもは慎重なルティまでもがノータイムで受け入れた。

 

「ななみおねーさんもくうやおにーさんも、レンディアールからきたみんなのことをしりたがってたです。いままではひみつでしたけど、それもぜんぶいっちゃっていいんですよね?」

「もちろん。俺も、先輩たちにはたくさん説明しないと」

「さすけのばあい、せいざでといつめられそうなのはきのせいです?」

「予言めいたことを言うのはやめてくれませんかね!?」

 

 心当たりがありまくるだけに、本当にやめていただきたい。

 ……とまあ、夕飯づくりの最中にいろいろ質問責めに遭って、ほとんど答えられなかったところへ渡りに船の提案だったそうだ。

 フィルミアさんもリリナさんも、そしてアヴィエラさんも当然のように快諾してくれて、あとは最後の段取りなんだけど――

 

『ちょ、ちょっと!? 松浜くんっ、松浜くんっ!?』

「あ」

「もうそんなじかんですかー」

 

 声がした方の部屋へ、ピピナとふたりして小走りで向かう。

 そして、ドアのノブに手をかけて、

 

「いかがなさいましたか? 旦那様」

「旦那様ってふざけ――って、なにその格好!?」

 

 ドアを開けると、いつも余裕の笑みを浮かべている空也先輩が、パジャマ姿のままベッド(・・・)の上でうろたえていた。

 

「旦那様の目覚めをお待ちしていただけですが」

「わけがわからないよ!?」

 

 そんな俺の格好は、黒の燕尾服にスラックス。いわゆる執事服ってやつだ。

 

「くうやおにーさん、おはよーですよー!」

「いや、ちょっと待って……えっ、ええっ!?」

 

 続いて入ってきたピピナが着ているのは、控えめにフリルがあしらわれている群青色と白を基調にした、いわゆるメイドさんの服。ふたりしてこの格好なら、そりゃあ驚くだろう。

 

「ど……どういうこと……?」

「すべては、旦那様へ驚きと喜びを提供するために」

「いや、そんな猿芝居はもういいから!」

「ひどっ!?」

 

 いやー、こんな時でも辛辣だわ。自分でもわかってるけどさ!

 そんな俺たちがいるのは、合宿所の畳張りな男子部屋……じゃなくて、板張りの床にベッドが置かれている、俺にとってのもうひとつの自室(・・・・・・・・)

 

「てなわけで、ピピナ」

「はいですっ!」

 

 俺がうながすと、ピピナはとてとてとベッドのほうに駆け寄って、

 

「ピピナのすがた、もとにも~どれっ!」

「えっ……ええっ!?」

 

 くるりと回ったその瞬間、ピピナの丸かった耳がぴんととがって、背中から透明の羽が飛び出した。

 

「あらためましてっ! ルティさまのしゅごよーせーの、ピピナ・リーナですっ!」

「ピピナくん……? えっと、それ、なんのコスプレかなー……?」

「もー、こすぷれじゃないですよー。てやっ!」

 

 衝撃のせいなのか、半笑いでたずねた空也先輩へピピナが頬をふくらませる。そして、そのまま飛びかかったかと思うとしゅぽんと音を立てて、

 

「これで、こすぷれじゃないってわかりますよね?」

 

 てのひらサイズに戻りながら、空也先輩の目の前をぱたぱたと飛び始めた。

 

「…………」

 

 でも、先輩はそんなピピナを見ながら口を開けたまま。かと思ったら、手が自分の頬へと伸びて――

 

「あだだだだだだだだだだ!」

「せ、先輩っ!?」

「くうやおにーさんっ!?」

 

 めいっぱいつねって、痛がってるんですけど!?

