異世界ラジオのつくりかた ~千客万来放送局~【改稿版】   作:南澤まひろ

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第3話 あなたの言葉をラジオに乗せてみませんか?②

「日本語、しゃべれるんですか?」

「ニホンゴ……ふむ。この国の言語のことであれば、話すことが出来ているのであろうな」

 

 スラスラとしゃべってはいるんだけど……なんだか、ずいぶん偉そうな言い方だな。

 

「それで、何用だ? 我は今、この可憐な声に聴き入っているのだが」

 

 女の子は大窓の脇にあるスピーカーを指さすと、不機嫌そうにほおを膨らませた。

 

「それは失礼しました。俺……じゃなくて、私たちは今流れている番組の手伝いをしている者でして、ここに訪れた人の声を録る係をしています」

「声を、〈トル〉?」

「あー、録音……あなたの声を保存して、この後ここから聞こえるようにしたいんですけど、いいでしょうか?」

 

 妙なイントネーションで返す女の子に、出来るだけ簡単な日本語で説明とお願いをしてみる。

 

「我の声を、保存?」

「あの、ラジオってのはご存じですよね?」

「〈らじお〉……おお、これが〈らじお〉というのだな」

 

 おい、ラジオって万国共通じゃないのか。

 初めて聞いたみたいに言う女の子へツッコみそうになったけど、我慢、我慢。

 

「そのラジオに、この機械で保存したあなたの声を放送して流すんです」

「よくわからないのだが、この四角い箱から我の声がきこえてくるということか」

「は、はい、簡単に言えばそういうことです」

 

 偉そうな以外はとてもきれいな日本語なのに、微妙に噛み合わないのは何故だ。

 

「なるほど、よかろう」

 

 女の子はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、勢いよく立ち上がって深く紅いブレザーに包まれた胸元に手を置き、

 

「我の声、保存出来るものならば保存するがよい」

 

 と、堂々と言い放ってみせた。

 

「か……かわいいっ……!」

「有楽、ステイ。ステイだぞー」

 

 小さい子が背伸びしてる感じで可愛いのはわかる。有楽よりもちっこいからよーくわかるけど、今は悶えてる場合じゃない。

 

「それで、我は何を言えばいいのだ?」

「さっきも流れたと思うんですけど、『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』って番組の題名を言ってから、あなたの名前となにかひとこと、11秒以内で言って下さい」

「幾度か、可憐な声とは別に聴こえたようなものか?」

「あー、たぶんそれだと思います」

「せんぱい、あたしがお手本をやらせてください!」

 

 有楽は俺と女の子の間に回り込みながら、自分を指さしてにっこりと笑った。

 

「確かに、実際に見てもらえばいいか」

「うむ、そうしてもらえるとありがたい」

「じゃあ有楽、頼むわ」

「はーいっ」

「と、その前に」

 

 まわりを見回して、道路の状況を確認する。車も自転車も来てないし、ゴールデンウィーク2日目の夕方っていうこともあってか、商店街の人通りも少なめ。スタジオのスピーカーからの音も、話し声に比べればどうってことはない。

 

「よし、行くぞ」

 

 ICレコーダーのマイクを向けると、有楽は目をすうっと閉じて軽い深呼吸で息を整えた。

 

「さん、に、いち」

 

 そして、録音と同時に出したキュー――合図で目が見開いて、

 

「『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』」

 

 さっきまでのふにゃっとした表情が、自信に満ちたものへと切り替わる。

 

「若葉南高放送部の有楽神奈。ただいま、3年前に言った『声優になる』って夢を叶えてる真っ最中です!」

 

 言い切ったところで停止ボタンを押すと、カウンターはぎりぎりめいいっぱいのタイムを記していた。

 

「10秒83。ノー編集で行けるな」

「ふっふーん。声優たるもの、枠に収めるのが命ですから」

「生放送でギリギリ粘るヤツが何を言うか」

「収まってればオールオッケー!」

 

 さっきまでの引き締まった表情がウソみたいに、有楽が楽しそうに力説する。ホント、こいつのオンとオフの切り替えは凄いわ。

 

「なるほど。そなたがしたように、堂々と言えばいいのだな」

「はいっ、伝えたいことをバシッと言っちゃってください」

「伝えたいことをか……うむ、心得た」

 

 有楽の言葉を受けて、女の子が自信ありげにうなずいた。

 

「それじゃあ、いいですか?」

「ああ、よろしく頼む」

 

 小さな胸元に手を置いて、ゆっくりと深呼吸。

 続くわずかな瞬きの合間に、女の子の不敵な笑みが曇り一つない微笑みへと変わっていく。

 

「では……さん、に、いち」

 

 手でキューを出して……録音、開始。

 

 

「『赤坂瑠依子の〈若葉の街で会いましょう〉』」

 

 開いたくちびるからは、小さな体から想像出来ない凛とした声。

 

 

「通りすがりの身ではあるが」

 

 でも、それはとても穏やかで、

 

 

「我、エルティシアが、この可憐な声に祝福を捧げよう」

 

