異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第28話 異世界姉妹の想いかた①

「あむあむあむあむあむあむあむあむ」

「はぁ~……かわいいなぁ……」

「ピピナちゃん、やっぱりかわいいですね~」

 

 手のひらサイズな妖精さんが、果物のパイにかじりついている姿にほっこり顔で見入っているのは、日本の女子高校生と異世界の王女様。

 

「やっぱり、ミア姉様の作ったミラップのパイは美味いな」

「不思議ですね。見た目と食感はリンゴなのに、オレンジみたいな酸味と味わいで」

「これはやばいっすね。やみつきになりますよ」

 

 その王女様に振る舞ってもらったパイを食べてるのは、妹の王女様……もとい、日本で出会った異世界の女の子と、先輩と俺。

 

「な、何故だっ……なぜフィルミア様にはこの味が出せて、私には出せないのだ……っ!」

 

 そして、部屋の片隅で愕然としているのはメイド服を着た人間サイズの妖精さん。

 レンディアールの辺境、ヴィエルの中央にある時計塔の部屋は、なかなかカオスな状況になっていた。

 

 ひとり日本に置いて行かれたピピナは、うちの店へ向かっていた赤坂先輩と帰り際の有楽に泣きついて、この間みたいに地球の時間を凍らせてからいっしょにレンディアールへ連れてきたらしい。

 でも、よく考えずにふたりも『生身で』連れてきたことで力を使いすぎて、ここへ来たことのある有楽の案内で市役所へと運ばれてきたんだとか。

 ……ピピナが市役所の人たちやラガルスさんと面識がなかったら、きっと詰んでたんだろうな。

 

「ルイコさん~、もしよろしかったらもうひとついかがですか~?」

「ええ、是非。フィルミアさんの手作りパイ、とても美味しいです」

「ありがとうございます~」

 

 一度魂オンリーで来たことがある有楽はともかくとして、最初は戸惑っていた赤坂先輩もルティや俺がいたことと、フィルミアさんのふんわりとした振る舞いで少しずつ馴染んできたみたいだ。

 

「あむあむあむあむ……ミアさま、ピピナももっとたべていいですか?」

「いいわよ~。まだまだいっぱいあるから、どんどん食べてね~」

「いけません、フィルミア様! 愚妹にそれ以上食べさせては調子に乗ります!」

「あたまがかたいねーさまですねー。ちからをつかっておなかがぺこぺこなんだからしょーがないですか。あむあむ」

「あっ、こらっ!」

 

 リリナさんの制止を無視して、その張本人であるピピナがまたミラップのパイにかじりつく。パイに乗っているオレンジ色の実は食欲をそそるし、なんたって食べると口の中に広がるその果汁がたまらなく美味いから、食べたくなる気持ちはよくわかる。

 

「よし、俺ももうひとつ――」

「マツハマ・サスケ」

「な、なんですか」

 

 背後からの恨めしそうな声に振り返ると、その顔に見合ったリリナさんの鋭い視線とご対面することに。

 

「いいですか、よく聞きなさい。それはレンディアールの王女様が手ずから作った大変ありがたいパイなのです。粗末な食べ方などしようものなら……わかりますね?」

「は、はぁ」

「いいんですよ~。気軽に食べてください~」

「あ、ども」

「ううっ」

 

 どうしても格式にこだわりたがるリリナさんの意志を、ピピナに見入ってたはずのフィルミアさんがひとことで撃墜する。その上、自ら空いてた皿におかわりを盛ってくれるんだから、とても気が回る人だ。

 

「あー、リリナさん。お茶、美味しいです」

「ふんっ!」

 

 さすがに放置はどうかと思って話しかけてみたけど、やっぱり盛大に顔を背けられた。俺、すっかり嫌われてるな。ミントみたいにすっきりしていて、本当に美味いのに。

 

「…………」

「どうしました? 赤坂先輩」

 

 気を取り直してパイを食べようとしたところで、固まっている赤坂先輩の姿が目に入った。

 

「あの、今、ピピナさんのお姉さんがフィルミアさんのことを王女様って……」

「はい~、レンディアールの第3王女、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアールですよ~」

「ということは、ルティさんは……?」

「はい、(わたくし)は第5王女になります」

 

 ピピナのはらぺこ騒ぎもあって軽く自己紹介を済ませただけだから、先輩の驚きは相当なものらしい。それでも、

 

「ですが、私はルティであって、それ以外の何者でもありません。なので、今まで通りに私と接してください」

 

 ルティは堂々と、先輩に向かってそうお願いしてみせた。

 

「で、でも」

「いいんですよ~。この国では、特に式典でもない限りは普通に振る舞うのがあたりまえなんですから~」

「ミア姉様の言うとおり、『民と共に過ごし、民と共に(くわ)を振るう』というのが、我らレンディアール王家の伝統なのです」

「……松浜くん、そうなの?」

「どうも、そうらしいです」

「そうなんだ……」

 