 

「えっ、リアル!? 夢じゃないのっ!?」

「一応、立派な現実です」

「ピピナもげんじつのよーせーですっ」

「……えぇぇぇぇぇ!?」

 

 おー、うろたえてるうろたえてる。いつも余裕たっぷりな空也先輩のこんな姿、初めて見るわ。

 まあ、起きたらまったく違う場所にいて、そのうえ仲良くなった子から『実は妖精でした』って言われればこうなって当然か。

 

「――ぅやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 そう思いながら空也先輩のうろたえようを眺めていたら、開けっぱなしのドアから叫び声が聴こえてきた。さらには騒々しい足音もいっしょにこの部屋へと近づいて来て、

 

「くうやっ! くうやくうやくうやくうやくうやっ!」

 

 とんでもないスピードで、七海先輩が飛び込んできた。

 

「見て見てっ! 妖精さんがっ、妖精さんがボクのことを起こしに来てくれたんだ! しかもその妖精さんはリリナ君でメイド姿だから、リリナ君はメイド妖精さんだったんだよ!」

「ど……どうも」

 

 せいいっぱい目を輝かせながら、うろたえていた空也先輩へと力説する七海先輩。その胸元には、小さな妖精モードのリリナさんが恥ずかしそうにして抱きかかえられていた。

 

「って、ピピナ君……? も、もしかして、ピピナ君も妖精さんなのかい!?」

「そーですよ。おはよーございます、ななみおねーさん!」

「おはよう! ああ……なんて素晴らしい朝だ。壁に頭を叩きつけても目は覚めなかったし、現実なんだね。これは紛れもない現実でいいんだよねっ!」

「げんじつだから、ピピナもだきしめちゃっていーですよー」

「いいの!? ああっ、妖精さんをふたりも抱っこできるなんて……ボクはなんて幸せ者なんだ!」

 

 あはははと笑いながら、七海先輩がピピナも抱きしめてその場をくるくると回る。こ、こんなに大はしゃぎな七海先輩、初めてだよな……?

 

「松浜くん?」

 

 と、圧倒されている俺の肩に何かがぽんと置かれて、

 

「説明、してくれるよね?」

 

 振り返った先には、肩を掴みながらいつもの微笑みを浮かべる空也先輩。

 

「か、かしこまりました、旦那様」

「それはもういいから、ね?」

「……はい」

 

 その威圧感と圧迫されていく肩に、俺はそう返事をするしかなかった。

 

 というわけで、俺たちが今いるのは勝手知ったるレンディアール。

 昨日の晩……というか、今日の早朝に先輩たちが寝入ったところを見計らって、リリナさんの結界やピピナとルゥナさんの力でヴィエルの時計塔へ移動。そのままふたりを俺の部屋と有楽の部屋へ運び込んで、先輩たちの目が覚めるまで待っていた。

『いつも俺らが驚かされてばっかりだから、たまには俺たちのほうから驚かせたい』――そう提案したら、リリナさんはレンディアールに戻ってすぐに用意してあったメイド服やら執事服やらを引っ張り出してきたり、ピピナもいっしょに起こしに行くってせがんだり。そんな感じで、あれよあれよという間に段取りが整って今に至るってわけだ。

 

「やー……まるで台風みたいでしたねー」

 

 と、疲れたみたいに言葉を吐き出したのはメイド服姿の有楽。珍しくストレートにしていた髪はボサボサで、いつもの笑顔にも力はない。

 

「あのおっきなおむねに埋もれたのは収穫でしたが」

 

 隣を歩く執事服姿の中瀬も、ショートヘアが思いっきりボサボサ。なんでも、ふたりしてテンションが振り切れた七海先輩の餌食になったそうな。

 

「七海先輩のフルパワー、とんでもねえな……」

 

 しみじみと言う俺の髪の毛も、きっとボサボサ。桜木ブラザーズを起こしに行った俺らは、例外なく超ハッピーモードの七海先輩から抱きつき・ほおずり・髪わしゃわしゃのトリプルコンボを喰らった。

 その七海先輩はというと、前のほうで赤坂先輩としゃべりながら階段を昇っている真っ最中。ピピナとリリナさんを両肩に乗せて、楽しそうに上の階へと向かっていた。

 