 優しさに満ちた声。

 

 

 ひと息で言い切った勢いで、女の子の銀色の髪がさらりと揺れる。

 傾きかけた陽を背にしたその姿は、幼さの中にも大人びたものがあって。

 

「どうした、終わったぞ?」

「あ」

 

 言われるまで、可愛い微笑みに見とれてしまった。

 

「やべっ!」

 

 10秒を大きく過ぎたカウンターを目にして、慌ててICレコーダーを停止させる。

 

「すいません、ちょっと待って下さい」

 

 小さなスピーカーに耳をあててから、再生スタート。流れる音が途切れたのを見計らって一時停止を押すと……よかった、10秒79なら空白を切ればそのまま使えるな。

 

「ありがとうございました、大丈夫です」

「? そなたは今、何をしていたのだ?」

「わっ!?」

 

 お礼を言ったところで、女の子――エルティシアさんが俺に近寄ってきて、手元のICレコーダーをのぞき込んできた。って、近い! 息かかってるし!

 

「い、今の言葉が保存できているのかどうかを確認していたんです」

「ほほう」

「えーと……よかったら、聴いてみます?」

「まことか!」

「はい、今すぐ出来ますんで」

「頼む! 聴きたい、聴かせてくれっ!」

「わ、わかりましたから、引っ張らないでくださいっ!」

 

 さっきの凛々しさはどこへやら、緑色の目をキラキラ輝かせたエルティシアさんが俺の袖をぐいぐい引っ張ってくる。かわいい見た目にふさわしいけど、ギャップがありすぎるっての!

 

「ふふふっ、すまぬ。つい、心が躍ってしまった」

「そうですか……じゃあ、これを耳に近づけますから、よく聴いててください」

「うむ」

 

 目を閉じたエルティシアさんの耳元に、ICレコーダーをかざしてもう一度再生スタート。

 

『〈赤坂瑠依子の「若葉の街で会いましょう」〉。通りすがりの身ではあるが、我、エルティシアが可憐な声に祝福を捧げよう』

 

 小さいスピーカーからは、少しくぐもった不鮮明な音。

 

「おお……」

 

 それでも、耳にしたエルティシアさんは嬉しそうに目を輝かせる。

 

「我の声は、こう聴こえるのか」

「はい。これに今から音楽をつけて、番組の最後の方で放送します」

「なるほど。我の声が、これからこの箱で聴けるというのだな」

「ここだけじゃないですよっ」

「ここだけじゃない、だと?」

「はいっ」

 

 割り込んできた有楽が、小さくうなずいて両手を大きく広げてみせる。

 

「この近所で瑠依子せんぱいのラジオを聴いてる人たち、みんながエルティシアさんの声を聴いちゃうんです!」

「我の声が、多くの者に聴こえるというのか!?」

「そういうことです。とは言っても、ここのご近所さんだけになっちゃうんですけど」

「それでもすごいではないか!」

 

 今度は苦笑いする有楽の手を取って、エルティシアさんがぶんぶんと振り回した。これだけ喜んでもらえるのなら、録りに来た甲斐があるってもんだ。

 

「じゃあ、俺は中に戻ってスピーカー……えっと、この箱から聴こえるようにしてきますね。有楽、ここで付き添いと説明をしてくれるか?」

「もちろんです」

「よろしくな」

「あっ、待ってくれまいか」

 

 俺が局内に戻ろうとすると、服の裾をエルティシアさんの手がぎゅっと掴んだ。

 

「そなたらの名前を、教えて欲しい」

「いいですよ。俺は、松浜佐助って言います」

「あたしは、有楽神奈です」

「マツハマ・サスケと、ウラク・カナか」

 

 そして、俺たちににぱっと笑ってみせると、

 

「声をかけてくれて、ありがとう。礼を言うぞ」

 

 さっきみたいに胸元へ手を置いて、俺たちに向かって深々とおじぎをした。

 

「こちらこそ、御協力頂きありがとうございました」

「いい素材、いただきましたっ」

 

 有楽と二人、顔を見合わせてからおじぎを返す。礼には礼を、ちゃんと返さないとな。

 

「…………」

 

 と、顔を上げてみたところでエルティシアさんはまだ頭を下げたまま。そこまで今回のジングル録りが嬉しかったの――

 

「わっ!?」

 

 って、なんでそのままで俺のほうへ倒れ込んでくるのさ!?

 

「ちょ、え、エルティシアさん!?」

「どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

 なんとか急いで受け止めると、見た目以上の軽さで俺にのしかかってくる。夕陽のせいで赤く見えていた顔の肌は、影でよく見たら雪のように白くて、

 

「お、おなかが……」

「お腹が痛いんですね。今すぐ医者に――」

「ちが、う」

 

 さっきとは比べものにならない弱々しさでエルティシアさんが俺の襟元を掴むと、

 

「おなかが、すいた……」

「……はい?」

 

 ぐぎゅるるるるという不協和音と、恥ずかしそうな呟きのステレオサウンドが俺たちの耳に響き渡った。

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