 俺がルティとフィルミアさんの言葉を肯定したのを見て、先輩はいったん息をついてからルティに笑顔を向けた。

 

「わかりました。今までどおりに、ですね」

「ありがとうございます、ルイコ嬢」

「では~、わたしともふつうにおねがいします~」

「ええ。よろしくお願いします、フィルミアさん」

 

 先輩がそれを受け入れると、ルティはほっとして、フィルミアさんはうれしそうに胸をなで下ろした。後ろからダンダンダンと地団駄が聞こえてくるのは、多分空耳だろう。うん、きっとそうだ。

 

「ルティちゃんって、お嬢様かと思ったらお姫様だったんだねー」

「有楽もお嬢様って思ってたのか」

「なんだか気品があって、それなのにとても自然でしたから」

 

 ミラップのパイにぱくついてるピピナの頭をなでながら、有楽が感心したように言った。

 

「演技だったら、どこかで絶対崩れますもん。でも、見た目年上な瑠依子せんぱいにはずっとていねいで、年が近そうなあたしと松浜せんぱいにはずっとお堅い言い方でしたよね。だから、そういう風に教育されたお嬢様かなって」

「それでか。俺は振る舞いで判断してた」

「言われてみれば、振る舞いも完璧でしたね。ルティちゃん、ナイスだよっ!」

「う、うむ?」

「こらこら、いきなり話を振るな」

 

 確かに、ルティの言葉づかいと振る舞いは完璧なお嬢様、もとい威厳のあるお姫様だけど、いきなり話を振ったところで困らせるだけだろうが。

 

「カナさんは、ゆかいな方なんですね~」

「改めてお目にかかります、フィルミア・リオラ=ディ・レンディアール王女殿下」

 

 と、フィルミアさんに声を掛けられた有楽が、何を思ったのかソファから降りてフィルミアさんの前でひざまずいてみせた。

 

(わたくし)は、日本という国に住まう有楽神奈と申します。今は話芸の道を極める途上におり、その最中に妹君であるエルティシア・ライナ=ディ・レンディアール王女殿下に拝謁いたしました。未だ未熟な身ではありますが、今後ともお見知りおきを」

「えっ? あのっ、えっと~」

「そうです! 王族に対するには、せめてそのような礼節をもった態度で――」

 

 突然の有楽の豹変に、戸惑うフィルミアさん。逆にリリナさんはその礼にのっとったあいさつが気に入ったみたいで、

 

「……っていう風に演技をするのが、あたしの仕事です。どうです? ビックリしちゃいました?」

「な~んだ、演技だったんですか~」

「そうそう、演技で……えっ?」

 

 有楽が速攻で種明かしをしたら、二人してその表情が正反対に反転した。

 

「今のが、演技……だったん……ですか……?」

「そうですよー。というわけでフィルミアさん、よろしくお願いします!」

「はい~。こちらこそ、よろしくお願いしますね~」

 

 フレンドリーな有楽の態度に安心したのか、フィルミアさんは有楽の手を握ってぶんぶんと振った。俺もルティもそうだったけど、目の前でいきなり豹変されたらそりゃ驚くわな。

 

「ふざけないでくださいっ!」

 

 そんな和やかな雰囲気を、リリナさんの絶叫が一気に打ち破る。

 

「客人が来たからと仕方なく手伝いに来てみれば、誰もが王族の方々に馴れ馴れしくするわ、賜った菓子を平気でむさぼり食うわ……その上演技でフィルミア様を愚弄するなど、あってはならないことです。そんな態度を取るあなた方を、私は許せません!」

「あむあむあむあむ……まったく、ねーさまはいつまでたってもあたまがかたいですねー」

 

 さらに、一瞬にして張り詰めた雰囲気を、緊張感のないピピナの声が緩ませた。

 

「なんだと」

「ミアさまもルティさまもいいっていってるんですから、すきにさせてあげればいーんですよ」

「お前はいつまで経っても甘いのだな」

「ふーんだ。おーさまもルティさまもいいっていってくれたんだからいーんですー」

「だからといって、甘えていい理由にはならないだろう」

「ねーさまはピピナのことをこどもってゆーじゃないですか。こどもなら、あまえたっていーですよね」

 

 ふたりが言葉を交わす度に、目に見えてピピナとリリナさんの間に険悪な空気が流れていく。って、姉妹、なんだよな……?