「さすがの僕も、あの状態の姉さんには一苦労だねぇ」

 

 で、弟の空也先輩が歩いているのは俺らの後ろ。さっきのうろたえようがウソみたいに、いつもの余裕たっぷりな微笑みを浮かべている。

 

「いいんですか? 七海せんぱいといっしょじゃなくて」

「僕だって混ざりたいさ。でも、この状況でふたりしてはしゃぐわけにもいかないでしょ?」

「くーちゃん先輩がそんなこと言うの、とっても珍しいです」

「これだけ非現実がラッシュで襲いかかってきたら、冷静にもなるって。姉さんがアレなら、僕はしっかり現状を把握しないと」

 

 実の姉を堂々とアレ呼ばわりとは。でも、そもそもの元凶はといえば俺なワケで。

 

「えーっと……すいません。詳しいことは、みんな揃ってからちゃんと話しますんで」

「ああ、期待しているよ。僕らを見事にハメてくれた松浜くんの手腕に敬意を表して……ね?」

「ひぃっ!?」

 

 怖いっ! そのいつも以上のニマニマ笑顔、めっちゃ怖いっ!

 でも、あとちょっと。あとちょっとで、先輩たちに言えなかったことを全部明かせるんだから、ガマン、ガマン。

 そのままみんなで階段を上がっていって、9階へ。その中でもいちばん大きい会議室の前で赤坂先輩が立ち止まると、

 

「ナナミ様、失礼いたします」

「しつれーするですよー」

 

 リリナさんとピピナが七海先輩の肩から飛び立って、ふわりと光をまといながら人間サイズへと戻っていった。

 

「突然のことに驚かれたでしょうが、これが私やピピナの本来の姿。皆様方とは異なる世界・レンディアールに住まう、豊穣を司る精霊の娘です」

「そして、いまいるここがレンディアール。おねーさんとおにーさんがよくはなしてる〈いせかい〉ですよ」

「やっぱり! 妖精さんと言ったら異世界だよね!」

「ということは、ルティくんたちも異世界の……?」

「はい。こちらの部屋で、皆様が来られるの待っております」

 

 そう言いながら、リリナさんが大きな両開きのドアのほうへ振り返る。そのままノブに手をかけて押し開けると、

 

「エルティシア様、フィルミア様、アリステラ様。ニホンから新たに来られた方々をお連れしました」

 

 部屋の中へ向けて深くお辞儀をして、ピピナといっしょに先輩たちを連れて入っていった。

 

「ありがとう、リリナ」

 

 中から聞こえた声は、いつも聞き慣れた優しい声。俺たちも続いて中へ入れば、

 

「ナナミ嬢、クウヤ殿、改めまして。(わたくし)はレンディアール国の第5王女、エルティシア・ライナ=ディ・レンディアールと申します」

 

 ブレザー風の紅い上着と黒のスラックスをまとったルティと、

 

「わたしも改めまして~。レンディアール国の第3王女、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールと申します~」

 

 青と白を基調にしたドレスと緑のロングスカート姿のフィルミアさん。

 

「えっと。第4王女のアリステラ・シェザーネ=ディ・レンディアールです。改めて、よろしくお願いします」

 

 そして、紫のノースリーブシャツに黒いハーフパンツ姿のステラさん。

 レンディアールのお姫様3人が、皇服姿で次々と先輩たちへあいさつしていった。

 

「お……おうじょ、さま?」

「はい。そして、今いるこの地が私たちの故郷となります」

 

 呆然としている先輩へうなずいたルティは、ふたりの手を取って窓際まで連れて行った。そして、カーテンが閉められた大きな窓へと歩み寄ると、

 

「ようこそ、我らがレンディアールへ!」

 

 カーテンを一気に開け放って、両手を広げながら満面の笑顔で先輩たちのほうへ振り返ってみせた。

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