 

「あのー……ルティさん。ピピナさんとリリナさんって、仲が悪いんですか?」

「顔を合わせれば、いつもこんな感じなのです」

「ピピナちゃんは自由奔放で、リリナちゃんは人にも自分にも厳しいですからね~」

「おてんば少女と教育係って感じかー。水と油だね」

 

 顔を寄せ合ってる女性陣4人の会話も聞いてると、事態がますます悪化しているように感じる。ピピナと最初は仲が悪かった俺でも、あれはただのじゃれ合いだったと思えるぐらいだ。

 

「友や主の身を律するのが、我らの役目なのだぞ」

「そんなのだれがきめたんですかー? にーさまやねーさまたちだって、ピピナとおなじよーにおーじさまとおーじょさまとあそんでるじゃないですか。かーさまもとーさまもそーですよ」

「私が決めた。姉様方は姉様方、兄様方は兄様方だ」

「じゃあ、ピピナはピピナだから、ルティさまたちとあそぶです」

「貴様……」

「すじがねいりのものがたりかぶれに、つきあうぎりはないですー」

「物語かぶれですって?」

 

 あ、有楽が反応しやがった。

 

「リリナちゃん、物語が好きなの?」

「む、昔のことです。今はそんなには――」

「なーにいってるですか。よくミアさまのへやでほんをよみあさってたって、かーさまがいってたですよ。それがこーじて『きし』とか『じじょ』にあこがれてたですよね?」

「ピピナ、お前!」

「ほっほー」

「ひぃっ!?」

 

 呆れたように言うピピナに反論しようとしたリリナさんは、音もなく寄ってきた有楽に回り込まれていた。

 

「リリナちゃん、あたしとちょーっと物語のことでお話ししない?」

「えっ、えっと……」

 

 さっきまでの高圧的な態度はどこへやら、じりじり後ずさりするリリナさんと、

 

「レンディアールに伝わる物語、教えてくれないかなー」

 

 ずいっと、迫るように歩み寄る有楽。いや、はたから見てても怖いんですけど。

 

「あっ、い、いけないいけないっ。まだまだお洗濯とかお掃除とかあるのでしたっ! それでは、失礼いたしますっ!」

 

 棒読みにも程がある言い訳をしたリリナさんは、早口で言い終わると一目散に応接間から出て行った。それでも扉の前で一礼していたのは、メイドさんたるプライドだったんだろうか。

 

「ちっ、逃がしたか」

「ちょっとは慎め!」

「だって、物語好きの同士なんですよっ。いっしょにお話ししたいじゃないですか!」

「がっつくのも逃がす原因だって、いい加減悟れや」

 

 すすすっと足音もせず近寄ったのはさすがにビビったぞ。

 

「まったく、ねーさまったらいつまでたってもあたまがかたいんですよー」

「ピピナが言ってた『あたまのかたいおてつだいさん』って、リリナさんのことだったのか」

「そーですよ。リリナねーさまは、ミアさまといっしょにいるピピナのおねーさんなんです。でもミアさま、リリナねーさまといてつかれませんか?」

「そんなことありませんよ~。ちょっと融通が利かないところはありますけど、ふだんはわたしのお料理を手伝ってくれたり、歌うときに楽器で伴奏してくれるいい子です~」

 

 げんなりとしたピピナとは対照的に、フィルミアさんのほにゃとした、だけど淀むことのない言葉からはリリナさんへの信頼が感じられた。きっと、普段のふたりは仲がいいんだろう。

 

「そうそう~。歌といえば、さっきの〈らじお〉の続きをしましょうよ~」

「ラジオ? 先輩、持って来てたんですか?」

「でも、この世界にはラジオって無いって言ってたよね?」

「はい。でも、父さんがルティに実況の感想のお礼ってことで、な」

「うむ。サスケとその父上から、贈り物を頂いたのです」

 

 ルティは立ち上がって壁際の棚へ行くと、ミラップのパイを食べるからとしまっておいた送信キットを引き出しから持って来た。

 

「なんだか、小さいのにごちゃっとした機械ですね」

「機械と、これはアンテナかしら」

「FMトランスミッターってあるじゃないですか。これはその一種で、FMラジオの電波が送信できるんです」

「サスケは〈みにえふえむそうしんきっと〉と言っていたな」

「みにえふえむ……ちっちゃいFM?」

「ミニFMならわかばシティFMの講習で聞いたことがあるけど、こんなに小さい機械もあるのね」

「自分で組み立てからやる必要があるんで、上級者向けだとは言ってました」

 

 さすがの赤坂先輩でも知らなかったとなると、父さんが言ってたとおりかなりマニアックなアイテムなのか。

 

「サスケさんは音楽も聴けるって言ってましたけど~、どうやってやるんですか~?」

「ああ、ちょっと待って下さいね。先輩もここにいて下さい。有楽、このラジオの電源入れといてくれ」

「わかりました~」

「わかったわ」

「りょーかいですっ」

 

 有楽にポケットラジオを渡してから隣を見ると、ルティと肩の上に飛び移ったピピナが期待に満ちた目で俺のことを見上げていた。

 

「ルティ、ピピナ、行くぞ」

「うむっ!」

「はいですっ!」

 

 声を掛ければ、ふたりともめいっぱいの笑顔で返事をしてくれる。なら、早速その期待に応えないと。

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